箕面三中 校長室からのメッセージ

おもに保護者のみなさまに向けたメッセージです。生徒の近況を伝えるとともに、教育と子育てについての情報をお伝えします。

どんなグループにいるかではなく、どんな人か

2017年06月30日 18時05分35秒 | 校長からのメッセージ


将来、成長した子どもは、異なった習慣や異なった人種の人々と、共に生きていきます。

おそらく、いまの中学生の10年先は、その度合いがいまよりずっと強まるでしょう。

この将来を意識して、家庭でも、家族一人ひとりの個性やちがいを認め、尊重しあい、暮らしていきたいものです。

尊重しあう家庭で育てば、子どもは偏見をもたない人になります。

いちばんよくないのは、きめつけや偏見です。ステレオタイプ的に人をみる習慣は好ましくないのです。

「あの国・グループ・集団の人は、こんな人ばかり(人が多い)という会話が、家族で交わされてばかりだと、きめつけが起こります。

一人と衝突したり、あつれきに直面したとき、思考停止に陥ります。

「ほら、やっぱりね。だからあの人たちは、みんなこうなのだ」と、グループや集団自体を一般化します。

結果として、「あの人たち」は人間関係から排除されていきます。

大切なのは、どの集団にいるかではなく、その人がどんな人であるかです。

三中生には、普遍的な人間性を信頼できる人になってほしいと願います。

たとえ、習慣や人種、文化がちがっていても、人が人としてもつ願いや夢は同じはずです。

それを理解して、偏見によって他者を排除をしない人になってほしいと、強く願います。

他者を尊重できる人は、他の人からも尊重されます。

そんな大人になるよう、親は子どもを尊重して、学校の先生とともに育てたいと思います。

子どもの幸せは、このように育まれるのではないでしょうか。

以前に、全校生徒に話した言葉があります。

私の好きな言葉です。


「四つ葉のクローバーを探すために、三つ葉のクローバーを踏みつけるような人になってはいけない。自分の幸せは、そのようにして見つけるものではない。」

(写真と本文は関係ありません。)
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人生にリハーサルはない

2017年06月29日 09時22分58秒 | 校長からのメッセージ


中学生がよく学級の目標に使いたがるフレーズがあります。

それは「やるときは、やるクラス」です。

響きが良い言葉ですが、私は、この「やるときはやる」という行動規範に、あまり価値をみいだしません。

だって、やるときはやるなら、やらないときもあるからです。

ことわっておきますが、わたしはなにも、いつも真面目にガチになって、つねに真剣にものごとにとりくまなければならない、というつもりはありません。



しかし、なにかを身につけようと思うなら、やったり、やらなかったりでは、ぜったいに身につきません。

努力するということは、そんなものではありません。このことは三中の子にも伝えたい。


ですから、わたしは校長通信(三中教職員に週1回、校長の考えを示すため出しています)や三中HP「校長室からのメッセージ」のブログは・・・

たとえ水量は弱くても、絶えず水が流れるがごとく発行・更新すべきであると考えていますし、学級通信や学年通信を出す職員にも同じことを言います。

火のように、そのときの勢いで燃え立つように行動を起こしても、火はいつか燃え尽きます。


水が絶えず枯れることなく、適切な情報を発信し続ける。


以上のことは、私の持論です。


つねに、コツコツと継続して、努力を重ねる。

こんなフレーズがあります。

「人生をリハーサルだと思って生きている人がいるけど、残念ながら、本番なんだよね。」(アメリカの俳優ジョニー・デップ)

この言葉が鮮やかに、私のなかで色づきます。

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水無月の終わり頃

2017年06月28日 14時39分17秒 | 校長からのメッセージ




梅雨とはいえ、ほとんど雨らしい雨が降らなかった6月でしたが、今日は午前中雨が降っていました。


早いもので、もう、6月末を迎えました。

なんか最近、日が経つのが早いと思うようになりました。

齢(よわい)を重ねるほど、早く感じるようです。


さて、今日から期末テストが始まりました。

生徒たちは熱心に答案と向き合っていました。

1年生は、実技教科が加わった初めての定期テスト。

一段ずつ、1年生も「中学生」の階段を昇っていきます。




教職員は、午後から救命救急研修を行いました。

心肺蘇生、AEDを全教職員が実習しました。

食物アレルギー、熱中症対策も研修しました。



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何に価値を置くか

2017年06月27日 12時46分57秒 | 校長からのメッセージ





子どもには、その子その子に応じて長所があります。

それも一つだけではなく、いくつかあります、

あいさつがちゃんとできる。

靴を揃えて、つま先を外側に向けることができる。

ウソを言わない。

・・・・。

これ以外に、親が気がつかない長所を、学校の先生が指摘してくれることもあります。

以前、わたしが学級担任をしていたころ、終礼が終わって、一人でクラスのみんなの机を縦と横きれいに揃えてくれていた女子生徒がいました。

このような長所は、学校でしか見えないことです。

もちろん、子どもは、家庭でもいくつか長所を発揮しています。

ところが、親が自分が価値あることと思っている長所だけをほめることは、往々にしてあります。

現代という消費社会では、とかく人の価値を、その人が何を所有しているかで決めがちです。

TV番組で、人の自宅を公開して、コメンテーターが、その豪華さを称賛したり、スタジオに同席している一般の人々が大きな驚きの声をあげる。

このような「物質至上主義」に、子どもが洗脳されないよう、人が生きていくうえで、何を大切にすべきかを教えていきたいのです。

親は子どもに自らが信じる価値観を伝えていきたい。

親が子どもを愛するのはのは、その子がかけがえのないわが子だからです。

人間は、何をもっているかで、その価値がきまるのではない。

子どもは、自分が自分であるゆえに、親が愛してくれる姿から、大切な価値観を学ぶのです。
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「受けいれる」とは

2017年06月26日 13時35分40秒 | 校長からのメッセージ


一青窈さんの曲に.「受けいれて」というナンバーがあります。

いまから10年ほど前にリリースされました。

この曲は、友人から性同一性障害をカミングアウトされたことをもとに作ったと、彼女は語っていました。

「受けいれる」とは、たんに相手を認めることではありません。

「受けいれる」という言葉の英語の語源は、「自分の方へ引き寄せる」です。

一青窈さんは、カミングアウトした相手を、「あなたのことを理解したよ」ではなく、「よくわたしに告白してくれたね。あなたの味方になるよ」と、自分の方へ引き寄せたのです。

そういえば、性同一性障害の人がカミングアウトして、そのことを受けいれて、いっしょに活動してくれる仲間をally(アライ)=味方といいます。



教師が生徒を受けいれるのは、まさに自分の方へ引き寄せる行為です。

親が子どもを受けいれるのも、自分の方へ引き寄せることです。

子どもが幼いときは、子どもに微笑み、抱き寄せ、膝にのせ、頬づりします。

このようなスキンシップで育った子は、温かいふれあいに満ち、精神的に安定します。

ただし、子どもが中学生になると、当然、スキンシップではない、別の受けいれかたを望むようになります。

自分でなんでもやりたい、個人差はありますが、おとなからあれこれ言われたくない。

こんな自我が芽生えてきます。

ですから、極力、なんでも「あーしなさい、こうしなさい」と言うのは控えます。

でも困ったときには、いつでも力になるよ。

だって、わたしはあなたの味方だからね。


結局、子どもが思春期になっても、親はわが子を自分の方に引き寄せているのにかわりはないのです。

なぜなら、子どもがもし助けを求めてきたなら、それは、親のサポートの範囲内に入るからです。

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お菓子から学力を考える

2017年06月25日 10時27分30秒 | 校長からのメッセージ



お菓子のカールは、私が小学校4年のとき発売されました。

大阪千里で万博が開催される2年前のことでした。

発売されてからは、飛ぶ鳥を落とすがごとく売れに売れ、スナック菓子の代表格となりました。

CMでは、「それにつけてもおやつはカ〜ル」というキャッチフレーズが何度も流れていました。

しかし、そのカールも、時代の流れでしょうか、関東地区では販売中止となるそうです。(関西地区では種類を限定して、販売を継続します。)

販売中止・縮小の理由を考えるに、消費者の嗜好の変化があります。

今の時代、スナック菓子はじゃがりこやポテトチップスのように、ジャガイモ系が好まれ、カールのようなとうもろこし系が避けられるのかもしれません。

また、フワとしたお菓子は歯の裏にくっつきます。これもカールが売れなくなった要因かもしれません。

一つの時代が終わったと、スナック菓子一つとってみても思うわけです。

このように30年も経てば、人々の嗜好や好みは大きく変化します。

いまの三中生が親御さんの年齢になる頃には、さまざまな面で社会の変化に出会っていくことになるでしょう。

社会の変化に順応して生きることが、子どもたちに求められるのです。



いまは、基礎→応用というよりは、基礎→活用の学力が必要になります。

ただし、マスコミは応用と活用を混同して使っている例もあります。

全国学テについての記事などをみると、「基礎はほぼ身についている。しかし、応用力に課題がある中学生」と大手の新聞に書かれていたりします。

しかし、専門的には、応用と活用はちがいます。

上の表現は、「活用力に課題がある中学生」と書くべきなのです。

数学の公式の知識や基礎は知っていて、計算問題は正答が出せる。しかしその公式を使う文章題になると正解できない。

この場合は、応用力に課題があります。

一方、数学の公式の知識や基礎は知っていて、さらに実際の生活場面が設定された問いに応じて、基礎となる知識をもとに考え、自分の解決法や答えを導き出す。

これが活用力です。だから正解は一つとは限らないのです。

今、世界的に求められている学力は活用力です。

この学力観で、全国学力テストや大阪府チャレンジテスト、箕面子どもステップアップ調査の問題は作られています。

実際に問題を見てくださると、親御さんの中学生時代の問題とは、かなりちがうことがご理解できます。

中学生が自分の知識や活用を試す機会として、これらのテストを受けてみることは、意義があるのです。

三中の学力テストも、一定程度、今の学力観に基づき作られています。

大人は子どもにとって、何が大切で、何が必要かを見極めなければなりません。






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今日は、三中音楽の日

2017年06月24日 16時53分11秒 | 校長からのメッセージ





本日、吹奏楽部は、京セラドームでの3000人の吹奏楽に出場しました。

豊能合同チームとして演奏しました。

演奏曲目は、
・世界に一つだけの花
・夢をかなえてドラえもん
・GUTS!
・友〜旅立ちの時〜
でした。

なかでも、豊能合同チームの演奏の中で、2場面ソロで演奏する場面があり、箕面三中の3年部員が、フルートを独奏しました。

これほど大きな会場で、たくさんの観客の前で、たった一人でフルートを吹きます。

会場にいるすべての人が、その音色にじっと聴き入るのです。

こんな機会は、めったにありません。

おそらく、今日まで本人は、押しつぶされそうなプレッシャーと闘ってきたことでしょう。

この場所に立つのは、彼女にその力があるから。

だから、ソロを託されているのです。



彼女は立派に演奏して、会場のみなさんから、割れんばかりの拍手を浴びました。







昨年の11月に、全校朝礼で、43・44・45期生が全校合唱した「あの空」を、再度うたいます。


1学期の終業式で、1年生(46期生)を新たに加え、全校合唱します。

「あの空」は、高橋みなみさんが作詞した、いじめを「ノックアウト」するための曲です。

この歌詞には、いじめという言葉はいっさい使われてはいません。

しかし、曲中の次のフレーズが、わたしの心に突き刺さります。

いじめで傷ついている生徒の心情が、痛いほど伝わってくるのです。


「あんな雲は なければいい

何気なく 言った きみの言葉に🎶

傷ついている誰かがいる

教室の片隅で♫」



それでは、
音楽の時間での練習の様子を聞いてください。

2年「あの空」2017.6.22
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困っている子から、ほかの子が見える

2017年06月23日 19時03分21秒 | 校長からのメッセージ


今日は午後から三中校区の人権教育の研究会が、せいなん幼稚園でありました。

この研究会には、三中・西南小・南小・せいなん幼稚園・瀬川保育園・桜ヶ丘保育所の教職員が一堂に集まりました。

せいなん幼稚園の年少さんと年長さんの公開授業を参観後、せいなん幼稚園の体幹を鍛える取り組み、眼球運動に問題がある子どもへの保育についての報告を聞きました。

少し専門的な話になりますが・・・


文字を行に沿って読むのが苦手な子や書かれた文字を写すのが苦手な子は、実際にいます。

それらは、眼球の動きがうまくいかないことが原因になって、学習障害につながっていることがあります。

この眼球の働きに必要な眼の筋肉を鍛えるのが、「ビジョントレーニング」です。

この実際について、講師の先生から教えてもらいました。

また行間を広くするとか、行間の部分にマーカーで色づけして文字を読みやすくする工夫や配慮で、困っている子が授業で積極的になったという実例を研修しました。

暑いなかでしたが、学ぶことの多い研究会でした。



さて、教室で学習上困っている子は、クラスの子どもたちが大なり小なり困っている姿の代表です。

だから、教室で学習上困っている子をサポートすることは、すべての子どもたちを大切にすることになります。

なぜなら課題ある子にかかわることで、ほかの子が何に困っているかが見えてくるからです。

私はこのことを三中教職員に、ことあるごとに伝えています。
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バランス感覚が大切

2017年06月22日 18時18分53秒 | 校長からのメッセージ



わたしは、思うのですが、ふりかえってみると、1980年代の途中から、ちまたでは一挙に商品・製品の品数、種類が増えました。

ブランド品が飛ぶように売れました。

いわゆるバブルの時代の始まりでした。テレビでは「男女7人秋物語」が、高視聴率を上げました。

ファショナブルな若い人が、おしゃれなカフェで、会話を楽しむのがカッコよく見えました。

この頃から、大量生産・大量消費、一億総中流社会が高度消費社会に変わっていきました。

「セレブ」ということばもこの後言われるようになったと思います。

さて、高度化した消費社会は、いまも続いています。

そして、一方では、格差社会がじわじわと進んできています。

いまの時代、人の価値は、その人が何をもっているかによって判断されがちな傾向があります。

このような物資主義に埋もれないように、親は子どもに、自らが信じる価値観を教えていきたいと思います。

親は、さまざまなメディアを通して流れてくる消費文化の価値観から、子どもを守らなければなりません。

一見魅力をそそり、人間の欲望を駆り立てる高度消費文化の中で、子どもたちは暮らしています。

しかし、お金や物があれば、友達も愛情も幸せも手に入るわけではないのです。

人の幸せは、そのようにして手にするものではない。

他者とかかわり、役に立つ実感が、その人の喜び、幸せ感を膨らませます。

教職は、ある意味、その実感を直接的に感じやすい仕事であると言えるかもしれません。

中学生はある程度、人として何を大事にして生きていくのかという価値観をもっています。

しかし、この高度消費社会の物資主義に惹かれやすいという心配があります。

バランス感覚をもった人になってほしいと、わたしは願います。
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多文化理解と人の理解

2017年06月21日 14時27分47秒 | 校長からのメッセージ

本日は、3年生の「大阪府チャレンジテスト」でした。

また、今日から期末テスト1週間前に入りました。

3年生は、修学旅行を終え、学習モードに切り替わっており、真剣にテストにとりくんでいました。




さて、今日は外国人との共生を話題にとりあげます。

子どもが自分とはちがう外国の人を、どうとらえ、どう接するかは、その子の多文化理解の深さを示すことになります。


多文化理解が深くなければ、人種のちがい、宗教による習慣のちがい、文化的な背景のちがいなどを受け入れることができません。

子どもが幼いときから、親が差別的な言葉を使っていたら、漠然とその言葉のだいたいの意味を理解して、親と同じ言葉を使うようになるかもしれません。


さて、三中には、ALTとして外国籍をもつ二人の外国人の先生がいます。

二学期からは、もう一人増え、三名になる予定です。

生徒たちにとって、ネイティブな英語に触れる機会が増えますし、外国人の多様な生き方を知ることにもなります。


21世紀を生きる子どもたちは、地球単位で異なった国の人々や人種・民族が協力しあい、共に生きていく社会に加わっていきます。

子どもたちは、自分とはちがう肌の色や文化、信条をもった人びとと仲良く暮らしていかなければならないのです。

たから、私たちは、異文化を理解して、さまざまな文化を許容する心情、態度を理解して、そこから学ぶ姿勢を、子どもたちに伝えていきたいのです。

ただし、そのとき、国をひとまとめにして、「〇〇の国はこんな文化」とひとくくりにするのは、人の見方を、きまりきった硬直化したものにしてしまう危険があります。

たとえば、小学校でよくやる「〇〇の国を調べましょう」という、その国の外国人を教室に呼び、ダンスや服装、歌や食べ物に親しむ学習は、外国への興味関心をもつ入り口として効果的です。

しかし、○〇の国は、すべてこのような人びとが暮らしていると誤解させないように注意しなければなりません。

「日本人」といって、お寿司ばかり食べているのではありません。食事もその人のライフスタイルで決まるもので、一つの国の中にも、多様な暮らしがあります。



文化は、国でくくれるものでななく、硬直的なものでもなく、人としての生き方に注目すべきものです。

人の生き方として、多文化理解できる人になってほしいと思います。

人の生き方はさまざまで、もっと多様です。
そのことを理解して、対等な人間関係でつきあう人になってほしいと、三中生に望んでいます。
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心は開いています

2017年06月20日 13時01分22秒 | 校長からのメッセージ

昨日から、三中では「大人の登校日」を行なっています。

これは、いわゆる授業公開週のことです。

基本的に、三中の授業はいつでも公開です。
保護者の方、地域の方に開かれています。

ただし、
「いつでもどうぞと言われても」・・・

「突然行くわけにもいかないよね」・・・

こういった保護者の方からの声があるのも事実です。

ですから「大人の登校日」を設け、この週は何時間目でも、たとえ15分でも、ご都合にあわせ授業を参観してくださいというものです。

ただ、昨日から教室にエアコンを入れている関係で、教室の扉や窓がすべてしまっている教室がほとんどでした。

すべてしまっている静かな教室に、保護者の方が入られるのは、ある意味、勇気がいります。

そこで、本日からは、エアコンを入れていても、教室の後ろの扉は、少し開けておくように、学級担任と教科担任に指示しました。

とはいうものの、子どものすることです。なかには後ろの扉を閉めている教室があるかもしれません。

そのような場合は、お手数ですが、勇気を出して、扉を開けてください。

大丈夫です。
扉は閉まっていても、子どもたちの心は開いています。
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先生は必要

2017年06月19日 15時00分06秒 | 校長からのメッセージ



「先生は、いつまでも必要」

これはバレリーナの森下洋子さんの言葉です。

ある程度技術をきわめれば、もう先生はいらないのか。

彼女は、ノーと言います。

バレエは、人間の身体で舞台空間に美を造形します。

だから、常に筋肉の変化や衰えを先生にみてもらわなければならないそうです。

稽古場の鏡に写すだけでは、自分を矯正することはできないのです。

先生が意欲をもって注意するのと同じくらい、自らも人一倍努力しなければならない。

芸術の進歩のために、先生はいつまでも必要なのです。

こう語っておられます。

以上の話は、「師匠と弟子」の関係での先生の必要性ですが、学校、とくに中学校での先生は、べつの意味で、生徒にとって必要です。

三中の1年生のなかには、生徒相談やその他の機会で、本音で話せる先生に出会えました、と感じている子がいます。

また、ほんとうに生徒思いの先生に出会うことができた、と言ってくれる生徒がいます。

自分のことを気にしてくれる先生がいる、とも言う生徒もいます。

頼りにできる先生がいることは、中学生にとって大きいことです。

やはり、先生って生徒にとって必要なのです。









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学ぶ子は退屈しない

2017年06月18日 10時39分54秒 | 校長からのメッセージ


「勉強」するではなく、学び(勉強は辛いことに対して勉めて強いる)、知識を積み重ね、知識を教養と知恵に高めていけるならば、学習に退屈しなくなります。

そのような人には、学習したことに関係するすべてのことがらがいっそう興味深くなってくるからです。

同じことを聞いても、見ても、何気ないことがらから、意味をみつけたり、教えにしたりできます。考えのすき間を埋めるものを発見します。


かりに、挑戦して失敗しても、その失敗の意味を考えることができます。

この失敗は、自分にもっと準備をするべきと教えてくれているのではないか。

失敗により、自分が試されているのではないか。

ならば、「転んでも、なにかをつかんで起き上がるべきだ」という考えかたを得ることができます。

その人の毎日は、疑問を解くことの面白さに満ち、充実してきます。

学びを退屈なものとは、考えなくなります。


中学時代に、ここまで深く考えおよぶのは難しいでしょう。

でも、中学時代は、そのような学びの基礎をつくる年齢であると、わたしは考えます。

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心を入れ込む

2017年06月17日 13時16分44秒 | 校長からのメッセージ


「励ます」は、英語でencourageです。

このencourageは、
en-「中に入れる」cor「心」-age「〜すること」
となります。

つまり、「励ます」とは、相手に対して、「心を入れ込む」ことです。


大人が子どもを励ますとは、大人が子どもに自分の心を入れ込むことです。

つまり「大丈夫だよ」と、大人が子どもを励ますときに、口先だけで言っているのは、「励まし」にはならない。ほんとうに、その子のことを思っているなら、「励まし」になるということです。

ところで、大人の役割は、子どもが精神面でも生活面でも、自立できるようになるまで、助けたり、支えたりすることです。

しかし、ここで大人は一つの問題や悩みに突き当たります。

どの程度子どもを助けて、どこから子どもに一人でさせるか。

さらに、どんなときにほめ、どんなときに叱るか。

これらは、なかなか難しいことです。

これは、子どもの年齢や発達段階、また時と場合にもよるでしょうが、頭で考えることではないのです。

頭で考えるのではなく、心で考えることです。

この点で、「励ます」という行為がクローズアップされます。

子どもが失敗したときには、「もっとうまくできるはずだ」と声かけするのも、励ますことになります。

心を入れ込んでいるかぎり、このことばは、子どもを叱責をしているのではないのです。

心を入れ込んでいるかぎり、親はいつでも子どもの味方であると伝わるはずです。

心を入れ込むためには、
その子の願いはなんであるか、なにをしたいと願っているのかに、敏感にならないといけません。

一人として、同じ子はいません。

打たれ弱い子、
一人でさせた方がいい子、
努力を持続させ集中力の高い子、
おおいに大人の助けがいる子

これをよく見定めて、適切な励ましを行いたいものです。
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笑顔のチカラ

2017年06月16日 13時55分22秒 | 校長からのメッセージ


今日は、久しぶりの全校朝礼でした。

❶わたしの講話と、部活表彰伝達。

❷続いて生徒会から、箕面市中学校生徒会交流会[6月14日]の報告。

写真を映しての報告で、他校の生徒会の取り組みを知ることができました。

また、生徒会は「いじめzero」について、全校生徒にアピールするとともに、生徒会役員一人ひとりが、「いじめzero」にむけた自分の「行動宣言」を発表してくれました。


❸次に、生徒会の各委員会の委員長が、取り組み報告をしました。

なかでも図書委員会は、パワーポイントを使い、7月に投票する、箕面子どもの本アカデミーのノミネート本を紹介しました。

本の実物を映し出しているので、たいへんわかりやすい説明でした。


❹さらに、英語科からは、7月に行う「イングリッシュ・サークル」(一日だけ放課後に行います。希望者が参加して、英語や外国文化に親しむイベント)を、広報しました。



朝礼の内容は、けっこう盛りだくさんでしたが、全校生徒が一堂に集まる全校朝礼は、大切です。



最後に、わたしの講話を紹介します。

朝礼校長講話(2017年6月16日)

「笑顔のチカラ」

6月8日、午後8時20分頃、私は伊丹空港のロビーにいました。そうです、3年生の沖縄修学旅行の飛行機が伊丹空港に着き、箕面三中の修学旅行の解散式をロビーで始めようとしていた頃でした。

そのときです。私たちの横を、キャビンアテンダントの人たちが通りました。その人たちは、三中が沖縄から乗って帰ってきたJAL2088便のキャビンアテンダントでした。私たちをおろした後、業務を終え、通りかかったのでした。

「ああ! 自分たちの飛行機に乗ってくれた箕面三中のみなさん」だと気がついたCAたちは、私たちに一礼をして通り過ぎていきました。

一礼だけではなく彼女たちは驚くべきものを、私たちにプレゼントしてくれました。それは、CA全員による笑顔でした。私は、そのときその笑顔をみて、感じたことがありました。

それは、「笑顔って、無敵やな」ということでした。
 
笑顔のチカラを、もう少し考えるために、次のような中学生の体験記を紹介します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ピーピー、地震です、地震です」 緊急地震速報が追い打ちをかけるように、恐怖心を駆り立てる。「もうやめて」と何度も何度も心の中で叫んだ。
 
熊本・大分地震から、約4ヶ月が過ぎようとしている。体から、やっと揺れの感覚や、耳の奥で繰り返す、緊急地震速報は鳴り止んだ。

しかし、その日々の中で、日に日に大きくなっていくものがある。それは、4月14日の熊本・大分を地震が襲った、次の日の出来事だ。

「お一人様、一つまでとさせていただいております」 そんな言葉が飛び交う。みんな必死になっていた。そしてまた、私もそのうちの一人だった。姉と水を買い出しに来た私は、まずは販売コーナーをめざした。

そこで、私が見たものは、目を光らせて我先に、と水をカートに入れている人びとだった。お店の人が、次から次へと在庫を出しているが、陳列よりも、陳列棚からなくなるスピードの方がはるかに早かった。

「すみません。今日の在庫はこれまでになります」 
その言葉を聞くと、群がっていた人びとは早足でさっさと退散していった。

「どうしようか・・・。」
小さく、ため息まじりに腰の曲がったおばあさんがつぶやいていた。人だかりの中、このおばあさんが、水を買うことができなかったのだろうと、容易に想像できた。

しかし、私の腕の中には、一つのペットボトルしかない。家族のために必要な一本。だから、簡単にはこれどうぞ、とは言えなかった。

そのときだ。悩んでいる私の横を大学生くらいの男の人が通り抜けていった。彼が行った先には、あのおばあさんがいた。

「どうぞ、俺、ほかの店行くんで。」

そう言ってなんのためらいもなく、おばあさんに水を差しだしていた。

「ありがとう。腰が悪くて、やっと歩いてきたんだけど、水も買うことができなくてね。どうしよう、って思っていたんだよ。助かったよ、本当に、本当にありがとう。」

おばあさんがほほ笑むと、男の人は照れくさそうに、人混みの中に消えていった。

ほんの数秒のこの出来事が、私の中で日に日に大きくなっている。

見渡してみると腰の悪いおばあさんや、杖を使って歩いている人、車いずに乗り、膝にかごを載せて買い物をしている人も知った。このような人は地震の時どこに逃げたらいいのだろう、と思った。

自分も危うい状況、恐怖はあるけれど、その中で、私のできることは、避難所へ行く際、隣の家のおじいさんとおばあさんに声をかけ、隣を寄り添いながら、歩幅を合わせ、歩くこと。

避難所で毛布を配る時に、ただ配るだけでなく、笑顔も配ること。できることは限られているけど、前向きに行動することが、その限界の壁を少しでも壊していける、と私は考えた。


「ここどうぞ。」
「ありがとね、その気持ちがとてもうれしいよ。」

4月の地震をけっして無駄にはしない。地震を経験したことで、私は学んだ。先日、私は初めてバスの席を譲った。きっと今までの私なら、迷いやためらい、わざわざ自分からかかわりにいくことはないだろう。行動に移すことはなかっただろう。

しかし、4月15日の経験が私を後押ししてくれた。自分から、積極的にかかわりをもち、行動に移させた。実際に行動してみると、日常生活で生かしていけることは、たくさんあるのだと実感したし、自信がついた。

そして何より、私が席を譲ったおばあさんの柔らかい笑顔は、私の次の行動の力と、勇気をくれた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最後に、みなさんに笑顔の価値についての言葉を紹介します。

「笑顔は1ドルのもとでもいらないが、100万ドルの価値を生み出してくれる」

英語になおします。
A smiling face doesn’t also need capital at 1 dollar,  but the value of 1 million dollars is invented.

三中生のみなさんも、笑顔で学校生活を過ごしてください。また、三中の友だちや先生、三中へのお客さんには、笑顔で「こんにちは」と言ってください。

きっと100万ドルの値打ちがありますよ。
(以上)

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