箕面三中 校長室からのメッセージ

おもに保護者のみなさまに向けたメッセージです。生徒の近況を伝えるとともに、教育と子育てについての情報をお伝えします。

自然の中で

2016年07月30日 06時52分08秒 | 校長からのメッセージ

「ほらみて」 高崎乃理子

何もかもいやになる

暗い迷路でひとり

泣くのにもつかれて

「もうどうなってもいい」

と思うようなこと

だれにでもある

そんなこと


でも

ほら 見て


光を求めて

土に深く根をはりながら

向きを変える

ビルの影の

ささやかな草を


卵を生むために

命そのもののように輝きながら

激しい急流を登っていく

魚の姿を


自分も自然の一部だと思えばいい

生きていく

強い力と知恵を

にぶらせてはいけない

そう思うから


ほら見て

自然の営みを

そして感じて

自分の中の素朴な力を


🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹

困難なことやつらいことに直面していても、見る視点を変えてみたら、見えてくるものがあります。

また、人も自然の一部であるという思いは、私が幼い頃から能勢の自然の中で大きくなってきたので、とくに強く共感するのかもしれません。

自然の中に浸ると、大自然の営みと同化して、自分の悩みや苦悩が小さく見えてきます。

夏休みの機会を利用して、しばし自然の中に身を置く時間をつくってみてはいかがでしょうか。
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選手を突き動かす応援

2016年07月28日 06時47分08秒 | 校長からのメッセージ


昨日は、箕面市のスカイアリーナで、中学生のバレーボール大会でした。
本校のバレー部も出場しました。

女子バレー部は、1・2年生のチームメートが観覧席から、一生けんめいに3年生の選手を応援していました。

選手たちは、自分の力を最大限出しながら試合で、がんばっています。

しかし、それぞれの選手には、体力の限界や能力の限界があります。

このとき、チームの仲間たちの声援・応援があれば限界を突破してもう少し力を出すことができるのです。

事実、サッカーJリーグで、以前に、応援するサポーターがいない無観客試合を体験した浦和レッズの選手は言ってました。

「いつもどおりやりたかったが、気持ちの部分で難しかった。やっぱりサポーターの力で突き動かされていることが多いと感じた」

これは、応援に選手の限界を超えさせる力があるからです。

ですから、応援・声援はチームとしての一体感をかもしだすために、とても大切と、改めて感じました。
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勇気の言葉

2016年07月26日 07時13分21秒 | 校長からのメッセージ


先日、三中サッカー部の試合をの応援に、とどろみの森学園へ行きました。

相手は石橋中学校で、三中が勝ちました。

試合中に、三中のゴールキーパーの選手が、自分のチームの選手に発していた言葉で、私がたいへんいいと思った一言がありました。


「思いっきりいったらいいで。抜かれても、こっち(GP)は、しっかりとめるから!」

なんと頼りにできる言葉だろう!と、私は感じました。

チームメートから、こんな言葉をもらうと、ほんとうに勇気が出ます。

事実、このキーパーの動きは、試合中、終始安定していました。

相手チームからキックを打たれ、あわやという局面もありましたが、キーパーはしっかりと止め、得点を許しませんでした。



さて、少し話はかわりますが、ゴールキーパーといえば、PK戦での名言がいくつかあります。

その中でも、私がほんとうに名言だと思うのは・・・

「PKを外すことができるのは、PKをける勇気を持った者だけだ」

これは、ロベルト・バッジョ(イタリアのサッカー選手)の言葉です。

1967年のアメリカW杯は、決勝のブラジル戦で延長まで0-0でもつれ、PK戦に突入しました。

だれもが尻込みする場に、最後のキッカーとして立ったのがロベルト・バッジョでした。

PKの最後の最後に、ロベルト・バッジョのけったキックは、GKタファレルの守るゴールを大きく外してしまいました。この瞬間、ブラジルの4度目のW杯優勝が決まりました。
 
しかし、バッジョは決して卑屈になりませんでした。

PKは外した。だけど、自分はける勇気をもっていた。

過大でも過小でもない自己を正しく評価したこの言葉は、PKを外した勇者を賞賛する言葉として今なお語り継がれています。
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(続)心まで亡くしてはならない

2016年07月24日 07時55分24秒 | 校長からのメッセージ


前回のブログで、アメリカのある家庭での親子の会話を紹介しました。

この会話をとりあげた、ある女優さんのブログには、最後に次のメッセージが添えられていました。


▪️がむしゃらに働き続けているあなたへ▪️

時間は私たちの指のすき間からこぼれ落ちていきます。

愛する人との時間は100ドルで買えますか? 

あなたがもし明日死んでも、会社には代わりになる人がいます。

でも、家族や友人は、残りの人生を「あなたを失った悲しみ」と共に生きることになるでしょう。

そのことを思えば、もっと家族との時間を大事にできるかもしれませんね。

人生には、仕事よりも、もっと大切なことがあるのです。





西沢泰生さんは、書籍の中で、その会話に続けて次の通り書いておられます。


「忙しい」という漢字のへん「りっしんべん」は心を表します。ですから「忙しい」とは「心を亡くした状態」・・・なんてよく言います。

たしかに、あまりにも仕事が忙しいと、心がささくれ立ってきます。

たとえば、会社で、毎日定時に帰る同僚から「いつもたいへんだね」と声をかけられたとします。

普通の心境なら、「心配してくれてありがとう」とか思うのに、自分があまりにも忙しいと、「いつも早く帰るおまえに言われたくないわ!少しは手伝ってくれよ!」なんて思ってしまう。

同じ言葉を聞いても、全然違って聞こえてしまうのですから恐ろしい。

もし、人からねぎらいの言葉をかけてもらって、ムカッとくるようになっていたら要注意です。

あなたは疲れて、人の心が見えない状態になってしまっているかもしれません。

あなたは、忙しさを理由に、大切な人との時間をおろそかにしていませんか。

あなたがその人と会うことのできる時間には限りがあるということを忘れないでくださいね。

《前回と今回の本文は、西沢泰生著『大切なことに気づかせてくれる33の物語と90の名言』(かんき出版)の「パパの時給はいくら」から文の順序を入れかえ、部分的に抜粋しました。》

🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸

以上、忙しくても忘れてはならないことに、気づかせてくれるエッセイでした。
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心まで亡くしてはならない

2016年07月22日 12時43分04秒 | 校長からのメッセージ


西沢泰生という人が『大切なことに気づかせてくれる33の物語と90の名言』(かんき出版発行)という書籍の中で、次のようなアメリカ家族の会話を書いておられます。

🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹
息子「パパ、一つ聞いてもいい?」

パパ「なんだい?」

息子「パパの時給はいくらなの?」

パパ「(突然何を言い出すんだこの子は!)どうしてそんなことを聞くんだい?」

息子「なんでもいいから教えてよ。パパの時給はいくらなの?」

パパ「そんなに知りたいなら・・・。時給は100ドルくらいかな」

息子「えっ!?」

それを聞いてうつむく息子・・・。

息子「(言いにくそうに)ねえパパ。50ドル貸してくれない?」

パパ「何だって? 何か買いたいおもちゃがあるのか? パパはくだらないおもちゃを買うために働いているんじゃないぞ! 今すぐベッドに入って反省しなさい!」

パパの言葉を聞いた息子は静かに自分の部屋に向かい、ドアを閉めました。

一人残ったパパ。息子のぶしつけな質問についカッとなってしまいましたが、だんだんと冷静になってきました。

お金を借りたいなんて、あの子らしくないな・・・。

いつも仕事が忙しくて、ふだんはほとんどかまってやることができていません。
そう思うと、ちょっと反省しながら息子の部屋のドアを開けました。

パパ「起きているかい?」

息子「うん」

パパ「さっきはきついことを言ってすまなかったな。ほら、50ドルあるよ」

それを聞いた息子は、笑顔で跳ね起きました。
息子「ありがとうパパ!」


そういうと、彼は枕の下からお札を出して数え始めたのです。それを見たパパはまた腹を立てながら聞きました。

パパ「そんなにお金を持っているのに、どうして50ドル貸してなんて言ったんだ?」

息子「だって、足りなかったんだよ」

パパ「?」

息子「でも、もう大丈夫! パパ、ここに100ドルあるよ。パパの1時間分。これあげるから、明日は1時間早く帰ってきて。晩ご飯を一緒に食べようよ!」

パパはその言葉に打ちのめされました。
そして、息子を思いっきり抱きしめたのでした。
🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹

アメリカのある家庭でのこの会話は、ある女優さんがブログで紹介しているのを読んでイイなぁ、と思った話です。

というエッセイを西沢泰生さんが書いています。

(次回のブログに続く)

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1学期終業式

2016年07月20日 12時31分34秒 | 校長からのメッセージ


今日は終業式でした。

思春期は悩みの時期であるともいえます。

自分に自信がもてない子がいることを意識して、
全校生徒に、「宝物はどこにある 欠点は財産」
ていう話をしておきました。

その内容は、三中ホームページのトップページ「校長より」を開いてください。

さらに、本日配布の学校だより「ささゆり通信」には、また別の話題で「優しい心」という見出しのあいさつを載せています。どうぞお読みください。

また、終業式後には3年生が学年集会を行いました。
各クラス学級委員の生徒が1学期でのクラスの現状と2学期に向けての抱負を発表しました。

文化祭、体育祭に向け、クラス・学年の団結をさらに強めていってください。



さて、話題を変えます。

次のように考える保護者の方はいませんか。

子どもが成人するまでは、何よりも生活のウエイトは子どもに向けられるべき。自分のことより子どもにとっての利益や幸せを第一に考えるべき。

実直な人ほど上のように考え、子育てについて何でも背負いこんでしまいがちな傾向があるようです。

一般的にいって、親が幸せだと子どもも幸せを感じます。

親が幸せそうにしていないのに、子どもだけが幸せと感じることはないのではないでしょうか。

子育てが苦しいなら、つれあいさん、可能なら自分の親、にたのめばいいのです。

人の力を借りて、自分が満たされる機会をもちましょう。

自分から「助けて」と助けを求めるのは、家族みんなのためです。

子どもが塾に行っている間に自分のやりたいことを楽しんだり、1日1時間だけでも、子育て以外のことに気を向け、煮詰まらないようにすることが必要です。

親だかといって、なにも完璧でなくてもかまいません。いつも胸を張って「私は完璧よ」という親より、「私は不完全よ」ていう親の方が、子どもは安心できます。
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アメリカ先住民の教え

2016年07月18日 08時29分59秒 | 校長からのメッセージ

私の知り合いに神戸マザーアースエジュケーションの松木正さんがいます。

この人は、体験学習の実践家で、学校で行う体験学習のお手伝いやファシリテーターをしています。

彼はマザーアースを立ち上げる前に、アメリカに渡りインディアン(ネイティヴ・アメリカン)の部族とともに生活し、アメリカ先住民の教えをもとに活動をされています。

アメリカ先住民の教えには、大自然のなかで、自然と共存して生きてきたなかで見出した生き方があらわされています。

キムタク(木村拓哉)がテレビ番組の企画でアメリカ先住民と数日間、生活をともにしてその言葉や考え方に強く惹かれたと聞きました。

松木正さんも、アメリカ先住民の言葉を紹介してくれます。

アメリカ先住民の言葉に、次のようなものがあります。

「あなたが生まれてきたとき、
あなたは泣いていて、
周りの人たちは笑っていただろう。
だから、あなたが死ぬときは、
あなたは笑っていて、周りの人は泣いている。
そのような人生を送るんだ」


このような生き方ができれば最高だと思います。

人は、悔いのない人生を送れたらいいですね。

そのためには、毎日毎日を一生懸命に生活して、誠実に生きることだと、私は思います。




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究極の教科 自分で答を見つける

2016年07月16日 08時49分17秒 | 校長からのメッセージ


「人生という教科」
大橋政人

だれも問題を出してくれない

だれも答を見せてくれない

君はもう、そんな教科を学び始めただろうか


自分で問題をつくり

自分でその問題を解いていく

それが他の教科と

人生という教科の一番の違いだ


決められた教科書や問題集がないかわりに

君の考え方一つで

君以外のぜんぶが

教科書にも問題集にも先生にもなってくれる


そんな中で

君らしい

とびっきりステキな

新しい問題をつくっていくんだ


自分の考えで

自分の責任で


🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹

子どもから大人になっていく中学生に、ぜひ考えてほしい詩がこれです。

自分で作った問題には、これという正解がないことが多い。

あれかこれかと、自分で答を見つけなければなりません。

私自身、今も戸惑いながら、最適の答をさがして生きています。

人生という教科は、奥が深く、一度経験したからといって、次も同じ答でいいとは限らない。

その場、そのときの状況で答は変わります。

ひと昔前の学校では、学力は「正解」を出せるかに価値の基準を置いていました。

たとえば、
Q.コロンブスがアメリカ大陸を発見したのは?
A.1492年です。
はい、正解です。

しかし、
Q.コロンブスがアメリカ大陸を発見して、世界の人びとの生活はどう変わりましたか?

A.トマトが広く世界に行き渡るようになりました。

A.唐辛子が知られるようになり、世界の食生活が変わりました。

A.植民地主義の始まりとなりました。

など、答はさまざまです。
自分で調べ、考え、納得のいく答をみつけます。これを「正解」に対して、「納得解」といいます。

正解を出す力が「知識」です。納得解を出す力が「活用」です。

この両方の学力が、いま生徒が身につける学力です。

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子どもの小さな変化をねぎらうこと

2016年07月14日 06時54分26秒 | 校長からのメッセージ


小学校の運動会で、団体演技を観て感じることが二つあります。(団体演技とは「組み体操」やダンス、南中ソーランなどの学年や複数学年で行う演技です。)

感じることの一つめは、練習の段階で、指導する先生が終始、けっこうこわい顔をして臨んでいることです。

小学生でも思春期が近づけば、異性を意識して、身体を接近させることや手をつなぐことに抵抗感をもつ子も出てきます。

そのようななかでも、子どもたちの方から「やろうよ」と言ってがんばり出すときがあります。

それは子どもたちに起きる変化です。そのとき、すかさず「おお、やる気のスイッチが入ったね!」というふうにツッコミの言葉を入れると、子どもたちは「まあね!(先生、わかっているね)」というような様子で目と目が合います。

しかし、多くの場合、指導する側の先生は何も表情が変わらないのです。変化に気づいていないのではありません。

経験を積んだ先生なら、そのような変化にはもちろん気がつきます。でも、ささいな変化など、変化のうちに入らないと思っているのでしょう。

また、先生の頭の中には団体演技の完成形が頭の中にあるので、「まだまだ」と思うのかもしれません。「こんなことでほめていたら・・・」といった感じなのでしょう。

一方、練習を重ね、運動会当日に子どもたちは立派な演技をやりきり、大成功をさせます。このとき、指導した先生はここで大きな喜びを感じます。そして「ウンよくやった」と、納得して首をタテにふります。中には涙を流してうれしく思う人もいます。

そして、その後、子どもたちにがんばったことを評価したり、ねぎらったりします。

次に感じることの二つめは、先生が次へのつながりを勝手に求めることです。

翌週になって今度は別の行事に取り組もうとすると、子どもたちはグチャグチャ、バラバラ・・・。

このとき思わず先生は言ってしまうのです。「運動会では、みんなあんなにがんばっていたのに」・・・。

おとなは、子どもがひとつの体験をすると、すぐにもう大丈夫と思い、次の期待をします。団体演技で協力し合えたから、次の音楽会でも当然協力できるだろうと。

しかし子どもの意識でいえば、両者につながりはありません。あれはあれ、これはこれなのです。

この意識の違いが、教師の思いと子どもの感情のミスマッチを生みます。とくに子どもが思春期にさしかかる高学年の場合、子どもからすれば「先生はわかってくれない」となります。

箕面市の小学校で、学級がうまくいかなくなる、とくにベテランの担任のクラスで起こるのは、このミスマッチが原因であると、私は考えています。

思春期には、大人のいう「〜しなさい」は、ときとして子どもの反発を引き起こします。あれだけできたのだから、これもできるよね、当然!
という大人ね勝手な「思い込み」です。

そこで、「あれ」と「これ」のつながりをどうつくっていくか。

それは、子どもの小さな変化をその場・その時でねぎらい、言葉にして発することなのです。このような工夫が、指導者としてのプロの先生に求められるのです。

子どもの小さな変化をねぎらうこと。この工夫は親御さんの子育てにも通じる一つのコツなのです。
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自分のことばで表す

2016年07月12日 21時56分58秒 | 校長からのメッセージ
「自分のことばで」
小森香子

叫んでみよう

自分のこころを 自分の思いを

自分の ことばで


けんかも あそびも なかまづくりも

ちいさないのちを いつくしむことも

うたも おどりも 一つの仕事も

みんな 自分の 意志と責任


どこかで つくられた道を

知らぬまに 歩かされるのではなく

自分の足で 大地に立ち

考えてみよう 自分のことばで


それは わたしが 生きているあかし

人間らしく 生きていくための

かけがえのない あかしだから




🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹

人間は本来、自分の考えや思いを言葉にして表したいという、根源的欲求をもっています。中学生にしても同様です。

ところが、いまの中学生は言いたいことを抑え、まわりに同調して、自分だけが浮かないように心がけています。

「いつ友」ということばがあります。いつもいっしょにいる友だちという意味です。

一人になることを怖がり、多くの友だちといることに安心感を得ようとします。

このとき、役に立つツールがスマホであり、ツイッターやLINEのSNSのアプリです。

「いいね」を求め、承認されることで、友だちと「つながって」いようとします。

また、メッセージが入ると「いいね」を返さないと、申し訳ない気持ちになります。

ネットがない頃は、下校をするといったん「つながり」を遮断することが可能でした。

しかし、いまは家に帰っても、「常時接続」です。学校生活を家庭にまで引きずっています。

しかし、この「つながり」はもろく、壊れやすい関係です。

いつ外されるかわからない。誰が外されるかわからない。

一人になることは怖く、自分自身を表現しにくいのです。

もっとも、すべての生徒がそうだとは言いません。また、学年が進むにしたがって、お互いの内面を理解しあい、深い仲間関係に高まっていきます。

しかし、多くの生徒が、多かれ少なかれ、同調圧力の中で、泳がされている傾向にあります。

そのような生徒たちに対して、いっしょに読み、聞かせたいのが、冒頭の詩です。

自分のことばで、自分の考えや思いを表すことができ、それを受け入れてくれるクラスづくりが大切て、私はつくづく思います。



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瀬川は歴史あるまち

2016年07月10日 12時44分40秒 | 校長からのメッセージ

今日は、メイプルホールで第28回箕面紙芝居まつりがあり、三中演劇部が今年も紙芝居を演じました。

なかでも、「瀬川の番河原地蔵さん」は地域を題材にしたお話で、関心を惹きつけられました。

この紙芝居のストーリーは、遊んでいてボールをたまたま地蔵さんにぶつけた少年が、タイムマシンに乗せられ、750年前から現在までの瀬川地域を、地蔵さんの解説を聞きながら見て回るというものでした。

少年のセリフは1年の安村優歩くん、地蔵さんのセリフは3年の鯉田真由さんが読みました。

この番河原地蔵さんはいまも箕面自動車教習所の近くに、祠(ほこら)におさまり、おまつりされています。

私が調べたところによりますと、瀬川は古くから開けた土地で、縄文時代から存在していたようです。

瀬川はもともと箕面山脈の扇状地であり、箕面市のなかでも、海抜がいちばん低く、湧き水が豊かに出たそうです。

随所に井戸があり、どんなに雨が降らず日照り続きのときも、コンコンと水が湧き出て、けっして水が枯れない地域でした。

ところで、三中のグランドは、前日に雨が降ると翌日に体育祭をやろうとしても、何箇所かに水たまりが残ります。

じつは、三中グランドは、箕面市立中学校のなかではいちばん水はけのよくないグランドです。

私見ですが、水はけがよくないのは、いまもグランドの地下には豊かな水脈が通っているからでないかというのが、私の見解です。

さて、水の出る場所には、人が集まります。瀬川は古くから宿場町として、箕面市のなかでも歴史ある町として、いまにつながっています。

紙芝居は、タイムマシンに乗った少年が、過去の瀬川地域をかいまみて、現在に戻ってきて、瀬川を守り続けるお地蔵さんに感謝して終わります。

みなさまも、一度、瀬川の番地蔵さんを訪ね、感謝の気持ちを深めてはどうでしょうか。

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子どもを信頼すること

2016年07月09日 08時33分06秒 | 校長からのメッセージ



学校の授業や学級づくりは、先生と生徒の間に信頼関係があってこそ成り立ちます。

先生がいくら優れた授業技術や学級づくりのノウハウをもっていたとしても、信頼関係を基盤に教育が行わなければうまくいくはずはありません。

では、信頼とは何でしょうか。
それと密接な関係にあるのが期待です。

教師は児童・生徒に対して、「こうなってほしい」という期待をもちます。とくに手のかかる子の場合は、
「このようによくなってほしい」
という期待をもちます。

しかし、期待通りに子どもが行動しなかったり、変わらないこともあります。それが子どもです。

その点で、子どもが自分の期待通りならなくても、変化や成長を信じ続けることが信頼だといえます。

その子の変化や成長を信じ続けること。これが信頼なのです。ここには「無条件に」信じるという意味が付加されています。

たとえば金融機関にお金を借りようとすると、なにか「担保」がないと、ふつうはお金を貸してくれません。

しかし「担保」という条件があると、その人は「信用」され、お金を借りることができます。

そういえば、巷の金融機関の看板に○○信用金庫とは書いていますが、
○○信頼金庫と書いていません。

ですから「信用」には担保が必要ですが、「信頼」には担保がなくても信じるという意味があるのです。

教育は信用に基づく活動ではなく、信頼に基づく活動です。

子どもが変わるとか成長する保証がなくても、先生は子どもを信じます。

期待して信じてもうまくいかないこともしばしばあります。

でも子どもの伸びる可能性を信じて、「担保」なしで子どもを信じ抜くことができる先生は、子どもを信頼しているといえるのです。

この信頼は、先生と生徒の間で行われる教育だけでなく、親と子の間で行われる子育てについても同様です。

たとえ期待を裏切られても、わが子を信じることのできる親は、子どもを信頼しているといえるのです。

問題を起こすわが子に対して、うちの子はまちがった行いをするが、必ずよくなる、必ず立ち直ると信じている親は、子どもに信頼感を置いているのです。
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わたしの宝物〜1年国語スピーチ〜

2016年07月07日 12時50分30秒 | 校長からのメッセージ




今、1年の国語の授業では、「わたしの宝物」という題で、一人ずつクラスの前でスピーチの発表会を行なっています。

自分の大切にしている宝物を、実際に持ちこんで、友だちに見せてスピーチをします。また宝物の写真をスライドに映し出すこともできます。

ある生徒は、このようなスピーチをしました。

ぼくの宝物は、沖縄の砂です。家族で沖縄に行ったときには、夏でもめったに見られない海ガメを5.6匹も見れてよかったです。

沖縄には思い出がたくさんできたので、砂を持ちかえって大切にしています。この砂を見ると、沖縄の海がよみがえってきます。

🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹

また、ある生徒は次のようなスピーチをしました。

わたしの宝物は、今年年長になる5歳の妹です。

妹は、公園で遊んだり、友だちと遊ぶのが好きです。

家でもひまだったら、ぬり絵をしたり、絵をかいたり、一日中遊んだり、しゃべったりしています。

こんな妹ですが、これからも大切にしていきたいと思います。

🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹

また、スピーチを聴いている生徒は、友だちのスピーチのよかった点を、用紙に書きとめ、他者による評価をします。

授業者の松下先生からは、
①友だちのスピーチを聴いていると温かい気持ちになる点

②何かを大切にする人は、となりの子も大切にできる点

③友だちの知らなかった新しい一面を知ることができた点
などの意味づけが行われました。

授業の最後には、全員がそれぞれ自分のふりかえりを、シートに書き込みました。

このような授業の積み上げが、生徒たちの表現力や学習集団を育てていきます。
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箕面まつりポスター原画最優秀賞

2016年07月05日 20時48分06秒 | 校長からのメッセージ


このたび、この夏の箕面まつりのポスター原画コンテストで、本校3年の政兼由奈さんの作品が最優秀賞に輝きました。

最優秀賞の作品は、ポスターになって市内の公共施設をはじめ、さまざまなところで目にすることになります。

おめでとうございます。
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人を承認すること

2016年07月03日 15時26分25秒 | 校長からのメッセージ

「そのスープの外へ」 あわや まり

学校の先生や家族の前では笑わなきゃ

喉の奥がつまりそうなこの苦しみは

まず 今あなたがいる

そのスープの中から出ておいで

・・・・・・・・・・・・・・

いつもどうしても素直になれずに

自信なんてまるで持てずに

校舎の裏側 人目を気にして歩いた

誰かとぶつかりあうことを

心のどこかで遠ざけた


それは本当の自分を

見せるのが怖かっだけなんだ

教えてくれたのは 君と過ごした

今日までの日々

そう 初めて口にできた

泣きたいくらいの本当の夢を



🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸

前号で触れましたように、いまの中学生は友だちといるとき、同調圧力がはたらき、友だちの輪の中で、突出しないように、気を遣いあっています。

あまりお互いの内面に入り込まず、自己主張も控えている。

ツイッターやLINEのSNSの「いいね」ではなく、ほんとうに理解しあい、尊重できる相手が認めてくれたり、承認を与えてくれるなら、その承認は自己を確立する確実な基盤になります。

本来の仲間関係・人間関係とは、このようなものだと思います。
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