知り合いの社労士さんを通じ、ある社労士さんから次のようなご質問をいただきました。
『私は「支分権は5年で時効。基本権に時効はない」と理解しています。たかが1枚の書類ですが、「恩恵で請求させてあげている」という国の姿勢が背景にあるのであれば、納得行きません。』
この社労士さん、ある年金の遡及請求をしようとしたら、「さかのぼって支給されるのは、時効にかからない5年分だと承知しております」という念書の提出を求められ、「なんでやねん!」といきどおっておられるみたいですね。
年金の時効にかかる問題です。長文になりますが整理してみましょう。
基本権にも時効はあります。以下は、時効特例法にともなって改正される前の国年法102条です。1項の「年金給付を受ける権利」が基本権にあたるものとされ、「5年で時効消滅する」と規定されています。
国年102条(時効)
1 年金給付を受ける権利は、その支給事由が生じた日から5年を経過したときは、時効によって、消滅する。
2 前項の時効は、当該年金給付がその全額につき支給を停止されている間は、進行しない。
3 保険料その他この法律の規定による徴収金を徴収し、又はその還付を受ける権利及び死亡一時金を受ける権利は、2年を経過したときは、時効によって消滅する。
4 保険料その他この法律の規定による徴収金についての第96条第1項の規定による督促は、民法(明治29年法律第89号)第153条の規定にかかわらず、時効中断の効力を有する。
6 保険料その他この法律の規定による徴収金については、会計法(昭和22年法律第35号)第32条の規定を適用しない。
上記の条文に出てくる、会計法(国による歳入徴収、支出、契約等について規定した法律)の規定は次のとおりです。ポイントは、31条1項の「時効の援用がいらない」という部分です。
第30条(時効)
金銭の給付を目的とする国の権利で、時効に関し他の法律に規定がないものは、5年間これを行わないときは、時効に因り消滅する。国に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
第31条
1 金銭の給付を目的とする国の権利の時効による消滅については、別段の規定がないときは、時効の援用を要せず、また、その利益を放棄することができないものとする。国に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
2 金銭の給付を目的とする国の権利について、消滅時効の中断、停止その他の事項(前項に規定する事項を除く。)に関し、適用すべき他の法律の規定がないときは、民法の規定を準用する。国に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
第32条
法令の規定により、国がなす納入の告知は、民法第153条(前条において準用する場合を含む。)の規定にかかわらず、時効中断の効力を有する。
時効の「援用」とは、時効によって利益を受ける者(援用権者)が、時効が成立したことを主張することです。時効による権利の取得・消滅は、法律の定める時効期間が経過しただけ決まるものではなく、援用があってはじめて確定的に生じるものだそうです。これは、時効の利益を受けないで真実の権利関係を認めようとする者の意思も尊重する必要があるからだそうです。なるほどねえ。
基本権は受給権者が持つ国に対する権利ですから、31条1項の後段にあたります。これについては「援用がいらない」、しかも「放棄できない」と規定されています。この規定によれば、基本権は5年間行使しなければ、いわば自動的に時効消滅してしまうことになるわけですね。
ただし、31条1項には「別段の規定がないときは」という条件がついています。基本権については国年法102条という別段の規定があります。ということは、基本権を時効消滅させるには「援用がいる」ことになります。そして、国は従来、この「援用をしないことによって」、何十年前のものであっても基本権の発生を認めてきたのです。まあ、これを「恩恵」と呼ぶかどうかは人それぞれ。
一方、支分権については、改正前の国年法102条には明確にそれにあたる規定が見当たりません。となると、支分権には「別段の規定がない」ことになり、時効については会計法が適用され、「援用はいらない」し「時効の放棄はできない」ことになります。このことから、従来、支分権は5年で時効消滅していたのです。
さて、年金記録問題の発生によって時効特例法ができ、5年を超える過去分の年金が支給されることとなりました。これにともなって、年金法の時効の規定が次のとおり改正されました。
国年102条(時効)
1 年金給付を受ける権利(当該権利に基づき支払期月ごとに又は一時金として支払うものとされる給付の支給を受ける権利を含む。第3項において同じ。)は、その支給事由が生じた日から5年を経過したときは、時効によって、消滅する。
2 前項の時効は、当該年金給付がその全額につき支給を停止されている間は、進行しない。
3 給付を受ける権利については、会計法(昭和22年法律第35号)第31条の規定を適用しない。
4 保険料その他この法律の規定による徴収金を徴収し、又はその還付を受ける権利及び死亡一時金を受ける権利は、2年を経過したときは、時効によって消滅する。
5 保険料その他この法律の規定による徴収金についての第96条第1項の規定による督促は、民法(明治29年法律第89号)第153条の規定にかかわらず、時効中断の効力を有する。
6 保険料その他この法律の規定による徴収金については、会計法第32条の規定を適用しない。
一目瞭然ですね。1項に支分権にあたる規定が付け加わりました。支分権についても「別段の規定」ができたのです。こうなると、支分権を時効消滅させるには、基本権と同様に国による援用が必要になります。ちなみに、新たに3項を設けて、「援用がいらない」という会計法31条を適用しないとも規定しています。念入り規定というやつでしょうか。
ところで、時効特例ができても、5年を超える過去分が支給されるのは、あくまでも記録訂正にともなう年金だけです。単純な請求遅れについては、あいかわらず支給される過去分は5年だけです。
そこで現在は、時効特例にあたるものについては「援用をしないことによって」5年を超える過去分をすべて支給し、時効特例にあたらないものについては逆に「援用をすることによって」さかのぼって支給される年金を5年間分だけに限っているのです。すなわち、「援用をする・しない」によって使い分けているわけですね。
以上が、現時点における時効に関する私の解釈です。ちなみに、この状況はあまり好ましいことではありません。基本権についても支分権についても、時効消滅するかどうかは、国が「援用をする・しない」によって決まるわけです。そこに、国の恣意が入る余地が生じます。これは、好ましいとはいえませんね。
『私は「支分権は5年で時効。基本権に時効はない」と理解しています。たかが1枚の書類ですが、「恩恵で請求させてあげている」という国の姿勢が背景にあるのであれば、納得行きません。』
この社労士さん、ある年金の遡及請求をしようとしたら、「さかのぼって支給されるのは、時効にかからない5年分だと承知しております」という念書の提出を求められ、「なんでやねん!」といきどおっておられるみたいですね。
年金の時効にかかる問題です。長文になりますが整理してみましょう。
基本権にも時効はあります。以下は、時効特例法にともなって改正される前の国年法102条です。1項の「年金給付を受ける権利」が基本権にあたるものとされ、「5年で時効消滅する」と規定されています。
国年102条(時効)
1 年金給付を受ける権利は、その支給事由が生じた日から5年を経過したときは、時効によって、消滅する。
2 前項の時効は、当該年金給付がその全額につき支給を停止されている間は、進行しない。
3 保険料その他この法律の規定による徴収金を徴収し、又はその還付を受ける権利及び死亡一時金を受ける権利は、2年を経過したときは、時効によって消滅する。
4 保険料その他この法律の規定による徴収金についての第96条第1項の規定による督促は、民法(明治29年法律第89号)第153条の規定にかかわらず、時効中断の効力を有する。
6 保険料その他この法律の規定による徴収金については、会計法(昭和22年法律第35号)第32条の規定を適用しない。
上記の条文に出てくる、会計法(国による歳入徴収、支出、契約等について規定した法律)の規定は次のとおりです。ポイントは、31条1項の「時効の援用がいらない」という部分です。
第30条(時効)
金銭の給付を目的とする国の権利で、時効に関し他の法律に規定がないものは、5年間これを行わないときは、時効に因り消滅する。国に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
第31条
1 金銭の給付を目的とする国の権利の時効による消滅については、別段の規定がないときは、時効の援用を要せず、また、その利益を放棄することができないものとする。国に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
2 金銭の給付を目的とする国の権利について、消滅時効の中断、停止その他の事項(前項に規定する事項を除く。)に関し、適用すべき他の法律の規定がないときは、民法の規定を準用する。国に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
第32条
法令の規定により、国がなす納入の告知は、民法第153条(前条において準用する場合を含む。)の規定にかかわらず、時効中断の効力を有する。
時効の「援用」とは、時効によって利益を受ける者(援用権者)が、時効が成立したことを主張することです。時効による権利の取得・消滅は、法律の定める時効期間が経過しただけ決まるものではなく、援用があってはじめて確定的に生じるものだそうです。これは、時効の利益を受けないで真実の権利関係を認めようとする者の意思も尊重する必要があるからだそうです。なるほどねえ。
基本権は受給権者が持つ国に対する権利ですから、31条1項の後段にあたります。これについては「援用がいらない」、しかも「放棄できない」と規定されています。この規定によれば、基本権は5年間行使しなければ、いわば自動的に時効消滅してしまうことになるわけですね。
ただし、31条1項には「別段の規定がないときは」という条件がついています。基本権については国年法102条という別段の規定があります。ということは、基本権を時効消滅させるには「援用がいる」ことになります。そして、国は従来、この「援用をしないことによって」、何十年前のものであっても基本権の発生を認めてきたのです。まあ、これを「恩恵」と呼ぶかどうかは人それぞれ。
一方、支分権については、改正前の国年法102条には明確にそれにあたる規定が見当たりません。となると、支分権には「別段の規定がない」ことになり、時効については会計法が適用され、「援用はいらない」し「時効の放棄はできない」ことになります。このことから、従来、支分権は5年で時効消滅していたのです。
さて、年金記録問題の発生によって時効特例法ができ、5年を超える過去分の年金が支給されることとなりました。これにともなって、年金法の時効の規定が次のとおり改正されました。
国年102条(時効)
1 年金給付を受ける権利(当該権利に基づき支払期月ごとに又は一時金として支払うものとされる給付の支給を受ける権利を含む。第3項において同じ。)は、その支給事由が生じた日から5年を経過したときは、時効によって、消滅する。
2 前項の時効は、当該年金給付がその全額につき支給を停止されている間は、進行しない。
3 給付を受ける権利については、会計法(昭和22年法律第35号)第31条の規定を適用しない。
4 保険料その他この法律の規定による徴収金を徴収し、又はその還付を受ける権利及び死亡一時金を受ける権利は、2年を経過したときは、時効によって消滅する。
5 保険料その他この法律の規定による徴収金についての第96条第1項の規定による督促は、民法(明治29年法律第89号)第153条の規定にかかわらず、時効中断の効力を有する。
6 保険料その他この法律の規定による徴収金については、会計法第32条の規定を適用しない。
一目瞭然ですね。1項に支分権にあたる規定が付け加わりました。支分権についても「別段の規定」ができたのです。こうなると、支分権を時効消滅させるには、基本権と同様に国による援用が必要になります。ちなみに、新たに3項を設けて、「援用がいらない」という会計法31条を適用しないとも規定しています。念入り規定というやつでしょうか。
ところで、時効特例ができても、5年を超える過去分が支給されるのは、あくまでも記録訂正にともなう年金だけです。単純な請求遅れについては、あいかわらず支給される過去分は5年だけです。
そこで現在は、時効特例にあたるものについては「援用をしないことによって」5年を超える過去分をすべて支給し、時効特例にあたらないものについては逆に「援用をすることによって」さかのぼって支給される年金を5年間分だけに限っているのです。すなわち、「援用をする・しない」によって使い分けているわけですね。
以上が、現時点における時効に関する私の解釈です。ちなみに、この状況はあまり好ましいことではありません。基本権についても支分権についても、時効消滅するかどうかは、国が「援用をする・しない」によって決まるわけです。そこに、国の恣意が入る余地が生じます。これは、好ましいとはいえませんね。
私は今年、3回目の社労士試験を予定している受験生です。
年金の時効のところで、なぜわざわざ会計法31条の規定を適用しない、と書いてあるのかわからず、ネットで検索していたところ、先生のブログにたどり着きました。
おかげさまで理解が進み、スッキリした気持ちで先に進めます。
しかしながら、3回目の試験なのに私のような理解度ではまだまだ、と反省もしております。