よみびとしらず。

あいどんのう。

ため息と雲の神様

2017-10-20 20:50:52 | 散文(ぶん)
ため息ひとつついたらそこから雲の神様があらわれて、「一緒にあそぼう」と声をかけてきた。
「いまはそんな気分じゃない」と眉間にしわをよせながら答えると、雲の神様はたいへん怒って雲行きがあやしくなり、ゴロゴロ雷が鳴り響きジャージャー雨が降ってきた。

「まったく、いつだって泣けばすむと思って」とわたしは悪態をつくが、わたしには雷鳴をとどろかせるまでに怒る覇気も無ければ相手の心情に訴えかけるほどの涙を流す気力も無い。無視が一番だとその場を立ち去るも、わたしのため息からあらわれた雲の神様はわたしについて離れない。その状況でさらにため息をつくと、「一緒にあそぼう」「一緒にあそぼう」とどんどん雲の神様は増えていった。

あーもう。
わたしはこいつらを引き連れて、天の神様に文句を言いにいくことにした。

天の神様はあちら側、長い長い透明な川を渡った先にいる。
こちら側とあちら側のあいだに橋はない。わたしはたくさんに増えた雲の神様を橋代わりにすることにした。
「おい、おまえたち。一緒にあそんでやるからこちら側からあちら側まで一列に並べ。おまえらぜんいん、リズムに合わせてふんずけてやる」
すると雲の神様は嬉しそうに七色に輝き、こちら側からあちら側まできれいに並んだ。わたしは嫌々ながらも、でもどこか満更でもない楽しみと歓びを口の端に感じつつ、雲の神様の歌声に合わせて踊るようにかれらを踏みつけ、あちら側まで渡っていった。

一緒にあそんでもらえたと認識した雲の神様は、踏みつけられると満足そうに消えていった。わたしがあちら側に渡りきったときには、みんな消えた。わたしが天の神様に文句を言うタネがなくなってしまった。
あああー、もう。
一体なんのためにここまできたと思っているのか。真っ先にうかんだのは晩御飯のことだった。確か冷蔵庫の中にある豆腐の賞味期限が今日までである。「まったく、今日中にうちまで帰れるかなあ」こちら側とあちら側のあいだにある長い長い透明な川の前で、わたしはしゃがみこみぶつぶつと文句を言いながら眉間にしわをよせた。ため息ひとつついても、もう雲の神様はあらわれない。

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