◎京都から彦根までの切符を買うために朝四時半に家を出る
昨日の続きである。高田保馬の『社会歌雑記』(甲文社、一九四七)を読み直したところ、次のような文章があった。
(43)時到り列も動きぬあかときの五月の風は袖吹き通る(昭和二十年)
昭和二十年四月十日と記してゐる。同時に次の一首。「老若も男女もあらずただ時の順をたのみて列に落ちゐる。京都駅東海道線上り出札口、567番は朝六時半から売出す。八時にもなると売切れてしまふ。遠方への切符は別に許可をもらふわけであるが、米原以西は順番売である。朝四時半に家を出て一番電車にのり、駅にかけつけると順番が百番内外になる。五時半から一時間ばかりまつと、先頭から一人づつ切符を買つては減るので列が少しづつ動き出す。此動き出すときの喜びは云ひ表しがたい。そこに五月の暁風が外から吹き入つて袖の中を通つてゆく。私の切符が買へるのが七時半前後である。都合がよければ八時の列車にのれるが、どうかすると九時になり十時になる。どれも東京行であるから一杯である。そのうちに定期券を入手したので、此行列の苦労は去つたけれども、また乗客増加の困難が加はつて来る。疎開の客と買出の客と増加するばかり、往きも帰りも立ち通しである。
このとき高田保馬は、彦根まで通っていたという。そのための「切符」確保である。彦根高等商業学校に出講していたのだと思う。
昨日、言及した一九四四年(昭和一九)一二月の『時刻表』によれば、当時、午前中に京都駅を出る東京行きの列車は、次の六本があった。
32列車 門司駅12:50始発、京都駅5:08着、同駅5:20発、彦根駅7:10着。
144列車 大阪駅5:35始発、京都駅6:22着、同駅6:30発、彦根駅8:16着。
132列車 大阪駅7:15始発、京都駅8:00着、同駅8:09発、彦根駅9:51着。
134列車 大阪駅8:15始発、京都駅9:01着、同駅9:07発、彦根駅10:56着。
136列車 姫路駅6:58始発、京都駅10:01着、同駅10:07発、彦根駅11:56着。
急行2列車 下関駅20:00始発、京都駅10:17着、同駅10:23発、米原駅11:45着。
このうち、32列車、144列車は、切符が売り出される時刻の関係で、乗ることはできない。急行2列車は、彦根駅を通過してしまうので、乗るわけにいかない。
切符を無事、入手できた場合、乗れる列車というのは、結局、132列車、134列車、136列車の三本ということになる。高田が、「都合がよければ八時の列車にのれるが、どうかすると九時になり十時になる」と言っているのは、このことを指すのであろう。
高田の文章は、一見すると、大雑把のようだが、こうしてチェックしてみると、その記憶や記述は、かなり正確であって、信頼できることがわかる。
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