3/13,3/14の記事への追加.ただし,ここだけ読んでいただいても分かるように,前回前々回の内容も加味した.
おそらく,コロナウイルス感染を記述する方程式で,最も単純にして理解しやすいのは SIR 方程式であろう...simple is best である.S I R は,Susceptible 感染する可能性がある,Infectious 感染していて感染性を持つ(他人にうつす),Recovered 回復して免疫を持ちしかも感染させない (ただし死亡者も含む) ; の略である.それぞれの人口を時間変数 S(t),I(t),R(t) であらわし,β,γ を感染率,回復率とすれば,SIR モデルは上・左の連立常微分方程式で記述できる.I(0), S(0), β,γ を仮定して計算した一例が上右の図である.ネットやテレビでよく目にするのは I(t) のグラフである.
方程式には β,γ の2つのパラメータが含まれるが,実際はこれらの比 β/γ を検討すれば良い.β/γ<1 であれば感染は拡大しない.公比が 1 より小さければ等比級数が収束することを思い浮かべれば,直感的には理解できる.
下右には 1/γ=10 日と仮定して,いくつかの β/γ 値について I(t) をプロットした図.上左は厚労省のHPの図で, I(t) のピークが高いと医療が対応できず,崩壊するから, I(t) の変化を緩やかに,右の図に則して言えば,β/γ 値を小さくしたいと言っている.ただし右の図が示すように, I(t) のピークを下げれば回復までの日数は長引く.
下右の図は,I(t)の最大値 Imax を,横軸を β/γ の1からの増分として描いたものである.たとえば β/γ-1=0.05 では人口比の 0.001 が感染する.10 万都市で 100 人となり,医療崩壊が起きそうだ.ちなみに1000万都市東京では,オリンピック 延期が明らかになったと思ったら,感染症隔離病床が118床しか用意されていなかったことが明らかになった.
エントロピー増大のようなもので,β/γ 値を小さくしても,いずれ感染は全員に及ぶのではないかと考える向きもあるが,このモデルではそうはならない.下左の S(∞) は最終的に感染しなかったものの人口比であって,β/γ=2 なら約 20% が感染しないままにウイルス流行をやり過ごすことができる.
なお,このモデルについて幾つか補足したい.
ここでは初期値 I(0)として有限値を与える以外,外部からの感染者の流入はないとしている.また感染者が回復後,再度陽転することは考えていない.
この方程式は,限られたサイズで内部が均一とみなせるクラスター内での感染の消長の記述には適しているが,ニッポンのような大きな母体に対して適用するのは非現実的である.小さなクラスターがいくつか時間をおいて発生する状況をそれぞれ計算して,それらを合算すれば,より大きな母集団,ひいてはニッポンの現実に近づくであろう.
この扱いでは β/γ が需要な役割を果たしている.1/γ すなわち感染者が陰転するか死亡するまでの日数は,データから推測できる.しかし 1/β,感染者が非感染者にウイルスをうつすまでの日数は,休校・自宅待機などの社会的な条件で左右される.現場からこの値を推定するときは孤立系である必要があるが,クルーズ船・院内感染のデータなどが,参考になりそうだ.
数日前,私信としてSIR方程式の数値解に関するプレプリントをいただいた.近いうちに然るべき場に公表されると思うので,そのときはこのブログでも紹介させていただく.ここに挙げた最後の2枚のグラフは,このプレプリントに触発されて16トンが計算したものである.