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ブログ・Minesanの無責任放言 vol.2

本を読んで感じたままのことを無責任にも放言する場、それに加え日ごろの不平不満を発散させる場でもある。

「そして官僚は生き残った」

2012-06-18 10:00:19 | Weblog
例によって図書館から借りてきた本で「そして官僚は生き残った」という本を読んだ。
サブタイトルには「内務省、陸軍省、海軍省解体」となっている。著者は保阪正康氏だ。
陸軍省と海軍省の解体は、あの戦争が敗戦という結末にいたった以上、免れようもないことは誰にもわかる。
しかし、内務省まで解体になるとは普通の人は思っていなかったかもしれないが、それはモノの見方が甘いということだと思う。
陸軍でも海軍でも、ああいう形の敗戦を迎えて、責任をとって自殺した軍人も多いが、亡くなった方々にとっては甚だ申し訳ないが、それで責任から免れるというものでもない。
この本の中にも当然語られているが、陸軍の阿南惟幾は最後の最後の御前会議でも、徹底抗戦を述べて、それが入れらないということで15日の朝割腹自殺したといわれている。
だが、彼の死に対して同情する向きも多いが、私の視点からすれば、問題とすべきは、その自殺ではなくて、彼が徹底抗戦を夢見ていたという事の方が幾許か問題が重大だと思う。
考えても見よ、昭和20年8月14日の東京の街の現状を。
皇居の周りが全部焼け野原になっている情景を目にしながら、それでもなお徹底抗戦、本土決戦を遂行しようという感覚をどう考えたらいいのであろう。
戦争のプロフェッショナルとしての高級参謀、高級将校が、昭和20年の8月の東京の現状を自分の目で見て、それでもなお戦争を継続しようと考えていたとしたら、これを何と評したらいいのであろう。
日本陸軍の精神主義という事はよく言われるが、陸軍のトップといえば当然のこと、陸軍士官学校を出ているし、陸軍大学も出ているであろうが、そういう人間が東京の焼野原を目の当たりにしてもなおもアメリカと戦えると考える根拠は一体なんであったのだろう。
これは何もこ難しい深刻な命題ではなく、普通の人の普通の認識であって、日本陸軍というのは、この普通のことを普通に行うことをしなかったという事である。
日本陸軍のトップにいる人が、ポツダム宣言の受諾を拒否して、なおも徹底抗戦するという発想を、我々はどう考えたらいいのであろう。
我々日本人の価値観では、死者に鞭打つような言質を弄しないのが武人のたしなみと思われているので、誰もそれを深く追及しないが、私は自分自身が卑しい人間の一人と心得ているので、高貴な価値観に捉われることなくモノが言える。
昭和20年8月15日の正午に行われた天皇の詔勅を報ずる放送を阻止しようとしてクーデターまで起きたが、それまでして戦争を継続しようとした本意は一体なんであったのだろう。
この本は全般を通じて陸軍や海軍、内務省の官僚制の気質に迫っているが、惜しむらくは、どういう人々がそういう組織に身を委ねるようになっていったのか、という根本の点については触れていない。
陸軍も海軍も、最終的には組織が硬直化して、官僚システムに同化してしまったので、思考が硬直化したという事だと思う。
けれども無冠の私に言わしめれば、もともとが優れた頭脳が蝟集した組織なので、そういう組織であるとするならば、自浄作用が機能し、内なるエネルギーで、常に思考の新陳代謝があって、イノベーションが日常化していてしかるべきだと思う。
この本の終わりの方で、海軍の将官で生き残った方々の述懐の言葉として、「海軍は良いところで、生まれ変われるものならば再び海軍士官になりたい」という話があったが、この事実こそが海軍という組織がメルトダウンした根本的な理由ではないか。
海軍という組織全体が仲良しグループに成り代わって、自分たちだけでおままごとしている図ではないか。陸軍も海軍も、自分たちは戦争のプロヘッショナルだという自覚に欠けて、戦争を私物化してしまっている。自分たちは天皇陛下から貴重な赤子を預かって、国益のために戦っているのだ、という気概をどこかに置き忘れてしまっている。
彼らはもともとが戦争のプロフェッショナルなわけで、真に戦う集団という自覚があれば、勝つか負けるかわからない戦に手を出すはずはないし、天皇陛下の赤子を無駄に死なせるような作戦は取り得ないはずだ。
そもそも国を挙げてアメリカと戦っているのに、陸軍、海軍とが縄張り争いをしていること自体がおかしいわけで、こんな有様では負けるべくして負けたと言われても仕方がない。
どこの主権国家でも陸軍と海軍が仲が悪いのは普遍的なことではあるが、そのために国が滅んでしまったでは話にならない。
そのことで思い当たることは、日本の当時の戦争指導者には、戦争が大きなプロジェクトだという認識は微塵もなかったに違いない。
無理もない話で、日中戦争からずるずると太平洋戦争に嵌りこんでいったので、戦争目的も取ってつけたような浅薄な思考で、理想主義を高々と掲げたまでは良いが、誰もそれを真面目に受け取ってくれなかったということだ。
戦争には大義が必要で、善きにつけ悪しきにつけ、大義を高々と掲げないことには士気が上がらない。
この本の著者、保阪正康氏も、様々な旧軍人にインタビューして、いろいろな話は聞いているが、それらの言葉の下にある思考の原点にまでは言及していない。
この本の中には、海軍と陸軍の気質を比べる意味で、海軍兵学校は(旧制の)中学生から人材を集めたが、陸軍は幼年学校から人を選んでいたので、そこで視野の広さに相違ができたと述べているが、そんな表層的なことではないと思う。
そもそもアングロサクソン系の人間と、我々大和民族では物事の発想の原点から違っている。
この発想の原点の相違に、我々は今に至っても気が付いておらず、明治維新前の尊王攘夷の思考から脱却できないでいる。
私はアメリカの海軍兵学校も日本の海軍兵学校もこの目で見る機会に恵まれたが、アナポリスの兵学校は、世界中のどこにでもあるコンクリートの建物だが、江田島の兵学校の生徒館は、イギリスから運んできた煉瓦でできた実に荘厳で立派な建物であった。
しかし、太平洋戦争の結果は、ありきたりの建物で学んだアメリカ海軍に我々は勝てなかったわけで、兵学校の教育と建物は何の因果関係もないという事である。
海軍将校を養成するのに、建物の荘厳さや立派さは屁のツッパリにもならなかった、という歴然たる事実を我々は真摯に考えようとしていない。
私自身は航空自衛隊に5年間奉職して警戒管制という職種で青春を謳歌したが、このセクションは一番アメリカ軍の影響が色濃く残っているところであるが、彼らの合理主義は実に見事なものだと思った。
考えてみれば、戦争をする、前線で敵と戦う、戦闘を展開するということは、究極の合理主義が求められるわけで、無駄な行為は極力控え、最小の努力で最高の成果を得るよう行動しなければならない。
そのためには敵情を徹底的に調査し、オペレーション・リサーチを施し、確実に勝てるまで準備を整え、一気呵成にタイミングを逸することなく突き進まねばならない。
戦前・戦後を通じて、こういう発想が我々の側にありえたであろうか。
対米戦を考えるとき、アメリカはオレンジ作戦というマスター・プランを毎年更新していたが、我々の側は真珠湾攻撃の直前まで「すべきか避けるべきか」迷っていたではないか。
究極の合理主義に徹して、最小の努力で最大の効果を得ようとするには、豊富な物量がいるわけで、これが揃わない日本は、最初からアメリカとは戦争すべきではなかったという事になる。
だからそういう意見も最初からあったではないか。
あったけれども、そういう声は数が少ないので、大勢の無知蒙昧な国民の大合唱、イケイケドンドンという民意に押されて、沈黙せざるを得なかったではないか。
陸軍は陸軍で、旧ソ連を仮想敵国としながら、兵力を五月雨式に引いて南方に回して、ソ連が本当に参戦してきたら雪崩を打って崩れてしまったではないか。
あの状況に至っては、関東軍の敗退も詮無い事ではあるが、問題は満州開拓農民を現地に置き去りして逃げ帰った点が糾弾されてしかるべきだ。
こういう戦争の仕方を敷衍してみると、陸軍も海軍も「何故戦争をしているのか」という戦争の意義を全く理解することなく、つまり戦争の大義を考える間もなく、自分たちのご独善的な論理で、自分たちの存在意義を誇示するためにだけ戦いをしていたことになる。
この日本の陸軍や海軍の戦争の仕方を見れば、連合軍としては、日本の軍隊は侵略のために戦っているとしか見えないのも無理ないことだ。
先に警察官の不祥事に関する本を読んだが、その不祥事の発端は、犯罪摘発のノルマ達成が遠因になっているという事であって、警察官も官僚の端くれという事は言えると思う。
陸軍でも、海軍でも、官僚として何の仕事もなく、朝から晩までポーとしておれば、給料泥棒、税金泥棒と揶揄される可能性はある。
そう言われないためには、何か事件を引き起こして、さも一生懸命国益に尽くし、国益を擁護しているというポーズを作らなければ、自分たちの存在価値が疑われる、と思い込んだとしても不思議ではない。
世の中が平和であっては、お巡りさんも軍人さんも、自分たちの居場所がないわけで、何らかのトラブルに一生懸命対応している、という姿を国民に見せなければならなかったに違いない。
世の中が平和で、お巡りさんも軍人さんも朝から晩までポーとしているようならば、こんな有難いこともない筈であるが、そうなればなったで、無知蒙昧な国民の側は「ならばお巡りさんを減らせ、軍事費を減らせ」という事に必然的になる。
だから組織の側は自己の防衛に悪知恵を働かせねばならなくなる。
私の極めて無責任な推測によれば、あの戦争における日本軍の敗因は、軍が官僚に成り下がってしまったところに遠因があると思う。
明治維新で近代化に向けて国民の意識が覚醒された時、当時の我々の先輩諸氏の思考は、トレンドとしてどういう方向に向かったかといえば、やはりそれは富国強兵であったと思う。
西洋列強に一刻も早く追いつき追い越せというスローガンが暗黙の了解事項として人々の胸に伏流水のように流れていたと思う。
そして江戸時代から脱皮して、最初の最も華やかなデビューが日清・日露の勝利であったわけで、これであの時代のトレンデイー思考は、確たる地歩を固めたわけで、それが軍国主義であったということだ。
人間の社会というのは多数の人間が集合して形作られているが、その中には頭脳明晰で学術優秀、目先の利く利発なものも必ずいる。
そういう若者は、頭が良いだけに、近未来の予測にも抜かりがないわけで、自分がどういう進路を選択すれば、自分の願望を叶えれるかという予測にも抜かりがない。
ここで考えなければならないことは、人間、特に若い将来のある若者の生き様であって、人間の潜在的な根本原理、潜在意識は「楽して生きたい」、「楽に生きたい」という事だと思う。
「若い時の苦労は買ってでもせよ」という俚諺があるが、頭の良い若者がそんなきれいごとの虚言を信じるはずもなく、要領こそ本分と考えて当然だ。
昭和初期の若人が、海軍兵学校や陸軍士官学校に蝟集してきた背景は、表向きは「国のため国家のために命を捧げる」などと殊勝なお題目を並べているが、裏を返せばそういう職業につけば、生涯安泰に暮らせるからだ、という打算に裏打ちされていたと思う。
別の言い方をすれば、極めて巧妙に時流に便乗して、時の大義の王道を歩みつつ、最小の努力で最大の生涯補償を得たということになる。
陸軍にしろ、海軍にしろ、彼らが軍人として自分の職掌に忠実であればあるほど、政治に関与してくる余地はない筈であるが、それがそうなってきたという事は、彼らが極めて巧妙に官僚化してきたということである。
戦後は敗戦の責任を全部軍人、軍部の所為にしているが、これも実におかしなことで、軍に対して内務省という対抗するセクションがあったわけで、こちらは海軍や陸軍の職業訓練校の出身者ではなく、東京帝国大学という教養知性の金字塔の出身者で固められていたではないか。
こちらも優秀な頭脳の持ち主の集合体であることに間違いはないわけで、この知性の塊の内務省が一般庶民の渇望するトレンデイーな時流に迎合するという事は、軍に抑えつけられたという面と同時に、国民の願望に最大限こたえていたということにもなる。
日本の敗北という事は、個々の作戦の失敗の集大成という事であって、陸軍、海軍の職業訓練校としての教育が根本的に間違っていたという事につながる。
よく海軍善玉説で、兵学校では終戦まで英語教育をしていたので、海軍の教育は素晴らしかったと言われているが、冗談ではない。
海軍関係者の話の中ではハンモク・ナンバーというフレーズがよく出てくるが、これは成績順という意味であって、人事が兵学校の成績の序列で決まるという事であるが、こんなバカな話もないではないか。
人間には個性があって、十人十色というのが世間一般の認識ではないか。
これから大きな作戦を実施するという事は、我々のレベルで考えれば、大きなプロジェクトを立ち上げるという感覚と同じだと思うが、こういう場面で学校の成績に固執する企画担当者がいるであろうか。
我々のレベルで考えれば、そのプロジェクトに一番適した人材を適材適所に配して、プロジェクトの完成を目指すというのが普通の思考ではないかと思う。
生きるか死ぬかという重大な作戦を推し進めようという時に、何年も前に卒業した学校の成績で司令官や指揮官を決める、などというバカなことをしていたのである。
兵学校に入学した時には、確かに近郷近在まれにみる秀才であったような人が、海軍という組織の中で純粋培養されると、どうしてこういうバカは思考に陥るのであろう。
陸軍でも海軍でも、本来は戦う集団、敵を倒す職工・ギルドであったわけで、それがいつの間にか統治する集団にすり替わってしまったわけで、この変遷の根本のところに、昭和の軍人の精神の堕落が潜んでいたと私は推察する。
この部分に、先に述べた、目先の聞く頭の良い若者が、時の潮流を素早く感知して、一番自分にとって有利な選択をする、という甚だ汚く卑しい処世術が潜んでいたと考える。
あの戦争中の陸軍では、前線に出ることがある意味で懲罰の意味があったし、海軍では山本五十六が強硬に三国同盟に反対したので、テロで殺されるのではないかと艦隊勤務についたといわれているが、この例でも分かるように、こういう状態では完全に軍の組織が私物化していて、「国家の」とか、「天皇の」という意味合いが全く消滅しているではないか。
陸軍士官学校でも海軍兵学校でも、基本的には優秀な若者が集まっていたと思うが、そういう若者がそこを卒業して、それぞれの軍隊という組織の中で純粋培養されると、普通の世間の常識とはかけ離れた認識に至るものらしい。
それと同じことが内務省についてもいえるわけで、せっかく知の殿堂から難関を潜って入省したのに、その中で純粋培養されるにつれて、普通の処世感覚がマヒして、視野狭窄に陥ってしまうという事は、実に情けない仕儀と言わざるを得ない。
帝国大学に身を置く立場から軍人を眺めた場合、相手は教養・知性のない無頼な輩と映って当然であって、真に教養人であるとするならば、それぐらいの矜持を持ってしかるべきだと思う。
帝国大学に進学したということは、そういう勉学をする余裕のある家に生まれたということであって、そういう余裕のない家の子が、学費のいらない職業訓練校としての陸士や海兵に行かざるを得なかったというのが現実である。
ここで言わんとしていることは、貴族と農奴、大地主と水飲み百姓という出自の問題であって、明治維新で出自による棲み分けが全否定されてしまい、社会の上と下で分をわきまえるという意識がなくなってしまったところに、日本が奈落の底に転がり落ちた遠因があるのではないかと思われる。
このことを別の言葉でいえば、民主化が進んで四民平等が実現したということではある。
そういう背景を勘案すれば、内務省の役人は、陸軍や海軍の軍人たちをもっともっと知力や知恵を内包した言論でもって、彼らの愚昧な思考を牽制してしかるべきであった。
軍人というのは昔も今も極めて単細胞なわけで、何か事が起きるとすぐに「ぶっ殺す!」という常套句を振り回すが、これは彼らの思考が極めて単純で、ボキャブラリーが少ないためにこういう言い方になるのであって、そうであるとするならば、教養知性豊かな帝大での役人は、それを真に受けることはない。
昭和初期の時代に、内務省の役人が軍人をのさばらせたのは、そういう単細胞の軍人の空威張りの言質を真に受けた振りをして、官僚特有の無責任体制でもって自己の安寧と安寧を望んでいたからに違いない。
世界の戦争のプロフェッショナルが、あの戦争中の日本軍を眺めた時の評価は、「兵・下士官は極めて優秀だが、指揮官はバカばかりだ」というものらしい。
戦後に生き残った海軍の将星は47人居たらしいが、彼らはこの評価をどう受け取るのであろう。
日本が戦争に負けたことが見事にそれを実証しているわけで、陸軍にしろ海軍にしろ、指揮官、指令官が有能であれば、戦争に負けるなどということはありえない。
そもそも軍人が政治に嘴を差し挟むことからして軍人の本文を忘れた振る舞いであったにもかかわらず、そのことすら忘却していたわけで、この部分を厳しく糾弾すべきが、本来ならば政党政治家でなければならなかった。
一人の若者がいる。彼は非常に頭脳明晰で成績もいい優秀な若者である。
当然、世情にも長けていて若いにもかかわらず世の中の色んなことを知っている。
その若者が「将来、自分は国家公務員になる」と言ったとしたら、私は心底がっかりする。
どんな立派な口上を並べても、私はそれを信じないし、若いにもかかわらず保身のみの俗物としか見ない。

「日本人狩り」

2012-06-16 07:35:49 | Weblog
例によって図書館から借りてきた本で「日本人狩り」という本を読んだ。
サブタイトルは「米ソ情報戦がスパイにした男たち」というものであるが、「日本人狩り」という表題は何となく生々しい印象を受けるので好きになれない。
米ソのスパイ合戦を生々しく書き連ねるという意味では、インパクトのある表題かもしれないが、なんだかイギリスのキツネ狩りの印象をうけて、我が同胞が馬鹿にされている感がぬぐいきれない。
物語の出だしは、ソ連が樺太に侵攻してきた事件から書き起こされているが、1945年の8月9日のソ連の電撃的な侵攻は何とも言葉で言い尽くせない慙愧の念は如何ともしがたい。
広島・長崎の原爆投下もさることながら、ソ連の不可侵中立条約の一方的破棄という行為も、我々、日本民族としては決して忘れてはならない怨恨のはずであるが、我々はどうもそういうものを安易に忘却する民のような気がしてならない。
この地球上に住む大部分の民族、あるいは大方の主権国家では、理不尽な仕打ちを受ければ、それにふさわしい反発をするのが普通の人の普通の振る舞いであって、それでこそ名誉ある自存自衛の自主権の確立という認識が普遍化している。
個人のレベルに下げて考えれば、足を踏まれれば踏み返す、殴られれば殴り返す、物が盗られれば取り返す、というのは普通の人の普通の思考であって、特別に悪い行為ではなく、人として自立心があれば当然の振る舞いである。
ところが我々の祖国日本とアメリカ、それと旧ソビエット連邦、という関係性の中では、これが普通のありきたりの関係ではなくて、ある種の特殊な関係になってしまうのである。
アメリカがした広島・長崎の原爆投下に対して、「我々は二度と繰りかえしません」と謳い上げているが、こんなバカな話がありうることからして不可解千万ではないか。
この本の書き出しは、ソ連軍が樺太に侵攻したことから語られているが、戦争だから不意の侵攻ということは致し方ない。
だが、日本人の60万人もの抑留ということは明らかに国際法違反なわけで、それに対する抗議を日本政府は果たして本気でしているかどうかかという点が最大の問題点である。
引き揚げ者の組織も現存しているので、旧ソビエット連邦の国際法違反に対して、全く何も抗議していないということはありえないであろうが、相手があまりにも巨大で、象に蛙が吠え立てているようなものなのであろう。
北朝鮮の日本人拉致の問題でも、相手が聞く耳をもたないでは、いくら抗議をしてもまさしく「暖簾に腕押し」、「馬の耳に念仏」であって、取りつく島もないということになる。
この本の論旨は、旧ソビエット連邦内において情報収集の要員のリクルートの仕方に焦点を当てようとしている節があるが、話がそれてソ連社会のひずみにまで及んでいる。
旧ソ連社会の話は、様々な書物から漏れてきているが、どこの国でもどの民族でも、末端の人々は極めて友好的で人間的に暖かいが、それが組織に組み込まれて、組織の論理で行動することになると、途端に硬直化してしまって全く融通が利かなくなってしまう。
ソ連をはじめとする共産主義国家では特にそれが顕著で、これは一体どういうことなのであろう。
私の無責任な推測によれば、それは、それぞれの地域に根差した、諸民族の民度の成熟さの格差の相違がそういう現象を引き起こしているものと推察する。
この本の中にも、革命前を述懐する記述がみられるが、革命前のロシアの社会における貴族の専横は、実に目に余るものがあって、貴族は農奴を人と思っていない。
だが革命後はそれが逆転して、共産党員は党員以外の人を人と思って扱っていないわけで、そこにあるのは、支配する側の人間とされる側の人間という二種類の人間しかおらず、支配される側の人間は家畜並みの動物でしかない。
このことを端的に言えば、ロシアという大地に生きる人間には、知識人と農奴という二種類の人間しかいないということに他ならない。
そこには基本的人権などという概念は存在していないわけで、権力者は自分の思うとおりに権利を行使できるというわけだ。
権力者からすれば、権力を持たない人間など、虫けら同然なわけで、生かそうと殺そうと、なんら良心の呵責に感ずる必要はなかったわけだ。
刑務所内の監視が案外ゆるいということは、他の本にも書かれていたが、それは同時にろくでもない罪状で安易に刑務所に送られる、ということでもあるわけだ。
我々、平均的な日本人からすれば、刑務所に入るということは筆舌に尽くせないほどのダメージを受けるように思い込んでいるが、彼らの認識からすれば、いとも安易に出たり入ったりするもののようだ。
以前何かの本で読んだが、ソ連の飛行機には設計者の名を冠した機種があるが、その設計者は刑務所の中で仕事をしていたと言われて不思議でならなかった。
飛行機の設計がなぜ刑務所の中でできるのか、不思議で不思議でならなかったが、旧ソ連、ロシアというところはどうもそういうところらしい。
情報というものは戦争のときばかりに入用なものではなく、平和の構築に際しても、政敵を叩くためには大いに必要なわけで、スパイの起用ということも十分に考慮されるべき政治手腕の一つになっているようだ。
しかし、スパイという仕事がダーテイーな仕事であることは、昔も今も変わらないわけで、人々を統治する側としては、常に国民や人民が何を考えているかを把握しなければ枕を高くしておれないということである。
その意味で9・11事件を起こしたアルカイダの動向も、事前にきちんと把握できておれば、あの事件はありえなかったということも言える。
しかし、旧ソ連という国は、アメリカと4つに組んでの大相撲を演じていたので、どうしてもアメリカに対抗しうる大きなカードが欲しくて、正攻法で攻めるのではなく、裏からダーテイーな方法で対峙せざるを得なかった。
旧ソ連、ロシアという地域に住む人々は、未だかって民主主義というものを体験したことがない人たちなのではなかろうか。
革命の前ならば、貴族と農奴という二局対立であり、革命の後ならば、共産党員とそうでない人たちという二種類の人間しかいないわけで、この地に住む人々は自分で自分たちのことを決める、ということを未経験のまま今日に及んでいるのではなかろうか。
当然、人間の集団には何らかの形のリーダーがいることは考えられるが、そのリーダーはあくまでも猿山のサルのリーダーと同じなわけで、近代化された人間の思考とは異質の、自然のままの思考回路でいるということではなかろうか。
だから彼らは法というものに対する概念が非常に寛容で、目の前に存在する法律を守らねばならないという意識が極めて薄い。
法律は破るためにあるのだ、法は人間が勝手に作ったものだから破られて当然だ、誰も見ていなければあってもなくとも同じだ、というように法律に対する信頼度が極めて低いわけで、自分の都合に合わせて、如何様にも拡大解釈して運用するのである。
人間の立ち居振る舞いを、法律というレンズを通して斟酌するのではなく、自分の都合によって、どのようにでも法律を適用するので、そこでは公正な裁判というものが成り立たない。
事実を法律と照らしあわせて、この部分が違反行為だか、その違反に対してこれだけの科料が妥当だ、という論理が成り立っていない。
そこにあるのは支配する側とされる側の対立軸しかないわけで、権力を行使する側も、何時自分の立場が入れ替わって、自らが支配される側に落ちないとも限らないので、法律や規則に対する認識が極めて甘く、刑務所と一般社会が地続きになっている。
刑務所に収監されても、「悪いことをしたから懲罰を受けているのだ」という認識が極めて低く、管理する側もされる側も、なあなあの雰囲気が罷り通っている感がする。
我々の認識であれば、刑務所に収監されるということは、もうそれで人生の終わりを意味しているので、そうならないように日々精進しようという意識が働く。
この本はスパイというものを通してソ連の実情を暴露しているが、日本があの第2次世界大戦を戦ったということは、今から考えると実に大変なことであったようだ。
結果は敗北だが、今から考えれば、負けるべくして負けたといえる。
あの戦争を始める前に、我々の同胞の中にも「勝ち目はない」ということを予見していた人はいた。
第1次世界大戦が終わった時、日本は世界の5大強国に列せられた。
世界中が、日本を強国とみなしたわけで、このことによって我々はうかつにも舞い上がってしまった。
この慢心が、自分のいるべき立ち位置を見失って、傲慢になり、不遜な態度になったと思われる。
こういうことは、この時代の我々日本人の価値観の中では、最も卑しむべきものであった筈なのに、どうしてその時こういう謙虚な気持ちを思い起こさなかったのだろう。
こういう浅薄な思考に、民族ごとどっぷりと嵌り込んでしまった、ということは一体どういうことなのだろう。
他者から煽てられて、豚が木に登った図であるが、あの当時、昭和初期の我が同胞は、どうしてああいう不遜で、傲慢で、世間知らずの成金的な心境に立ち至ったのであろう。
日清・日露の戦争に勝ったことが直接的な理由ではあろうが、本当に教養知性のある人ならば、ああいう状況で浮かれていてはならない、ということは良識として備わっていたに違いない。
日本海海戦で勝利した東郷平八郎は、連合艦隊を解散するにあたって、「勝って兜の緒を締めよ」と訓示したではないか。
こういう国を挙げての慢心はその後もあった。
戦後の高度経済成長華やかな時、日本の大学で工学を学んだ学生が、就職先に金融や証券会社を選択したことがあった。
何が言いたいかというと、日本の大衆の中で、目先の利く優秀な者は、時流の潮の目を感知する感覚に秀でていて、近未来において一番有利な職業を選択することは昔も今も変わらない普遍的なことだ。
若い世代のものが、将来どういう職業が自分にとって一番有利か、と思索することは若者の特権でもあり、それこそが生きるという大きな目標であることは論を待たない。
そういう考えをもとに、昭和の初期という時代を眺めてみると、この時代の少国民の中で、並み以上に賢い優秀な者は、すべて軍人になる道を選択した。
村一番町一番と言われるほどの眉目秀麗、学術優秀な若人は、間違いなく陸軍士官学校、海軍兵学校を目指した。
そういう優秀な若者が蝟集した軍の学校で、立派な教育を受けたならば、優秀な軍人を輩出して当然で、そういう人たちが真に優秀な軍人であったならば、戦争に負けるなどということにはならなかった筈である。
結果として戦争に負けた、勝てなかったということは、優秀だと思っていた軍人が、優秀でなかったということになるではないか。
陸軍士官学校、海軍兵学校を目指した若者が優秀であった、と言うのは我々の思い違いであって、優秀でなかったから我々はアメリカに負け、ロシアに負けたではないか。
そもそも負けるとわかっている戦争をしたところにボタンのかけ違いがあったわけで、優秀な軍人であれば、そういう状況であっても勝利に導いて当然で、それが敗北では何も優秀ではなく、並み以下でしかないということに他ならない。
負ける戦争ならばバカでもチョンでもできる。
大衆とか民衆という人の群れは、時の雰囲気、時流にはなはだ敏感で、近未来において、どう我が身を処すれば良いか、常に思い悩んでいる。
そこで、そういう人々に生きる指針を示すのが普通にいう知識人であらねばならないが、この知識人というのは、大衆や民衆とは生い立ちが違っているわけで、端的に言えば貴族と農奴、大地主と水飲み百姓では同じ思考になりえないのが当然である。
だから知識人が大衆に近未来のバラ色の世界を説いても、現実味はないが、現状の打破という点では、双方で意見が合致するので革命ということになる。
一旦革命で旧秩序、従来の価値観が転覆すれば、後に来るのは権力抗争と血の粛清であって、教養知性など何の価値もなくなってしまう。
もともと国家主権などといったところで実態があるわけではなく、空想上の概念でしかないので、犯した侵されたと言ったところで、実質的な損害があるとは限らない。
双方が主権などということを主張しなければトラブルは起きない。
人権についても全く同じことが言えるわけで、人間の頭の上に人権という標識が 立っているわけではない。
人権があろうがなかろうが人は死ぬときは死ぬわけで、「病院の診療ミスだから金寄越せ」などという論法は、あまりにも傲慢な思考で神を冒涜するものだと思う。
ロシア、旧ソビエット連邦にはたぶん人権という概念は存在していないのではないかと思う。
人権などという概念は、ただただ人間の存在を加害者と被害者という対立軸に置き換えて眺めているだけで、双方が法で守られたぬるま湯の中で生かされているので、法を盾として大上段に掲げると、そういう我儘が罷り通ってしまうということだ。
ロシアの刑務所を例にとれば、ロシアの刑務所では看守と受刑者が極めて緊密な関係にあるので、人権的には極めて良好であるが、それだからこそ懲罰の効果は期待できない。
もっとも厳密な懲罰を要するような犯罪者は、最初から死刑にしてしまっているので、残っている犯罪者は極めて軽微な罪状のものしかいないということになる。
歴史には謀略ということは往々にして存在する。
良い事ではないが、国家の存立にかかわることだとすれば、ことの善し悪しを超越しているわけで、起きるときには起きるものであるが、それがネタばれしてしまっては、如何にも下手糞な謀略といわねばならない。
日本の関東軍が起こした張作霖爆死事件などというのは、その最たるもので、その意味ではアルカイダの9・11事件というのはド派手な謀略だったと思う。
犠牲になられた方々には心から追悼の意を表するものであるが、オサマビンラデインを血祭りに挙げたということは、アメリカのささやかな勝利である。
日本でも戦後の初期のころに起きた一連の列車事故、下山事件から三鷹事件、松川事件というのは、日本の国内で起きた事件であるが、アメリカの謀略部隊が関与していたのではないかと思う。
あの事件は、日本の旧国鉄のリストラが背景にあったわけで、国鉄職員をリストラすることは、そのまま共産主義者に活躍の場を与えるようなものなので、それを牽制するためにアメリカ進駐軍の一部が暗躍した事件なのではなかろうか。
日本人、我々のする謀略は、すぐにネタバレするようなお粗末なものであるが、外国人の画策する謀略は実に巧妙で、金大中氏拉致事件にしても、日本人拉致事件にしても、日本という主権国家からいとも安易に人ひとり浚っていってしまう。
生きた人間を浚って海を渡る謀略に比べれば、鉄道の事故に見せかける謀略の方がはるかに容易だと思う。
日中戦争の契機となった柳条湖における最初の一発の銃声も、中共、中国共産党が仕掛けた謀略であったわけで、そのたった一発の銃声で、日本は奈落の底に転がり落ちてしまった。
こういう罠から自分を守るということは、安全保障の第一歩だと思う。
ところが我々は、こういう地味な思考を謙虚に評価せずに、華やかな時流に便乗することに至上の喜びを感じるわけで、こういう浅薄な思考におもねっている限り、日本人、日本民族の再生はありえない。
我々は奈落の底から這いあがる才には長けているが、そこから這い上がって頂上に立った時に、自分の立ち居振る舞いを見失ってしまって、目指す指針を見つけれなくなってしまうようだ。
第一次世界大戦の後で五大強国に列せられた時も、戦後の復興をなしてアメリカと並ぶ経済大国になった時も、トップに立った途端に、自分の立ち位置を見失ってしまって、誇りも名誉もかなぐり捨てて、奢り、不遜、人を見下し、金で人のほっぺたを叩き、文字通りの成金趣味を披露してしまったではないか。

「なぜ都市が空襲されたのか」

2012-06-13 17:29:55 | Weblog
例によって図書館から借りてきた本で「なぜ都市が空襲されたのか」という本を読んだ。
著者は永沢道夫という人で、冒頭のプロローグで、自らの空襲体験が述べられている。
自分の家に焼夷弾が落ちて、それを消して回ったという自らの体験がつづられていた。
そういう体験を持った方が長ずれば、おのずと平和主義者になるのは当然の帰結でもある。
戦争というものが悲惨で、無慈悲で、残虐で、悲壮なものか、ということは何も今に始まったことではなく、人類の誕生とともに人類にまとわりついてきた厳然たる事実である。
この地球上に住む、いかなる民族もいかなる人種でも、変わることのない普遍的な感情だと思う。
1991年平成3年に湾岸戦争が起きたとき、日本の進歩的な婦人団体が、アメリカの母親たちに向かって、「息子たちを戦場に送るな」というアピールを行ったが、この日本の婦人団体の思考は、いわば自分の無知を世界に晒したような愚昧な行動でしかない。
アメリカの母親たちが、自分たちの息子を喜んで戦場に送りだしていると思っているとするならば、こんなバカげた思考もあり得ない。
自分の息子を喜んで戦場に送り出す母親がこの地球上にいると思う馬鹿さ加減はなんと言えばいいのであろう。
戦争はあくまでも人と人の殺し合いなわけで、こんなことを喜んでするバカがこの地球上に居るわけないではないか。
だが人間というのは感情の動物で、満員電車の中で足を踏まれれば腹をてて踏み返すし、殴られれば殴り返すし、物を盗られれば取り返すし、食い物がなくなれば人のものを盗ってでも生き延びようとするのが普通の人間の普通の思考である。
これは良いとか悪い、法律に反するとか反しない、善だとか悪、正義とか不正義、良し悪しという価値観では測りきれないものであって、人間が背負い込んだ原罪そのものである。
アメリカの青年が湾岸戦争に従軍するのは、戦争という人殺しが好きでそこに出向くのではなく、アメリカ国民の一員として、アメリカ社会の構成員としての責務を果たすために、命じられるままに命令に従っているのである。
我々の国の日本というのは、あの戦争に敗北したことによって、こういう国家の課す責務に答えるという思考を失ってしまって、国家は国民の生命の安全と安寧を与えるものであって、国民の側はそれを国家に希求し、享受することが権利であって、国家はその権利を保障すべきものという認識に至っている。
だからあの戦争に対する反省でも、戦争好きの為政者が、国民に断りもなく好き勝手に拡張主義に走ったという認識で、悪いのはすべて軍国主義者であって、国民はそういう人たちに騙されていた、という見解をとっている。
しかし、歴史というものを詳細に眺めれば決してそうではなく、当時の日本の国民は、心の底からあの戦争を渇望していた。
為政者は、その国民の潜在意識を具現化したに過ぎず、国民の願望を実現しようとしたにすぎない。
20世紀の歴史を眺めてみて、独裁者というのはドイツのヒットラーと旧ソビエット連邦のスターリンだと思う。
しかし、こういう独裁者といわれた人たちでも、私利私欲、自分の個人的な財産をため込むための独裁ではなかったはずで、あくまでも国民の至福と繁栄を願っての独裁であったと考えられる。
戦争、言い方を変えれば合法的な人殺しが人類の歴史とともにあり続けたということは、それはそれなりの理由があったに違いない。
太古の時代、人が生きるということは、100%の生存競争であったわけで、自分が相手を殺さなければ自分が殺される状況だったと思う。
食い物がふんだんにある間はそういう諍いも起こらないだろうが、食い物が欠乏するようになると、そんな悠長なことも言っておれなくなって、自分たちの仲間で結束して自分たちの種族を守らねばならなくなった。
原始社会ではこういう論理が成り立つが、人類が歴史を経て近代に至ると、地球上の諸民族の関係性もきわめて複雑になり、単純な生存競争では説明しきれなくなってきた。
近世から現代の地球上の諸民族の関係性というのは、クモの糸のように複雑に絡み合っていて、そのバランスの上に成り立っている。
日本が先の戦争にのめりこんでいった根本的な理由は、あの戦争の勝利者であるマッカアサー元帥が、アメリカ議会でいみじくも言ったように、日本の自存自衛の戦争であったわけだ。
1946年昭和16年に日本がアメリカと戦火を交えた時点では、我々は自存自衛のつもりであったが、世界では誰一人そういう視点で日本を見たものはいなかった。
彼らは彼らなりに、日本の専横と受け取り、自分たちの国益が侵害されると思ったわけで、いわば国益と国益がこの時この場でぶつかりあったということだ。
我々は自存自衛の行動だと思っていても、アジアの周辺諸国からすれば、日本の侵略以外の何物でもないわけで、そこでは当然、足を踏まれたら踏み返すという感情が出るのは必然であった。
戦前の日本は、自分たちの自存自衛のポーズを武力行使で示そうとしてので、そこでは人間の自然の感情としての反発力が作用してしまったが、戦後の日本はそういう反省から一切の武力行使を自ら封鎖してしまったので、その意味では周辺諸国は枕を高くしておれる。
だから、戦後の日本の置かれている状況は、クモの巣の中心でジーッとしているクモのようなもので、細い細い糸のような関係性の中に浮かんでいるに等しい。
日本が自存自衛のためにアメリカに戦いを挑まねばならなくなった背景には、アメリカをはじめとするABCD包囲網による締め付けがあったからであって、その締め付けがなぜ起きたかといえば、日本の中国進出に対する対抗措置であった。
だから、この様に歴史をさかのぼれば、どこまでも関係性の糸を手繰ることになる。
戦後の日本は、こういう関係性の糸の中心にいるクモのように、非常に不安定な糸に絡まれて浮遊しているようなものだが、それも世界が日本を排除することなく支えていてくれるからであって、戦前はそれがブロック経済を形成して、日本を排除する方向に作用したので、日本としては自存自衛の道を選択せざるを得なかったということだ。
ところが現在の地球上の諸国家の存立というのは、この細い関係性の糸に絡まって存在しているが、その細い糸の根幹をなすものは、それぞれの国の国益に他ならない。
この国益が阻害されるとその糸は切れることになるが、だからと言って、それがそのまま血で血を洗う抗争になるとは限らないが、それがその大きな要因ではことは間違いない。
なんとなれば、人間は基本的に人と人が殺し合うことを好まないからである。
けれども対立する二つの民族同士、あるいは国家同士で、自分の意見が通らないときは最終的には武力行使にならざるを得ない。
戦後の日本は67年間こういう状況下においても、自分の主張を押し通すことなく、常に相手の要求に応じて妥協してきたから平和でありえたのであって、それが日本を取り巻く細い細いクモの糸であったということになる。
我々の側が一方的に常に妥協しているということは、足を踏まれても踏み返していないということであり、殴られても殴り返していないということであり、盗られても盗られっぱなしでいるということである。
こういうことは普通の常識のある人として生存権を持った民族ではありえないはずで、戦争に負けた我々だけの特殊な例だと考えざるを得ない。
戦前のABCD 包囲網の例を見るまでもなく、世界の中の日本の存在というのは、真に異質なもので世界中が日本を恐れている。
世界的規模でみて、ユダヤ人やジプシーは明らかに差別された存在であるが、日本人もその人たちと同じような視点で見られている。
我々が世界から嫌われる最大の理由は、価値観を異にしている点だと思う。
今まで述べてきたように、戦後の日本は、周りから何をされても全く無抵抗で、なされるままになっているという生き方は、我々以外の民族ではありえないことだが、それでいてアメリカに次ぐ経済大国で、この現実は彼らにとって不可解千万で驚天動地のことなのであろう。
並みの言い方で言えば、戦後の日本は国防費を限りなくゼロで来たので、経済発展が可能であったといえるが、その分、中の人間は限りなく根無し草になって浮遊しつづけ、絶滅民族になりかかっている。
戦後の日本人は67年間も平和でやってきて、日本人のすべてが平和主義者になった感があるが、戦前の我々は今とは真逆で、日本人のすべてが軍国主義者であった。
問題は、この思考のベクトルが180度真逆であるが、全国民が同じ方向を目指す、という我々の民族意識の在り方だと思う。
これは別の言い方をすれば究極の民主主義の具現でもあって、為政者が国民の要望にストレートに反応すれば、それは最高の民主国家ということになる。
しかし、人の口に戸は立てられないわけで、為政者がどんな善政を敷いたところで反対意見というのはあって、この反対意見を蔑にすると、専横だとか独裁だといわれるので、ここでも妥協を強いられる。
民主主義の社会で反対意見がないということはありえないわけで、それはあって当たり前だが、反対意見をどこまで加味するかということは、当事者の説得力の技量による部分が大だと思う。
この問題を掘り下げていくと民族の本質にかかわることになる。
つまり、西洋のキリスト教文化圏では、言語は相手を説得するためのツールであって、そのためのノウハウが発達して、演説の上手い下手が統治の大きなファクターになるが、我々の場合はそれとは逆に、沈黙こそが金になるわけで、以心伝心、腹芸に価値を求める文化である。
この文化の相違が、我々日本民族の生き方を大きく左右していると私は考える。
戦争のテクニック、戦争のノウハウで最も基本とするところは「相手を知る」という『孫子の兵法』だと思う。
ところがこの相手を知るということは極めて地味な仕事で、華々しくも格好良くも見えないものだから、誰も進んでしようとはしない。
この部分が我々の民族の根源的な欠陥だと思う。
我々の同胞の中で頭の良い奴から率先して、華やかで格好良い仕事を占有してしまって、地味だけれども民族の存立に欠かせない大事なセクションには、そうでない人材がまわされている。
軍隊でも一般社会でも、人材の能力を測るバロメーターとしてはペーパーテストしかないと思うが、こういうテストで高得点をとるのは、基本的に頭の良い連中である。
問題は、そういうテストの結果にどこまで信を置くかであって、テストの結果が万能であると思っていると、大きな過誤に陥る危険性が大である。
「敵を知る」ということは、鉄砲を撃ち合う前に敵情を知るということで、別の言い方をすればオペレーション・リサーチなわけで、相手の状況を知らないまま滅多矢鱈と撃ちまくっても意味をなさないということだ。
あの戦争においても、わが方の戦争指導者も基本的には相手の観察を行ったことは確かであるが、折角オペレーション・リサ―チをしても、その結果が自分の意に沿わないとそれを無視してしまったわけで、これは一体どういうことなのであろう。
どこの国でも、どの民族でも、資本主義体制の下での民主主義では、様々な人が事業を起こし、その事業がうまく軌道に乗ればいいがそうでないケースも掃いて捨てるほどあるに違いない。
戦争遂行のそれぞれの個々の作戦においても、成功するのもあれば失敗に帰すのもあるわけで、トータルとして敗北したということは、個々の作戦の失敗の集積だと考えざるを得ない。
これは戦後の日本の経済界とも通じることで、高度経済成長の中でも事業に失敗する例はいくらでもあって、その集大成として日本の景気の低迷ということになっていると考えられる。
この本を読んで一番価値のある部分は、最後の「あとがき」であって、広島の原爆記念碑に刻まれた「安らかに眠ってください、過ちは二度と繰り返しません」という碑文があの大戦の一番素直な反省、リクレイムだと結んでいるが、私はこの論旨に同意できない。
まさにこの部分があの戦争によるPTSD・心的外傷後ストレス症候群に陥っている最も顕著な心象風景を提示している。
戦争を忌み嫌うのは敗戦を経験した日本人のみではなく、世界の人々が皆同じ思いなのである。
それをさも自分たちの特権であるかのように思い上がって、自分たちの崇高な理念であるかのように、ことさら大声でわめく姿というのは、戦前の同胞のまじめな軍国少年まじめな軍国少女の姿と同じであって、そこにはものごとを深く考察する真摯な姿が見受けられない。
人間の生存というのは、善意や好意で成り立っているわけではない。
そういう要因も皆無ではないが、基本的には人間の本質に根ざした煩悩によって左右されているわけで、足を踏まれたら踏み返す、殴られたら殴り返す、盗られたら取り返す、という自然の人間の自然の感情によって成り立っているのである。
その中には当然のこと、憎悪もあり、差別意識もあり、優越感もあるわけで、それが時と場合によって変幻自在に露呈するのが人間の支配する地球のありのままの姿である。
完全なる無抵抗主義というのも人間の生き方の一つの選択肢ではあるが、それは恥辱と汚辱にまみれたものであることは確かで、どこまで自分自身が耐えられるか、ということに行き着く。
戦後に生き延びた我が同胞は、この本の冒頭にあったような過酷な試練を生き抜いてきた人たちなので、そういう試練を再び経験したくない、という気持ちは十分に理解できる。
ならば、そういう感情論で社会を見るのではなく、冷静な知性と理性と判断力でもって、自己と他者の生きざまを克明に観察して、人間の本質に基づいた未来予測をしてしかるべきだと思う。
あの戦争で悲惨な思いをしたからもう2度とああいうことは経験したくない、と言うのならば子供の発想と何も変わらないではないか。
そんなことは世界中の人が皆同じように考えているではないか。
「武力行使をせずとも、話し合えばいいではないか」という議論も、それができればそれに越したことはないが、そうならないから武力の行使に行き着くのではないか。
この地球上に様々な人間が混在して生きている以上、そこには善意のみならず悪意や憎しみも合わせて存在するわけで、日本の知識階級、教養知性豊かな人々が、人間の負の感情を無視した思考をするというのは実に不可解なことである。
アメリカがすでに死に体になっている日本に対して原爆を使用したということは、当然のこと差別意識丸出しの動物実験をしたに過ぎない。
それに対して、我々の側が「過ちは二度と繰り返しません」という言い分は ないと思う。
アメリカが人類愛に鑑みてこういう言い方をする分には異存がないが、交戦能力を喪失した日本に対して、動物実験にも等しい仕打をしておいて、負けた側の我々がこういう言い方をすることは実に陳腐である。
民族としての怒りは一体どこに行ってしまったのだ。
死に体であった我々の上に原爆を投下したのならば、それを受けた我々は「次はニューヨークに原爆を、ワシントンに水爆を」というフレーズでなければ、名誉ある民族になりえないではないか。
やられたら倍返してこそ誇り高き民族ではないのか。
広島と長崎の原爆投投下は、こちら側の過ちではなく、アメリカの過ちではなかったのか。
その過ちの根幹は国際法違反であって、ハーグ不戦条約やジュネーブ条約に違反するものであって、裁かれるべきは本当はそちらの側のはずである。
こういう国際舞台でも、ものをぃうのは軍事力というパワーであって、正義とか善という甘い空虚なものではないということである。
こういう現実を日本の知識人はいささかも理解しようとせずに、甘っちょろい理想や理念に現を抜かして意味のない議論に明け暮れているのである。
これはそのまま戦前の我々の底の浅い軍国主義と同根の思考で、物事を深く考えた結果としての思索ではない。

「シベリアの日本人捕虜たち」

2012-06-10 21:04:02 | Weblog
例によって図書館から借りてきた本で「シベリアの日本人捕虜たち」という本を読んだ。
サブタイトルには「ロシア側から見たラーゲリの虚と実」となっている。
要するに、ソ連の弱体化にともなってグラスノスチの一環として情報公開がゆるやかになってきたので、以前は秘密であったものが公開されるようになったということだ。
その秘密の部分に、ソ連の対日戦に伴う大量の捕虜の抑留に関する情報も公開されてきたということだ。
普通の我々の認識では、ソ連が1945年、昭和20年の8月9日に対日戦に参戦してきた時点で約60万人の日本人の将兵を拉致したとことに対する事実の掘り起こしであるが、これも歴然としたパワーの前では犬の遠吠えでしかない。
ロシアにしても、中国にしても、アメリカにしても、基本的には大陸国家であるが、それに比べると我々日本という国家は、海に浮かんだ島国なわけで、それぞれの地に住む人々の潜在意識は根本的に異なっている。
あの悲惨な第2次世界大戦、アメリカ風にいえば太平洋戦争、日本流に言えば大東亜戦争の決着を見てから67年、半世紀以上を経過しても、それ以降、我々日本人は、血で血を洗う武力抗争というものを経験していない。
だからその間に、我々の意識がそれこそガラパゴス化してしまって、他の地域の人々の潜在意識とは別のものになってしまっている。
我々は海の中の孤島の住人であるがゆえに、周りの人々と事を構えて抗争をしでかすと、それこそ生きるための必要最低限の物資も経たれる可能性があるわけで、それこそ八方美人的に良い子ぶらなければ生を維持できないという恐怖感にさいなまれている。
これは確かに一面の真理を含んでいるわけで、日本人であるならば、その論理に反駁しきれない。だから日本を取り囲むすべての勢力に、米つきバッタみたいに、恥も外聞もかなぐり捨てて、何でもかんでも相手の言いなりに頭を下げる卑屈な習性が身についてしまった。
しかし、それは人間の本質というものを何ら考慮に入れることない無知に等しいわけで、ただ単なる思い込みに過ぎない。
自分の周囲を周到に注意深く観察すれば、決してそんな剣呑な雰囲気ばかりではないはずで、救援の手を差し延べてくるところもあるはずである。
ここで注意をしなければならないことは、その救援の手は決して無償ではなく、ひも付きと考えなければならないということである。
ひも付きと言うと、いささか品がないが、言い換えれば、暖かい救援の手の中には相手国の国益が潜んでいると考えるべきである。
そういう損得勘定に基づいての救援の手であって、決して無償の愛の手などではないわけで、日本という国の存立には地球規模でそういう蜘蛛の糸の様な眼に見えない関係性によって浮遊しているという現実を認識しなければならない。
旧ソビエット連邦共和国、あるいは中華人民共和国という国は、あまりにも国土が広いので、あらゆる多様性を秘めているが、日本のような小さな国ならば、全国を均一的に統治することが可能であっても、それを10も20も内包するような巨大な国では、均一的な統治ということは甚だ難しい。
我々、日本人の国民感情からすれば、旧ソ連が終戦のわずか1週間前に日本に参戦するということは、どれだけ憎んでも憎みきれない怨恨でしかない。
しかし、これは国際政治の生の姿なわけで、汚いとか、狡いとか、裏切りだとか、騙された、といくら嘆いたところで何の意味もない。
1894年明治27年日本は、日清戦争に勝ち遼東半島を獲得したが、それを翌年の三国干渉で返上しなければならなくなった時、当時の日本国民は富国強兵が道半ばであることを切歯扼腕して、臥薪嘗胆、その屈辱に耐えて再起を誓った。
それから51年後の我が同胞の魂の喪失を我々はどう考えたらいいのであろう。
日ソ中立条約を先方から破られ、同胞を60万人以上も抑留され、しかもそれは戦争が終わって日本軍が武器を地に置いた後になってからの仕儀であるにもかかわらず、我々は何一つ相手に抗議できずにいる事の不甲斐なさを何と説明したらいいのであろう。
人間の精神は、PTSD・心的外傷後ストレス症候群と言うものがあって、極度に切迫した恐怖を味わうと、精神が元の平常な状態に戻らないということがあるらしいが、戦後の我々は確かにこれに陥ってしまった。
PTSD・心的外傷後ストレス症候群に落ち込んだ理由は、何もソ連の抑圧という外的要因ばかりではなく、我々同胞の同胞に対する仕打ちも、正常の生活ではありえないようなひどい仕打ちがあったことは否めない。
それは軍隊の中でも普通の市民の生活の中でもあったので、あの時代を生き延びた我が同胞は、すべてPTSD・心的外傷後ストレス症候群に罹患したともいえる。
それでこういう人たちは、戦後生き残ってはみたものの、民族の魂を失ってしまって、ただただ生物学的な生の維持、ただただ生き永らえることのみに専念することを余儀なくされたともいえる。だから自分の受けた仕打ちに対して反抗する気力さえ失せて、ただただなされるがままに生きてきた、あるいは生かされていたといえる。
しかし、1945年昭和20年のという時空間において、アジアの東北地方、朝鮮半島の北部から旧満州の全域にわたって、日本兵が60万人もいたということは考えてみると不思議な気がする。我々、戦争を実際に体験していない世代が聞かされた話では、この地方から陸軍の精鋭が引き抜かれて太平洋方面に移動させられて、この地方には日本の陸軍は手薄になっていたと聞かされていた。それにしてもあの負け方は一体どういうことなのであろう。
太平洋戦線では、日本軍はアメリカの物量に負けたという言い方もある程度は説得力のある話であったが、対ソ連については仮想敵として意識しつつ、防備に怠りなく備えていたであろうに、いざ蓋をあけてみると日本の将兵は全く戦意を消失して、押される一方であったではないか。
この本の中には、その時の日本の軍司令官の名前も本名で出ているが、こういう陸軍の将星たちは、自分たちの敵に対して何の先入観も持たず、まるで無知のままでいたようだ。
我々の先輩諸氏が推し進めた先の大戦をよくよく見てみると、あの広い太平洋全域に戦力を分散して本当に勝てると思っていたのであろうか。
それと同じことはアジア大陸の満州でもいえるわけで、日本陸軍、特に関東軍はロシアを仮想敵国としつつ、常にロシアの存在を意識しつつ防備を固めていた筈なのに、何の抵抗もせずにソビエットの軍門に下るということは、無知を通り越して阿呆としかいいようがないと思う。
その前のノモンハン事件で痛い目に合っていながら、それが教訓としていささかも加味されないままソ連の急襲に手も足もでなかった、ということは陸軍の軍人にあるまじき醜態である。
しかもこの時点で日本軍が60万人もいながら戦わずに敗北とはあまりにも情けないではないか。実際には戦ったのであろうが、所詮はソ連の電撃戦に席巻されたというのは本当のところであろうが、問題はそこにあるわけで、ソ連の電撃戦が予測できなかった、という部分に軍人の怠慢があったということだ。
これも太平洋の戦線と同じで、冷静に満州国の地図を眺めれば、ソ連がどういう戦法をとってくるかおおよその見当をつけるのがプロの軍人であるはずだ。
今から考えて、そのときに有効な対抗策を講じることが可能かと問われれば、それは多分不可能であって、誰が当事者であろうとも結果は同じであろう。
我々の側の物資の不足というのは、如何ともしがたい現実であったわけで、そもそも大陸に武力でもって版図を広げよう、という発想そのものが現実と乖離していたということになる。
戦後の我々の同胞は、あの戦争のトラウマ、いわゆるPTSD心的外傷後ストレス症候群から回復しきれていないが、これはこれで戦後の我々の国民的願望となって大きなムーブメントをなしている。誰もそれに異を唱えることができず、もしそんなことを言えば、非国民、間、人殺し、軍国主義者というレッテルが張られそうあるが、戦前の我々もこれと同じ心理に陥っていたことを忘れてはならない。
戦前の我が同胞が、何の疑いも持たずにアジア大陸に版図を広げようと考えたことは、今の我々の平和志向と同じであった。
当時はすべての同胞の共感を得ていたのである。
この本の趣旨は、今のロシアの人が当時の旧ソビエット連邦のしたことを弁護しているわけではなく、冷静な視線で掘り起こしているにすぎないが、戦争が、厳密にいえば戦闘が終わり、武装解除のあとで戦闘員を拘束するというのは、如何なる場合でも整合性を持たない不法行為そのものだ。我々の言い方でいえば「仁義にもとる卑怯な行為、不道徳、不条理な行い」ということになり、人間の屑の立ち居振る舞いという認識になるが、目の前の現実は如何ともしがたい。
我々の側がいくら情理を尽くして説得しても、聞く耳を持たない相手に対しては、何の効果もなかったということである。
ここにあるのは力、武力、戦力、実効支配をなさしめる実力、を持たないものはいくら口で正論を吐いても、屁のツッパリにもならないという厳然たる事実である。
戦後も67年を経過すれば、現実にそういう辛苦をなめた世代もこの世からいなくなる。だが、この事実を風化させてはならないと思う。
しかし、旧ソビエット連邦というのは、日本人を60万人も抑留したが、自分の国の国民を何百万人という単位で粛清したわけで、このことはどういう風に考えたらいいのであろう。
ドイツのヒットラーはユダヤ人を虐殺したということで罪を問われているが、ソ連のスターリンの行ったこともヒットラーの行ったことと大した変わりはないが、スターリンは連合軍側の立役者として名声を維持したままではないか。
ソ連崩壊に伴って、かなりの秘密文書が公開されて、スターリンの功績も徐々に暴露されてきているが、いくら暴露されても死者が蘇ることはない。
ただ、今に生きる我々、21世紀の地球上に生きる我々日本人にとって、人間の力では何とも克服できない神の力があるという事も認識することが必要だと思う。
昨年、日本を襲った東日本大震災で被害にあわれた方々は非常に気の毒であるが、震災の被害にあったのだから金寄越せという発想は、非常に不遜な思考だと思う。
こういう被害にあった方々を救済することは良い事だ、という善意は人として当然であるが、だから金をばら撒くことに直結した施策を要求することは話が別だと思う。
自分の行おうとする善意に酔いしれて、それが御門違いということを亡失しては意味をなさないわけで、そういう善意の塊のような人は、それなりに相手を選択して取り組むわけで、それはそれなりに有効であろう。
ところが、問題は、そういう苦情を頭から受け付けない相手になると、その矛先を自分の政府や国や国家に向けるという節操のなさである。
戦後67年間にわたる日本人抑留者の補償に関する問題、北方4島の返還にかかわる問題、これらの問題に関して先方は歯牙にもかけないわけで、相手がテーブルに着こうとしないものを、こちら側でいくら策を弄しても埒が明かない。
ここに立ちはだかっているのが、国力、端的に言えば軍事力であって、戦後の日本人は、その一言を聞くともう金縛りにあったみたいに身動きが取れなくなって、思考が停止してしまう。
冒頭に述べたように、日本という国は絶海の孤島の浮かんだ小さな島国で、資源は何もないことは歴然としているが、それでも何とか生きていかねばならない。
そのためには周囲の強国に媚を売って、相手に与えられるものは何でも言われるままに与えて、自分たちの民族の魂も、誇りも、名誉も、かなぐり捨てて命を乞うしか生きれない、ということは言えている。
現実がそうであるとするならば、相手から請求されて供物を差し出す時に、条件を付けるぐらいの知恵を働かせるぐらいのことはあってもいいと思う。
何でもかんでも言われるままに無条件で差し出すことでは能がないので、出す以上は明らかなる見返りを要求するぐらいの自尊心というか、自負心を持ってもいいと思う。
日本は国際連合の負担金を最も多く負担していると聞いたが、金を出す以上、日本の言い分をストレートに通すくらいの交渉能力を持つべきで、それでこそ平和志向の民主主義国として胸を張ることができる。
過去の日本は、尚武の国として武勇に秀でた人を敬う傾向が強くて、そろばん勘定で動く人間をある意味で蔑視する風潮があった。
しかし、先の大戦を経験することによって、日本がこれから先、尚武の思考で生き残れる可能性はゼロに等しいわけで、どうしてもそろばんで生きるしか選択の余地がないことがはっきりした。
ならばマネーを武器にするほかなく、ただで金をばら撒くような愚は厳に慎まなければならない。日本の過去の歴史では、士農工商といって商売人がもっとも卑しむべき生業とみなされていたが、日本という国の置かれた地勢的な条件を勘案すれば、我々は商売でしか身を立てる術を持っていないわけで、好むと好まざるとそういう道を選択せざるをえない。
ところが不幸なことに、我々は絶海の孤島の住民なるがゆえに、異民族との交渉事にきわめて不慣れで、そういう意味でも実に不甲斐ない存在でしかない。
商売というのは、多かれ少なかれ相手を騙すという要素を内包しているわけで、その部分が我々日本民族の深層心理に抵触する部分で、「人を騙す」などということが我々の価値観からして容認できないわけで、そういう意味で我々は異民族との交渉事が下手なのである。
自分を利することは、相手を騙したからだ、という贖罪の気持ちにさいなまれて、すっきりとした気持ちになれないからだと思う。
しかし、昔のソビエット連邦、あるいは中華人民共和国というのは実に不可解な国だと思う。
この本を読んでいても、彼ら、ロシア人というのは統治ということがあまりにもルーズで、行政機構が普通に機能していない節が所々に垣間見れる。
捕虜の食糧不足というのも、彼らの管理者が横取りした結果であって、そのことは行政のシステム、統治のシステムが機能不全に陥っているということであり、監視がゆるく抑留者が地元の住民を接触する機会があった、ということは裏から見れば管理者は一体何をしていたのだということになる。行政の末端ではこうでありながら、歴史的事実として旧ソビエットはレニングラードを防衛し、日本軍を蹴散らしたわけで、戦後は戦後で、宇宙開発ではアメリカよりも先んじたわけで、このアンバランスを一体どう考えたらいいのであろう。
元抑留者の話では、ロシア兵は字もろくに読めず、時計も知らず、勘定もできない、ということを聞いたものだが、そういう軍隊に日本軍はどうして敗北したのだと言いたい。
アメリカに対してもこういう類の意味もない噂話があり、中国についても同様であったが、そういう相手に我々はどうして敗北したのだろう。
つまり、我々は、相手に対して相手のことを何も知らないまま戦っていたわけで、それは『孫子の兵法』を全否定していたということである。
日本の陸軍士官学校、海軍兵学校は全国から優秀な若者が蝟集したといわれているが、その優秀であるべき戦争のプロフェッショナルが、負けるような戦争を指導したということを我々はどう考えたらいいのであろう。


「北海道警 悪徳刑事の告白・恥さらし」

2012-06-06 11:07:22 | Weblog
例によって図書館から借りてきた本で「北海道警 悪徳刑事の告白・恥さらし」という本を読んだ。北海道警で銃器対策課の刑事が行き過ぎた捜査をして身の破滅を招いたという内容のものであるが、要するにサラリーマンが仕事に忠実たらんとすると、こういう過誤を犯しやすいという典型的な見本である。
警察の仕事、泥棒を捕まえるというような仕事というか任務というか、こういうものを数量化して組織ごとで競い合わせる、という発想そのものが実情に合っていないと思う。
我々の日常生活の中でも、交通安全週間になると、あちらこちらでネズミ取りと称する交通取り締まりが行われるが、あれでも各所管内、あるいは各年度内における実績を数量化して、それぞれの実績を競い合わせる行為である。
普通に考えて、犯罪の摘発を数量化して競い合わせること自体があってはならない事だと思う。
しかし、現実にはそうも言っておれないわけで、北海道警のお巡りさんが「今日は寒いから」と言って外に一歩も出ず、ストーブの番のみで「異常ありません」では、納税者としてはたまったものではない。
だから、そういうナマカワなお巡りさんの尻をひっぱたく意味で、「今月は何人泥棒を捕まえよ」という、上からの指示になってくるのだと思う。
実績を競い合わせて仕事の成果を上げるという手法は、何もお巡りさんの世界のみではなく、この世のあらゆる組織では大なり小なり、競い合わせて実績を上げるという手法は取られている。
車の販売から保険外交員の契約にいたるまで、それぞれの個人の実績をグラフで表示して、お互いの競争心を煽って、大いに競い合わせ成果に繋げている。
車の販売や、保険の外交ではそれが可能であっても、警察の仕事をそれと同じ視点で眺めては、やはり本質を見失うと思う。
この本で述べられているように、拳銃の摘発を競い合わせて、それぞれの組織で実績を自慢し合うというバカな話はあってはならないと思う。
しかし、裏側から見ると、お巡りさんは数値目標を設定しないとストーブの番をするだけで、本来の仕事をしないから数字で追いまくるのだ、という理屈にもなりかねない。
春と秋の交通安全週間のネズミ捕りも、彼らの実績を上げるための運動であって、普通の庶民からすれば、制限速度を厳守するということは社会生活に少なからず影響を及ぼすことになる。
制限速度が本当に現状にマッチしていればこういう問題ないが、高速道路並みに立派な田舎の道路が制限速度60キロでは、庶民の日常生活にマッチしていな事は歴然としているにもかかわらず、規則違反は規則違反で罰金を取られる。
お巡りさんもそういう事情が解っているので、自分で捕まえておいて「あんたは運が悪かった」などと同情している。
この本のお巡りさん、稲葉圭昭という人も、捜査に余りにも熱心なあまり、正邪の見境が判らなくなってしまった、という本人の述懐はもっとな事だと思う。
ところが、その事は同時に余りにも仕事熱心であったという事でもある。
車の販売でも保険の外交でも、そう安易に客が獲得できるわけもなく、最初は家族や身内の協力を仰いで、そういう人を顧客として取り込むことになるが、それ以降になるともう壁が立ちはだかって実績が上がらなくなるのが常だ。
だからこそ組織としては個人の実績をグラフで表示して、個々のセールスマンの競争心を煽りに煽って、営業実績の向上に務めるのである。
この本で書かれている拳銃の摘発もそれと同じことで、著者が余りにも仕事熱心であったが故に、塀の向こう側に落ちてしまったということだ。
組織としては、特に警察としては、拳銃とか、麻薬とか、交通違反という事案を数量化して、それぞれの組織の仕事に対する熱意を引っ張り出そうというアイデアは判らないでもないが、そこで考えられる事は、管理者の心がけというよりも裁量、あるいは度量だと思う。
上から下ってくる目標設定値に対して、上司が「そう頑張らなくともいいよ、のんびりマイペースで行こう」と部下に言ってやれば、部下は随分気分的に楽になると思う。
こういう場面では、真面目な人ほど、上から下りてくる目標設定値を何が何でもクリアーしようとするから無理がたたって、躓いてしまうのである。
数値目標は数値目標として、「何がなんでもそれをクリアーしなければ」と思いこまず、「自分のできる範囲で努力すればいい」と、上の人が言えば下の人が随分気分的に楽になることは請け合いである。
しかし、数値目標を示して尻を叩かれなければ動かない人間も、確かに居る事は居るわけで、特に公務員というのはそうでもしなければ自ら動こうとはしない人が多い。
そもそも公務員になるという動機からして、額に汗して働くことが嫌だから公務員を選択しているわけで、真に自分の力を発揮したい、と考えている人間ならば、公務員になるという選択肢あり得ない。
公務員という人間集団が、そういう心根の集団である限り、こういう人間集団にまともに働いてもらうには、数値目標を設定をして、煽りに煽って尻をひっぱたかねばならない事は、ある程度理解できる。
犯罪などというものがこの世にないに越した事はないが、お巡りさんがパトロールもせずに、「異常ありません」では、これまた困ったことで、だからと言って、ありもしない実績を捏造するというのもそれ以上に困った事だ。
本来ならば、地道な捜査を積み上げて、確実な証拠を押さえ、正攻法で犯罪に立ち向かうのが警察の仕事であり任務の筈であるが、それが数値目標を追い掛ける方に主眼が向いてしまったところに警察の腐敗がはびこる理由があったのであろう。
犯罪者の取り締りという事は、本来、嫌な仕事だろうと思う。
正常で平穏な市民を相手にするのではなく、殺人者や、強盗や、泥棒や、ヤクザを相手に仕事をしているわけで、その心労は私達善良な市民の考えも及ばない面が多々あろうかと思う。
多分真犯人であろうと思っても、証拠がそろわないという理由で無罪になったり、捜査が違法捜査だったので証拠にならないとか、捕まえる側として切歯扼腕の想いにかられたことも多々あろうかと思う。
世の中の学識経験者という人は、どういう訳か悪人に同情的で、苦労に苦労を重ねているお巡りさんには非常に酷な評価をするのが常であるが、これは一体どういう事なのであろう。
お巡りさんの全員が善人というわけではないが、悪人というのは法や普通の倫理を無視するから悪人なわけで、日本の教養知性豊かな人達は、何故に、人の形をしているからと言って、こういう悪人をさも善人かのように見立てるのであろう。
人を殺すような悪人に、人権があるなどと考える必要はないではないか。
人を殺すような悪人ならば、その場で犯人の命を抹殺すべきであって、何故に国費で裁判にかけ、証拠が不十分だとか、違法捜査だとかで無罪にするのだと私は言いたい。
殺された被害者の命は誰がどう償うのだと言いたい。
殺した本人、つまり犯人の命と相互交換してしかるべきではないのか。
犯人の命は大事だが、殺された被害者の命はどうでもいいと言うのだろうか。
人の命を蔑にした殺人者は、自分の命でその償いをして当然だと思う。
それが嫌ならば最初から他人の命を蔑にするような行為をしなければいいわけで、それをしてしまった後ならば、自分の命で償いをして当然だと思う。
警察というのはこういう人間を日々相手にしており、いわば犯罪の匂いを求めて、社会の底辺を嗅ぎまわっているわけで、私個人としては一番したくない仕事である。
社会の役に立つとか、正義の為に警察官を志す人がいるが、全く頭の下がる思いがする。
この本で述べられていることは、現職の警察官が麻薬に手を出したことが、塀の向こう側に落ちた直接的な理由であるが、組織の中からこういう人間が出たという事は、その組織にとって実に由々しき事ではないかと思う。
警察のみならず、人間の織り成す社会は、ある程度組織で動いているわけで、あらゆる組織の中に犯罪者が潜んでいることは何時でも何処でもありうることであろうが、自分の組織からそういうものが現れたとなれば、士気に大いに影響すると思う。
それにしても警察組織の中で、犯罪の摘発を数量化してそれで競争を煽ることの不合理さに、組織のトップが気がつかないというのも実に不思議なことだと思う。
警察のトップといえば、当然のこと、国家公務員の上級試験をパスした連中で、いわゆるキャリア組であろうが、そういう人間が犯罪の摘発を数量化して、競い合わせることの不合理さが判らないはずはないと思うが、そうなっていないところが公務員の公務員たる所以なのであろう。

「わが朝鮮総連の罪と罰」

2012-06-05 10:26:37 | Weblog
例によって図書館から借りてきた本で「わが朝鮮総連の罪と罰」という本を読んだ。
近年稀に見る面白い本であった。一気に読み通してしまった。
北朝鮮の話ともなれば興味が惹かれるのは当然といえば当然であるが、それにしても北朝鮮という国は不可解な国である。
日本のメデイアの情報から推察する限り、北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国というのは、我々が普通にいう主権国家という体をなしていないと見做さなければならない。
戦前の日本が満州国を作った時、彼の地には張作霖という軍閥が跋扈していた。
彼を列車ごと吹き飛ばして殺したのは日本軍であったが、この日本の軍人の視点から見て、張作霖という軍閥の存在は、人間の内に入っていなかったに違いない。
この時代において、我々同胞の目から見た中国の軍閥という集団は、多分、山賊や夜盗、強盗や馬族という認識で、普通の人間、普通の社会人という視点では見ていなかったに違いない。
当然、今日の価値観からすれば許される事ではないが、人間の認識、特に先入観というものが、そう右から左に代われるものではないと思う。
日本がポツダム宣言を受諾して昭和天皇の詔勅で戦闘を止めた時、当然、そこには条約違反を犯して侵攻してきたソ連軍の存在は認めざるを得ないが、それを朝鮮人は「自分たちが解放を勝ち取った」という認識でいる。
が、これは事実を故意に歪曲した政治的プロパガンダに過ぎない。
確かに、その時点で金日成は抗日戦のパルチザン活動をしていたことは事実であろうが、だからと言って、彼は日本軍を海に突き落としたわけではない。
終戦の一週間前に条約を一方的に破って侵攻してきた旧ソ連軍の尻馬に乗ってきた事は確かであろうが、日本軍と正面切って戦ったわけではない。
朝鮮の人達は、この時、1945年昭和20年8月15日に、本来ならば民族統一を果たすべきであった。
北からソ連軍が入り、南はアメリカ軍に占領されたといっても、朝鮮半島は元々朝鮮民族のものなので、この時にソ連もアメリカも退いてもらうべく運動して当然であった。
しかし、それが出来なかったという事は、一重に彼らの責任であったわけで、この部分にかつては満州を支配していた張作霖と同じように、軍閥、あるいは山賊、あるいはただの強盗団、はたまたただの馬族でしかなかった、という以外に言いようがない。
張作霖の軍閥は何処からどう見ても主権国家たりえないのと同様、北朝鮮も何処からどうみても普通の主権国家たりえていない。
戦時中、日本内地では生産を担う成人男子が兵役に取られて労働力不足になってので、朝鮮から大勢の人が働き口を求めてやってきたことは確かであろう。
戦後、彼ら朝鮮人は、強制労働という事を日本側の責任であるかのように言い立てているが、彼らは日本人拉致ように、朝鮮の海岸から人浚いのようにして連れてきたわけではない。
女衒に騙されたという部分は無きにしも非ずであるが、この女衒も日本人にみならず、朝鮮人が朝鮮人を騙したケースも多々あったと思う。
仮に騙されたとしてもそれは本人の意思であったと思う。
人浚いが浚って来たというのであれば、確かに強制連行であろうが、少なくとも自分の自由意思で海を渡ってきた以上、強制連行という言葉は成り立たない筈である。
この本の中では、彼らの同族意識が伏流水のように文脈の中に流れているが、日本が戦争に負けて、負けた日本に見切りをつけて本国に帰った人も大勢いる。
それと同時に、「どうせ国に帰ってもろくな生活が待っているわけではない」と居残った人もいるわけだが、この本がその居残った人々の祖国への思いを掘り起こしている。
ところが、その祖国なるものがきちんとした国でないところが実に由々しき問題となっている。
戦時中、富を追い求めて日本に渡って来て、戦争が終わって焼け野原の日本に見切りをつけて、再び祖国に帰るという思考は、まさしく「あっちの水は甘いぞ」と言われてふらふらとそちらによろめく図と同じではないか。
常に目先の利益に惑わされ、浅薄なプロパガンダに踊らされて、あっちに行ったりこっち行ったりよろめいているわけで、こういう人が富を取り逃がすのもある意味では当然である。
戦後の帰国船で早い時期に帰国した人は、その後苦難の連続で、何のたよりも無いという事は、彼の地で抹殺されたという事に他ならず、居残った人が賢明だったということになるが、それにしてもそういう人に会いに行くのに、上納金を要求する北朝鮮、あるいは朝鮮総連という組織のやり方は一体どう考えたらいいのであろう。
それにしても日本にいながら、そういう金日成、金正日に傾倒して止まないという感覚は一体何なのであろう。
金日成、金正日の為に日本でいろいろな活動に精を出すという事は、自分の身は一番安全な場に置いておいて、遠くから忠誠のポーズを表明するということであろうか。
この本の中にも記されているが、日本の在日が資金援助して合弁企業を作っても、すぐにその企業が立ち行かなるという事は、北朝鮮の人々には資本主義というものが理解しきれておらず、その前に民主主義というものも理解されていないということに他ならない。
まさしく山賊の大きくなったものという以外に言いようがない。
統治する側もされる側も、近代国家の体をなしておらず、軍閥、夜盗、山賊、馬賊の集団としか言いようがないではないか。
自分たちの力で近代化が出来ないので、日本から金や物を送りつけなければならず、それが全て非合法で行わなければならないとなれば、非常な困難が伴うのは当然である。
その非合法活動に朝鮮総連は力を貸しているわけで、そうであればこそ、それと一蓮托生の朝鮮銀行は健全な経営をしなければならないのに、そこで足を踏み違えたという事だ。
朝鮮総連が本国に送る資金を集めるのに、様々なビジネスを展開したまでは良いが、そのビジネスが軌道に乗って金が潤沢に入ってくるようになると、心に隙間が出来たのであろう。
その結果として驕り高ぶったので、足元を掬われたということであろうが、こういう事は成り金にはよくあることで、今更珍しくもないが、朝鮮総連が失敗したとなると、本国への送金が滞るので、彼らとしては一大危機であったに違いない。
在日朝鮮人の帰国が成ったのが昭和34年1959年という事だが、その時に帰国した人達は、それこそ北朝鮮・祖国をバラ色の国と信じ切っていたということだが、こんな馬鹿な話も無いと思う。この本は、韓光煕という人からの聞き取りで書かれているが、その中で私の関心を引いた記述は、彼らの政治プロパガンダの激しさである。
丸まるの嘘を100遍も大声で怒鳴り、繰り返して言い続ければ、それが真実になるという政治の手法である。
前に日本の政治の局面で、竹下登総理に対する右翼の褒め殺しという戦略があって、それ止めさせるために児玉誉士夫の力を借りたという事があったが、政治的プロパガンダで真実を歪曲するという事も実に由々しき事だが、彼らはそういう手段を臆面もなく使うところが、朝鮮人の朝鮮人たる所以だ。
彼らも、我々日本人が何故彼らを嫌うか、という真髄のところまで知悉していながら、それを臆面もなく使ってくる。
昔も今も、北朝鮮の言う対外的なプロパガンダは、あることないこと一方的に自分の立場を喚き散らす姿であって、こういう振る舞いは我々の価値観では決して受け入れられないものである。
しかし、こういう北朝鮮の言う事を、心の底から信じるというのも、我々からすれば不可解千万な話である。
この本のもとになっている韓光煕という人も、自分は日本にいながら心の底から金日成、金正日を敬いしたり切っているわけで、戦前の我々の天皇崇拝と同じ事ではないか。
これが洗脳と言われるものかもしれないが、実際に目の前の現実を直視すれば、自分に言われてきた言葉が嘘だという事は自ずとわかる筈だ。
それでも尚、主体思想の呪縛から抜けだせないということは、オウム真理教と同じレベルの話である。
韓光煕の場合、本人は何度も北朝鮮に渡っているわけで、北朝鮮の実情もそれなりに理解したうえで、日本で北朝鮮の為に活動していたという事になる。
この部分が、彼らが日本人から嫌われる最大の理由であろう。
日本にいながら、北朝鮮、自分たちの祖国の為に、自分たちは豊穣で豊かな生活を享受しながら、日本の国益を蝕んでいたという事になるではないか。
日本で住んで、日本で経済活動をしながら、儲けた金を非合法に国外に持って出る、などという事は許される事ではない。
この本の中には出てこないが、北朝鮮といえば、よど号ハイジャックの問題を抜きには語れない。1970年昭和45年に起きた「よど号ハイジャック事件」は日本赤軍と称する過激派の田宮高麿らが中心となって、北朝鮮への亡命を企てた事件であるが、彼らの北朝鮮への認識はまさしく噴飯ものであったわけだ。
一言でいって彼らも北朝鮮について何も知らなかったという事だ。
知らなかったというよりも、北朝鮮の政治的プロパガンダに完全に騙されていたということで、その意味では彼らは政治的プロパガンダのテクニックが極めて上手であったという事になる。
政治的プロパガンダで特に注目すべき点は、ほんの些細な反論も許さないという事である。
ただただ一方的に自分の主張のみを声高に大音量で叫んで、それに対する反論はどんな些細なものでも無視し、あるいは反論する機会そのものを一切与えないようにまくし立てる戦術である。
こういうテクニックを、この著者自身、実際に使っているわけで、ただただ自分の言い分のみを一方的に言いまくれば、相手として取りつく島がないわけで、話し合いそのものが成り立たないが、それが彼らの目的である以上、効果はあったという事になる。
彼らは、そもそも同じテーブルについて、ゆっくり話し合って相互理解を求める気はないのであって、最初から自分の言い分のみを声高に叫んで、自分の要求を通すことが狙いなのである。
テ―ブルについて、冷静に、心静かに、お互いの想いを述べあって、双方の妥協点を探る、という交渉を最初から忌避しているわけで、これではいくら会談を持っても事の解決にはつながらない。
その意味では1959年の朝鮮の人達の第一次帰国も、朝鮮総連から祖国の実情について何も知らされないまま、彼らは帰って行ったという事だ。
しかし、日本の朝鮮総連が組織を上げて祖国への帰還を支援したという事になると、彼らは同胞を裏切り、死に追いやったという事になる。
そして、祖国に帰った同胞に会いに行くのに、朝鮮総連に多額の寄付をしなければ海を渡れないなどという事は一体どういう事なのであろう。
その上、祖国に帰国した人は日本で苦労を重ねて得た資産を全て朝鮮総連に寄付して帰ったというのだから、朝鮮総連はまるまる同胞を騙し、同胞から搾取していたということになる。
この国のやることは我々の感覚からするとまさしく常軌を逸した事をしでかしている。
日本人拉致の問題にしても、日本からわざわざ人を浚って行くことはないと思う。
何の為にそんなことをする必要があったのか理解に苦しむではないか。
日本語を話す人が欲しかったとしても、大勢の在日の中にはそんな人はいくらでもいる筈なにのに、何も危険を犯して日本の海岸から人を浚って行くとはないと思う。
金賢姫の大韓航空爆破事件でも、韓国の選挙が近いからと言って、何の罪もない人間を飛行機ごと殺す必要は更々ない筈である。
にも拘らずそれをしたという事は、北朝鮮の行動は理解不可能という事になる。
こういう事実の全てが、北朝鮮という国が近代的な組織だった国家としての在り様ではなく、昔ながらの山賊か夜盗の集団としか見なされないわけで、ある意味でアマゾンの奥地に住む未開人の在り様と同一であるという事だ。
その中の人々は極めて未開であるにもかかわらず、日本や韓国、中国に囲まれているので、文明の利器は極めて手に入り易い位置にいることも確かである。
問題は、その文明に利器を使う人達の意識にあるのだが、彼らにして見ると、近代的な統治という概念が不足しているようで、山賊の親分が自分の親族のみが生き永らえばそれで良しとするみたいなところがある。
統治ということが、人々の繁栄の結果として国家の進展に繋がるという発想ではなく、あくまでも自分の親族の存続の為に、他者に犠牲を強いるという在り様であって、ローマ帝国の奴隷制の再現のような按配である。
北朝鮮の傍若無人ぶりには中国もいささか業を煮やしていると思うが、中国は中国で、北朝鮮が崩壊して難民が大挙して入ってこられても困るので、何とか北朝鮮という国家の崩壊を食い止めたいところであるが、この後の及んではもうそれを食い止めることは不可能であろう。
そもそも北朝鮮と韓国は1945年の8月には同じスタートラインに立っていたわけで、朝鮮半島に入ってきた外国の軍隊が、自由主義陣営と共産主義陣営という相互に相反するイデオロギーであったが故に、民族が分断されたが、元々同じ民族なのだから安易に統一出来る筈なのに、それが出来ないところが彼ら朝鮮民族のアキレス腱なのであろう。
日本人で海外で活躍する人は昔も今も沢山いるが、海外に出た日本人が、東京系と大阪系でいがみ合い、足の引っ張り合いをしているかといえばそんなことはないわけで、彼らは海外であれば何処の出身であろうとも、同じ日本人ということで団結し、日本人の名に恥じない振る舞いをしようと心掛けていると思う。
朝鮮人は何故日本という外国に来てまで南北でいがみ合い、足の引っ張り合いをして、非合法の活動しか出来ないのであろう。
我々日本人の価値観からすれば、人たるもの真面目に働いて、納税を通じて国家に奉仕して、それが廻り廻って福祉という形で再び国民に還元されるという認識で、まず最初に人は真面目に働いて法律を順守することが人たる者のミニマムの義務だと考えている。
自分の利益や保身のために人を騙して、法律の網をかいくぐり、同胞を死に追いやっても何ら良心の呵責に響かない人間などというのは、我々の価値観からすれば、人間の屑でしかない。
この本に登場している韓光煕の生き様は、それを見事に具現化しているではないか。
我々、日本人が朝鮮人を蔑視した時期は、過去の歴史の中には確かにあったことは認めざるを得ないが、こういう背景を知れば知るほど、我々の気持ちとしてはそうなって行くではないか。
しかし、戦後も67年も経って、古い世代がこの世からいなくなった今日、韓国でも日本でも朝鮮人という先入観そのものが消えて無くなって、今の若い人には、そういう意識は見当たらない。
誠に結構な事だと思う。


『愛国者魂』

2012-06-04 08:23:58 | Weblog
例によって図書館から借りてきた本で『愛国者魂』という本を読んだ。
標題の前に「和田秀樹の」となっているので、この人の思い入れの濃いエッセイ集であった。
自分のホームページにアップしたものに加筆訂正を加えたものだと本人は述べている。
その意味では私の駄文といい勝負だ。
中でも私は著者の唱える教育に関する知見ではいささか意見を異にする。
日本の教育の問題は常に古くて新しい問題であるが、これは人々が学問と学歴の問題を混同しているからだと思う。
この問題は日本だけの問題ではなく、地球規模で世界的に普遍化した問題だと思う。
この地球上に住む人々は、自分の立身出世のためには教育が不可欠だと考えているが、そもそもそこがボタンの掛け違いの元だと思う。
人間の社会が未開な時は、人々が新しい知識を得る事が社会全体の底上げに必要であったが、国民の大部分が読み書きそろばんが出来るようになると、その新しい知識が立身出世のツールになってきた。
そういう社会では、立身出世が富を得る最短距離でもあったわけで、富を得たいと願う人々は、大挙して高等教育に群がった。
日本の過去の事例を見ても、昭和の初期のように10人に一人か二人しか高等教育を受けるものがいない時ならば、教育の質が問われるような事は考えられなかったが、10人の内8人も9人も進学するような状況になれば、昔の高等教育のままであって良い訳はない。
今は景気の低迷が20年近くも続いて、大学生もなかなか就職できないと言われている。
そもそも良い就職口を見つけるため大学に進学するという発想が根底から間違っているではないか。その間違いに大学も、企業も、世間も、その間違った発想から抜け出ようという思いがなくて、ただただ従来の延長線上での思考でしかないではないか。
テレビを見ていると、就職活動をしている大学生のコメントとして「50社を受けてもまだ内定しない」という大学生の悲鳴があるが、50社も就職試験を受けるという事は、自分の本命は何処かという事が定まっていないではないか。
ただやみくもに「下手な鉄砲でも数撃てば当たる」という極めて不明確な思考ではないか。
そもそも大学生になって3年の終わり、乃至は4年の頭から就職活動に走り回っていては、何時勉強するのだという事になるではないか。
それを大学も、社会も、会社も、暗黙の了解事項としているわけで、いわば青田刈りに等しいことをしておいて社会全体がレベルアップするわけがないではないか。
大学教育が個人のレベルアップに繋がるならばそれはそれで教育の効果はあった事になるが、そういう卒業生が折角入社した会社の中で中堅幹部になって、会社の為、あるは個人の私利私欲の為、悪に染まったとしたら、大学という高等教育の効果をどう考えたらいいのであろう。
昨今、世間を騒がせている諸問題の多くは、企業のモラルハザードがなさしめているわけで、企業の悪行は全てがそれに携わった人間の側にある。
本来、高等教育の目的は人間のモラルの向上にあるのが教育の原則だと考える。
初等教育ならば、読み書きそろばんという実践的な知識の伝授が基本であろうが、高等教育ともなれば大人に対する教育なわけで、その事は即ちモラルの向上以外にあり得ない。
この本の中では、医学部学生の集団レイプの話が出ていて、その首犯者の親は東大医学部の教授の息子だったということが書かれていたが、この親子に対して人としてのモラルをどのように説いたらいいのであろう。
東大医学の教授とその息子の医学生に対して、人としてのモラルをどう説いたらいいのであろう。教育とは一体何なのであろう。企業が大学に求める教養・知性とは一体何なのであろう。
高等教育の効果というか、効用というか、意義をどう説いたらいいのであろう。
人は誰でも罪を犯す可能性を秘めた存在だ、と言って済ませるわけにはいかないと思う。
そういう事が起きないように高等教育があるわけで、高等教育にいくら金を掛けても、人々のモラルの向上にはいささかの効果もないとなれば、そういう教育に金を投ずることを即刻止めて、その分を福祉にでも回すべきである。
企業として出来るだけ優秀な人材を確保したいという欲求は理解できるので、その時に一定の目安になるのが大学間の評価・序列であることは間違いない。
世間で良いと言われている大学から人を取れば、ババを掴まされる可能性は随分低くなることは確かである。
しかし、世間を熟知した筈の採用担当者であってみれば、点取り虫の才覚と、本当にクリエイティブの才能を見分ける事は可能なはずだが、結果から見てそうでもないみたいだ。
もしそれが確実に機能しておれば、3日3月3年で辞める新入社員は入社の時点で選別される筈であるが、そうなっていないところは人材を取る側に確たる信念で新卒者の一斉採用をしているわけではないと考えられる。
新人であろうとベテランであろうと、自分の仕事が天職などと考えている人は極稀だと思う。
普通の人は、自分に与えられて任務、仕事を必死でこなしているうちに、その仕事に精通し、精通すれば心のゆとりも出るので、それが天職かのように傍には見えるが、本人にしてみればそうそう安易なものではない筈である。
若い人が仕事の悩みを安易にこぼすと、周りの人は「そう焦らなくてもいい」とか、「転職をゆっくり探せばいい」とか、「自分に合った仕事を見つけよ」とか、綺麗ごとを述べるが、誰一人そういう軟弱な若者に「我慢せよ」という苦言を呈しない。
人から嫌われるような事は最初から言わずに、綺麗ごとばかりを並べるので、それを聞いた若者は、そういう世界が現実にあると勘違いしてしまうのである。
だから何時までもそういう青い鳥を追い掛けているので、青い鳥を掴む前に年取ってしまうのである。
人間の織り成す社会に、楽して、苦労せずに、儲かる仕事等そうそうあるわけないではないか。
個人のキャリアアップの為に大学に行くという話も、実にいい加減な話で、大学でキャリアーアップを図ったから良い職が見つかるかといえば、そんなに甘いものではない筈である。
現に、お医者さんでも、弁護士でも、1級建築士でも、資格を取ったから良い仕事に就けるとは限らないわけで、仕事というのは自分の実績の積み上げで段々良くなるものであって、最初から良い仕事が転がっているわけはない。
問題は、大学という高等教育を受けたからには、それにふさわしいモラルを備えてもらはないことには、納税者としては浮かばれないわけで、その事が日本の社会全体に大きな影響を及ぼしていると思うが、大学とモラルについては世間は案外と無頓着のようで、社会的地位の高い人の犯罪に対して案外寛大のようだ。
人間は他者との関係の中で生きているわけで、ロビンソン・クルーソーのようにまったく一人で何もかも切り盛りして生きているわけではない。
他者との関係という事になると必ずどこかに接点があるわけで、その接点では好むと好まざると、思惟的な考えが物事の決定に関与することになる。
そこには必ず個人の作為が機能する。
例えば、大学の先生が何か研究しようとすれば、その研究の道具とか資材、原材料を調達しなければならず、そこで出入りの業者に頼んで、それらを購入しなければならない。
当然、そこでは金銭の受け渡しが生じるわけで、業者の方は何とか儲けたいし、買う方は何とか安く仕上げたい。
ここまでは極普通の顧客と業者の在り方であるが、この両者が極めて密接になると、ここで普通でない細工を施して、双方がほんの少し道を踏み外し、個人的なあるいは自分の組織の利便を図ると、それは普通の倫理から外れるけれど、細工が小さい時はまだ見逃せるが、これが大きくなると完全なモラルハザードに進展してしまうのである。
何処かで歯止めを掛ければ事は大きくならないが、その歯止めが効かない部分に、モラルハザードがあるわけで、この部分においては大学という高等教育で得た知識が何の役にも立っていないというところが問題なのである。
普通の常識が普通に機能している時は何の問題もないが、普通の常識が普通に機能しないところがどうも「象牙の塔」と言われる「学問の府」でもあるようだ。
それと学校の経営が世の為人の為に良い事だ、という認識が普遍化していて、その延長線上に私立大学の乱立があって、庶民の学歴志向を大いに刺激し、卒業証書の乱発があるという現実である。教育が金儲けのツールと化して、ラブホテルやパチンコ屋の経営と同じレベルに成り下がってしまっている現状がある。
こういう大学に行く本人も、家族も、教授も、高等教育というものを頭から冒涜しているわけで、こういうところの学生が「入社試験を50社受けても内定しない」と、いうのも無理ない話だ。
普通の社会で普通に仕事をし、普通に生活を営んでいる良心的な人間が、そういう大学もどきの教育を頭から信用するわけがないではないか。
学生のレベル低下という場合、確かに正真正銘の国立大学の学力低下も顕著なことではあろうが、こういう高級幼稚園並みの大学の存在も、そのデーターの足を引っ張っていることも確かだと思う。普通のありきたりの常識で考えても、昔は10人一人しか大学に進学しなかったものが、今は8人も9人も進学するとなれば、同じ大学生という言葉でも、中味が大いに異なっていることは充分に察しが付く。
それと世の中には私のように「勉強が嫌いだ」という人も大勢いるわけで、そういう人までが周りの雰囲気にのまれて何となく大学に行っているわけで、こういう人も大学側からすれば大事なお客さんなわけで、そういう人が大学卒業証書を貰ったとしても何の意味もない。
そんな人が何社入社試験を受けても内定しないのも無理ない話であるが、メデイアに掛かれば「入社試験を50社受けても内定しない、就職氷河期」ということになる。
教育の問題を離れて、社会一般の事に視線を向けると、今は地球規模で世界中どこに行っても不景気風が吹いている。日本だけが不景気に曝されているわけではない。
今の地球上にはあちらこちらで紛争が起き、血の雨が降っているところもあるが、それはある特定の限られた場所であって、全体的には平和な状態である。
世の中が平和で満ち足りた生活が維持できれば、当然の事、社会全般としては落ち着いた空気になり、ぎすぎすしたとげとげしい雰囲気は緩和され、人々の心も平穏なままに推移する。
世の中が平穏で落ち着いた雰囲気になれば、当然のこと経済活動もその体制にいやおうなく順応するわけで、経済学の言葉でいえば景気が落ち付き急激な進展は望めず、上昇カーブは緩やかなものになるという事だ。
解り易く言えば、不景気に繋がるという事だ。
昔の経済学では「景気を良くするためには戦争をすればいい」という事が言われたが、それは真理だと思う。
人々が戦争を回避して、平和を望んできたので、その事は巡り巡って不景気の到来ということに繋がっていることは確かだと思う。
戦争をする金を福祉に回したので、真面目に働く人よりも生活保護を受けている人の方が豊かになるという珍現象が現れてきたのである。
戦争という究極の苦難を回避する事に慣れたので、若い世代はいわゆる3Kに挑戦する覇気を失い、座して富を得ることのみを夢見ているので、結果として仕事がないという事に繋がっている。
戦後の日本では、最初、人件費が安かったので物つくりが栄えたが、人件費が高くなるとそれがアジアにシフトしていって、国内では空洞化現象が起きた。
世界中で戦争をしなくなって、皆が生産活動に精を出すようになれば、必然的に豊かになるが、その豊かさの度合いは合理化で量られる。
一人の人間が一つしかものが作れなければ、大勢の人でそれをしなければ必要量を賄えないが、一人の人間が同時にいくつもものが作れれば、その数だけ人間の数を減らすことができる。
つまり、合理化によって生産性が上がったことになるが、これが積み重なれば、人が余って失業に行きついてしまうということになる。
大学の使命は、こういう問題を研究するところに真価がある筈であるが、こういう問題の研究は案外民間企業の方が進んでいるようだ。
企業は生き残るためにも未来予測が欠かせず、常に近未来を予測して、それに対応していかねばならないが、大学の先生方は何時もぬるま湯の中で、そういう危機感を知らずに生きてい。
平和が続いて人が余った状態というのは、人類が未だ経験した事のない事態なわけで、そういう課題こそ大学の先生方が考えるべき近近の課題なのではなかろうか。

「財閥解体・GHQエコノミストの回想」

2012-06-01 15:14:05 | Weblog
久しぶりに図書館に行って本を借りてきた。
4月の初めに韓国旅行に行って、その後旅行記に取りかかっているうちに、何となく本を読むことが煩わしくなって、暫く本から遠ざかっていた。
というのも近くに住む知人が、「私が好きであろう」とかってに思い込んで本を何冊も持ちこんで、「これを読め」というのだが、どうも人から強制された本はその気が起きず、そういうストレスも重なって暫く図書館に行っていなかった。
図書館に行って開架式の書棚の前に立って色々物色していると、やはり自分の思考にあったものを手にとっている。
人が「良い本だからこれを読め」と言われても、自分で好奇心の湧かないものはその気になれない。で、今回は「財閥解体・GHQエコノミストの回想」という本を読んだ。
戦後、日本に進駐してきたマッカアサーの元で、戦後の5大改革の一つである財閥解体に携わったエレノア・ハードレ―女史の回想録である。
彼女は民政局の人間であったが、G2のウィロビーに疎まれて、その後冷遇をかこったと記されている。
しかし、アメリカという国はやはり我々とは価値観が大いに異なる民族のような気がしてならない。女性の活用という意味で如何にも度量が大きい。
しかし、彼女の学生生活の中ではまだまだ男女差別が厳然と生きていたようで、女性の活躍が嘱望されていたようには見えない。
昭和20年代において、日本に進駐してきたアメリカ軍から大きなカルチャ・ギャップを見せられた日本の子供は、「アメリカは移民国で女性が少ないので女性が大事にされる」という風の教わったというか、そういう風に認識したものである。
しかし、現実としては数の問題ではなく、本人の能力が正当に評価された結果ではないかと思う。『菊と刀』を著したルーズ・べネジェクト女史、『アメリカの鏡・日本』を著したヘレン・ミア―ズ女史、日本国憲法に携わったベアテ・シロタ・ゴドーン女史、そして今回のエレノア・ハードレ―女史等々日本の占領に関わったアメリカ女性の活躍には目を見張るものがある。
私が特に気になるのは彼女たちの活躍が本人の年で20代であったという事である。
この本の著者の場合は30代であった様だが、ベアテ・シロタ・ゴドーン女史の場合など22歳であったというのだから驚きである。
それに引き換え我々の側の対応の不甲斐なさである。
22歳の小娘の作った日本国憲法を、日本の帝国大学の偉い先生方が、「平和憲法だ」と称して崇め奉っている陳腐な姿である。
大学の偉い先生方がこういう態度であるとするならば、日本が敗戦に至るのもなんら不思議ではない。
日本の敗戦の直接的な要因は、「日本の軍人がアホだった」と言う一語に尽きるが、22歳の小娘の作った憲法を、後生大事に崇め奉っている大学の偉い先生方の存在も、アホな軍人と同じレベルの陳腐な光景である。
そして、この本の著者である、エレノア・ハードレ―女史のその当時の日本の財閥に対する見解も本当のところは間違っている。
彼女は間違った見解で日本の財閥を解体したが、彼女がいくら真実から逸脱していても、負けた側の我々とは如何ともし難かった、ということは言えると思う。
その意味で、彼女の財閥に対する見識は明らかにニュー・ディ―ラ―の思考をそのまま引き継いでいるように思う。
その点については本の最後の部分で、糠沢和夫という人の『日本語版に寄せて』という文章に明快に解かれている。
私もこの人の論旨に心から賛同する者であって、彼女は間違った知見によっていると思うが、所詮、30代の若い異国の女性の現状認識であったので、こういう齟齬もあって仕方ないとは思う。
彼女の認識によると、日本の財閥というのは自己の利益獲得のために、自国民を搾取し、対外的には軍部と協力して、率先して戦争を推し進めたというものである。
私企業が規模拡大することは、利益獲得に直結した、利潤追求の具現化そのもので、ある一部の人間の私利私欲の追求以外の何ものでもない、という極めて教条的な思考によっているように見受けられる。
この考え方は、そのまま戦後の日本の進歩的知識人、言い換えれば共産党員、共産主義者の言っていることと軌を一にしているが、それは戦後の日本の知識階層が、この若い女性のGHQ職員の言ったことを金科玉条として信奉していたからに他ならない。
確かに、戦前の日本の財閥はある特定の一族が持ち株会社を作って、そこであらゆる産業の株を所有することで、全産業を掌握していたことは事実である。
ここで「全産業を掌握していた」という言い方をすると、如何にも企業経営者が市場や労働者や顧客を蔑ろにして、暴利をむさぼっているというイメージが湧くが、実態は極めて計画経済に近いものであって、資源のない日本が少ない資源を有効利用しようとすれば、お互いに融通し合わなければならないのは当然で、そういう意味で国策に殉じていたと言えると思う。
それを一、二度旅行者として日本を眺めた若い異国の女性の目から見れば、財閥という巨大な産軍複合体としての組織が、貧しい人々を搾取していると見誤るのもいた仕方ない。
ただ私が今の時点で不思議でならないことは、この時、つまりマッカアサーのGHQで仕事をした若い女性たちも、自分の仕事が戦後半世紀以上もそのまま残るとは思ってもいなかったのではないかという事である。
普通の良識を持った普通の人間ならば、そう考えるのが普通のことで、日本の占領が終わった時点で、その大部分は元に戻っても仕方がなく、それが自然の流れだと認識していたに違いない。
例えば、警察制度は占領の終了とほぼ同時に占領政策から脱却した。
この本の主題である財閥も、戦後復興の達成が成るに従って、部分的に合併し再統一したのもあるが、解体されたままで独自に発展したケースもある。
問題は、日本国憲法であるが、この憲法が勝者の圧力の元、あるいは監視の元で出来上がっているにも関わらず、何故、我々の同胞の学識経験者、知識人、大学教授、ジャーナリストという人達は、そういう憲法を自ら力で見直そうとしないのであろう。
日本国憲法は戦争放棄をうたっているので平和憲法だから触ってはならないという論理は、戦前の明治憲法を金科玉条して崇めていた構図と全く同じなのに、どうして自分たちで自分たちの憲法を作ろうという機運に至らないのであろう。
財閥解体ということは、日本が戦争に負けた以上、必然的な流れだと思う。
彼女のみならず、連合軍側で少しでも知性豊かな人ならば、日本軍の後ろでは財閥が糸を引いて戦争を推し進めていた、と考えるのは至極当然な思考だと思う。
財閥という特別な人達が、限りなく私利私欲を追求するツールとして軍を動かし、アジアに侵略のあしがかりを作った、と考えるのが普通であったろうと思う。
ということは彼ら西洋人、連合軍側では、あの戦争中の日本ではシビリアン・コントロールが生きているという前提で日本を眺めていたという事である。
財閥という特別な家族、一族、文民が、自分たちの私利私欲の獲得のために軍を動かして、アジアの民から尚も搾取しようと企てている、という風に映っていたに違いない。
典型的なまさしく古典的な封建主義を信奉していたのであって、戦前の西洋人の日本に対する認識は、この程度のものであったというわけだ。
この本の著者、エレノア・ハードレ―女史が、日本の財閥について間違った認識を持っていたというケースは、西洋人、アメリカ人の日本に対する認識は押し並べてこの程度の認識で、必ずしも正確な認識でもって日本を見ていたわけではないという事である。
盲人が像を撫ぜている図であって、自分の関係する部位で以て、全体をイメージしていたということで、間違って当然である。
その間違いを責めるものではないが、間違った認識で先方が押し付けたことに対して、我々の側がその間違いを正そうと努力しない不甲斐なさが問題だと思う。
勝者と敗者の立場で、立場の相異が歴然と示された時点で、敗者が勝者の過ちを正すということは非常に勇気のいることで、そんな異議申しだてをすれば、その場で殺されるかもしれないことは十分理解できる。
しかし時が経って、あの時はできなかったが、今なら真剣に考えることが可能だ、という時に至ってもそれをしないということは、我々の側の怠慢でしかない。
日米の戦いを考えるとき、双方で相手を誤解していた部分が多々あったに違いないと思う。
彼女の日本の財閥に対する認識が間違っていたとしても、彼女が遂行した財閥解体と企業の集中排除の政策は、戦後の日本経済の復興の起爆剤になったことは確かである。
それは必ずしも彼女の思い描いた軌跡の通りではなく、日本の企業家、解体を指令された財閥の側にとっては大きな外圧ではあったが、日本企業はそれによって衰退することはなかった。
むしろそれが契機となって戦後の復興に拍車が掛かったとさえいえる。
解体を強いられた日本企業の側からすると、財閥解体と公職追放というアメリカの占領政策は、古い経営者を追い出して、新しい清新な若い指導者が会社経営をするという新しいチャンスを招来したという面がある。
この時代、日本は文字通り何もない国であって、ものを作れば売れる状況であったことは確かであるが、ものを作るにも原料に事欠いていたことも確かである。
そういう混沌とした無秩序、無制限、無節制の環境であったればこそ、少し真面目にやる気のある若者ならば、事業を立ち上げるチャンスには恵まれていたということは言える。
そこに降って湧いたように朝鮮で戦争が始まり、まさにそれは乾いた大地に恵みを施す滋雨に等しかったということになった。
そこで太平洋戦争に勝利したアメリカは、戦前の日本の置かれた環境にはたと気が付いて、「ああ!日本は止むに止まれぬ気持ちで戦火を開いたのだな」ということを理解したわけだ。
日本を完膚無きまでに叩きのめしたアメリカも、アジアで共産主義の勢力が中国大陸、朝鮮半島に忍び寄ってくると、日本の置かれた焦燥感を肌で感じれるようになって、日本を骨抜きにするのではなく、日本を仲間の一人として扱わねば、という風に考え方を変えざるを得なかったのである。アメリカが対日占領政策を方向転換しようとしたとき、エレノア・ハドレー女史の考え方は、新しい指針に合わなかったので、それで言葉は悪いは「干された」ということに繋がったに違いない。彼女は、自分の意思を押し付ける気は更々なく、職務を淡々と遂行したに過ぎないのだろうが、それでも周りの人はそうは取らないわけで、こういう齟齬は彼女のみならず、何時でも何処でも誰にもありうる話で、本人が不運であったとしか言いようがない。
本人が干されたことは事実であるとして、誰が彼女を干しかとなると、この場合はウイロビーが画策したという言い方が成されているが、基本的には当時のアメリカ社会を席巻していたマッカア―シー旋風というものがあったことは否めないと思う。
これは治安維持法の元での日本社会と同じで、「誰それは共産主義者だ!」と大声で叫ぶと、周りの者はそれを真に受けて、その人を阻害するという構図で、イジメそのものである。
そういうイジメをして喜ぶ人が、日本にもアメリカにもいたということに他ならない。
ここで問題なことは、イジメを受けた人は名誉回復が図られてめでたしめでたしであるが、イジメをした側は不特定多数なわけで、責任の所在も判らず懲罰の対象にもなりえないという事である。それが民主主義の名の元に公然と罷り通っているわけで、それだからこそ民主主義は衆愚政治に直結しているということに繋がる。

「アメリカの鏡・日本」

2012-05-29 07:40:23 | Weblog
物置き小屋に農器具を出し行った時、奥の方にこの本があった。
「アメリカの鏡・日本」という本であるが、物置に入れっ放しになっているぐらいなので相当に古いものだ。
奥付きによると1995年に初版となっている。
この本の著者、ヘレン・ミア―ズという人は女性の東洋学の権威で、戦前と戦後に合わせて2度日本に駐在したことがあると書かれている。
1945年日本の敗戦に際して、日本に進駐してきたGHQで、労働委員会を務め、日本の戦後の労働法規に携わった人ということになっている。
この本は1948年に書き上がっていたが、その当時まだGHQのトップにいたマッカアサーは、この本を読んで、この本の日本語訳を許可しなかった。
その意味するところは、この本はアメリカの恥部を曝け出していたからマッカアサーとしては、それを日本人に知られるのが怖かったという事である。
この本の題名にとなっている「アメリカの鏡」としての日本ということは、戦後・勝者として日本を糾弾することは、アメリカの立ち居振る舞いを批判するに等しい、ということを指し示しているという事を述べているのである。
問題は、この部分は基本的にアメリカ側の問題点であるが、この本はそういう経緯を経て1953年昭和28年に日本で翻訳出版された。
その時の題名は『アメリカの反省』というものであったが、この本が日本で出た時に、日本側では何の反響がなかったという事だ。
このあたりの我々の同胞の政治感覚というのは一体どうなっていたのであろう。
我々には「亭主の好きな赤烏帽子」という言葉がって、勝者には徹底的にこびへつらう事が処世術して生きているが、それの具体的な例とでもいうことなのであろうか。
戦前の政党政治がメルトダウンして、軍人に政治が席巻されてしまった構図は、我々日本人、日本民族には、政治ということが成り立たないということを指し示しているのかもしれない。
戦前の日本の政党政治が大政翼賛会に収斂してしまったということは、我が民族の特質として、政治について議論する能力がもともと備わっていない、という事が露呈したに過ぎない。
民主的な議論をするということは、何処かで妥協点を見出さないことには政治としての意味を成さないわけで、議論が何処まで行っても平行線のままでは、政治的な答えを出したことにはならない。それではただ単に烏合の衆がピーチクパーチク囀っているだけのことであって、何の意味も無いという事だ。
我々には議論をするところまでは理解できるが、その議論の中から妥協点を見出して、落とし所に納める、と言う事が出来ないのである。
その場にいる全員の賛成を執拗に追い求めようとするので、妥協点がなかなか見つからないわけで、少数者の意見をも汲み取ろうとする善意があるが故に、全体の答えが定まらないのである。
全体がOKと言わないから、最後は力で押し切ろうとする。よって、その部分を故意に悪し様にピックアップすることで、スケープゴートを仕立てて偽善者ぶるのが常である。
私がこの場で言いたいのは、アメリカ人の著者が「対日戦はアメリカの専横であり、行き過ぎであったのではなかろうか」と疑問を呈しているのに、負けた吾々の側は、それに何一つ応えようとしない無神経と言うか、無教養と言うか、自虐的というか、余りにも不甲斐ない我が同胞の対応である。
アメリカという勝者の親玉の連合国軍最高司令官のマッカアサー元帥が、アメリカの議会で証言しているように、「日本が戦争に嵌り込んだのは、彼ら自身の生きんがための自衛戦争であった」と述べているのに、何故に我が祖国の知識階層が「世界に迷惑を掛けた」などという陳腐な議論をしているのかという事である。
敗戦直後、正確には1948年昭和25年、あの戦争にも出征出来ないほど老いた、老いていたが故に生き延びた年取った旧帝國大学の教授連中が「平和問題談話会」という組織を結成した。
問題は、その会の趣意書の内容であるが、これこそ人間の本質を知らない理想論のみの羅列で、こういう大学教授の存在は、まさしく戦争を知らない将軍の存在と軌を一にするものである。
日本の敗戦は明らかに戦争指導者、政治指導者が戦争の本質、近代的な戦争の本質を全く知らないままでいたことの当然の帰結であって、敗戦の責任は一重に彼らにあることは言うまでも無い。
普通に常識のある人が普通に考えて、アジア大陸から太平洋の全域に兵力を分散して、戦争に勝てると思う程馬鹿げた話も無いではないか。
1945年昭和20年の時点で、日本の戦域はアジア大陸から太平洋の全域に広がっていたわけで、これを優秀であるとされた海軍兵学校や陸軍士官学校を出た人達が、それこそ真面目に戦い抜こうと指導していたわけだが、こんなことは素人が考えても如何にもナンセンスそのものではないか。この延長上に1945年昭和20年の時点で、東京にいながら徹底抗戦、本土決戦を遂行しようと真剣に考えていた軍人、戦争のプロがいたことを我々はどう考えたらいいのであろう。
戦後になって、旧帝国大学の教授連中が、「平和問題談話会」という組織を結成して、理想論をぶち上げた振る舞いも、この戦争を知らない軍人と同じレベルの馬鹿な話であって、有史以来、連綿と生き続けてきた人間の本質をいささかも理解していないアホな学者だと言う事だ。
「戦争を知らない軍人」と「人間の本質を知らない大学教授」というのは、いずれも自らの手でものを作ることなない、社会の寄生虫のようなものである。
こういう愚昧な人間を崇める行為は、我々、庶民、一般大衆の側の責任になることを考えると、それがブーメランのように帰ってくることを十分に勘案しなければならない。
戦争のプロフェッショナルとして軍人ならば、勝って当たり前、負けるような作戦を実施したならば、受け取った給料を返せと言いたくなる。
日本は戦争に負けてアメリカに占領された。軍人・軍部がアホだった歴然たる証拠ではないか。
戦争に負けた責任は一重に戦争を知らない将軍たちにあることは言うまでも無い。
勝った連合軍側は、日本が再び暴れまくるような強い国になっては困るので、戦争放棄を憲法の中に組み込んで、再び戦争をする能力を断ち切ってしまった。
それを諸手を挙げて喜んでいるのが、人間の本質を知らない大学教授達の蓮っ葉な理想主義というか、平和主義というか、馬鹿げた思考である。
戦争を知らない将軍たちによって日本は奈落の底に転がり落ちたが、そこから這い上がった新生日本には、今度は、人間の本質を知らない大学教授という寄生虫に席巻されてしまったという事だ。占領から脱皮して、真の新生日本を立ち上げようという時に、「共産主義国の同意のない独立は罷り成らぬ」と応じた「平和問題談話会」の大学教授の連中は、一体どういう思考をしていたのであろう。
まさしく昭和20年の東京にいながら本土決戦を言う愚と同じレベルの愚昧な思考ではないか。
大学の象牙の塔の中に、こういう愚昧で、人間の本質をいささかも知らない大学教授という寄生虫を飼っていたとしたら、その後日本が良くなるわけがないではないか。
戦後の日本の知識階層がそうであればこそ、この本が翻訳出版された時点で、我が同胞の誰もが評価しなかったというのも無理からぬ話だと思う。
ルース・ベネジェクト女史の『菊と刀』も、あれだけの労作であるにもかかわらず、日本の学者の評価はあまり芳しくないが、あれは日本の学者諸氏のヤッカミが機能しているのかもしれない。
この本もルース・ベネジェクト女史と同じように女性の執筆者であるが、日本の行動を忠実にトレースすると、あの戦争の元の所では、日本にのみに非があるとは言い切れないという部分を克明に掘り下げている。
むしろアメリカの行き過ぎの部分をあぶり出しているが、こういう部分を日本語で披歴すると、日本の学者としては、自分たちの存在感が薄くなってしまうので、故意に無視したのかもしれない。終戦直後の我々、日本国内の雰囲気としては、全ての責任を軍人と軍部に転嫁せねばならない時期であったので、その時流に棹さすような所見は、回避せざるを得なかったのかもしれない。
問題は、この時流というキーワードである。
私の考えでは、日本の敗戦の直接的な要因は、馬鹿な戦略にあると思うが、その馬鹿な戦略を起案し推し進めたのは、日本でも特に優秀とされていた海軍兵学校や陸軍士官学校の卒業生・OBであった。
そういう連中が負ける戦をしたということは、そういう連中が世間で言われているほど優秀ではなかった、馬鹿だったということである。
そういう連中が結果として戦争を知らない将軍となり、馬鹿な作戦を強いたので、結果として敗北に至ったという事だ。
前にも述べたように、アジア大陸から太平洋の全域に戦線を拡げて、どうやって戦争を遂行するのだ、と考えれば素人でも作戦の失敗は一目瞭然ではないか。
戦後の日本でも、本来ならば理性的な判断をする立場の帝国大学の教授連中が、浮ついた理想主義を振り廻して、祖国の独立に棹さすような発言をするなどということは、馬鹿の極みである。
この本の執筆者は、そういう我々サイドの偏向したバイアスを全部取り除いて、歴史的事実の羅列で以て日本を眺めると、マッカアサー元帥の言った「日本は絹以外の生産物が無く、自存自衛の道を歩んだ」という論拠の正当性が浮き彫りになってくる。
戦前の我々の同胞が一人残らず軍国主義に被れ、戦後の我々同胞の大部分が、反政府、反体制に心を寄せる風潮は、私の言葉で言い表せば、「時流に迎合する」という言い方になる。
何故そうなるかという時、その答えはやはり自分で考えることが出来ず、自分で判断を下すことが出来ないからだと思う。
自分で判断を下せば、失敗した時に責任は自分に降りかかってくるので、それが恐ろしくて決断できないでいるのであろう。
その事は、精神的な自立が不完全で、自己の確立が不完全燃焼のままなので、人間としての人格が成熟し切れていないという事だと思う。
とかく弱くて小さな魚が群れたがるのと同じで、個々の心がか細いので、群れで行動して、「あれがやれば自分もやる」、「バスに乗り遅れるな」という心境であろうが、こういう時流を見定める所業においても、目端の効く人間はいるもので、そういう人間が海軍兵学校や陸軍士官学校に雲霞の如く集まったのが戦前で、戦後はそういう人間が官庁や優良企業に集中したという事だ。
結果として、そういう連中が帝国主義を推し進め、戦後はバブル景気を押し上げたわけだが、そのこと自体は、人間の基本的な生存権の施行以外の何ものでもない。
地球上の食物連鎖は自然の摂理であって、人間の編みだした思考ではコントロールできるものではなく、地球上のありとあらゆるものが自然に摂理に則って生存していることから考えて、人間の行う所業に人間の英知や理性でその価値観を決めることはあり得ないことなのである。
「戦争が悪い」という価値観は、人間が勝手にそう思い込んだ価値観に過ぎず、神の前には何の価値も見出さないのである。
戦争、目に見える形の武力行使をしなければ、あるいは回避すれば自らが生き残れないケースもあるわけで、そういう場に及んでも尚も「武力行使は駄目だ」という戦後の日本の知識階層は、人間の本質を知らない馬鹿で無責任な人達と言わざるを得ない。
人間が生きる、生き抜くということは「正義や不正義」、「善や悪」という価値感では測れないわけで、主権国家が生存競争を生き抜こうと必死に国益を模索している時に、そういう議論を展開して、さも立派な人間かのように振舞うことは、生を弄んでいるにすぎず、時間の浪費以外の何ものでもない。
それが判らないから、人間の本質を知らない馬鹿だ、と私がいうのである。
そういう馬鹿だからこそ、日本が独立をして新生日本国を立ち上げようという時に、独立に反対する旧帝国大学の教授連中の存在が疎ましいのである。
まさしく日本を奈落の底に突き落とした戦争を知らない将軍たちと発想の元の部分が全く同じ精神構造をしているではないか。
発想の原点が同じという部分は、戦争を知らない将軍たちも、人間の本質を知らない大学教授たちも、自分たちの思い込みに酔いしれて、他者の意見を封殺する行為が、軍人も大学教授も全く同じ行動パターンを呈している、という事である。
そして、当人たちはその事に気が付いていないので、自分たちは一生懸命天皇の為、国家の為、国民大衆の為に行動していると思い込んでいるが、それは明後日の努力をしているわけで、現実を無視した徒労を一生懸命遂行しているのである。
「裸の王様」の話と同じで、誰も正直に「そんなことをしても無駄だ、戦争には勝てない」と本当のことを言う勇気を持っていなかったので、全ての努力が全て無駄であったということだ。
ここで大事なことは、「裸の王様」の話と同じで、現実を直視して正直にものを言う子供の存在を、異分子、異端者として、我々の同胞が排除してしまう力学の存在である。
戦後になって反政府・反体制を売り物にしだした旧帝国大学の教授連中は、「戦前は治安維持法があったので、物が自由に言えなかった」と言っているが、冗談ではない。
彼らは仲間内の密告が恐ろしくてものが言えなかっただけで、その意味ではテロが恐ろしくて委縮した政治家と同じである。
彼らの周囲にいた仲間は、皆彼の存在を妬ましく思い、彼の不幸を望んでいたので、彼に何かの瑕疵があれば、率先して官憲に密告したのである。
こういう心の動きも極めて人間的であって、それこそ人間の本質でもあり、大学の先生方はそういう人間の本質にも疎かったという事だ。
結局、大学教授という人種は「夢を食う獏」のような存在で、人間社会に対して何の存在意義も見出せない不要の長物だったということに行きつく。
戦前の日本で、共産主義者を官憲に突きだすことは、国に貢献する行為でもあったし、官憲は官憲で、自分の実績、つまり何人もの容疑者を捉えて自分の功績を上げたいので、微罪で引っ張ってきては脅した、ということも多々あったに違いない。
この本の本旨は、日米戦において、アメリカは正義漢ぶって日本を糾弾しようとしているが、日本をあそこまで追い詰めたのはアメリカの責任でもある、という事を述べようとしている。
この内容を知れば、占領軍のトップであるマッカアサー元帥も、その内容を当時の日本に知らしめることは大いに躊躇せざるを得なかったに違いない。
だとすれば占領されている側の我々からすれば「それ見た事か!」という反応が起きて当然であるが、当時はどうもそうならなかったみたいだ。
そりゃそうだと思う、日本の大学の偉い先生方が、「日本は占領のままの方が良い」とのたまっている状態であるとするならば、こんな日本がいくら新生日本と粋がって見ても、良い国になる筈がないではないか。
日本の最高学府の偉い先生方が、自分の祖国が「占領のままの方は良い」とのたまう国が真に良くなるわけがないではないか。
「平和問題談話会」の先生方は、絵に描いた餅をさも立派な画餅に仕立て上げるべく、立派そうな言葉を並べ、立派な理想や理念を説き綴っているが、自分の身の回りの生の人間の姿を、自分の目で見ようともせず、空理空論のみを重ねて、それで平和が築けると思い違いしている図は、まさしく戦前の戦争を知らない将軍たちが、アジア大陸から太平洋全域を戦場とした愚と全く軌を一にしているではないか。
空理空論に走り、目の前の現実に目をつぶり、立派な言葉で国民大衆を惑わし、時流に便乗し、世相の旗振り役を演じ、責任は他者に押しつける生き様は、戦前の帝国軍人の生き様と瓜二つではないか。
旧日本軍の高級将校高級参謀らも、旧帝国大学の先生方も、基本的には並みの同胞以上に高度な教育を受けられたにもかかわらず、他者の存在に目が届かず、自己の利益に振り回されたということは日本の教育、特に高等教育というものが倫理の向上には何ら役に当たっていないという証拠である。
江戸幕府の崩壊寸前の時期にあった吉田松陰の松下村塾は、明治という新時代になって、多数の人材を世に送り出したが、ここではそうそう特別に高度な教育を施したのではないと考える。
ごく普通の人として在るべきミニマムの道徳を説いただけで、並みの人間が呻吟するほど難しい学問を教えていたわけではないと思う。
ところが近代の教育では、ミニマムのモラルを説いていては学問としての価値が認めにくいので、人として在るべきミニマムな心構えを蔑にする傾向が進み、それが備わったものと備わっていないものの格差を生み、ここに高等教育を受けた人たちの驕りが芽生えたと考えざるを得ない。
普通の人間が普通に地図を見て、世界全域に兵力をばら撒いて戦争に勝てると考える人はいないと思う。
祖国が独立するという時に、その独立に反対する馬鹿な大学教授のいる国が良い国になるわけがないではないか。
こういう発想は、普通の人の普通の発想ではないわけで、自分たちは特別な教育を受けた特別な人間だ、と思い込んでいるアホな集団の驕り以外の何ものでもないではないか。

「日本辺境論」

2012-04-24 07:07:03 | Weblog
例によって知人の一人が自分の読んだ本を捨てるために送りつけてきたもので、「日本辺境論」という本を読んだ。
出版社は新潮新書。著者は内田樹という人だ。
読み始めてみると最初は哲学的な言辞が多く、少々うんざり気味であったが、読み進めて行くうちにだんだん面白くなってきた。
彼の論旨は、日本は中国・漢民族の華夷秩序の一番外側に存在する辺境であり続けたことによって、日本民族たるものを営々と存続し得たということだ。
華夷秩序の一番外側のリングに在ったので、中心の漢民族の影響を受けることも少なく、我々の生き方に対して漢民族に対する伺いも建てる必要が無く、自存自衛を貫き通せたという論旨である。日本民族の置かれた地勢的な条件を勘案すれば、こういう論旨になるのは必然であろうが、問題は漢民族の影響の云々よりも、我々の選択としての生き方が大問題なわけで、その事にこの本の大方の論旨は傾注している。
つまり、究極の日本人論になり替わってしまっており、我々の民族ほど自分の民族のアイデンテイテーにこだわる民族も少ないのではなかろうか、と私自身は考えている。
それは筑波山麓のガマと同じで、ガマが自分の姿を鏡で見て、余りの醜さに冷汗をタラタラ流す図と同じである。
この地球上に存する民族で、今日的な倫理観で以て清廉潔白な民族はあり得ないであろうが、我々はそういうものに価値を見出そうとしている。
この著者も述べているが、戦後の我が国の在り方において、憲法第9条と自衛隊の存在というのは普通の認識でいえば大矛盾そのものである。
その前に、先の大戦・大東亜戦争において、我々の同胞は誰一人あの戦争を主導した人がいないにもかかわらず、我々同胞はあの戦争に嵌り込んで行った。
今の時点、戦後66年を経た時点で、我々が戦火を交えねばならなくなった経緯は公開されているので歴史を詳しく検証すれば、明らかに我々は騙され、嵌められ、欺かれ、大量殺戮を受けたことは明らかである。
1941年、昭和16年、11月26日に、アメリカ側から突き付けられたハル・ノートを見れば、「モナコのような小国でも立ちあがったであろう」と言われているが、それでも我々日本人の中で誰一人「直ちにアメリカに参戦せよ」と声に出して戦争を主導した人はいない。
ここに至るまで昭和天皇を含めた御前会議が5回も開かれたが、その中でも誰一人として開戦を主張し、主導した人はいないし、昭和天皇自身も、避戦のみを考えていたようだが、それでも、にも拘らず、戦争に突入していった。
これは一体どういう事なのであろう。
今、この場面を頭の中で思い描いて、空想を縦横無尽に働かせて考えてみると、この意思決定の欠如、誰もリーダーシップを発揮しないのに、ことがどんどん進むという在り方は、日本民族の大いなる特異性なのではなかろうか。
この本の著者も当然そのことに気が付いて、それを『気』という言葉で表現しているが、これはある意味で気使い、心配り、KY(空気が読めない)という言い方で、我々、日本民族の本質を成す精神構造を作り上げている部分かもしれない。
誰も時の声を発しないのに戦争に嵌り込んで行く、戦争放棄と自衛隊が同時に存在する、これらは普通の常識で考えれば大矛盾であって、論理的に成り立たない事象である。
その大矛盾が、我々、日本民族の中では厳然と存在し続けているわけで、これは世界的にも極めて奇異なことに違いない。
この地球上には極めて広大なユーラシア大陸があって、その片隅の方にアジアという地域があり、そのアジアから海を隔てた絶海の孤島に、日本民族という人たちが生息していた。
絶海の孤島といえども島伝いに人は流れ着くので、日本民族が居ついたのであるが、それと同じ原理で、他の民族も流れ着いたに違いない。
だから日本民族というのは、純粋培養に極めて近いが完全に純粋というわけではなく、適者生存の原理は自然に機能していたに違いない。
それは文化にも同じことが言えるわけで、古代における文化的な上流はあくまでもシナ大陸にあって、漢民族がそれを主導していたことは間違いないが、アジアに住み、シナ大陸を自分のものとしていた漢民族は、文化的には自分達が一番の先進国であることを極めて明確に認識していた。
それだからこそ華夷秩序ができ、それに安住していたのである。
だからシナ大陸の漢民族が文化の同心円の中心にあり、大陸から離れて、海の中の日本は辺境だと言う事であるが、辺境であるからこそ、シナ文明の全てを猿真似することなく、取捨選択する自主性を持っていたと言う事が成り立つ。
ここでこの本が問うていることは、この自主性の本質が論理的に大矛盾を内包していて、論理的な整合性が全く合わないにもかかわらず、我々はそれを受忍している不思議さである。
誰も「アメリカと戦争せよ」と言わないまま開戦になる。
戦争放棄と自衛隊が同時に存在する。
占領から解放されて自主独立するという時に、日本の知性と理性を代弁すべき大学の先生方が、「我々は独立する必要はない、占領下の奴隷のママの方が良い」という馬鹿なこと言う知的エリートの存在。
こういう大矛盾を抱えながら、漂い続ける我々、日本国、日本民族の在り方というのは、実に不可思議な存在と言えるのではなかろうか。
こういう大矛盾は、私のような無学なものにとっては、矛盾が矛盾のままでもいた仕方ないが、我々の国にも知的エリートは掃いて捨てるほどいるわけで、そういうエリートが大矛盾を矛盾のままにしていては知識、知能、知性、理性が死蔵されたままということになるのではなかろうか。
日本の敗戦という事は、旧日本軍の軍人と軍部の責任であるが、日本が占領を解かれて自主独立をするという時に、「我々は独立する必要はない、占領下の奴隷のママの方が良い」という、陳腐で馬鹿なこと言う大学救助たちの存在をどう考えたらいいのであろう。
こういう大学救助から教えを受けた若人が、祖国のリーダーとなって、祖国の復興に貢献するわけがないではないか。
こういう大学教授の言辞は、コミニズムにコミットして発言であることは言うまでもないが、そういう意味では、戦争を知らない軍人が、意味のない作戦で貴重な将兵を浪費し、結果として敗戦を招いた構図と全く同じなわけで、知性も理性も欠いた大学教授が、戦後の日本を第2第3の敗戦に至らしめた構図だと思う。
我々の数ある日本論の中で、ガマが自分の姿に冷汗をかくように、自分の醜い姿を徹底的に検証する勇気を持たねばならない。
軍隊の中の軍人、大学の中の大学教授も、組織の中の人間という意味では全く同じなわけで、個人が組織に埋没してしまうと、どうしてごく普通の常識が機能しなくなってしまうのであろう。
軍隊の組織で言えば、彼らは特別の専門学校で特別の職業教育を受けて来ているわけで、陸軍でも海軍でも、トップは全て自分の出身校の同窓生であって、俺お前先輩後輩というつながりの中でもの事が決まっている。
当然、以心伝心、口に出さなくても判り合えるわけで、いくら会議を開いたとしても、口角唾を飛ばして議論することもなく、阿吽の呼吸でことが決まってしまう。
これを文字で表現すると『気』を読む、場の雰囲気、その時の空気という表現になる。
その事は、同時に責任の所在も極めて不明確なわけで、「戦争をやれ!」と声を出して言った人がいないのだから、責任の所在が不明確になるのも当然である。
その点、大学という組織の中では、軍の組織よりも男気とか、決断力とか、担力とか、指導力という価値基準が重要視されていない分、女々しい雰囲気が漂っていて、イジメの構図が幅を利かせているように思えてならない。
いずれにしても、我々は論理的にものを考える事が出来ない民族なのであろうか。
我々は漢民族を文化の同心円の中心に据えるシナ文化の辺境に位置していたからこそ、自らの自主性に頼って、漢文化を取捨選択して、良いものは導入したがそうでないものは導入しなかった。
その導入しなかった代表的な事柄が宦官と科挙の制度だと言われているが、こういう状況で自主性を発揮するという事は、極めて先鋭的なことだと思う。
古代の日本人は、シナの文化を取捨選択しながら、我々にとって有益だと思うものだけを導入したが、昭和時代の日本人、特に高等教育を受けた大学教授というクラスの知識人は、マルクス主義を鵜飲みにするだけで、取捨選択を忖度したようには思えないのは一体どういうわけなのであろう。知識人ともあろうものが、外来思想を頭から鵜呑みにする愚は、旧日本軍の高級将校が戦争を知らなかった愚と同じではないか。
祖国の独立に反対した国立大学の教授連中の存在は、戦争を敗北に導いた高級参謀、高級軍人と同じ罪深き人々だと思う。
ここで私は人間の知能に対する疑問がふつふつと沸いてくる。
我々レベルの凡人は、大学というところは、広範な知識を馬鹿な学生に高い金を取って伝授する場だと思っている。
この世の中に数多ある仕事の中には、必ずしも高等教育を受けてからでなければなり得ない仕事というのは、そう沢山あるわけではない。
お医者さんや、弁護士や、軍人というのは、特殊な教育を受けなければ成り立たない職業であるが、大半の仕事はOJTで十分こなせるものだと思う。
ところが、世の中の大部分の人は、そういうことを考えもせず大学に進む。
そもそも大学という教育機関は、就職予備校ではないわけで、広範な知識を金を取って授ける場であるので、そこを出たからといって就職に有利ということにはつながらない筈のものである。
そこが勘違いされて、大学に行けば就職が有利だ、と本人も世間も想い違いしている。
問題は、この部分であって、世間が勘違いしていることを誰一人「それは間違っているよ」と言わないところである。
それを言うべき人は、本来、学識経験豊富な知識階層としての知識人でなければならない。
この狭い日本で、本当に学問を追求する大学の必要数は、旧制帝國大学と2,3の有名私立大学だけで十分だと思う。後は高等幼稚園に過ぎない。
こういう部分でこそ、民主党政権は仕分けをすべきであって、全入などということは論外である。
ところが大学が産業と化してしまって、大学教授はその産業の中で働く労働者になり下がっているので、自分たちが知的エリートだという矜持を持っていない。
この21世紀において、本当に知的好奇心を満たそうとすれば、大学等に行かなくても他にいくらでも手段はあるが、にも拘らず大学に行くという事は、そこの卒業証書が欲しいだけなのである。本人はもとより、世間も企業も、それを一つの価値基準としているので、真の高等教育が死滅してしまっている。
更に問題なことは、高等教育でも人間の持って生まれた品性やモラルの向上には何の役にも立たないという現実である。
この地球上には5大陸があって、その大陸にはそれぞれ現住民と称する人々がいて、人々はそれぞれに集団を作って生きていたに違いない。
如何なる民族でも集団を作るとなれば当然それは社会を形成するわけで、古代においてはそれぞれが干渉することもなく平和に暮らしていた。
ところが歴史を重ね、文化が発達して来ると格差が生じ、それぞれの集団の間に強弱や優劣が付くようになると、優勝劣敗の自然界の摂理に委ねられて、支配、被支配という統治の構図ができあがって、血で血を洗う抗争に発展してしまう。
だから人が殺し合う現象というのは、極めて自然の摂理だと考えるべきで、地球上に現存する生物の中で、同類同士で殺し合う種というのは人間のみではなかろうか。
トラやライオン、ヒョウやピューマは、肉食動物と言われているが、トラがトラ同士で食い合うであろうか、ライオンがライオン同士で食い合うであろうか。
メスを得んが為に喧嘩はするであろうが、生殖、繁殖のための喧嘩が殺し合いにまで発展するであろうか。
こう考えると、同類同士で殺し合う種は人間以外にあり得ないように思えるが、言葉としては『共食い』という言葉があるので、同種同士で食い合う生き物もいるには違いない。
人類はこれからも殺し合って行くだろうと思う。
今、地球上の人間の数は70億と言われている。
ライオンが70億匹もいるであろうか。野生のトラが70億もいるいであろうか。
地球上の動物の中で、人間の数だけが突出しているわけで、「目下、自然環境が壊滅的に壊れているので、それを阻止しなければ人間の生存そのものが危機に曝される」といわれているが、この人間の数の級数的な増加をどう考えたらいいのであろう。
この世の知性ある人々は、人間の死を忌み嫌って、人が死なないように死なないように知恵を出し合っているが、この人間の数の増加をどう考えているのであろう。
人間がこの地球上で生き続ける事そのものが大矛盾を呈しているわけで、70億もの人間を生かそうと思えば、自然を壊して農業用に土地を機械で耕し、収穫を多くするために有害な農薬を使わねばならず、流通機関を発展させて末端まで食糧を運ばねばならず、70億の人間を生かすことそのものが地球の環境破壊そのものではないか。
人間の生存そのものが地球を破滅に導いているわけで、人間の知性はこれにどう対応しようとしているのだろう。
だから過去の人間の価値観を、この21世紀以降では全否定しなければ、地球そのもの、人類そのものが存在し切れないことになると思う。
人間の数は、その内に地球のキャパシテイ―を超えることになるのではなかろうか。
その時は、丁度、地球の資源も枯渇する時期と合致するわけで、このことを世界の知識人はどう考えているのであろう。
人が自分の死を忌み嫌う事は世界共通で、誰でもが長生き願望を持っている。
ところが、それは人類がこの地球上に誕生して以来の普遍的な価値観であって、そういう古典的な価値観からはもうそろそろ脱却すべき時期に来ているように思う。
人は、自分の生を自ら閉じる権利を容認すべき時がきていると思う。
私個人としては、自分の両親の死を見つめていて、安楽死の必要性をつくづく思ったものだ。
私の祖母は、孫の私が訪ねて行くと「死にたい!死にたい?」といつも言っていたが、これは本音だと思う。
父の死を看取った時は、老醜とまではいかないにしても、他人に下の世話まで依存しつつ生きる事の非情さを身を以て味わったので、私自身は人様に下の世話までさせて生きたいとは毛頭考えていない。
人間は『考える葦』と言った人がいるが、人間が『考える』と言う事をするから、『葦』ではなくなってしまうわけで、考えるから自然の摂理に素直に従うことを拒むようになるのである。
人間が自然の摂理のままに、自然の在るがままに靡いておれば、その数が70億にもならずに、地球の環境破壊も招かず生きてこれたものが、色々なことを考えて、それを実践したものだから、科学が発達して地球環境が汚染されたのである。
日本がアメリカとの戦争に敗北した頃、今から丁度66年ほど前の日本人の平均寿命は、極めて大雑把に言って男50歳、女54歳であって、人々がこの年齢で世を去って行けば、今の年金の問題も介護の問題も現実にはあり得ないということである。
昔は50歳前後で死んでいったものが今は80歳近くまで生きることになったので、普通の常識的な評価としては「極めて有難いこと」となっているが、これが果たして本当に良いことであろうか。
「長生きは良い事だ」という価値観は、人類誕生以来の普遍的な価値観であって、人間の感情としては極めて自然の在り様であるが、これから先も人間の数が級数的な勢いで増加するとなると、手放しで喜んでおれるだろうか。
「人間の命は何ものにも代えがたい」という価値観は、これから先も今まで通りの価値足りえるであろうか。
今、70億という人間がいて、これから先も無尽蔵に人間の数を包容するだけのキャパシテイ―をこの地球は持っているのであろうか。