ミントティーをのみながら

午後のひとときお茶を飲みながらの独り言です

司馬遼太郎の事 3

2005-09-12 | MY ノート
法話について

法話もまた、ひとつの芸術であろう
自分の宗教的信念を、他の人に伝える場合、それは芸術的操作をへなければならない。
芸術的結晶をとげていない法話に、たれも感銘するはずは、ないからである。

ほんとうの宗教家というのは、自分の宗教的信念を、真に芸術化しうる人にちがいない。
われわれは、そうした実例を、多くの先哲になかにもっている。
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と、司馬遼太郎が書いている

宗教家と呼ばれる人の法話が聞きたいと思う
毎日の生活を振りかえるよすがにしたい
堕落的な生活に活を入れる言葉が聞きたいと思う

最近の、身近な宗教関係者は「法話」を一切しない
語るべきなにかをなくしているのかもしれません


子供のいる風景は

2005-09-12 | MY ノート
最近、家族づれを見かけると必ず子供は一人
二人いると、「あら」と 思うほど
さらに、三人の子供連れだと、両親に「えらい!!!」と感謝すらしている

少子化がすすんでいるなあと思う

子供を安心して産み、育てていける環境が崩れていっているのだから
子供を多く
と、思っても無理なのだろう

働く場がない、ずっと働ける保証がない
一人の子供の成長、教育に大金が掛かる
環境が悪い
保育園などの設備の不備
社会の無関心
など、数え上げればキリがないほど

郵政だの、年金だのと言って選挙するよりも

「少子化」問題のほうが、日本の将来にとって大きな問題だと思う