『ゆきのひのたんじょうび』(1972年12月)
「もう秋も深まってきました。この絵本を武市さんの案でごいっしょに考えだしたのは今年のはじめだったので、ほとんど一年中この本のことを考えて暮らしていたことになります。
絵を描く時間はたかがしれていますし文章をみんなで考えるのもそうはかかりません。それなのにどことなくこの本のことを考えていたのは、この本を考えていると、なにかほっとして楽しかったからだと思います。他の仕事をすませた後この絵本のゲラ刷を繰ってみたり、言葉のことを考えているとき、まだ私には、することがあるんだという、生きがいみたいなものを感じていました。
この世の中にひしめきあって長く暮らしていると、時には疲れてしまい、もういつ死んでもいいと思ったりするのです。まだ年とった母も生きていますし、息子も一人前とはいえないのに「私がいなければいないでなんとかなるでしょう」とこう思うのは、これは私が病気のせいでどこか気弱でさびしくなっているせいでしょう。
男子が一歩外へ出ると七人の敵がいるそうで、私は女子だからそんなことはないと信じておりましたが、女も一人前になると二、三人の敵はいるようです。本当の敵なら勇ましく立ち向かえるのですが、敵であろうはずのない人がときどき舌を出したり、足をすくったりすので本当に心臓がドキンとして冷や汗をかいてしまいます。
「みんな仲間よ」私は自分の心にいいきかせて、なつかしい、やさしい、人の心のふる里をさがします。絵本の中にそれがちゃんとしまってあるのです。そして私が描きかけている絵本のなかにも。だから、私は一年中頭のどこかでいつも絵本のことを考えているにちがいありません。この”絵本のしあわせ”が、みんなの心にとどくように、もし私が死ぬまでこうして絵本をかきつづけていけたとしたら、それは本当にしあわせなことです。」
『ゆきのひのたんじょうび』
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