昭和55年の4月、お江戸の原宿の「シャンゼリゼ」という喫茶店に行ったときのことです。
店の中にはグランドピアノがおかれており、我々がコーヒーを飲んでいたらそのピアノが突然鳴り出したんです。ピアノの前には人気もないのに、鍵盤もペダルも勝手に動いている。
その昔このあたりには・・・なにがあったか知りませんが、自動演奏のピアノをみたのはこの時が初めてで、音は一本調子ですが店の店長が言うにはピアノ本体と同じくらい高価な装置なんだそうです。当時まだフロッピーディスクも世に出ていない時代だったので、どうやってデーターを記録していたのか気がつきませんでしたが、あまりの驚きにコーヒーが冷めるまで見入ってしまいました。
このとき一緒にいた先輩が通っていた中学校にも夜中に勝手に鳴り出すピアノがあったそうですが、こちらは女生徒と思われる影が演奏していると伝えられる都市伝説のピアノでした。
この先輩の同級生も夕方音楽室からピアノの音が聞こえた経験を持っているそうです。
気になったのは、幽霊が弾くピアノの場合ダンパーペダルはどうなっているのか?ということで、足のない日本の幽霊ならペダルが踏めないから音を伸ばすダンパーペダルもピアニッシモの時に踏む弱音ペダルも踏めないので。子供の練習のようにプツプツ音が切れる演奏になるのではないかと聞くとと。先輩は申していました。「知るかそんなこと!」
誰もいないのに聞こえるピアノの怪談話はロシアにもあります。ウラジオストクで聞いた話ですが、ソビエト時代に政府機関によって連れ去られたピアノ教師がおり、二度と戻ってこなかったそうです。
あの時代ですから罪状なんぞいくらでもでっち上げられますが、政府の調査機関による捜査の結果にせよ、何者かによる密告にせよ、このような事件の場合恨みより妬みや嫉妬が背景に居座っているものです。
しばらくの間このピアニストの家はそのままになっていたそうですが、時折、ラフマニノフのヴォカリーズが聞こえてくる。ピアノが片づけられた後もどこからともなくピアノの音がアパートに流れていたそうです。
今回のソチオリンピックのフィナーレでも協奏曲第二番が用いられたラフマニノフですが、ソビエトを嫌って西側に出てしまった人物です。今回のオリンピックにしてもこの幽霊の選曲にしても、ラフマニノフの背景に意図を読みとれます。
それにしても静かで美しいメロディーのヴォカリーズを選曲したところが幽霊らしい。
深夜誰もいない部屋から聞こえてくるピアノの音がラジオ体操第一だったら?これはこれで「勘弁してくれよ」と言いたくなりそうですが、今夜も元気にラジオ体操! これがアメリカの南の方なら調律がホンキートンクにになったピアノから陽気なラグタイムのメロディーが流れてくるのかな?
選曲にも幽霊のセンスが問われます。