予定調和の破綻

2022年02月27日 | 日記・エッセイ・コラム

 「力による現状変更をひとたび許せば世界は深い闇に覆われかねない。」(読売新聞 2022年2月25日夕刊 「よみうり寸評」から)

 ロシアのウクライナへの侵攻が始まってしまった。世界が「まさかそこまでは」と高をくくっていたかもしれない強権国家ロシアの動き。その「まさか」が現実となった。今のロシアの権力者にとって西側諸国からの圧力は、想像以上に危機感をもたらしていたのか。その反動は一人の権力者の焦燥感によって同胞他国への軍事力による侵攻となって現実となった。過去の失地を回復したいという扁平な思想に諾うところなどない。

 私たちにとって予定調和だった世界の国々の現状認識に油断があったということか。この暴挙が他の国々を刺激しかねないと危惧する向きもあるが、こうした国家や民族や宗教などの対立によって起こる綻びは、常に人間の死をその代償として求めてくる。

 精神がおかしいんだ、と言ってみても、予定調和が破綻した現実に収まりがつくわけではない。果たして、経済制裁はどこまで有効に作用するのか。

 深い闇から世界はいつ生還できるのだろうか。不安な疑問符ばかりが湧いてくる。

 それにしても、報道関係からのインタビューを受けるウクライナの人々の日本語の上手なことには感心させられる。そこにはお互いの国への、そしてそこに暮らす人々への静かな敬意を感じる。

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追悼「君だけを」

2022年02月23日 | 日記・エッセイ・コラム

  いつでも いつでも 君だけを

  夢に見ている ぼくなんだ

  星の光を うつしてる

  黒い瞳に 出合うたび

  胸がふるえる ぼくなんだ                 (「君だけを」 歌  西郷輝彦)

 

 西郷輝彦が亡くなった。享年75。

 昭和30年代後半から40年代にかけて、橋幸夫、舟木一夫とともに「御三家」と呼ばれ、一世を風靡した歌手。三人はそれぞれお互いがライバルだった。

 都会っ子でちょっとすかした感じの橋幸夫。愛知で育ったちょっとすねた感じの舟木一夫。骨太のちょっと薩摩隼人を感じさせる西郷輝彦。三人はそれぞれ、戦後10年20年経ち、経済の高度成長期を迎えていた日本の、歌謡界の大スターとしてそびえていた。

 西郷は、若くして兄を亡くしていたと思う。歌手になった西郷はデビュー後まもなく、その亡くなった兄のことを歌にした。

  呼んでも帰らぬ 兄貴だけれど

  こんな時には さみしい時は

  泣きに来るんだ 兄貴のそばへ  

  涙を 涙を ありがとう

  どこかでやさしい 声がする                (「涙をありがとう」 歌  西郷輝彦)

 

 しかし、詳細が不明で申し訳ないが、この歌は、「西郷は死んだ兄貴のことを歌にして、金もうけをしようとしている」などといった世間の非難を浴びたように記憶している。だから、ほどなく彼はこの歌を封印したと思う。私はそのようなことがあった以降、この歌をテレビ、ラジオで聴いたことがない。

 癌治療のためにオーストラリアに渡っていたそうだ。昨年の秋、日本に戻って来たが、癌の再発には抗えず、亡くなってしまったのだ。「まだやりたいことがある」と言っていたそうだ。

 石原慎太郎が逝き、西郷輝彦が逝き……。そのほかにも、文学や政治や芸能界に限らず様々の分野の、無芸、無趣味の凡庸な私でも知っている有名人がぽつぽつと亡くなっている。

 人生はいろいろだ、と思う。しかし、どんな人生も命は一つで、一回こっきりなのだ。

 ご冥福をお祈りいたします。

 余談だが、この御三家の中で私のご贔屓は、ちょっとすねた感じのする舟木一夫だ。どうしてだか、理由は自分でも分からない。

 

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推敲過程

2022年02月13日 | 日記・エッセイ・コラム

 何だか、北京五輪がかまびすしい毎日です。

 そんな日々の先日、テレビを見ていて思ったことです。

  菫ほどな 小さき人に 生れたし   夏目漱石  (注 菫:すみれ)

 この俳句の作者は夏目漱石。漱石は推敲を重ねて、その結果、この句に至りました。その元の俳句は、

  菫の様な ちいさきものに 生れたし

 漱石はどういう推敲過程を経て、初めに紹介した句に辿り着いたのでしょうか。

 どうして「菫の様な」を「菫ほどな」としたのでしょう。

 どうして「ちいさきものに」を「小さき人に」にしたのでしょう。

 そして、どうして「生れたし」はそのまま「生れたし」としたのでしょう。

 テレビで紹介するコメントを聞きながら、私は逐一、その過程を知りたい、辿りたいと思いました。

 どんな形や方法であれ、表現されたその思いが最終的にそこに辿り着く過程に関心を寄せ、その過程に執着したいのです。

 果たして、この最終的な表現に至るまで、漱石はどんな推敲過程を辿ったのでしょうか。

 その表現された結果を受け取る人間がどう受け取るかは、表現者の問題ではありません。どう受け取るか、どう受け取ったか。それは受け手の属する社会の問題となりましょう。

 表現された結果から、その句にまつわることをあれこれ考えたり、感じたりすることも大事だけれど、どういう推敲の過程があっての結果なのかに関心をもつことは、さらに大事なことだと思います。

 昨年3月に、障害者福祉現場の仕事を退職してから、およそ一年が経ちます。そこで長年つき合ってきてくれていた知的障害者と呼ばれている人たち。彼らが私にそのことを教えてくれたのです。自分の思いを伝えるのに、彼らはどんな形や方法であれ、どんなに一生懸命だったか。私は忘れないのです。

 

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2人がいてこそ

2022年02月05日 | 日記・エッセイ・コラム

(前回の続き)

 質問1)のみなさんの回答は「98人のグループに属している」でしょうね。

 質問2)の回答は「お願いや努力はしていない」あるいは「そんなことあり得ない」といったところでしょうか。2問とも愚問でしたか。失礼しました。

 では、3つ目の質問です。

 質問3)2人と98人。どちらのグループに属したとしても、生まれてくる本人の願いや努力とは無縁の(そんなことはあり得ないという)、たまたまの結果です。そうして、私たちはたまたま障害がある人、障害がない人、として生まれてきた命です。

 では、どうして、お互いがたまたま生まれてきた結果の命なのに、2人のグループは98人のグループから差別を受けたり、偏見を持たれたりするのでしょうか?

 

 質問には皆様それぞれで、自問自答していただきたいと思います。以下は私の自問自答ですー。

 前回の例え話の続きです。100ピースで完成するジグソーパズルは98個のピースをはめ込んだとしても、完成ではありません。残る2.3%の2個のピースを型どおりにはめ込んで、100人となってこそ完成なのです。我が国は100人がそろって我が国なのです。98人がそろったとしても、それは我が国ではありません。2人を合わせて国民100人。それで我が国なのです。

 2人がいて、彼らが人口比2.3%の知的障害を負っているから、たまたま98人は知的障害を負っていないのです。自分に知的障害がないのは2人の存在、2人の命のお陰なのです。その2人のお陰で、あなたは、私は、たまたま知的障害者とは呼ばれない人生を生きているのです。

 そんな私たちに、2人を差別したり2人に偏見を持ったり、蔑んだりする権利や資格があるでしょうか。2人がいてこその私たち98人なのです。そして100人がそろっての我が国なのです。

 

 問3)どうして、お互いの命はたまたま生まれてきた結果の命なのに、2人のグループは98人のグループから差別を受けたり、偏見を持たれたりするのでしょうか? 

 私の回答:それは、私たちが私たちの社会の価値観を漫然と、無意識に、無自覚に受け容れているから。

 

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試算、人口比2.3%

2022年02月03日 | 日記・エッセイ・コラム

『(前略)知的障害者の頻度は比較的軽度のものを含めると、人口の少なくとも2.3%を占めている。さらに細かく見ると……(以下略)』

 これはネット検索していてヒットした「知的障害」に関する百科事典の解説の一部です。(出典:日本大百科全書(ニッポニカ)の「知的障害」の項目の解説文から)

 そこに紹介されている「人口比2.3%」は、ここでは冒頭で「前略」として省略した前文から推察すると、我が国における知的障害者の人口比かと思われます。しかし、残念ながらその解説文全文を読んでも、この「2.3%」を割り出した計算過程(例えばどこの地域、あるいはどこの国を対象とした悉皆調査か何かの結果なのかどうか、など)が不明なのです。なので、この数字の信憑性にはいささか疑問が残ります。(解説文の最後に参考文献が多数示されてはいますが、それらの内容確認にはかなりの時間を要すると思われますので、ここでは後日のこととします。ご了承ください)

 けれども、我が国に知的障害者と呼ばれる人たちがいることは事実です。よって、現在の我が国の人口をおよそ1億2500万人と見なし、今、この人口比2.3%を当てはめて試算すると、我が国の知的障害者と呼ばれている人の数はおよそ287万人となります。この数字が厚生労働省の発表する我が国の知的障害者の数と遥かに一致しないのは、厚生労働省の数字は知的障害者が福祉制度等を利用する際に利用するための「療育手帳」と称し、同省が発行している小冊子の発行数に依っているからです。ここには国が触れようとしない、知的障害者に関する長年の福祉課題が眠っています。そこには、さまざまな理由により、必ずしも我が国のすべての知的障害者がその手帳を所持しているものではない、という現実があるのです……。

 前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。

 話を分かりやすくするために、かなり極端ですが、我が国の人口を100人とします。すると、先の人口比2.3%を当てはめると、我が国の知的障害者の数は数字としては2.3人となります。それを分かりやすく2人とします。その結果、100人中、2人が知的障害者と呼ばれている人で、あとの98人はそうではないという人たちになります。

 では、皆さんへ質問です。

1) さて、我が国の国民であるあなた。あなたはこの98人のグループと2人のグループのどちらに属している

  と思いますか?

2) あなたは今、あなたが属していると思っているグループに入るために、お母さんのお腹の中にいる時、

  あるいは生まれてくる時、どんなお願い、どんな努力をしたのですか。

 

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