箕面三中 校長室からのメッセージ

おもに保護者のみなさまに向けたメッセージです。生徒の近況を伝えるとともに、教育と子育てについての情報をお伝えします。

子どもがいやがる話は短くする

2015年05月22日 20時55分20秒 | 校長からのメッセージ


親が子どもに話をするなかには、ふつうのたわいのない話を除けば、子どもにとってうれしい話もあれば、イヤな話もあります。

イヤな話とは、ときとして「説教」になります。責められたり、怒られたり、子どもとしてはできれば聞きたくない話のことです。

そして、このイヤな話は、長くなる傾向があります。親には、ちゃんと伝えたいという気持ちがはたらき、長くなり、グチグチしつこく言うことになります。

グチグチ長い話になると、言われる側の子どもは反発を覚え、素直に聞かなくなります。

それは、はた目から見ていてもよくわかります。三中で、教員が生徒を指導しているとき、ときには感じることがあります。

生徒が退屈そうにしている様子や下を向くような様子や表情から、素直に聞いていないことが伝わってきます。

子どもが、「うざい」とか「早く終わらないかなあ」と感じ出すと、どれだけ長い話をしても子どもには、おとなのいいたいことやわかってほしいことが伝わりません。

そもそも、子どもが話を聴く集中力はそれほど長くないのです。

ですから、子どもにとってのイヤな話は、短くするのがポイントです。

一方、子どもにとってうれしい話は長くしてもいいのに、言葉を尽くして話さず、短い言葉で終わってしまう場合が多いようです。

部活の試合や大会で努力を重ねて初勝利をおさめたわが子に対して、親御さんが「よかった。次もしっかりね!」で終わってしまうことはありませんか。

それどころか、20点の数学のテストを60点まで引き上げた子に対して、「がんばった。次は80点よ」とか「次は理科もがんばりなさい」などのよけいなことばを加えて、すませてしまう。

子どもの努力のプロセスをふりかえり、子どもの残した記録に意味づけをする話かけをするなら、うれしい話は長くなってもかまわないのです。

また、イヤな話を短くしたあとのフォローも重要です。短いイヤな話を終えると、気持ちを切り替えるために、すぐに話題を変えて、まったく違う話をすることで、イヤな話を引きづることなく親子のいい関係を続けることができます。

イヤな話をしたときには、違う話をして翌日までひっぱらず、その日のうちに気持ちをチェンジすることがポイントです。
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親が譲り子どもも譲る

2015年05月17日 00時30分15秒 | 校長からのメッセージ


人が社会で、実際に生きていくために必要なことは、0パーセントか100パーセントか、どちらかを決めることではなく、シロでもクロでもないグレーゾーンに納まることに納得できるかです。

つまり、理想はあくまで理想であり、理想と現実の間に一致点を見いださざるをえないこともあると知っていることが、おとなには求められます。

ところが、思春期の子どもの特徴は、理想を追い求めるあまり、0か100かを決めたがる傾向があります。そこで親と対立することがよくあります。三中生も例外ではありません。

息子:「ぜったい、来週の日曜日は,サッカーの試合を観にいくからね」

母:「なに言っているのよ。月曜日から中間テストでしょ。勉強はどうするの。絶対ダメよ」

息子:「ぜったい、ムリ!」

(いらだって、感情的になり)
母:「この前のテスト、何点だったと思っているの。中間をがんばらないと、そんなひどい点ではいく高校はないのよ」・・・・

これでは、子どもからの「挑発」に完全に乗ってしまっています。親も子どもも「勝つか負けるか」の言い合いになります。

親には、ここで甘い顔をすると子どもになめられる、という気持ちが働くこともあるでしょう。

思春期の子どもに親が教えること。それは妥協点を見いだすことです。

車と車が狭い通路で行きちがうとき、「われこそが」で侵入すると、うまくすり抜けることができません。まして、お互いがスピードをあげると車同士の衝突が起こります。

親自身も子どもも、「勝つか、負けるか」を競うのではなく、「譲る(ゆずる)」ことが、おたがいに必要になります。

母:「いくらなんでも、次の日がテストなのに、1日中試合を見に行くのはダメね。せめて午前中だけにするとか、土曜日の勉強をしっかりするとかできないの」

息子:「じゃあ、いちばん観たい試合は午後やから、土曜日しっかり勉強して、日曜日は午後だけ試合を見に行くよ」

母にしてみれば、土日の両方とも勉強して欲しいわけですが、日曜の午後は譲りました。

息子にしてみれば、日曜の午前は仕方ないと、妥協しました。そして二人の間には、ある程度の納得感が残っています。

一般的に、思春期の子どもは,理想を求め、曖昧さを嫌います。しかし社会に出ると、ガマンしたり、自己の主張を引っ込めたりすることも、場合に求められるのです。このことを教えるのは、親の役割でもあるのです。
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ほんとうの意欲は内側から湧き起こる

2015年05月09日 12時28分44秒 | 校長からのメッセージ


中学校の部活動やスポーツクラブでは、一生懸命に、夢中になって練習に取り組む子どもがいます。

たとえば吹奏楽部で、おとなが「すこし休憩する?」と尋ねても、「いえ、まだやります」と楽しそうで、夢中になって楽器に向かう様子が伝わってきます。

このとき「ただ楽器を吹くのが好きだから」というモチベーションが、その子を支えています。

さて、このモチベーションは専門的には、「内発的動機づけ」といいます。内発的動機づけとは、関心や「好き」という気持ちによって湧き上がる動機です。

一方、「外発的動機づけ」もあります。これは、言葉は適切でないかもしれませんが、いわゆる「馬の目の前にニンジンをぶら下げる」動機づけです。

「今度のテストでがんばったら、ほしいものを買ってあげる」とか、「勉強しないと、いい高校へ行けないよ」というように、ごほうびや罰でヤル気を起こさせるものです。

外発的動機づけが有効な場合も多くあるのは事実です。実際、外発的動機を抜きにしては試合や大会に臨めません。

しかし外発的な動機づけは、長い目で考えると弊害も出てきます。自分が楽をして得をする方法やうまく手を抜くことを覚えてしまうというマイナス効果を生んでいきます。

部活動の場合なら、顧問や指導者がいないと、努力しない、自分から進んで練習に励まないという子どもになってしまいます。

さらに、「外発的動機づけ」の何よりも大きな弊害は、チャレンジしない子どもになってしまうという心配です。

今の時代、これからの時代を生きる子どもたちにとって、もっとも必要なのは「チャレンジ力」です。
このような変化の激しい社会にあって、今のままでいいと現状を維持しようとしても、まわりは動いて、変化しています。ですから、「現状維持は、実質後退」なのです。

実際、研究者の研究からも、外発的動機づけをされた集団よりも、内発的動機に支えられた集団の方が、高い効果を得ることができるという見解が示されています。

ですから、部活動やスポーツクラブでは、部分的に外発的動機づけを取り入れながら、本質的には内発的動機づけを重視する練習を行うことが大切なのです。

内発的動機で支えられた子どもは、湧き出でるバイタリティを持ち、努力することを惜しまないような「最強の子ども」なのです。

したがって、学校での部活動の運営の秘訣は、内発的動機で活動する生徒を増やすことにあるのです。

三中でも、このような部活動が展開されることをめざしています。
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つねに子どもに問うこと

2015年05月05日 19時03分47秒 | 校長からのメッセージ


子育てや教育で、親や教師は、子どもの行動を見ていて、こうしたらよくなるのにとか、こう変わってほしいと思うことがあります。

「もうちょっと、勉強してくれたら・・・」
「もっと積極的になったらいいのに・・・」
「少しはお手伝いをしてくれたら助かるのに・・・」
「もっと多くの友だちとつきあえばいいのに・・・」

子どもに変わってほしいこと、直してほしいことが出てきたとき、
「勉強しなさい」
「もっと元気を出しなさい」
「少しはお手伝いをしてよ」
「友だちは大切よ」・・・
などと、変わってほしいこと、直してほしいことを直接、言葉で伝えることが多いのではないでしょうか。

言葉で伝えることの大切さは言うまでもありません。おとなが黙っていては子どもに伝わりません。

しかし、思春期の子どもに対しては、言葉で言うにしても、直接「○○しなさい」ではうまくいかないことが多いと、三中の保護者の方ももお感じではないでしょうか。

子どもは、そのような言葉を、おとなからの指示・命令ととらえてしまいがちだからです。

思春期の子どもには、相手に問うことがポイントです。

「勉強に気が向かないのは、なぜなのかな?」とか、「どうしたら勉強に気が向くのかな?」と問いかけます。

集団で生活する学校の場面でなら、教師は「あの子はあまり元気がないと思うんだけど、どう思う? 声をかけてあげたら?」と、別のちがう子どもに問います。

子どもちはその問いかけの中に、親や教師の願いを感じます。そして、そのときは考えることができなくても、自分のことをふりかえり、考えることにつながっていきます。

客観的に自分を見つめ、ふりかえりができるようになるのが、思春期の子どもの大きな特徴です。親や教師は、子どものふりかえる力に任せるのです。

たとえば、中学校での一つの学校行事、文化祭が終わったあとに、子どもたちから次のようなふりかえりの感想を聞くことがよくあります。

「あまりふだん話さなかった子と話すことができた」
「クラスの団結ってあるのだと思えた」
「前はダンスが好きじゃなかったけれど、好きになった」
「けっこう自分ってがんばれると思った」

子育てや学校教育のなかで、つねに子どもに問い続けること。それは子ども自身にどうすればよいかを決めさせる、つまり決定を子どもに委ねることなのです。

このくり返しで、子どもたちは自分の力で考えだします。子どもの自立への道はこの積み重ねから一歩ずつできあがっていくのです。
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