「せっかくだから、ここで『アン』の妖精について書いてみよう。
妖精と一口に言っても、『アン』には、さまざまな妖精たちが描かれる。たとえば先の詩の妖精は、原文ではエルフと書かれている。エルフは、森や丘に群れをなして棲む、小人のような妖精だ。腕白な悪戯をすることもある。緑の草地を好み、真夜中につどって歌い踊り、台所で悪戯をしたり、逆に、寝ている間に家事を手伝ったりする。
『アン』には、エルフのほかにも、さまざまな妖精が出てくる。
まず、ギリシャ神話の森と木の精ドライアド。
英語文化圏の妖精としては、
フェアリー(悪さをしない妖精一般)、
インプ(悪戯な小鬼)、
ゴブリン(鬼)、
ディヴィニティ(森や水の精、神と人間の中間的な存在)、
スピリット(精霊)だ。
一口に妖精と言っても、モンゴメリは、この七種類を描きわけているのだ。よって拙訳では、ルビをふって区別できるようにした。
これらの妖精は、シェイクスピア劇にも出てくる。92年に、CD-ROM版『シェイクスピア全集』で、それぞれの英単語を入れて検索してみた。エルフ(複数形のエルヴズもふくむ)が全戯曲中に八か所、インプが六か所、ディヴィニティが九か所で登場する。たとえば『夏の夜の夢』『ヘンリー五世』『ハムレット』『ウィンザーの陽気な女房たち』『リア王』『十二夜』『オセロー』『恋の骨折り損』『リチャード二世』などだ。
これまで、『アン』の妖精は、ファンタジーとして少女趣味に語られることが多かった。だから私も訳すまでは、そのようなものだと思っていた。
いかし、妖精文学とでもいうべきジャンルが英文学作品にあることを知るにつれ、『アン』に描かれる妖精は、もっと奥が深いのではないかと思い直すようになった。なぜなら、『アン』に作品が引用される作家たちは、妖精に関する作品を残している。モンゴメリは、それから影響を受けたと思われるからだ。
たとえば、『アン』にたびたび登場するスコットランドの作家サー・ウォルター・スコットは、スコットランド地方の妖精の伝承や民話の収集家としても名を知られ、『スコットランド国境地方の歌謡』に妖精についての解説を残している。これは今でも妖精研究の原典となっている。アンが暗誦できると語るスコット作『湖上の麗人』にも、妖精物語『アリス・ブランド』が入っている。
さらに『アン』に『批評論』の一節が引用されるイングランドの詩人アレキサンダー・ポーブ(1688~1744)は、物語詩『髪盗み』で、空気の精霊シルフを描いている。
ほかにも、スコットランドの詩人ロバート・バーンズによる詩『タモシャンター(シャンターのタム)』は、教会の窓から、魔女たちがくりひろげる狂宴をのぞき見る話だ。この詩の主人公、農夫タムにちなんで名づけられた大きな帽子「タモシャンター」を、アンがかぶっている描写もある。」
⇒続く
(松本侑子著『赤毛のアンに隠されたシェイクスピア』、141-144頁より)
プリンス・エドワード島のアンの家「グリーン・ゲイブルズ」
モンゴメリさんが『赤毛のアン』を清書したタイプライター、
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