紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

12 言えない

2023-02-26 08:28:49 | 著書・夢幻★すみれ五年生


 すみれと千代が千代の家に向かって歩いていると、タクシーが止まった。運転席の窓が開き、山谷が顔を出した。
「すみれちゃん、千代おばぁさん」
 山谷は、白シャツにブルーのネクタイ姿で顔は日焼けしている。
「おじさん」「山谷さん」
「どうお、おじさんのドライバースタイルは、まぁまぁでしょ」
「おじさん、カッコイイよ」
「山谷さん、慣れたかい」
「ええ、おかげさまで。疲れますけど、頑張らなくちゃね。すみれちゃん、学校は行っているかい」
「うん、行っている」
「大丈夫だよね、この千代おばぁさんが付いているからね」
「そうか、おじさん安心しているぞ」
「はい、……」
「おや、どうした? なんかあったか」
「ああ、すみれちゃんは、ちょっとだけ涙が出ちゃったのさ。もう大丈夫だよね」
「うん……」
「すみれちゃん、今度ゆっくり話をしよう。今日、おじさんはこれから仕事を頑張るよ。また会おうね」
「うん」
 山谷はゆっくり車を発進させた。
 すみれの涙の訳を千代は聞かなかった。聞かれても答えようがない。千秋たちのいじめが悲しいと言えば悲しいが、もっと、違うところに自分の寂しさがあるのを知っている。祖母の竜子には尚更言えない。朝早く出かける竜子は、疲れた顔をして戻ってきて、すぐに夕食の支度に取りかかる。心配は掛けられない。すみれは、涙の乾いた頬を拭った。


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著書・夢幻に収録済み★連作20「すみれ五年生」が始まります。
作者自身の体験が入り混じっています。
悲しかったり、寂しかったり苦しかったり、そのどれもが貴重なものだったと思える今日この頃。
人生って素晴らしいものですねぇ。
楽しんでお読みいただけると嬉しいです。
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11 抱っこ

2023-02-19 07:22:02 | 著書・夢幻★すみれ五年生

「千代おばぁさん」
「おや、すみれちゃん、こんなところで会うとは。さっきの子たちは同級生かい」
「そう」
「なんか、すみれちゃんのこと言っていたようだが」
「うん、なんでもない」
「そうかい。なんでもなければいいけど。何かあったら、この千代おばぁさんに話しておくれ。なぁんでも聴くよ」
「……」
「さっきの子供たちは、元気が有り余っているような子たちだね」
「……」
「おや、泣いているのかい。どうした?」
「千代おばぁさん」
「どうした、すみれちゃん」
「あたし、……」
「うん?……言いたくなかったらいいよ。さ、おいで、千代おばぁさんに抱かれてみなさい」
「……」
「すみれちゃん、抱っこだ。よしよし、抱っこだ。大きいね。はて、この千代おばぁさんが、小さいのかな。そうだろうね、腰が曲がっているし、その分地面に近いから。良いこともあるんだよ。この間なんか、散歩の途中で十円硬貨を見つけたんだ」
「拾ったの?」
「うん、拾ったよ。手にとって見たらね、それがその、ビール瓶の蓋が車にでも轢かれたのか、ペチャンコになったものだったよ。残念でした」
「千代おばぁさんったら」
「笑ったね。すみれちゃんは、笑った顔が一番可愛いよ」
「ありがとう、千代おばぁさん」



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10 秘密

2023-02-12 08:34:09 | 著書・夢幻★すみれ五年生


「すみれ、どこへ行くのよ」
 ポピー公園に向かって十字路を曲がった所で、後ろから久美の大きな声がした。振り返ると千秋と珠恵も一緒にこちらを見ている。すみれは、三人を無視して足を速めた。
「何か良いことでもあるの?」
 と、千秋の声が追いかけてきた。
「あるわけないじゃん」
 と、珠恵が叫んで三人が笑った。
 すみれは駆けだした。と、同時に三人も追いかけ出す。靴音が乱れて迫ってくる。懸命に走った。暫く走って振り向くと三人との距離がさっきより離れていた。これなら追いつかれないですむと思ったが、ポピー公園に行っていることを知られないためには、行くのを止めにするしかない。千代と会えなくなるが、はっきりとした約束をしていたわけでもないから、今日は我慢しようと思った。
 路地に走り込んで、また道をジグザグに方向を変えた。三人の靴音が途絶えた。すみれは一呼吸を入れて走ることを止めた。
 前方のTの路を千代が横切るのが見えた。ポピー公園に向かっているのだろう。声を掛けようとした時、あの三人の声が左の方から聞こえてきた。
 すみれは電柱の陰に身を隠した。
「どこへ行ったのかしら、最近すみれ、明るい顔をしているよね。なんか良いことでもあるのかしら」
「うん。そうだよね。私たちのことを無視しているよ、余裕って感じ」
「なんか、秘密があるのよ、きっと」
 三人は話しながら千代に近づき、千代を避けるように追い越していった。
 千代がシルバーカーを止めて立ち止まった。すみれは、三人が遠退くのを待った。



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9 配置換え

2023-02-05 08:17:47 | 著書・夢幻★すみれ五年生


 祖母の竜子は考えごとをしているようだ。時々箸を止めため息をついている。すみれは、見ないふりをしていたが、気になっていた。
 すみれは竜子の様子を目の端に入れながら思い出していた。千代は八十歳を二つ越したと言っていた。竜子はそれよりずっと若いと思うが、時々肩を叩いたり腰を叩いたりするのを見ると、きっと毎日の仕事に疲れているのだろう。
 それに、すみれ自身が竜子に対して取る態度は、竜子には悲しいことに違いない。かといって、自分のどうすることも出来ない苛立ちを抑えることが出来ないでいる。
「配置換えされたのよ。今度はもっと早くに出勤しないといけないわ。だから、すみれ、あなたもリュウちゃんを頼らずに学校へ行くのよ」
「はいちがえ?……」
 竜子はすみれの咄嗟の反応に、予想外だったのか目を見開いてすみれを見た。すみれは、何か恥ずかしいところを見られたような気がして、顔を背けた。
「うん。始業前の掃除をするの。だんだん追いやられて、そのうちリストラされるわ、きっと」
 すみれは、山谷を思い出した。『仕事が出来るだけでも良い』と、言っていたが、今頃どうしているだろう。もうタクシーに乗っているのだろうか。竜子も大変なのだな、と思ったが黙ってみそ汁を飲んだ。
「掃除のおばさんが来なくなったら、途端に私に掃除係をしてくれって。イヤだなんて言えば辞めさせられるし、仕方ないわ。この歳だと何処でも雇ってもらえないから。来週から早出。そのかわり、夕方は今より早く帰れると思うわ」
 竜子はため息混じりに言った。




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