抱っこ、その重さ

2019年02月25日 | 日記・エッセイ・コラム

 先日、所用で九州に行って来ました。
 そこである障害児の施設を見学させていただきました。その時の案内の人の説明の言葉に驚いてしまいました。
「あの子は、望まれざる子として生まれてきたのですよ」
 事情はお聞きしましたが、ここには書けません。
 4歳になるというその子は生まれ出るとすぐに母親から引き離されて、施設で育てられたということでした。誕生しても一切、母親たる人との触れ合いのないまま、育てられてきているとのことです。だから、その子を産んだ母親たる人も、一度もその子のことは見ないままだというのです。
 生まれても一度も母に抱かれたことも頬すら触ってもらえなかった子と、子を産んでもその腕に抱くことも頬すらも撫でてやることのできなかった母と。
 驚いたままにその子の頭を見ると、その髪の毛は大半が抜け落ちていたのです。
「自分で自分の頭の毛を抜くんです。全部抜いてしまうんですよ。今でこそやっと後頭部には髪の毛が生えてきていますが……」
 生まれてこの方、わずかな親の愛情さえもかけてもらえなかった子。男の子かと思っていたら、女の子でした。
「いっときはまつげも眉毛も全部抜いてしまっていました」
 生まれ出て、母親の愛情を知らずに生き、育ってきたその子。
 施設が、施設の職員が懸命に愛情を注いで育てているのです。そして、やっと意思表示が芽生え、意思のやり取りが何とか出来るようになってきたとか。
 4歳にしては体は小さく、歩く時は少し右にかしいでトコトコ走るように歩きます。
 案内の方に説明を受けていた私の近くまで、女性職員に手を引かれたその子がやって来ました。私は右手を差し出して、
「握手!」と声をかけました。
 すると、握手の意味が分からなかったのか、その子は両腕を私に向けて差し出して来ました。それに反応した私は思わず、その子を抱き上げました。
「わー、抱っこ、いいねー」と職員さんの声。
 右腕で抱っこすると、黒い大きな2つの目と今はきれいに生えそろった三日月の形をした2つの眉毛が目の前にあります。頭の毛は抜いたというより、むしり取ったといったようでした。
「まぁ、珍しい。男の人に抱っこされるのは嫌がって、抱っこさせたことはないんですけどねー」
 その子から言葉は出ません。お互いに見つめあってしまっていました。すると、その子の体に力が入ってきました。下りたいんだと思い、床に下ろすとトコトコと部屋の隅へ駆けていくようでした、
 これからどんなことを思い、どんなことを感じ、どんなことを考えて人生を歩いて行くのだろう。母親や父親のことをどう思い、どう理解し、沸き上がる自分自身の感情にどう決着をつけるのだろう。 
 望まれざる命。
 何ということだ!!
 私は、その子を抱き上げた時の私の右腕に残る、その重さの感触をいつまでも忘れないのです。



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そういう価値観を持ちたい

2019年02月17日 | 日記・エッセイ・コラム

 数年前から、「我が事」「丸ごと」を合言葉にして地域共生なる社会を実現しようという我が国の施策があります。
 人は皆、誰でも長く生きていれば高齢者になります。だとすれば私たちが高齢者になる確率は100%です。だから、人は誰もが高齢者の道を歩きます。高齢者の道を歩くことは100%「我が事」です。それは決して「他人事(ひとごと)」などではありません。だから、社会も関心を寄せ、政治も高齢者福祉に力を注ぐのです。
 カーラジオから、「生涯の間に、私たち日本人の2人に1人はがんになる」(「国立がん研究センター がん対策情報センターによる推計値 2007年」を参考にしているかと思われます)というCMが流れてきます。お聞きでしょうか。もしもそうだとすれば、私たちががんになる可能性は50%ということです。50%の確率で私たちはがんになるのです。この確率50%はあなたにとって「我が事」でしょうか。それとも「他人事」でしょうか。
 知的障害者の発生頻度は人口の約2%だと言われています。それは海外の国々での調査データから推計した数字だといいます。但し、我が国ではこのことに関する悉皆調査のデータはなく、療育手帳所持者の人数を基にして在宅の知的障害者(児)を約96万人(平成28年調査)としています。施設入所者については平成27年調査で約12万人としており、合計約108万人という推計値になっています。(参考 『障害保健福祉施策の動向』平成30年11月 厚生労働省 社会・援護局 障害保健福祉部 障害福祉課)
 その海外での調査の数字をわが国に当てはめると、我が国の日本人人口約1億2400万人では知的障害者はおよそ248万人となります。
 この知的障害者の発生率が日本人人口の約2%だということは、あなたにとって果たして「我が事」でしょうか。それとも「他人事」でしょうか。すでに自分自身にとっては結果が出てしまっているので「我が事」にはなり得ませんか。
 国は「我が事」「丸ごと」と言い、「地域共生社会の実現に向けて」と言います。果たして、私たちの社会がこの2%を「我が事」とするまでには、この先、どれほどの時間を要するのでしょうか。
 高齢者の歩く道は誰もが歩く道です。その道を歩くことは誰もが100%覚悟する、いや覚悟せざるを得ない「我が事」です。
 では、あなたにとって、一生の中でがんになる確率の50%は「我が事」ですか? それとも、確率50%くらいでは「我が事」にはなりませんか?
 知的障害者の歩く道は誰もが歩く道ではありません。しかも、気がついたときはもう結果が出ていて、いたくてそこにいるわけではないのに2%の側にいさせられているのです。一方、自分自身が努力してそこにいるわけでもないのに、たまたま98%の側にいるだけなのに、私たちは2%の存在を自己責任のように思っているかのようです。それはもうすっかり「他人事」です。
 しかし、私たちは2%と98%を足して初めて100%になるのです。2%があってこそ、100%になるのです。みんなで助け合って100%になるのです。みんなで心を寄せ合って100%になるのです。そういう価値観を持ちたいと思います。



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あれは私です!

2019年02月10日 | 日記・エッセイ・コラム

 さつき園では某短期大学の実習生を受け入れています。今年もこの2月に1名を2週間、受け入れます。先日、その実習生との事前の面談を行いました。
 そこでさつき園のことや学校や実習のこと、障害者福祉や高齢者福祉のこと、本人の将来に関することなど、あれこれ話しをしたり聞いたりしました。すると、一通りの話が終わったかと思った時、ふいに、
「園長さんはブログを続けて書いておられますよねぇ」と、実習生の○○さんが思わぬことを言い出します。
「おー、よう知っちょるねぇー」と、少し驚いて私。すると、○○さんが
「園長さん、これ見てください」と自身のスマートフォンの画面を見せるのです。
「これ、私です」
「これ私? 何?」と、私。
 慌ててスマホを手に取ると、何と、
「園長さんが書いたこのブログの『一人の入学式』の新入生は私です」と言うのです。
「えっ、私って?」
 見ると、そのブログの日付は平成19年の4月10日とあります。今から12年前の日付です。
「えー? 何でそのブログがあんたのスマホにあるんかね? どういうことかいのー?」
「お母さんが教えてくれました」
「お母さん? あーそうか。あんたのお母さんはさつき園のグループホームの世話人をしてくれよったんじゃったねー」
「はい、そうです。母が、『これ、あんたのことよ』って、教えてくれたんです!」

 平成19年4月。○○さんが入学したのは、今は廃校になった周防大島町立屋代小学校でした。当時は、新入生を合わせても全校生徒14人でした。
 あの時の入学式は忘れません。来賓で出席させていただいた入学式。新入生はたった1人でした。そのとき入学したのが、今私の目の前にいる○○さんだったのです。こんなに大きくなって、さつき園に実習に来るなんて! もううれし過ぎて、言葉がありません。あの時の校長先生の言葉に○○さんが明るくはきはき返事をする情景を思い出します。(でも、新入生の名前までは記憶から飛んでいました。申し訳ない)
「そうか。あの女の子はあんたじゃったんか」
 あの日会った○○さんがその時の明るさのままの○○さんでいてくれたのが、とってもうれしかった。
 さつき園での実習は2月12日(火)から2月25日(月)の予定です。しっかり、障害者福祉の基本と精神を学んでほしいと思います。
 ○○さんは「私は廃校になっても屋代小学校が大好きです。校歌もどこの学校の校歌よりも好きです」と言います。
 私もです。私も屋代小学校の校歌が大好きで、1番だけですが覚えていて、時折り口ずさんでいます。
『山のいずみの 清らかに 流れる丘よ 野も里も …… 』


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