弛まぬ空

酷く個人的かつ内面的な日記

学問分野での迷い-対立軸からは逃れられない

2018-06-16 18:27:19 | 思考
臨床心理を志していた時に、臨床心理学と基礎心理学で、
科学性vs生態学的妥当性
という問題が存在した。

だが、ある本を読んでそこの対立軸はそんなに大事ではないということにも気づいた。
結局、多かれ少なかれ、
・心理学では因果に完璧に迫ることなど出来ない

というのも、心理学で用いる統計は究極の因果は提供しないし、普遍性も提供できない。
・ランダム割り当てと操作による剰余変数の統制は完璧には出来ない。
じゃあ、何がその補完をするとなると、
・個人差、文脈的影響の考慮をすること
だが、
・それらは変数として扱うには多すぎる。


故に、心理学で普遍的かつ客観的な「真実」には迫れない。
(真実に関しての論争あり)

そして、そもそも、自分が扱いたいことは心理学の範疇にない。
(意識、世界、死、時間などなど)


では、ということで、哲学ー科学哲学、心の哲学ではどうだろうか。
と考え、実際に科学哲学の勉強を始めたが、

・理系リテラシーがないのに、最先端の研究を読み解けるか
という問題と、
今度は、
思弁と解釈vs実証性
という対立軸が生まれてしまった。

それに対しては
・大抵の科学哲学者は科学哲学と同時並行で研究も行っている
というのが一つの対立軸の解消法としてあるが、文系-法学部出身の自分はそういう畑がない。
あるとしたら、心理学か臨床心理学だろう。
(幸い、心の哲学だけでなく、心理学の哲学という分野が存在する)

だがそれでも、
・創造的、実証的な知見を一次生産する
事はほぼ出来ない。それは諦めねばならない。

あとは、科学リテラシーを身につけたうえで、法学部卒、法律の資格を目指していたことを活かして、
・倫理規範の提案
が出来るのかもしれない。
これも幸い、科学技術倫理や生命倫理という分野が存在し、興味もあれば、これからホットで有り続けるだろう領域だ。

結局、これでやっていくしかないよね。

まとめると、
・実証的知見を参照にしながら心理学の哲学、心の哲学をメインでやり、
・科学リテラシーを出来るだけ身につけたうえで、
・各種、倫理的な問題にもコミットし、
かつ、
・興味のある個別の学問分野も学んでいき、サイドワークとしてそれらの考察を行う。

ことが筋道だろう。
まあ、一生勉強やな。それも覚悟しないと。
(そもそも、勉強を勉強と思わない領域が存在することが僥倖)

全てはこれからだ。


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