オンナノイッショウ

読んだり書いたりお腹空かせたり酔っ払ったり観たり憧れたり、咥えたり交渉したり惚れこんだり憤ったり失笑したり。要は徒然。

あんたー!そのお金だけは、、、!

2007-10-28 18:05:00 | Weblog
自虐の詩 (上)
業田 良家
竹書房

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会社の休憩室に置いてあった、R25。
その中に見つけた「自虐の詩」映画化の広告!
わーい
昔から大好きで、単行本持ってるんだよね
やっと陽の目を見たか、な感じでものすごーく楽しみにしてます。
昨日からかな? ロードショー。
中谷美紀が幸江さんの悲しい感じ(要は、ブサイク)が出せるかしらん。
仕事しない、ギャンブル好き、お金入れないイサオさん(あんた)の
ダメっぷりが、過去の何かを思い出させる(泣笑)のよね。
絶対行きまーす

(とうとう)ヴィスラート、マジャロルサーグ!

2007-10-27 23:05:35 | 行ったところ
※ではまた、ハンガリー! です。
旅行から帰ってもう1カ月たったのね。。。
早いです。

さてさて、せっかくなので完成させます、中欧旅行記。
ハンガリーの前の2カ国では移動ばっかり
(ワルシャワ2泊、クラクフ1泊、プラハ2泊にチェスキー・クルムロフ1泊。疲れるね、そりゃ)
だったので、
ブダペストではのんびり街を歩こう!と決めていました。
それが初日にお釣りは盗られ、
柄の悪いおねえちゃんに馬鹿にされ。。。(10/14参照)
陰々滅滅としたフィニッシュになるかと思ったよ。

が、しかし。
ブダペストって、ほんとにきれい
ドナウのバラとか真珠とか、そんな風に甘ったるく表現されるけど、
もっと力強くて野性味がある。
なのに繊細で、ものすごく魅力的です。

     
    
     ○これは、聖イシュトバーン大聖堂の内部。

       

       ○これは、工芸美術館。
        ちょっと変わった建築家の
        レヒネル・エデンというひとのデザイン。

そして、おいしいの!
ご存じのとおり、ハンガリーはフォアグラの産地。
そしてトカイ・アスーっていう極甘貴腐ワインも有名です。
フランス料理でよくいう、フォアグラにはソーテルヌ(これもやっぱり貴腐ワイン)
のお約束もたぶんここから来たんじゃないかしらん?
パプリカ味のチキンも鯉のスープ・ハラースレーも、どれもこれもおいしい。
居続けたらものすごく太りそう(笑)。
ここは皇妃エルジェーベト(エリザベート)のお気に入りだったお城の近く、グドゥルーのレストラン。
お天気のいい日のテラス席、幸せでした。
フォアグラのソテーとワイン、ブロッコリーのポタージュ(美味です)で4,000フォリントくらい。
日本円で2,700円くらいか。
ちなみにこれは郊外価格で、きっとブダペストのレストランで食べたら、倍はかかると思います。

  

そして、出会ってしまいました。ひさしぶりにぐっとくる彫刻家。

  

オーブダに資料館がある、ハンガリー人のヴァルガ・イムレ。
資料館と言っても作品がたくさんあって、ちいさな美術館です。
街中にも作品があったりして、素敵でした。

         

終わりかけの時間に入ってしまって、
帰りたそうな学芸員(ではないと思うけど)のおばあちゃんにごめんなさいを言いながら、
ゆっくり見せてもらいました。
地味な作家ですが、もし機会があれば是非。
人物がすごく生き生きしていて、生身のヒトよりある意味人間らしいよ。

ちなみに、ハンガリー語で「ごめんなさい」は「ボチャーナト」。
言いやすいし、かわいい語感です。
そして、「ごめんね」は「ボチ」。
肩がぶつかった女の子に「ボチボチ」って言われたときには頬が緩みました。

あと、秀逸だったのが動物園
1866年にできたんですって。
普段、動物園ってあんまり好きじゃない(旭山動物園は別!)んだけど、
ここは建物がすごい!

    

この天井の下にコウモリとかカナブン(?)が展示されているのです。
そうして、なにやらキリンブースの前に人だかり。。。
夫キリンが、白昼堂々盛り上がっていました
子供に「ママ、キリンさんどうしたのー?」って聞かれてるらしき
ハンガリー人ママと目が合い、目配せで苦笑しあう。
妻キリンがその気になってくれなくて、本当によかった(笑)。

   
   
   ○これは、国会議事堂。
    対岸から撮ったのでいまひとつ鮮明じゃないのが残念です。


最後に、旧王宮の美術館前にある像。
ハンガリー人って、なんかこんな風に勇猛果敢な雰囲気でした。

お釣りをごまかすわ、人を笑いものにするわ、
チップが少ないと露骨に嫌味(たぶん)を言うわ、
散々でした。
でも、道がわからなくて立ち止まっていると「大丈夫?」って聞いてくれるし、
重い荷物をひきずってたらさらっと運んでくれるし、
地下鉄は早くて楽しいし、食べ物も飲み物もおいしいし、
建物はきれいなくせに、おかしなくらい落書きだらけでめちゃくちゃだし、
面白い街でした、ブダペスト
また絶対行きたい!

たまに日本語から離れたくなるので、
言葉の通じない国に1人で行くのがいいみたい。
いい旅でした。

ともあれ、長々書いてしまったのに読んでくださって、
ありがとうございます。
次回からは通常営業。
引っ越し準備をしつつ、
長めの小説を書きはじめるところ

では、ヴィスラート

お誕生日でした☆

2007-10-20 20:24:52 | 楽しかったこと
   
俺の唄~男のための魂のうた~
甲斐バンド,A.R.B.,佐野元春,もんた&ブラザーズ,寺尾聰,町田義人,大沢誉志幸,浜田省吾,RCサクセション,ハウンド・ドッグ
Sony Music Direct(Japan)Inc.(SME)(M)

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 旅行記も完結しないまま迎えました、お誕生日
 もう数えるのもやになっちゃう(笑)くらい
 お誕生日を経験してるけど、やっぱりうれしい。

で、相方からのプレゼント↑俺の唄(笑)。
もうもう、CD屋さんで見てぐっと来てたんだよね~本宮ひろし。
中身もすごいです。同世代は必聴!
「ルビーの指輪」とか「大阪で生まれた女」とか、あらためて泣けるぜ。

で、ずっと行きたかったアルポルトでごはん。
シェフの片岡護さんが初めてのお客さんの席にも
ちゃんと挨拶しに回ってくれる。
カラスミのパスタとか、仔牛とフォアグラのステーキとか。
定番ものが、しっかり静かにおいしいの。
今度はアラカルトでも食べたい!と思いました。

きれいなお店でイタリアンを味わいつつ、
本宮ひろしジャケットを眺める。。。
この世の幸せ。。。か、な?

ヨー・ナポト、ブダペシュト!

2007-10-14 23:36:13 | 行ったところ
(こんにちは、ブダペスト!です)

さてさて、いっぱい書きたいことがあるので小出しにしている旅行記のつづきです。

チェスキー・クルムロフから、バスでオーストリアのリンツという街に移動して、
そこからブダペストへ入るのが意外にも一番楽でした。
旅行会社の提案だと9:50に発って22:20に着
なんていう恐ろしいスケジュールだったんだけど、
現地のインフォメーションで調べたら13:00発、20:40着で済みました。
やっぱりネットだけじゃわからないのね。

とはいえ、楽じゃない移動時間で、さすがにくたくたでした。
しかもチェコ語出発→ドイツ語圏→ハンガリー語(マジャル語)圏。
いろんな言葉でありがとうやすみませんを言うのって面白いけど疲れる。
おまけにマジャル語って英語やフランス語と似ても似つかないの。
名前の順序だって、日本と一緒なんです。
だからハンガリー出身のフランツ・リストの本当の呼び方はリスト・フェレンツなんだって。

    

      ※話の流れとは関係ないですが、ブダペストといえばこれ。くさり橋。
       きれいすぎて、ひとりで全貌を見る気にはなれませんでした

そんなプチ雑学を披露するのが主旨じゃありません。
いかにあたしがくたくただったか、の言い訳です。
くたくただとどうなるか、判断力が鈍る。
ちょっと捨て鉢になる。
そんなあたしに起こった厄災・・・
「ここまでおつりをごまかすかよ!?」事件です。
ケレティ駅(東駅)で初めてハンガリーの大地に降り立ったあたし、
くたくたではあったけどうきうきでした。
知らない国の匂いって大好き。
おまけに駅だし、はるばるたどり着いた感で胸一杯。
さらには降りる直前に無愛想な紳士がさらっと
あたしのスーツケースをホームに降ろしてくれ、
ありがとうも聞かずにすたすた行ってしまった後ろ姿にじんわり感動もしていた。
はじめまして、ハンガリーそんな気分。

そして最初にすること、ATMでお金の引き出し。
当面の生活費、で20,000フォリントを。
ハンガリーの通貨・フォリントは単価が安くって、
1フォリント≒¥0.65くらい。
なもんで、お札なんかも額面が大きい。
0.65円っていったって現地的には1円の価値はあるんじゃなかろうか。
出てきたのは10,000フォリント札2枚。
その2枚を持って、暗ーい通路を通って地下鉄駅へ。
自動券売機はあるけど、そんな大きなお札を受け付けてくれるはずもない。
ここでまたぐったり再燃。
はああ、ちくしょう。
ため息をつきかけたら遠くの窓口でおじさんが手招きする。
「あそこじゃ駄目だから、売ってやるよ」
お金を崩すための売店も閉まってるし、すごーくほっとしました。
「クスヌム※」 ※ありがとう。だよ。
180フォリントの切符とたくさんの小銭とお札を渡された。
ここで!普通のあたしならざっと数えます。
日本以外の国のお金感覚は、信用ならないもの。
そして無事(?)にホテルへチェックインし、軽い食べ物を探しに外へ。
でも、なんにもない。
怪しいネオンのバーみたいなとこぐらい。
要は、知らない国に着いたばっかの人が入れそうなお店がない。
そして開いてたケバブ屋さん。
いっか、ケバブとビールだ。
なんか柄の悪いねーちゃんたちのお店だったけど、
買って帰るだけだし、と思って我慢。
「いくら?」
「※#%&#+$」
「?」
「※#%&#+$」
困っちゃったな、と思ったら一人がひゃはは、って指さして笑う。
ムカーッ
ケンカするわけにもいかない(笑)ので、適当に大きなお金を出した。
「そんなでかいの出されても、釣りがねーんだよ」
「でも、これしかないし」
「じゃあ今もってる金見せな」
「あい」
「じゃあ5ユーロでいいよ」
なんか高いかもと思いながら、くたくたゆえにあきらめ、
ひゃははじゃねーよ、って1人で悪態をつきつつホテルへ向かった。
「ブダペストなんか嫌いだ!ばか!」
大きな独り言を言ったけど誰も分かんないから気分すっきりです
で、冷めてておいしくもないケバブをビールで流し込みつつ、お財布の整理。
いろんな通貨が入ってるから、フォリントだけにしなくっちゃ。
で、数えました。。。
入ってたフォリント、10,820。。。
うそだろ!?9,000足りないよ!?
まさかと思って何回も数えましたが、間違いなく10,820フォリントのみ。
20,000マイナス180(切符)で、10,820ね。。
って、どんな計算だよ?
疲れがどわっとあふれました。
ったく、そこまでやるかよ~
ちくしょう、ありがとうなんて言っちゃったよ。。
人の良さそうな顔したあの駅員のおっさん、
おっきなスーツケース引きずってる一人旅のアジア女から、
いきなり9,000円相当も奪うんですね。。
ちょっと割高なケバブ売りのねーちゃんがずいぶんまともに感じました。
駅員がさ、そんなことすると思えないよね、日本人は。

寝る前にもう一度「ブダペストなんか大嫌いだ!ばか!」って悪態をつき、
枕を濡らして(嘘)ベッドに横たわったのでした。

        

        これは、王宮近くにある像です。
        きれいな空を見て、お釣りのことなんか忘れよう。

※最終回になりませんでした。長いので、また書きます。
次回こそ「ヴィスラート、マジャロルサーグ」です。

   

旅行記、続行中です。

2007-10-08 20:53:54 | 行ったところ
プラハからチェスキー・クルムロフに移動しました。

    
        
    街中のこういうのが好きです。リアル足首。

 あんまりガイドブックには大々的に載ってないけど、
 エゴン・シーレ文化センターがすごくよかった
 閉館間際に行っちゃって、あっちらしく係りのおばさん達が
 〝早く帰れ"オーラを発してて落ち着かなかった(笑)けど、
 建物も展示も素敵だったよ。
 シーレはもちろん、キース・へリング他コンテンポラリーものが充実。
 時間のある方、お勧めです。ぜひぜひ↓

   

プラハもそうだったけど、ここはものすごくアジア人が多い。
泊まったホテルはどうやらツアーに組み込まれているところらしく、
朝食のビュッフェにいた30人くらいのお客さんは、
全員アジア、というか中国人。
おいおい、ここどこ? だよ。
人によって違うのはもちろんだけど、団体になるとやな感じ。
にやにやじろじろ見ないでください、でした。
女のひとり旅ってそんなに見物しがいがあるものかしらね?

 
  
欲張って組み込んじゃった観光なので、
夕方着、翌日午後発であんまりゆっくり観ることはできませんでした。
でも街自体がこじんまりしていて、
よっぽど思い入れがなければ1日で充分かも。
というか、あたしにはちょっとメルヘンすぎて照れる。。(笑)。
雑多な場所が好きなんだな、と実感させてもらったよ。

あと、とにかく石畳のみ!
なので、あたしのヘビー級スーツケースの不向きなこと
でっかい音がするわ全然動いてくんないわ、
しかもスマートな街じゃないので紳士が手伝ってくれることもないし。
(このあたりからしてもらうことが前提になりはじめています
バックパッカーかツアーで行くしかないな、次回があれば。

     
     
     何度も言いますが、街角のこういうところが好きです。チェコ。


というわけで、町全体にあんまりしっくりこないまま、
次の日ブダペストに向かったのでした。

次回は「ヴィスラート、マジャロルサーグ(じゃあまたね、ハンガリー)」です。
最終回

ドブリーデン、チェスカー レプブリカ。

2007-10-07 13:23:44 | 行ったところ
(こんにちは、チェコ共和国。です)

  クラクフのお城。街全体がきれいなので、もっとゆっくり見たかったな。

             クラクフの駅で、ちょっと腹ごしらえのつもりで頼んだチキン。
          山盛りポテトとキャベツとスプライトと、半身のロースト。それで約600円だよ。
          若干意地悪そうなレジのお姉ちゃんが、オーダーしたときににやりとしたのがわかった気がしました。
          10分で、3分の2食べました。

結構なハードスケジュールにしちゃったな、と思ったのがこのあたり。
ポーランドのクラクフから8時間かけて列車でチェコ・プラハへ。
乗り換え駅で、目的の列車が全然来ない。
放送はポーランド語で、何を言っているのやら、全然分かんない。
うーむ、と悩んでいたら、うすい色の金髪で青い眼のちょっと不良っぽいお姉さんが、
「あんた、ソビエスキ(列車に名前がついています)に乗るんだろ?」
はい」
(親指たてて)「あたいも一緒だから、安心しな。遅れてるんだってよ」
あんた、あたい、と言ったかどうかは別として、かっこよく教えてくれたのでした。
遅れたのも30分ぐらいで次の乗り換えに支障もなく、
列車はチェコへと。世界の車窓から、じゃないですが素敵でした。

      

そうしたら!
車内放送の音楽が、ちゃんと「モルダウ」になったの
うれしいねえ。

次の日は丸々プラハ観光、でもあいにくの大雨。
用意がいいのか悪いのか分からないあたしのめちゃ重い荷物の中には、
傘が入っていませんでした
ホテルで貸してもらったのが、ビーチパラソル?級のサイズで、
焦って近くのスーパーで買ったんだけど、みんな大きいの持ってるね。
力持ちなのかしらん?

   
 
  写真では写らないようにしたのですが、結構どこも工事中。
  気を抜くと重機が被写体になります。

チェコには、日本人がものすごくいました。
どこに行っても添乗員の方々が、
「ここで20分後に集合でーす!」
「トイレはあちらでーす!」
「フラッシュ禁止でーす!」
とまあ、日本語で教えてくれるわけ。
旅情も何もないけど、トイレの場所に関しては助かりました(笑)。

あと、木のおもちゃやガーネットのお買物の楽しいこと。
あたしは黄金小路(プラハ城近くの小道で、お土産物屋さんが並んでいる。
京都の清水坂みたいなものか?)でちっちゃな絵を値切って買いました。
大富豪になったら年に1回はプラハに買い物に来るぞ、と決めたよ。
大富豪なら、重量オーバーだって気にならないしね
(大富豪でもエコノミーなのか?)
 
その夜は教会のコンサートに行って、
天文時計前のカフェでものすごく高いコーヒーを飲み、
ちょっと優雅なマダム風でしたが、次の日はまた移動。。

チェコで思ったのが、
ホテルやお店の人が「マダムのお役に立てましたか?」
とすり寄ってくる感じ。チップね、チップ。チップあげればいいのね。
なんとなくですが、あたしの場合、
わがままなマダムが半家出で旅行しているように見えている気がしました(笑)。
1人でいるには颯爽としてなさすぎるし、
その割に楽しそうにお土産買ってるし。

   

   で、またもや移動しなくちゃならない明くる朝は美しく晴れ。
   かのブルタヴァ(モルダウ)川です。

 プラハって、きれいでしたがちょっと商業っぽすぎ。
 街のあちこちに「エロチックシティ」があったのがご愛嬌です。

 

欲得ずく、な感じでした。

アウシュビッツで半泣きです。

2007-10-06 23:50:56 | 行ったところ
やっぱりすぐにアップはできませんでした。
そして、すでに現実へすっかり引き戻されてしまった感も
・・・気を取り直して、続・ポーランド記です
ご存じかもしれませんが、アウシュビッツはドイツ名で、
本当はオシフィエンチムといいます。
同じく第2収容所のビルケナウ(例の、長い引き込み線のあるところ)はブジェジンカです。
ワルシャワ中央駅を6時5分に発って、
8時55分にクラクフという前の首都に到着。
列車の旅っていいね。朝焼けがきれいでした。

クラクフ駅ではあやしげなおっちゃんたちが
「オシフィエンチム?アウシュビッツ?」なーんて声をかけてくる。
ワルシャワの空港でも思ったけど、
白タク系のおっちゃんの表情ってどんな国でも一緒だね。
長津田とか中央林間で見慣れてる顔だぜ

クラクフからオシフィエンチムへはちゃんとしたバスが出ている。
あたしが乗ったのはマイクロバスで、
途中地元のおばちゃんが手をあげて乗り込んでくる、なんともフレンドリーな乗り物。
たしか往復で14ズウォティ(約600円。安い!)、1時間半くらいで着きました。
なんだかのどかな場所だなあと思ったのが最初。

入場料はフリーです。タダなの。
2ズウォティ(90円弱)の日本語ガイドブックを買って、いざ収容所へ。

   

いやになるくらい、天気のいい日。
そしてたくさんの観光客。どこの国の子かわかんないけど、
焼却炉の前でVサインとかして写真を撮ってる。親は止めなさい!だよ。

内部の写真は、ほとんど撮りませんでした。
囚人からとりあげた靴・鞄・眼鏡・義手や義足がそれぞれ山積みにされて
展示されていて、あまりの悲惨さに言葉も出ないよ。

で、外に出ると。
空は輝くばかりです。なんだか悲しくなっちゃうよ。

 

 棟ごとにポーランド館・チェコ館・ハンガリー館・フランス館、
 って分けられていて、それぞれの国の犠牲者の写真や遺品がきれいに展示されている。
 見やすく、わかりやすくてスタイリッシュ(ほんとに!)な展示方法で、
 感心させられました。
 子供や知識の少ない人の興味を引くためには、こういう工夫が必要なんだなと思ったよ。
 しかも全部無料で見られる。なんだか、申し訳ないね。。
 というわけで、募金箱みたいなのを設置しておいてほしいと思ったのでした。

このあたりで日本人の男の子に話しかけられ、
感じのいい子だったので一緒に回ることに。
「僕、白い巨塔が好きで、ちょっと見たかっただけなんですよねー」
「・・(白い巨塔・・)引き込み線だよね」
「そう! それなんです。どこですか?」
「あれは、第2のブジェジンカだよ」
「まじっすか!? まいったなー、・・そこ行きますか?」
「・・・行くよ、これから」
「連れて行ってください!」
「・・・つーか、あたしも初めてだし、英語も話せないんだけど」
「僕もです!」
なーんかへんな展開になったなと思いつつ、タクシーでブジェジェンカへと。
ほんとは無料の送迎バスがあります。でも時間を優先させました。
観光地なだけに吹っかけられて、それでも900円くらい。
青年を連れてきてあげ(笑)、降り立ったのがここです。



「ほんとだ~! 白い巨塔と一緒だ!」
「・・・じゃあ別行動で、4時にここ集合にしよっか」
「はーい、後で!」

ここはアウシュビッツよりさらに広大で、空も広い。
そしてあたしはこの建物(入口)の反対側、
つまりは引き込み線の最終地点の方へと進みました。
 
     

ちらほらある収容施設を覗きながら、気がつけば最終地点も過ぎていました。
半分森のようなところにある国際慰霊碑にお祈りして、
またさらに奥へ。
人を焼いた骨を撒いた池のあるあたり。
でもそんな歴史を知らなければ、牧場みたいなところです。
牧場。。ある意味そうなのかも、と思い至ってちょっと身震いしました。
こういうシステマティックな殺人は、日本人には無理だなと思ったり。

ぶつぶつ考え、ぶらぶら上を見たりしながら時計を見ると。
あら約束の4時まであと30分。
そろそろ帰らなくちゃ、と歩きはじめました。
でも、あたし、どこにいるんだろ・・・?
ぐるっと見回しても誰もいないし・・・。
これ、もしかして迷子ですか・・・
ちょっとちょっと、やだよー!

脇の下に冷たい汗が流れました(笑)。
空からはのんきな鳥のさえずりが聞こえ、
周りはぼうぼうに茂った雑草と木。
もしかしてあたし、ここで野垂れ死に・・?
まさかまさか、と思いながら必死に歩きました。
で、はるか遠くに見えた建物。
ほっとして泣きそうになったのもつかの間、
あたしの行く手を阻むのは有刺鉄線。・・・ここは、元収容所なのです。
狭ーい隙間を何度も縫って、どうにかノー有刺鉄線空間に出たものの、
時間は迫る。
例の青年には列車の時間もあるから、遅れたらかわいそ過ぎる。
一生懸命走りました。
走ったはいいけど、はた、と立ち止まって地図を確認。
入口じゃないほうに進んでた
方向転換し、汗だくでまた走る。
何度も線路に躓きそうになりつつ、枕木を越えて走る。
そして見えた、例の青年が手を振る姿。
知らない人なのに、抱きついて泣きたくなったよ(笑)。
「ここ、すごい広いっすねー」
「うん。こわかったー
「マジ俺も焦ったっす」
・・のんきな人って癒されます。

おたがい、人類の罪に思いを馳せる間もなく、
無事に帰れたことを心から喜んでおりました。
戻ったクラクフで食べたジュレック(酸味のあるスープ)、
まるで母の味のように感じたのでした。
 
 
 
というわけで、長々書きましたが、
行かれる時には何語でもいいのでガイドツアーに参加することをお勧めします。
広すぎます。
・・しかし、まさかあの線路の上を半泣きで走る日が来るとは、夢にも思っていませんでした
おかげでぐっすり眠ったよ。