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子(ね)の口を発ったのは、凍て道が解け始めた時刻。いくつもの滝を見て来たが、滝の白さもそうではあるが、芽吹き始めた木々の梢が、陸奥の遅い春を謳歌しているように萌えたっていた。
石ケ戸に近づいた時、岩屋に寄り添ったカツラの木にもたれた女が笑いかけた。
「どこまで行きますの」
女は、薄緑の絹を片方の肩に掛けていた。象牙色の着物の裾まで垂れ、僅かな風に揺らいでいる。
「石ケ戸の岩屋を見たら、引き返すのさ」
お婆は、気を締めた。病人を装い、旅人を襲うという伝説の女盗賊を思い出したからだ。
女は、手の甲を口に当て、声を殺して笑った。それは、いかにも天女のように、桜色の肌が小刻みに波打っている。
「おばばさん、わたしが怖いのですか」
「いや。何も怖いことはない」
「でも、その目がそう言っていますよ」
「あんた、そこで何をしているのだい」
「人を待っていますの」
女は、薄緑の絹布を揺らして、少し斜め下からお婆の目を見た。瞳には奥入瀬の流れが映り、深く睫毛が影を落としていた。
「人って、誰さ」
「おばばさんかもね」
「じょ、冗談だろう」
つっと、女が一歩踏み出した。お婆は、弾かれたように後ろに飛び退いた時、岩肌の湿りに足を取られてよろけた。
女は、慌ててお婆を抱きとめた。
「ごめんなさい。悪戯しちゃって。待っていたのは、うちの人なのよ」
甘い香りの中で、お婆は気を失った振りをしていた。
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