埼玉県高校・障害児学校教職員「九条の会」

教え子をふたたび戦場に送らないために

つい一言 全国一律「臨時休校」問題について考える

2020-03-04 03:25:56 | 意見交流

 2月27日、安倍首相は新型コロナウィルスの感染拡大防止のため、「全国の小中学校、特別支援学校を3月2日から春休みまで臨時休校」するよう要請した。
 政府の専門家会議が「これからの1~2週間が急速な拡大か終息かの瀬戸際」という見解を発表したのは24日のことである。国内への侵入防止という方策が限界となり、次の感染拡大防止の段階に移ったということなのだろう。専門家会議は続けて「教育機関、企業などの事業者も…集会や行事などの開催方法の変更、移動方法の分散などできうる限りの工夫」を示唆した。
 しかし、これを受けた25日の政府対策本部による「基本方針」では、「イベント等の開催について、現時点で全国一律の自粛要請を行うものではない」とし、また「学校等の臨時休業等の適切な実施に関して都道府県等から設置者等に要請する」としていたことからすると、27日の首相「要請」はいかにも唐突であり、独断的であった。
 「臨時休校」の合理性については見解が錯綜している。疫学的な立場からのみでなく、社会的・法律的・教育的な見地から様々な議論を呼んでいる。初動の段階で体制づくりに成功したといわれている台湾では1月の段階で2週間の臨時休校の措置をとったという。中国では臨時休校の期間延長が繰り返され、再開のめどは立たないらしい。インフルエンザとコロナとの感染の仕方の違いなどから有効性に疑問を投げかける専門家もいるが、最適で最優先解題であったかどうかは別として、「臨時休校」を止むを得ない措置と考える人は多いのではないか。先行きを予想し得ない不安が原因となっている。
 「臨時休校」の実質的な判断は各自治体等の設置者であるから、島根県のように見送りを決めた自治体も存在する。しかし、見送ったら見送ったで保護者から寄せられる不安の声は困惑や批判の声と同様に多いだろうし、「責任」論も起こって来ることだろう。
 それらも踏まえつつ、個人的にはどうしても拭えない違和感や危機意識を持つ。一言二言、書いておかなくてはならないと考えたのである。

①突然の「臨時休校」の要請は安倍首相の個人的なスタンドプレーではないのか?

・24日の専門家会議の報告以降の経過は先に述べたとおりである。安倍首相は3月2日の参院予算委員会で「直接専門家の意見を聞いたわけではない」と答弁している。閣僚の多くも一律休校の方針を知ったのは2月27日当日だったと明かしている。
・萩生田文科相も当日に知らされた一人であるというのも、直接の担当部署の長である点からも、日ごろの側近ぶりからも驚きだった。同氏は「本来だったら自治体にもう少し準備期間を取ることが望ましいと思った」と答弁している。
・通常、教育行政に関わる指示は文科省からの「通知」(通達)というかたちで各県・各自治体に下りてくる。全国一律ということから特例的に首相から発表ということはあり得るかも知れないが、経過からして事前に文科省で「通知」が準備されていたとは考えられない。今回も28日に文科事務次官名で「通知」が出された。おそらく文科省の官僚たちは一晩で文書を作成したのだろう。

②本人は「先手」を打ったというが本当のところは「後手」続きだったことへの批判をかわすための「やってる振り」パフォーマンスなのではないのか?

・国内で感染者を初確認したのは1月16日である。政府が「指定感染症」とすることを閣議決定したのが28日。そこから今までに出来ること、しなくてはいけないことがもっとあったのではないだろうか?
・中国・武漢にチャーター機5機を送ったことは評価できるとして、その費用を本人負担とするか政府負担とするかですでに混迷している。
・ダイアモンド・プリンセスの乗客の船内待機が14日間に及び、有効な手だてが打てないまま感染者を続出させたことは国際的にも非難された。
・感染を確認するための「PCR検査」もいまだに体制が整ってはいない。37.5度以上の高熱が4日続いたら電話で「帰国者・接触者相談センター」に相談した後、所在が公開されていない医療機関が指定されるのだという。4日も高熱が続いた人間にそんなことが出来るだろうか?
・中国に続いて感染者が多いのは韓国であることになっている。中国に近いためもあるだろうが、韓国では検査体制が急ピッチで進んでいる。役所の玄関脇に(窓口を別にするため)テント張りの相談所を設置し、防護服に身を固めた相談員が対応している。日本でも韓国並みの体制をとれば感染者数が増大することが予想されることは安倍首相も認めている。現状の把握が出来ていないでどうして対策がとれるだろうか?
・2月16日にようやく開催された専門家会議への安倍首相の出席時間が3分だったり、政府の対策本部に小泉環境相ら3閣僚が欠席し、地元後援会の新年会に出席していたりなどは「後手」などというレベルの問題ではない。無策そのものである。

③全国一律「臨時休校」という大がかりな対策に打って出たようにみえて実はやりやすいところに手をつけたということではないのか?

・小・中・高校の大部分は公立である。また、児童・生徒の「安全」のためといえば現場は反対しにくい。「要請」という名の指示を出しやすかった、徹底が見込まれたということだろう。
・当初は学校を休みにするだけだからお金もかからないと踏んだのではないだろうか? 仕事を休まなければならない保護者に対する対策も、当初は「有給休暇を活用して」などと発言していたのである。
・その後、感染症対策に予備費を出動させるとし、休業補償にも充てるようなことはほのめかしているが、香港政府が18歳以上の全市民を対象に1万香港ドル(約14万円)、韓国政府が隔離処置などを受けた人を対象に12万円程度の支給、シンガポールが5000億円規模の緊急予算を決定し、新型コロナウイルスで隔離処置や入院を受けた人は最大1日8000円を支援するといち早く決定しているのに比し、具体的なことは何一つ明示されていない。
・お金をかけないということでいえば、この間の過程で次のようなことを知った。感染症対策を担う国立感染症研究所の研究費は2009年度に60億円を超えていたのが2018年度には40億円程度に削られ、325人いた研究者も20人減ったというのである。アメリカの米疾病対策センター(CDC)は年間予算は8000億円、職員は14000人以上を擁するという。まさに桁違いなのである。
・2月28日、このどさくさに2020年度予算案が衆院を通過した。野党は新型コロナウィルス対策費の計上などを求める予算組み替え案を共同提出したが受け入れられなかった。ちなみにカジノ管理委員会運営費38億円はそのまま通過した。
・つまりは「やってる振り」と断ずる所以である。

④安倍首相の大向こうを張ったかのスタンドプレーは「緊急事態条項」の予行演習なのではないか?

・自民党は2012年の憲法改正草案で、戦争・内乱・大災害などの場合に、国会の関与なしに内閣が法律と同じ効力を持つ政令を出す仕組みを提案している。憲法改正論議の中で、これまでにもしばしば先行して実現させようという意欲を示している。

第98条(緊急事態の宣言)
 1 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
第99条(緊急事態の宣言の効果)
 1 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。(自民党2012年「憲法改正草案」)


・自民党は以前にも「大統領制」を言い出してみたり、「決められる政治」を強調したりしてきたが、安倍首相はとりわけ権力の一極集中に対する意欲が強いように思われる。国会軽視の姿勢もしばしばみられる。
・3月3日の参院予算委員会では、日本維新の会の松沢成文氏の「緊急事態条項に触れた自民党の提言に感染症のパンデミック(世界的大流行)も加えるべきだ」という指摘に、安倍首相は「国民の安全を守るため、国家や国民がどのような役割を果たし国難を乗り越えていくべきかを憲法にどう位置づけるか極めて重く大切な課題であると認識している」と述べたという。(産経新聞)いやはや、日本維新の会は自民党の補完勢力どころか、悪政の促進剤であり触媒である。
・安倍首相は10日程度で第2弾の緊急対策を策定するとしている。聞こえてくるのは「緊急事態宣言」を出せるようにするとか、外出自粛要請(戒厳令か!)するための法的整備などである。転んでもただでは起きないというか、火事場泥棒というか、これを「緊急事態条項」設置の好機としたいと企んでいることは間違いないと思うのである。
・誰であれ、一個人である首相に全権を委任すればどのような事態になるのか、どんなに場当たり的で、迷走を重ねるのか、我々はよく記憶しておく必要があるだろう。「臨時休校、仕方なかったんじゃない? 決めるときは政治判断も必要だよ」などと安易に容認してはならないと思うのである。今回は「要請」であったが、法的な裏付けがなされれば「命令」になる。各自治体が自主的に判断し行動したとすれば、それは違反となり、取り締まりの対象となるのである。
・今日、買い物に近所のスーバーに行ったら、トイレットペーパーの棚がきれいに空っぽになっていた。TVではトイレットペーパーとマスクでは原料も異なり、国産で在庫も原材料も豊富だと報じているにも関わらずである。ひとたび政府自らが国民の危機感をあおり、強権をもって統治を強めようとしたとき、われわれは物理的にも心理的にも抵抗できるのだろうか? 一連の推移の中で私はそのことの方が不安である。(元西部A高校 Y.S)※自分のブログと重複しています。こちらにも投稿させてもらいました。