【社説①】:年のおわりに考える 社会の未来を育む責任
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説①】:年のおわりに考える 社会の未来を育む責任
「終業時間だから帰ります」
チャーターバスの運転手はそう言い残し、10人ほどの乗客を残したまま走り去りました。
2018年のある日の夕刻、日本記者クラブ取材団の一員として社会保障政策の取材で訪れたスウェーデン・ストックホルムでの出来事です。遠ざかるバスを見送りながら、どんな状況でも残業しない働き方に驚くばかりでした。
別の取材先でも同じような体験をしました。当地で会った労働政策の研究者=写真、中央奥=は開口一番、「この後、保育所へ子どもを迎えに行くので」と取材終了時間を告げました。この国では仕事と、子育てなど生活との両立が当然の権利なのです。
スウェーデンは福祉国家として知られています。さまざまな子育て支援策が充実しています。移民流入も一因ですが、仕事と子育ての両立支援が奏功して人口は増加傾向にあります。
◆スウェーデンの危機感
少子化による人口減社会が迫る日本が参考にできる政策はあるのでしょうか。国情が違い、そのまま導入できるものではありませんが、人口減で社会が縮み、生活が立ちゆかなくなることへの「危機意識」は共有できます。
スウェーデンは1990年代初頭の経済危機や2008年のリーマン・ショックなどで深刻な社会危機に直面しました。人口約1千万人、日本の10分の1にも満たない国でもあり、多くの国民が働くことで社会を支えないと、国際競争の中で生き残れません。
この危機を乗り切るために、子育てと仕事との両立を実現する働き方と子育て支援策を整えてきたのです。専業主婦率は今では2%程度ともいわれます。
人口減は換言すれば「社会が貧しくなる」。人が減れば消費が落ち込み、経済が停滞します。スーパーには多種多様な商品が並びますが、売れなくなれば生産量も種類も減ります。物流が滞れば商品は届きません。業績が悪化すれば賃金が増えないばかりか、経営体力のない企業は倒産や廃業を迫られ、雇用を失う悪循環です。
年金、医療、介護などの社会保障制度の財源は主に現役世代の保険料です。働き手が減り、賃金が伸びなければ社会保障の給付も縮小せざるを得なくなります。
人材難は自治体の行政サービス低下も招きます。
若い世代が結婚や出産・子育てに向かわない最大の要因は、自分や社会の将来に希望を持てないことや、生きづらい社会という現実に直面しているからです。
安定した職に就くにも、大学卒業を目指さないと難しい状況で、親世代は子どもの教育費捻出に苦労しています。しかも大卒後に正社員となっても賃金は長らく上がっていません。
一方、所得に占める税や社会保険料の負担割合を示す国民負担率は、70代が30代だった時代には約3割でしたが、今は5割に迫り、実質的に賃金の半分しか手にできないのが現状です。
長時間労働が子育てを阻み、子育て中で就労に制約がある人は自らのキャリア形成や賃金の面で不利になっています。
◆「子育て罰」なくすには
こうした子育てしにくい社会構造が、まるで罰を与えているようだとして「子育て罰」と表現する専門家もいます。
年配世代には、子育ては自力でと考える人が多いかもしれませんが、若い世代を取り巻く環境は厳しく、個人の力だけでは限界があります。出産や子育ては社会全体で支えねばならないのです。
子育て世代を社会が支える一例を紹介します。母親である同僚記者が1歳の娘を連れて家族で銭湯に行ったときの体験です。
「1歳の娘を連れて、家族と銭湯へ行った。私1人で娘をみるのは大変だろうと、夫と小学生の息子2人は娘を引き受け男湯へ、私は1人女湯へと別れた」
「『ギャーギャー』。浴室に入るや、壁を挟んだ男湯から大きな泣き声が飛び込んできた」
「恐る恐る脱衣所を出ると、待っていたのは笑顔の4人。娘の体を洗ってあやし夫を手伝った息子2人は、様子を見ていた男性客に『えらかったな』と頭をなでられていた」
「育児をしていると、子どもが他人に迷惑をかけないかと、気を張る場面は少なくない。快く受け入れられる体験に、どれほど励まされることか」
子どもたちは社会の「未来」です。育む責任は、今を生きる私たち世代全体が負っているのです。
元稿:東京新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】 2023年12月30日 08:02:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。