NOTEBOOK

なにも ほしがならなぁい なにも きたいしなぁい

2006年03月27日(月)

2006-03-27 | 休み
 皿洗いをしながら、考えてみた。何でお涙を差し上げられたのか。

 ①主人公二人に共感できた。
 ②説明台詞は無く、上手に、自然にでも誰にでも分かる形で二人の背景を描いていたから。
 ③ケビンが亡くなる場面を一切描かなかったところ。亡骸さえ映していない点。

 大まかに言って以上の三点。泣き疲れちゃったよ。

2006年03月27日(月)

2006-03-27 | 休み

 「午後のロードショー」見ちゃった。見てしまった。今日は『マイフレンドメモリー』。タイトルは聞いたことがあったし、内容も凸凹コンビの感動もので、最後どうなるかも知っていたので、見る気は全く無かったのに見ちゃった。どうせディズニーの安っぽいお涙頂戴だろって。





 お涙あげちゃった。それも大量にあげちゃった。持ってけ!!泥棒!!今日は叩き売りだ!!馬鹿野郎!!何で、何で何も言わないで死んじゃうんだよ!!バイオ人間として生まれ変わるんじゃ無かったのかよっ、ケビン!!!

2006年03月27日(月)

2006-03-27 | 休み

 人から聞いた話。某大臣は未だに教授をやっているらしい。選挙出馬の際に、出馬するなら退職を、と迫られたが拒否して出馬、当選。大臣になられた。でもその教授が持っていたゼミは解散となってしまったらしい。

 又聞きなので、この話の全てが正しいとは限らないし、某大臣にも言い分があるかもしれない。でも仮にこの話が本当だとすると、この人がどんな素晴らしい弁舌を尽くしても、どんなに素晴らしい政策を提示しても決してその内容を信用することは出来ない。

 教育者の端くれであったのならば、最後まで責任は全うすべきじゃないだろうか。違う大学だから関係ないけれども、やっぱりゼミ生が可愛そうだ。何を考えているのだろうか。

2006年03月27日(月)

2006-03-27 | 休み


 今日も出かけてしまった自転車で2時間ほどのサイクリングショッピングゥ。本当はOxygen2なるボトルの格好良いミネラルウォーター(250円もするハイソな御水様!!)を買おうと思ったけれども、無かったのでこれを買う。


 スポーツ、ダイエット、ストレスなどなどの単語が並んでいるけれど、それが何を意味しているのかは不明。そういったものに適していて、何らかの効能をあらわすのか!!酸素が普通の水と比較して12倍入っているそうだ。これは効くに違いない!!効能を断定しないなんて、なんて奥ゆかしいのか、こういった謙虚さは見習わなければ!!


 何てことは思ったのかもしれないけれども、これは効かない。道すがら自転車専用道路に路上駐車している車に切れ、蹴っ飛ばしはしないけれど、心の中で蹴っ飛ばし、買い物に行った店員さんの恐ろしく手際の悪い対応についつい舌打ちをしてしまった。買った商品が予想以上に重くて、でかくていらいらいらいら…。さっき体重計に乗ったら、朝より1キロ体重が増えていた。スナック菓子を一袋食べたからではないはず。ないはず。

2006年03月26日(日)

2006-03-26 | 休み

 三浦さんが大きく提示した「格差社会」が扱われる機械が多くなってきているように感じるが、どうも言葉が独り歩きをしてしまい、本来の問題の範囲まで超えてしまっているようなものが見受けられたりもしているなぁ


 中学3年の頃、クラスにとってもかわいい子が居た。綺麗じゃなくて、かわいい。もうオーラがかわいいかった。性格まで良かったので、男女問わず、クラスを超えて、人気者だった。だけれど少しも尊大な感じもうるさい感じも無く、僕はその子が好きだったというよりも、ファンだったとでも言うのだろうか。
 加えてその子は頭も良かった。たぶんクラスでも3本の指に入るほど、勉強が出来た。その気になれば、周辺で一番の進学校に確実に進学が出来たはずだった。でも彼女は進学校へは進学しなかった。彼女は商業高校へ進んだ。

 田舎だったから仕方が無いといえば、仕方が無いのかもしれないが、彼女の両親は彼女が女の子であったために、彼女が進学校の普通高校に進学することを反対したそうな。女の子には学問は要らないのと信じていたのか、はたまた彼女の家が商店を営んでいたからか、僕には分からない。進学校へ行けば、大学に進学し、県外に出て実家に戻ってこなくなると考える家も多いという。知り合いの家でも大学進学自体を反対されたり、進学を認めたとしても、関西圏までの地域限定で、東京などの関東圏への進学は反対されたということを良く聞く。


 商業高校に進学したり、大学に進学しなっかったりすることはもちろん悪いことなどではない。ここで問題になるのは生まれた地域、家で子供のその後は決められてしまう、ということ。本人が主体的に将来を決めたのなら良い。でももし本人以外の何らかの要素がそれを阻害しているとしたら、問題だ、というのが格差社会が提示した問題意識なんだろうけれども…