トコトコ東海道
鳴海宿
[鳴海宿]
東海道五十三次、40番目の宿場町で鳴海宿の東と西の端に設けられた常夜燈は今も両方残されており、(丹下町常夜燈、平部町常夜燈)と寺が多い街【鳴海寺詣り歌】わらべ唄 でうたわれています。本陣1軒、脇本陣2軒、旅籠68軒があり、宿場町が約1.5キロに渡って続いていたことを知ることができます。今川方に最初に寝返った根古屋城(鳴海城)、1394~1428年(応永年間)に安原宗範が築城したもので、1560年(永禄3年)の桶狭間の戦いでは、今川義元軍の武将岡部元信が、この城で織田軍と戦った。その後、織田信長の手に渡り1590年(天正18年)に廃城となってしまった。また桶狭間の戦いで信長が奇襲作戦に入る際に集結した善照寺砦跡もこの界隈にあります。
[鳴海絞り]
有松と鳴海は現在共に名古屋市の緑区に属しているが、名古屋市に編入されるまでは有松は知多郡、鳴海は愛知郡に属しており、元々は全く別の地域である。有松絞りと鳴海絞りは現在でこそ「有松・鳴海絞り」として一括して伝統工芸品に指定されているが、江戸時代より互いに本家争いや販売、訴訟合戦を繰り返し、戦後に友禅の人間国宝山田栄一を鳴海絞りの人間国宝にもしようと運動が行われた際には、有松側から横槍が入ったと言われる。なお、江戸時代にも絞り染めの生産の中心は一貫して有松地域であったが、正式な宿場ではない有松は旅人の停留する所ではなく東海道五十三次の一つであった鳴海宿においても販売を行ったことから、有松絞りも江戸では専ら「鳴海絞り」と呼ばれていた。
宿の東と西に常夜灯が両方残されており、宿場町が約1.5㎞渡っていたことが分かる。
[鳴海は寺の多い街【鳴海寺詣り歌】わらべ唄]
東海道の鳴海宿 寺銭用意しなされや 西よりはじまる寺参り 風呂敷かぶりの光明寺・花井小路の長翁寺・ちょっと入った東福院・お腹に仏の如意寺・出たり入ったり誓願寺・三猿がまえ圓道寺・縁の高いは円龍寺・まんまん曲がって万福寺・木林山を真っ二つ・右に構える浄泉寺・中島橋の三つ股を左に行けば浄蓮寺・右にとれば善明寺・平部はずれの金剛寺・松原越えて四本木の左に傾く神明社・右に行けば御諏訪社・中におさまる二殿様・越えて絞りの有松の左に高い天満社・右にとれば桶狭間・信長公の奇襲戦・義元公の首塚に・その霊まつわる長福寺
ぶらりみてある記・トコトコ東海道・鳴海宿(戦国時代の名残と伝統が息づく街)
・戦国時代には尾張織田、駿河今川両勢力が拮抗する最前線でした。間の宿の有松には、有松絞の伝統が息づいています。木綿の有松絞が、東海道を行く旅人に名産品として売られ、伝統産業として今も受け継がれています。桶狭間古戦場跡に近い高徳院には今川義元の墓、義元の鎧掛け松、お化け地蔵などがあります。芭蕉との縁も深く、芭蕉存命中にできた唯一の千鳥塚(自筆)や瑞泉寺には最古の芭蕉供養塔も。じっくりと歴史をかみしめてみたいものです。
問い合わせ:TEL (052)621-0111
住 所:〒458-0924 愛知県名古屋市緑区有松3008番地
「ぶらりみてある記 トコトコ東海道」公式サイト です。
http://www.aichi-kanko.jp/tokotoko/index.html
信長と歩くのホームページです。
http://www.nobunagawalking.ncvb.or.jp/
名古屋を歩こうのホームページです。
http://toppy.net/nagoya/
トコトコウオーキング開催ということで11月20日(土) 宮宿・鳴海宿(名古屋)桶狭間合戦450周年記念・織田信長ウォーキング「桶狭間進軍コース」をゆくということで参加した来ましたが、当日は天気も良くて暑いぐらいの日でちょっと早めに鳴海についたのですがすごい人が並んでおりこんなに参加者が多いのかとびっくりでした。距離は6.5キロで約2時間半と書いてありましたがポイントではボランティアの方が説明をされておりいろいろ聞きながら歩いていたら結構時間がかかり3時間ぐらいかかりましたが何とか歩ききることができました。絞り会館横や関ヶ原古戦場公園、ゴール地の桶狭間神明社などでは色々な催しあがあってすごい人出でこうい場所ではゆっくり見ることができなかったです、また途中ではこの日だけ中を開放して見せてくれる場所も結構ありました。13時半から絞り会館で桶狭間歴史トーク「安部龍太郎」講演会がありましたので聞いてきましたが小説家の語りは面白おかしくでどのくらいが真実かよくわからない部分があり話半分かなと思って聞きましたが大学などの研究者のほうが真実がわかるのではと思いました。私も自分でカメラのルーツ記事などを書きますが実資料及び実物を集めないと人の書いた記事は時には違っていてまたこの記事を見て違ったことを堂々と書いている方も多々います。
《 高札 》
《 成海神社 》
《 浄泉寺 》
《 瑞泉寺 》
《 万福寺 》
《 鳴海・町並み》
《 平部常夜灯 》
《 有松の町並み 》
【有松と有松絞り】 絞りの町有松は、江戸時代の初め、徳川家康が江戸に幕府を開いてまもない慶長13年1608年)に、絞り開祖竹田庄九郎らによって 誕生しました。 有松絞り400年の歴史は、尾張藩が有松絞りを藩の特産品と して保護し、竹田庄九郎を御用商人に取り立てたことからはじ まりました。 旅人が故郷へのお土産にと、きそって絞りの手拭、浴衣など を買い求め、これが街道一の名産品となり、その繁栄ぶりは、北斎や、広重の浮世絵にえががれたが、鳴海の宿は有松を描い たもので、 「 名産有松絞り」と記してあります。 この有松絞は、東海道の旅人にもてはやされ、有松は繁栄を誇りました。 昔の繁栄と、日本建築の美しさを今に伝える町並みは、天明4年(1784)の大火で村の大半が焼失してしまいました。その際、火災に備えて漆喰による塗籠造とし、萱葺き屋根を瓦葺としました。今も当時の面影を残した豪壮な町家が立ち並んでいます。また、服部家住宅と服部家土蔵は愛知県が「有形文化財」に指定し、岡家住宅・小塚家住宅・竹田家住宅は名古屋市が「有形文化財」に指定しています。名古屋市の町並 み保存指定第一号として、また全国町並み保存連盟の発祥地と しても知られています。有松には毎年大きな祭りが2つあります。ひとつは6月の第1土・日「絞りまつり」、もうひとつは10月第一日曜に開催される「天満社秋季大祭(通称、山車まつり)」です。
問い合わせ:TEL (052)621-0111
住 所:〒458-0924 愛知県名古屋市緑区有松3008番地
地域ホームページ有松です。
http://www.accommo.co.jp/arimatsu/
有松・鳴海絞会館のホームページです。
http://www.shibori-kaikan.com/
《 武田邸 》
《 服部邸・井桁屋 》
《 街角 》
桶狭間の古戦場
【桶狭間の戦い】桶狭間の戦いは、永禄3年(1560)5月19日(太陽暦の6月22日)駿河・遠江・三河の領主今川義元約25000人と圧倒的な軍勢を引き連れた駿河の戦国大名・今川義元に対し、その10分の1程とも言われる軍勢で立ち向かった尾張の大名・織田信長が今川本陣を強襲し、今川義元を討ち取り勝利したという歴史上最も有名な逆転劇の戦いのあった地域です。歴史的な建造物はありませんが、多くの史跡があます。
桶狭間の戦いは、現在の緑区桶狭間を中心に繰り広げられたといわれますが、関連する城・砦などの史跡は名古屋市緑区・豊明市の両地域に点在しています。桶狭間古戦場といえば豊明市の中京競馬場前が知られているが、豊明の古戦場跡からひと山越えた西側の名古屋市緑区有松町桶狭間にも「桶狭間古戦場公園」がある。公園近くの長福寺の本尊は、今川義元の茶坊主・林阿弥が持参した阿弥陀如来像で境内には戦死者の供養塔もある。両者の距離は1kmないので、この一帯が合戦の地と考えれば問題ないが、名古屋市側の「桶狭間古戦場公園」にも今川義元戦死の地があり、本陣の位置はいまだに定かではない。雰囲気という面からいえば、「桶狭間古戦場公園」は、 土地区画整理事業で誕生した公園で、圧倒的に豊明の古戦場跡の方が雰囲気がある。現在は古戦場は宅地開発がされて、いろんな遺跡は住宅街の真ん中にあったりで一人では回るのが難しいくらいでボランティアの方に案内して頂かないと回れないみたいですね。
問い合わせ:TEL (052)621-0111
桶狭間古戦場保存会のホームページです。
http://okehazama.net/