紫陽花記

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ショートストーリー

別館★俳句「めいちゃところ」

(2)写経

2022-07-31 06:50:55 | 江南文学56号(華の三重唱)16作
 還暦を三つ超えた三人は、身仕舞いをして手を清め、入室した。長谷寺の写経の場となっている仏間に、経机が十ほど並んでいた。数人が既に写経をしている。
「私、膝が痛いから」
 と、徳子が入口に近い椅子席に着いた。その隣席の座布団に孝江が着き、その隣に依子も座った。
 三人とも「延命十句観音経」を写経する。
 経机には硯と墨と筆、それにフエルトの下敷きと文鎮が用意してあった。
「筆ペンにするわ」
 徳子が、仏壇の前に並べてある筆ペンを借りてきた。孝江と依子は、用意してある筆を使うことにする。
「観世音南無仏――」
 和紙に薄く書かれている文字を上からなぞる。筆ペンの徳子は一番先に書き終わった。孝江が『願意』のところでしばし考えている。依子は『心身共に健康で過ごせますように』
と、書き記す。
 孝江が自分の書いたものを読み返している。依子が少し体を傾げて覗くと、
「庄一共々健康でいられますように」と、書いてあった。孝江の夫の名前ではない。
 孝江が慌てて写経書を畳むと、依子に向かって、唇に人差し指を縦にあてた。
 仏間には、出入りする人たちの衣服のすれる音と、筆の音があるだけだ。線香の漂う中、依子は小さく咳払いをした。
 三人は外に出ると深呼吸をした。三十分ほどの緊張感をほぐす。
 徳子が、写経済みの奉納書は持ち帰ると言った。孝江は奉納祈願をすると言い、依子はどうしようか迷っている。
 弁天窟や長谷観音を見学した後、高徳院の鎌倉大仏の体内に入ることを計画している。



江南文学56号掲載済「華の三重唱」シリーズ
初老の孝江と依子と徳子のプチ旅物語です。
楽しんでいただけたら嬉しいです。



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(1)鎌倉にて

2022-07-24 08:55:52 | 江南文学56号(華の三重唱)16作
 若宮大路を歩き二の鳥居、三の鳥居を潜り、鶴岡八幡宮参りをする。国宝館で仏像や浮世絵を見学。牡丹園で冬牡丹を楽しんだ後、小町通りに入る。小さな店が連なっていた。
 初老の女三人は、小町通りで立ち止まった。
「行き過ぎたのかしら。ええーとね、民芸屋と骨董屋の所を左ってあるけど。それがどこか分からないわね」
 孝江がパンフレットの『観光鎌倉』を見た。
 依子と徳子が通りの両側を目で追う。
「この通りの……あった。あそこの左」
 依子と徳子が同時に叫んだ。
 目指す豆腐料理の店は、沢山のテナントの入った建物の一階奥にあった。客席は三、四坪ほどの小さな座敷。十二の座席は皆女性客ばかりだ。
 三坪ほどの庭に面した席に着いた。細い竹が数本伸びていて淡い陽ざしを受けている。
 ごま豆腐が主の『点心花べんとう』の膳は朱塗りの器。薄味で、菜の花や桃の一枝がそれぞれに添えてあった。
「ね、ずっと来たかった鎌倉の印象は?」
 計画を練った徳子が孝江と依子に聞いた。
「あなたたちとじゃなくて、いい人とでも来たかったわ」
「婆三人じゃあねぇ」
「まっ、二人とも言ってくれるじゃない」
 食後、トイレを借りることにした。
「二階の奥です。これを使って下さい」
 店の女性が手渡してよこしたのは、棒の先に鎖で付けてある鍵だ。トイレの扉に『お客様以外のご使用はご遠慮願います』と張り紙。
 徳子が入って行った。
「どうしようかしら」
 と依子は、小声で呟いた。
 孝江が言った。
「長谷寺へ向かう前に、駅で」



江南文学56号掲載済「華の三重唱」シリーズ
初老の孝江と依子と徳子のプチ旅物語の始まりです。
楽しんでいただけたら嬉しいです。



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「牛久沼」

2022-07-16 14:22:23 | 江南文学
   

「会にこの沼の名前を付けたらどうかな!」
 会長になったばかりの細野が言った。
「そうね、いいと思うわ」
 私は小さく手を叩いた。岸田も頷く。
 牛久沼畔にある懐石料理店。八畳間の座敷から、開け放された窓の外には沼の水面が見えた。沼岸の葦原には柳や欅の若木が生えている。新緑が風にそよぎ、枝の間をシジュウカラが二羽飛び回っていた。

「辞めるに辞められなかったから、これで決まりがつきますよ」
 岸田が言った。
「十五年間も世話になったけど、会に魅力が無くなってしまったんだからしかたがない」
 会長が決心を固い物にするように呟いた。
「私は十七年よ。いい勉強をさせてもらったけど、潮時ってことかしら」
 今まで所属していた文学同人会からの脱退には三人三様の理由があった。会の運営や、将来の展望が見えないという意見も出ていた。
 私は創作上の指導に疑問を持っていたのではない。微妙に変化していった人間関係に絶望したのだ。
 最後には原点に戻り、好きな文学を書き続けていこうということになった。
 そして、勉強会発足の意志を確認した上で、会の名前を『牛久沼文学会』に決定した。

 晴れて暖かかった四月下旬。外に出ると俄に曇ってきて、大粒の雨が落ちだした。
「お二人、ウナギが良かったんじゃなかったの? 私に合わさせてしまって」
「いやいや、刺身も旨かったですよ。とりあえず、今後の事が話し合えて良かった」
「じゃ、次回まで」
 ドアを閉め、車を発進させたときには雨の量が増えていた。



「勉強用のグループサイトでも作ったら!」
「会長、それは良い考えですね。それと、会の公式サイトを作って、出来上がった作品を載せたらどうでしょう。沢山読んでくれる人が出来て、コメントが貰えたらいいですね。サブタイトルでの紹介は、短い物語をショートストーリーとし、俳句、短歌、エッセー、小説と、あらゆる文学を愛する人達の集まりということで」
「そうだ。自由な文学会なんだからね」
「賛成。ショートストーリーでいいです。僕はそのうち本に纏めたいと思っています」
「私のブログでのジャンルは前のままにしておくわ」
「兎に角、前向きに行きましよう。もう、新しい道を歩き出したんだから」
「それで、私は、文字数七四〇字にすることにしました。これまで決められていた行数より一行多くなるだけです」
「あ、それもいいですね。僕はそれ以上になるかもしれませんけど」
「あらゆる文学というのだから、長さなどに拘る必要はないんだよ」
「勉強するには、有る程度同じような長さの方がやりいいと思うけど」
 皆の声がメールや電話で流れあった。どのような勉強会になるか見当がつかない。

 私はパソコンを広げた。長年使ってきた入力画面の一部を変える。一行の余裕は物語の奥行きを深くすることになるか。今まで七百二十字になんとかねじ込んで書いてきた。その画面に新たな風が吹き込んで来たような気分だ。作品を見直し、一行分の余裕を生かす努力をする。そして、これからの作品は、新しいファイルの『残したいショートストーリー』に保存することにした。



「ここが会名にした牛久沼なのね」
「この食事処で会の発足を決めたのよ。勉強会に行く前に見せたかったの。ここからだと分かりにくいけど、違う方向から見ると結構広い沼なのよ」
 私は、入会を決めた珠代と並んだ。
 初勉強会の会場は森の中のレストランだ。一番奥の席に岸田が待っていた。
「会長さんの奥様、骨折したとかで。遅くなりますけど、必ず参加しますから先に始めていて下さいって」
 私は連絡を受けていたことを告げた。三人は昼食を注文する。珠代が言った。
「うちの夫も入院しなくしゃならないのよ」
「うちでは座骨神経痛で一ヶ月も仕事を休んで家にいるわ」私も言う。
「血圧の心配があってダイエットしていますよ。食事は女房が熱心に。ええ、少し痩せました」岸田も言う。
 近況報告のような会話が続いた。

 会長が入ってきた。
「選りにも選って、今日なんだから。家内が股関節を骨折したのよ。救急車で行きましたよ、即入院です」
「この年齢になると、なんやかやとあって。体を大切にしながら勉強しましょ。みなさん、作品は?」
 私はB5版に印刷した作品を出す。会長と珠代も作品を出す。岸田は、今、他の習い事に全力を掛けなくちゃならないので、と作品は無い。
入会している遠方の広瀬は不参加。

 中高年の五人を乗せたボート。横風は容赦なく吹きそうだ。投げ出されても泳ぎ切る覚悟を持たねばなるまい。
 珠代がカップを持ったまま言った。
「ああ、美味しいコーヒーだわ」




同人誌「江南文学」55号掲載済作品「牛久沼」★
長く世話になった「T会」を脱会した後の感想を、新たにお世話になる「江南文学会」への初稿としました。結局はこの「牛久沼文学会」は長くは続かず解散。私は「江南文学会」へ数年参加しました。現在はこの会も解散となっています。


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23 テーピング

2022-07-10 05:40:35 | 夢幻(ステタイルーム)23作


 ピアノの演奏が始まった。
 クラシックから歌謡曲までをレパートリーに持つという今日の演奏者、南川佐和子。六十代半ばだろうか。白い物の混じるカールした髪を揺らして弾く。
 私の席からは、白いしなやかな指の動きが、はっきりと見て取れる。
 七分袖の薄紫のブラウス。同色のサテンのロングスカートが波打つ。
 会場は演奏者の熱気に圧倒されている。
 プログラムは、演奏だけでこなしてきたという過去とは大きく違えて、半分はトークに当てている。
 トークを終え、再び舞台の袖からピアノの前に掛けた時、両手親指の付け根にテーピングが巻かれていた。

 再び力強く弾く。
 二度目のトーク時間を挟んで終盤の演奏を始めた時には、手首から肘まで、腕の両側にテーピングが貼られていた。
 眉間を寄せ、微笑む口元。半開きの瞼。激しく舞う指たち。
 最後のキーが叩かれた。
 会場は一斉に拍手。

 鳴り止むまでには長い時間がかかった。
 次々に花束を抱えたファンが取り囲む。
「わたくしは一束だけ頂いて帰りますわ」
 佐和子は、持ちきれないほどの花束の中から一つだけ抱えると微笑んだ。前髪が汗で濡れている。再び拍手が沸き起こった。
 聴衆の帰るロビーに佐和子がステージ衣装のまま立っていた。沢山の花が籠に入れてある。一本ずつ客に手渡す佐和子の手や腕からは、テーピングが消えていた。
 赤いバラを受け取った白髪の老婦人が、深々と頭を下げた。



著書「夢幻」収録済みの「ステタイルーム」シリーズです。
今回が最終回です。楽しんで頂けましたでしょうか? 


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夏季ダンスパーティー

2022-07-01 08:26:08 | 「とある日のこと」2022年度


アキラ氏の夏季ダンスパーティーに参加しました。
この日は、猛暑日と予想された日です。
毎回某乗換駅で迷っていた私でしたが、この日はスンナリと目的駅に着くことが出来ました。
なので、タップリ待ち時間があり、ゆっくりと休憩することが出来ました。

ドアオープン前に、一度だけK氏にリハーサルをしていただきました。
本番は15時半ごろ。

広いホールに40人前後の参加者が揃い、12時30分から第一部が始まりました。
デモンストレーション、トライアル、フリーダンスタイムの構成の第三部まで。
司会は、今回もアキラ氏のパートナー。




元気で明るいパートナーなので、一気に会場が盛り上がります。
先ずは、断然多い女性のお相手になるダンサーさんたちの紹介。
いずれもダンディーな面々。
女性の参加者さんたちは、色とりどりのドレス姿です。
他に、プロのカップルのお客様が参加するとのこと。
パーティーの最後に素晴らしいダンスを見せていただきました。

第二部の9番目にアキラ氏とタンゴを。
第三部の7番目にK氏とスローホックストロット。
大きな失敗なく踊ることが出来たつもり・・・・・

お二人にはレッスンを受けていました。
面倒見ていただいてありがとうございました。
楽しく和気あいあいのパーティーでした。
この日にお世話になった皆様に感謝です。

ホット一息。

さて、今後はどうなることでしょう・・・
レッスンの必要性はあると思います。
何といっても基本を忘れないように。
特にお相手になる男性の踊りに慣れること。
積み重ねることで、出来ないことが出来るように。

だんだんと身体のバランスは偏るもの。
レッスンを続けてダンスを踊り続けていれば、柔軟性やバランスをとれる身体を保てるのではないか?
躓いたり転んだりするリスクを少しは緩和出来る気がする。

次回の参加は出来るかどうかは分からない。
自分の心身に挑戦するつもりではいるが・・・・・
はてさて? どうなりますやら・・・


重々のレッスン終えて夏舞踏


アキラ氏とタンゴ


リーダーの導くままに夏舞踏


K氏とスローホックストロット