よみびとしらず。

あいどんのう。

きつねと水

2017-06-07 12:33:27 | 散文(ぶん)
きつねのゴン太は川で溺れて以来、すっかり水が怖くなってしまった。川に近寄らないのはもちろんのこと、水も飲まなくなって葡萄ばかりたべている。雨の日は穴ぐらから一歩も出てこない。しかしゴン太が溺れた川の水はどうやらゴン太に一目惚れしたらしく、どうにかしてまたゴン太に会いたいと強く願った。その結果川は荒れに荒れ、大量の鯉が棲みついた。
鯉はゴン太の大好物だったが、川の水の気持ちを村人から伝え聞いたゴン太はその鯉をたべていいのか思案した。鯉は好きだけど水は怖い。おれは川の水の気持ちにはこたえられない。それなのにこの鯉を食べてしまうのは、川の水の気持ちをもてあそぶことになるのではないか。
臆病者だが根が真面目なゴン太は雨降りのあいだ、日がな一日そんなことを穴ぐらのなかで考えるようになった。一方川の水は、ゴン太に会えない日が続いてしだいにやせ衰えていった。雨は降っているにも関わらず、川の水は日増しに干上がっていく。このようなことに振り回されるのはたまったもんじゃないと村人が、ゴン太と川の水にお見合いの席をひとつもうけることにした。ゴン太は必死に断った。しかし村人が酒三合と油揚げ30枚をお供えすると、ゴン太のご先祖様が村人側にまわり、ゴン太には逃げ道がなくなってお見合いの場に引っ張り出された。ご先祖様からのせめてもの配慮で、お見合いの日はからりとよく晴れた五月晴れだった。

村人に連行されるかたちで、ゴン太は久しぶりに自分がかつて溺れた川に来た。ここ数日雨が降り続いたにも関わらず、川の水はほとんど干上がっている。大量に発生した鯉は、大地主の池に一時的に避難しているらしい。村人に背中を押され、ゴン太がおずおずと川の水に近づくと、久方ぶりにゴン太に会えた川の水はもう嬉しくてたまらず、こらえきれずに川上からどどどと水が押し寄せた。あっという間にゴン太はそのまま流されていった。ゴン太の気持ちはさておきゴン太とひとつになれた川の水は満たされて、川はふつうの川に戻った。たくさんの鯉はあい変わらずそこに棲みつき、その村の郷土料理になっている。

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