「これからは自分の体と相談しながら生きていきます」
大病をした人が体が回復して、また日常生活にもどろうという時に、こういった発言をしているのを耳にすることがあります。
体と相談しながら……!?
相談とは大概、人とするものと思います。例えば身内の誰か。例えば親しい友。例えば職場の同僚や上司。例えばその分野の専門家……、などなどといったところです。しかし、この時は自分の体が相談相手になっています。
ひょっとして、私たちはそれはいかにも自分の体ではあるけれども、それを他人のように感じているのではないか、と思います。案外、私たちが自分の体だと思っている体は自分の物ではないのかもしれません。
それはたまたま、単なる偶然で自分に与えられたものでしょう。誰も、たくさんの体の中から、自分で「自分の体はこれがいい」などと言って、得心して選んだ人などいません。
それなのに、私たちはたまたま与えられたそれを、自分の体として生涯を通してつき合っているのです。頑強な体であろうと、病弱な体であろうと、ある可能性を秘めた体であろうと、そして社会から障害児者と呼ばれる体であろうと、私たちは生命として存在し始めた瞬間に、うむを言わさず、それを与えられて、それとともに生きる人生を生きているのです。思えば残酷と言えば残酷、いかにも自然と言えば自然。そこには人としての感情が入り込む余地など全くありません。
自分の体で生きる
自分の体を生きる
自分の体と生きる
自分を体で生きる
自分を体が生きる
自分と体で生きる
自分が体で生きる
自分が体を生きる
自分が体と生きる
あなたと体との関係はどれに当てはまりますか。これらの微妙なニュアンスの違いがお分かりでしょうか。
コロナ禍の今、出口の見えない今。現在に生きる私たちは、今日ほど、世界中の人々の行動一つひとつに、これほどの強い関心を抱くことはこれまでありませんでした。
私たちは生命です。私たちは私たちの存在に関する大事なことを見失ってはなりません。
体という器がなければ、私たちの存在は危ういのです。その器こそがかけがえがないのです。
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