一般的にいって、中学生は理屈が立つようになります。これが思春期の特徴です。
子どもに何か課題があり、改善したり、治したりしたいとき、大人は理屈で説得しようとします。
しかし、たいていの場合、子どもに理屈は通じません。理屈で説得しようとしても、理屈がかえってくるだけです。
期末テストの日の朝、高い熱を出しながらも、テストを受けに登校してきた生徒が職員室にいます。
教員は無理して受けなくてもいいと思い、家に帰ったらどうかと考えています。
「無理して受けても、その様子では力を出せないよ。思うような点数が取れないと残念に思うだろう。8時50分から試験だから早く家に帰ったら。
時間がないし。」
「時間がないから、早く教室へいきたいのです」
こうなると、会話が続かなくなります。
理屈でのやりとりは、お互いの論点と何を大切に感じているかという点が、合っていないと話し合いや議論にはならないのです。
教員は健康面や体調を整えることを大切に考えていますが、生徒はテストに出ることを大切に思っています。
教員がいくら家に帰って安静にすることを提案しても、生徒はテストが終わってから安静にしたらいいと考えているかもしれません。
ただし、生徒と理屈で話す必要がある場合も、もちろんあります。本質を理解して次回に活かしてほしい場合です。
そのようなときは、まず論点や大切にすることを合わせることから始めます。
「私は、テストの点がよくなかったと後悔してほしくないんだけど、どうかな」とゆっくりと傍らで話を始めたとき、「自分もそう思うけど、テストのためにせっかく勉強したんだから・・・」と話し出すのです。
こうなったとき初めて、テストを受けるか受けないかの本音での会話が始まります。