紫陽花記

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別館★俳句「めいちゃところ」

15浅草エレジー

2022-10-30 08:32:18 | 江南文学56号(華の三重唱)16作
 金龍山浅草寺の雷門で、依子たち三人は代わる代わる写真に納まる。仲店通りは日曜日とあって賑わっていた。
 きびだんごと抹茶、揚げ饅頭を路上で頂き観音堂へ。
「うんとご縁がある様に五十円にするわ」などと言いながら手を合わす。
 突然柏手を打ったのは神道の徳子。孝江と依子の非難の目に首をすくめた。

 浅草神社では、猿使いの演技が終わったところ。五重塔を見て、六区ブロードウェイを歩き、馬券売り場を覗いてみる。
 新仲店通りから雷門へ戻る。
 煎餅の試食。『やきもち』の文字に誘われて一つ。鯨肉定食で体重二キロは増えただろう。
 三人とも歩き疲れる。
 ブルーシートハウスの撤去が進んだという隅田公園で、一休みすることにした。
 吾妻橋に近づくと、水上バスを利用する人々のざわめきに混じって、子供の頃聞いたことのある流行歌の曲が聞こえてきた。
 公園に入って直ぐの木陰で、老女一人がタンバリン、老人二人がハーモニカ、もう一人がドラムらしき物を叩いていた。四人とも十七、八歳人生の先輩に見える。
 曲はみな、別れを唄った哀愁歌。
「ね、あの叩いているの……」
 孝江が立ち止まった。
「お菓子の四角いアルミ缶だわ」
 徳子が確かめるように目を凝らす。
「スティックは太い菜箸みたい。缶に布を掛けて、音を調節しているんだわね」
 依子はドラムを叩くまねをした。
 老人達の奏でる懐かしの曲を聴きながら、依子たち三人は、隅田の川風に吹かれながら、水上バスを見送った。


江南文学56号掲載済「華の三重唱」シリーズ
初老の孝江と依子と徳子のプチ旅物語です。
楽しんでいただけたら嬉しいです。



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14若冲の鶴図

2022-10-23 08:42:26 | 江南文学56号(華の三重唱)16作


「ほかに行こうよ」
 徳子が、ルーブル美術展入口の長い列を見て溜息を吐いた。
「そうね」
 孝江がすぐ賛成する。依子も列から離れる。
 東京芸術大学美術館から、東京国立博物館前に移動。案内看板には『若冲と江戸絵画展』とある。
「若、なんて読むのかしら。沖じゃないわよね。ちょんちょんに中だけど」
「ジャクチュウって読むみたい」
「偏が次とか冷とかと同じで、旁が中。チュウと読むのね。難しい」
「ここでいい?」
「どんな絵かしら」
「せっかくお上りさんで来たんだからね」
 伊藤若冲という画家をメーンに江戸時代の絵が並んでいる。
「たくさん描いた後の作品かしら。徹底的に省いているみたい」
 依子は、若冲の鶴図屏風の前で呟いた。
 一筆で描いような丸みのある鶴の体や長い足。濃淡の墨に迷いが見えない。
 楽しんで描いただろうというのが、依子たち三人の感想だ。
「おまえは、何羽いると思う?」
 群鶴図の前で観ていると後ろで声がした。
 共に八十歳くらいの、夫婦らしい二人が画面を指さしている。
「え~と、三羽でしょ」
「違う。五羽だ」
「二羽が右上を見ているし、一羽が下を」
「その他に首を曲げているのが二羽だ」
 群鶴図の右に絵の解説がある。そこには、七羽の鶴とある。
 老夫婦の言う個体の他に、隣の体に隠れるように二羽の頭があった。



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(13)きみがそば

2022-10-16 08:45:11 | 江南文学56号(華の三重唱)16作
「此処に祭られているのは遠い親戚」
 徳子が、大鳥居を見上げて言った。依子の身内にはいない。
「伯父さんは沖縄戦で。二十四歳だったって」
 孝江が、大手水舎で手を洗いながら言う。
 菊の御紋章が際立つ神門を潜り、拝殿で三人は英霊に黙祷を捧げた。

「ね、昼食はどうする?」
 靖国神社の主な所を見学した三人は、休憩所や売店を見渡す。休憩所には、そば、うどんなどの文字がみえる。
 少し離れた場所に骨董市のテントが並んでいる。その奥にそば処の幟がはためいていた。
 暖簾を押すとカウンターに三個の椅子がある。客は三人しか入れない。
「イラッシャ~イ」
 中から、白いユニホームを着た、七十歳は越していそうな二人の男が笑いかけた。
 湯気が立っている。奥が見えないほどだ。
 きみがそば 八百円 
 目の前に品書きがぶら下がっていた。
「きみがそば」
 依子たちは口を揃えて注文する。
「ヘ~イ」
 中の二人も声を揃えた。
「限定メニューなのね。どんなお蕎麦かしら」
「ネーミングがねぇ」
 三人は目配せして笑いを堪えた。
「ヘ~イ、オマッチ」
 三人の前に丼が置かれた。蕎麦が隠れるほど具が載っている。椎茸、ワラビ、ワカメ、タケノコ、青菜、エビ、かまぼこ、錦糸卵。薬味と、甘口の汁がたっぷりと注がれていた。
 三人は大満足で店を出ると、互いに顔を見合わした。
 どこからか三線の音がした。


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12小石川後楽園

2022-10-09 08:44:27 | 江南文学56号(華の三重唱)16作


 依子たち三人と擦れ違ったのは、茶色の着物と袴の若者。髪は丁髷で腰に刀を差し、雪駄を履いている。ジーンズの若者二人と中年女性を従えていた。
「黄門さま?」
 徳子が孝江に聞いた。
「慶喜様じゃあない?」
 孝江が依子に聞く。
「徳川家のお庭だから、どっちかしら」
 と、依子。
 彼らの姿は、大泉水の船着き場から唐門跡方向へ移動していく。なにやら捜し物をしているらしい。立ち止まっては周りの景色を確かめている。
「ね、なにしているのかしら」
 徳子が依子の腕を引いた。
「行ってみようよ。あのお殿様、イケメンね」
 孝江が肩をすぼめた。
 そぞろ歩く振りをして後をついていく。
 内庭の池沿いに、築地塀の方へお殿様と取りまきたちが移動していく。
 深山のように木々が生い茂っている。雨が降りそうだ。
 三人は、適当な距離を保って立ち止まった。片方の若者が担いでいた大きなカメラを構えた。もう一人の若者も、反射板を持って塀の近くへ立つ。
「ダメダメ、そこじゃあ。雰囲気に合わないよ」
 中年女性の声。鋭い視線がこちらを向いた。
 徳子が小声で言った。
「何かのプロモーション撮影だわよ、きっと。屏風岩や音羽の滝、得仁堂方面へ行こうよ。大堰川の沢渡りもしたいし」
「その者たち、そこへなおれっ」
 若者の声がした。
 三人は慌てて引き返した。



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(11)飛鳥・Ⅱ

2022-10-02 08:10:30 | 江南文学56号(華の三重唱)16作


「うわぁ、あれが飛鳥Ⅱなのね。おおっきぃ」
 依子たち三人は、横浜大桟橋ふ頭に、係留中の豪華客船を見て叫んだ。初春の強風に髪を巻き上げられながら、横浜赤レンガ倉庫側の岸壁の柵に、並んで寄りかかっていた。
「十階建てのマンションが海に浮かんでいるみたいね」
「真っ白で綺麗。どんな人たちが乗って、世界一周するのかしら」
「一人ずつ飛鳥をバックにして撮ろうよ」
 五メートルほど離れてカメラを構える徳子。笑顔を向けて孝江がポーズを取った。
 強風があおった。
「うわーっ」
 孝江の体が一旦海側に揺らいで、瞬時に、赤レンガ倉庫側に戻った。
「気をつけてよっ」
 依子は近寄ろうとしたが風に遊ばれて危険だ。孝江が風に逆らって身を低くした。
「ここで、海に落ちたりしたら『自殺か事故か』ってニュースになるわよ」
 徳子が笑いを堪えて言う。依子も付け足す。
「『どう見ても、夫婦仲はよさそうでしたよ』って、近所の人が言ったりして。『何があの奥様にあったのかしら』なんてさ」
「私達は、『お互い、干渉しあわない付き合いですから、分かりません』って、答えるわ」
 二人を睨んだ孝江が、岸壁から離れて改めてポーズを取った。飛鳥・Ⅱは大きすぎて、全体像が画面に入らない。
 三人が見ている間に、初航海前の飛鳥・Ⅱに、小型タンカーが後進しながら近づいていく。強風にあおられた。
「ドン」と音がした。接触したらしい。

 翌日の新聞一面中央に、飛鳥・Ⅱと小型タンカーの写真が載った。




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