( 高知城と梅の木。 どうやら青空が戻って来ました・・。 お城の裏にある黒鉄門と白梅 )
3日の節分では年齢の1/10程の豆を食べ 雨の中の立春を迎えました。季節を4つに分けて春の到来が立春です。
暦の上で春が始まる日。私にとってはうれしい日です!? 冬至の日も この日から昼間が長くなり 春が来る最初の日
ですからお祝いに値します。古代のヨーロッパでもお祭りがありました。冬至から小寒 大寒を経て 2月4日は立春、
東風解凍(東風氷を融く)冬至の日から40日程たって 確かに朝の明け方が10分程早くなり 30分程日没が遅く
なって来ました
有り難いことに高知では 朝の空気がヒンヤリする程度で 昼間鏡川土手では ポカポカする暖かさがあります。今日も
15℃くらいになるので 小春日和の感じです。高知城の梅園を時々見に行きます。花もチラホラ 客もチラホラでした。
梅の甘い香りがただようだけで 幸せな気分になります。ウグイスやメジロはまだ見ませんが・・、春が立つ喜びは感じます。
前回の自由民権運動の続きです。長い封建時代の終わり頃 幕末の動乱期を経て 日本が近代化する明治時代 高知には真の
自由と民衆の権利を求めて 真剣に戦った民権活動家たちがいた。『 自由は土佐の山間より出づ 』という言葉があります。
高知 昔の土佐藩は特に身分差別がひどかった。それは江戸時代の初め 現在の掛川から高知へやって来た山内家に 元の
支配者である長宗我部一族が抵抗し 270名もの人々が惨殺された歴史にあります。その後山内家も懐柔策で 掛川から来た
者を上士 長宗我部一族を下士とし 江戸時代270年を通して 身分差別を厳しくしたのです。 結局我慢出来なくなった
郷士は脱藩したりしました。 明治維新を通して 身分差別の無い自由で平等な社会をつくろうとしたのです。
日本では坂本龍馬が有名ですが 今回は板垣退助に焦点を当てたい。彼は上士の家に生まれた。土佐の軍隊を率いて上京、
戊辰戦争で会津若松城を攻めた司令官だった。大河ドラマにもなったが この時新政府軍と戦ったのは籠城した武士だけで
一般庶民は戦いに参加せず逃げていた。板垣は庶民が戦うには民衆の心をつかむ政治の必要を痛感したという。民権とは民主
主義を目標とする運動であった。
坂本龍馬が考えた船中八策の中に 上下の義政局をつくり 政策を公議で決めるとある。これこそ現在の民主主義制度の基礎
ですが 土佐藩は坂本龍馬の案にのって 大政奉還を幕府に提案する。新政府も明治元年 五箇条のご誓文で 広く会議を興し
万機公論に決すべしと民主主義の原則をうたっているが 外国に近代国家であることを示したいだけで 富国強兵が新政府の
目標だった。一方自由民権運動家は 議会制度や選挙で議員を選び 間接的な民主主義を実現し 国民の自由や権利を獲得
しよう運動を推進した。 専制政治を批判し 民選議院設立建白書が提出された。150年前のことである。 (続く)
早咲きの桜。10月桜とも。春には咲かず 秋冬に咲く・・。
椿(つばき)があちこちで 咲いています。
沈丁花(じんちょうげ)が咲いて来ました。 香りがいいですね。
春の始まりを告げる花とも言われます。2月の末頃から咲くとおもっていましたが・・。
鉢で咲いているので ためらいましたが 笛吹き水仙(ふえふきすいせん)とも。
春と言えば オキザリスの黄色も・・。 春が黄色がよく似合うと思っています。
オオイヌノフグリ。 今年初めて見つけました。
ホトケノザも始めて。 春の花が出そろってきました。高知はやはり南国です。
公園の池に 緑の藻が大発生・・。
きれいな本宮川に 小魚を求めて アオサギが時々現れます。