この木なんの木 気になる木
名前も知らない木ですから
名前も知らない 木になるでしょう (「日立の樹」 作詞 伊藤アキラ 作曲 小林亜星)
この曲もあの曲も、そしてこの歌もあの歌もか……と、びっくりするほど多くのコマーシャルソングやアニメソングを作曲し、しかも演歌も手がけていた作曲家小林亜星が亡くなっていた。(先月5月30日死去)
1960年代(昭和30年代半ば)から1990年代(平成年代前半)にかけて、彼が作曲したテレビのコマーシャルソングやアニメソングは令和の時代の今にあっても、その品のいい明るさとほっとする温もりと心地よい親しみを私たちに感じさせている。
肥満体型でしゃべりの活舌もさほど良くはなかったと記憶しているが、ある時期、彼はテレビドラマに出演して頑固オヤジを熱演した。そこでは、若きスター歌手だった、今は亡き西城秀樹を相手に本気で取っ組み合いの親子げんかを演じて見せた。気持ちが入りすぎたのか、息子役だった西城は勢い余って縁側から庭に投げ飛ばされて、腕を折ったほどだった。毎週、びっくりするやら大笑いするやらしながら見ていたのを思い出す。
そんな一面もある彼は、曲作りでは誰もが歌いやすいようにと、できるだけ1オクターブの音域の中で、鼻歌でも歌えるような曲作りを目指していたという。常に受け手のことを思う、プロとしての矜持があったのだ。
歌は祈りだ。
しかし、歌も詞だけではそこに込められた祈りが、日々の繰り返しの生活を生きる私たちの身に染みてくることはない。詞は曲に乗せることで私たちの生活の中で歌になり、身に染みてくる。そうした祈りである歌を、私たちは日々、自身でも思いもかけないタイミングで口ずさみ、己を支えている。
明るく、楽しい、面白い詞に、彼が明るく、楽しい、面白い曲をつけて、明るく、楽しい、面白い歌にした。
そんな詞が彼の曲に出会って、たくさんの歌になって、今も私たちの身に染み込んでくる。そんな時代を私たちは作曲家小林亜星とともに生きてきた。そんな時代に彼は寄り添っていたのだ。
くまの子見ていた かくれんぼ おしりを出した子 いっとうしょう
夕やけこやけで またあした またあした いいな いいな にんげんって いいな
おいしいおやつに ほかほかごはん 子どものかえりを まってるだろな
ぼくもかえろ おうちへかえろ でんでん でんぐりがえって バイ バイ バイ
(「にんげんっていいな」 作詞 山口あかり 作曲 小林亜星)
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