【視点】:戦争犠牲者確定の意味 命の尊厳回復のために 編集委員・熊倉逸男
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【視点】:戦争犠牲者確定の意味 命の尊厳回復のために 編集委員・熊倉逸男
イスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの攻撃が始まり100日余りがたった。パレスチナ側の死者は2万6千人を超え、民間人の女性や子どもの多さが際立っている。
![19日、イスラエル軍の攻撃後、パレスチナ自治区ガザで立ち上る煙=AP](https://static.tokyo-np.co.jp/image/article/size1/7/f/e/a/7feab29b9a9bd7d42146f1f042a90766_1.jpg)
19日、イスラエル軍の攻撃後、パレスチナ自治区ガザで立ち上る煙=AP
死者数の情報源はガザ保健当局だ。国連も信頼に足るとして引用している。
英BBC放送によると、保健当局の作業は、病院で死亡し遺族による身元確認が終わった死者をそのまま報告するというシンプルなものだ。
五十嵐元道・関西大教授の「戦争とデータ」(中公選書)によると、遺体を保護し、戦死者数を確定しようとする動きが出てきたのは、19世紀後半になってからだ。
戦乱が相次いだ欧州で人道主義的な考えが広まり、遺体による感染症まん延や遺体からの略奪防止、遺族への配慮などのため戦死者保護への意識が高まった。1906年に改定されたジュネーブ条約で戦死者保護規範を明文化し、戦死者の検視と身元確認、略奪禁止などを盛り込んだ。
しかし、その後続いた二つの世界大戦ではこれらの規範が守られたとは言えない。
第2次大戦では民間人の犠牲者も増大したため、49年、条約はジュネーブ諸条約として拡充され、文民保護などを盛り込んだ。
ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)は、ナチスが隠蔽(いんぺい)を図ったため不明な部分も多く、犠牲者数も諸説ある。戦後、イスラエルとの関係修復を重視したドイツ政府は、研究者らの主張する上限に近い600万人の推計を受け入れた。メルケル前首相は2008年、イスラエル国会での演説でこの数字を引用し謝罪した。政治的な決断が犠牲者数を確定した例と言える。
近年、戦争犠牲者数の確定はより緻密になっている。
五十嵐教授によると、法医学など科学的調査を駆使して犠牲者数を調べたのが、旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所だった。紛争時の失踪者や死者のリストを作り、埋葬地を割り出して遺体を発掘し、DNA鑑定により遺体を識別、虐殺に関わった司令官や政治家らを裁いた。
しかし、検証作業が実施できたのは1995年末の和平合意後。戦火の中での犠牲者数確定には困難が多い。
信頼できるとされるパレスチナの死者数も、病院経由に限られる。建物の下敷きになった人や病院に運ばれずに埋葬された人は含まれておらず、実際の死者はさらに多くなる可能性があるという。
間もなく2年がたつロシアによるウクライナ侵攻での双方の戦死者は、両国それぞれの発表と、メディア報道のいずれもが食い違う。
無味乾燥な数字の話と言うなかれ。カウントすらされない犠牲者や遺族らの無念はいかばかりか。死を認定することで、かけがえのない人生が奪われたことも確認できる。すみやかに停戦を実現させて調査に入り、戦犯の罪を問い犠牲者の尊厳が回復されることを願う。(論説委員)
元稿:東京新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【視点】 2024年01月31日 06:00:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。
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