箕面三中 校長室からのメッセージ

おもに保護者のみなさまに向けたメッセージです。生徒の近況を伝えるとともに、教育と子育てについての情報をお伝えします。

人を動かすのは、気持ちを動かすこと

2016年01月30日 14時33分39秒 | 校長からのメッセージ


前回のブログでは、思春期の子どもを理屈で説得するのは難しいといいました。

では、最初に戻って、なぜ教員や親など大人は、理屈を使おうとするのでしょうか。

それは、子どもをコントロールしょうとするからです。子どもをコントロールできると思っているからです。

子どもには、その子の人格があります。意思があります。考えがあります。感情をもっています。

そもそも、人が人を自分の思いどおりにするなんてことは無理だと、私は考えます。ですから、三中の教職員を自分の思いどおりにはできるものではないと思っています。このことは、大人同士なら、当然わかっていることです。

しかし、大人は、相手が子どもであると、コントロールしょうとしてしまいがちになるのです。その結果、うまくいかず、大人は腹を立て「言うことをきかない子だ」となり、子どもには反発心が生まれます。そして教員と生徒、親と子の人間関係はうまくいかなくなります。

子どもが小学校の低学年なら、何とかなりますが、思春期になると大人が子どもをコントロールすることは無理なのです。

では、どうすればいいのでしょうか。子どもを動かすには、子どもの気持ちを動かすのです。それが思春期の子どもを対象にした生徒指導であるし、子育てであるのです。

部活をさぼって帰ってしまう生徒に、別室へ呼んで教員が説教をします。説教でクラブの大切さをわからせ、クラブに来るかようにさせたいからです。

その生徒は、クラブに行かなければならないことも、説教されたからといってクラブに行く気になるのではないことも、知っています。
したがって、いくら説教しても、生徒の心には響かなくなります。

もっとも、数日間はクラブに来るかもしれません。ですがしばらくすると、また来なくなります。

そこで、子どもに行動させようとするのではなく、気持ちや心を動かすためには、なにを言えばいいのかという視点が大切になるのです。

そのためには、子どもの願いや思いに触れる必要があります。子どもが、いまどうしたいのか、なにをやりたいのかを理解します。

それをふまえて、どうしたらその気持ちを動かすことができるのかを考えなければなりません。ずっと同じ視点で子どもをみていたら、それは見えてこないのです。



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理屈で説得するのは難しい

2016年01月29日 17時28分12秒 | 校長からのメッセージ


一般的にいって、中学生は理屈が立つようになります。これが思春期の特徴です。

子どもに何か課題があり、改善したり、治したりしたいとき、大人は理屈で説得しようとします。

しかし、たいていの場合、子どもに理屈は通じません。理屈で説得しようとしても、理屈がかえってくるだけです。

期末テストの日の朝、高い熱を出しながらも、テストを受けに登校してきた生徒が職員室にいます。

教員は無理して受けなくてもいいと思い、家に帰ったらどうかと考えています。

「無理して受けても、その様子では力を出せないよ。思うような点数が取れないと残念に思うだろう。8時50分から試験だから早く家に帰ったら。
時間がないし。」

「時間がないから、早く教室へいきたいのです」

こうなると、会話が続かなくなります。

理屈でのやりとりは、お互いの論点と何を大切に感じているかという点が、合っていないと話し合いや議論にはならないのです。

教員は健康面や体調を整えることを大切に考えていますが、生徒はテストに出ることを大切に思っています。

教員がいくら家に帰って安静にすることを提案しても、生徒はテストが終わってから安静にしたらいいと考えているかもしれません。

ただし、生徒と理屈で話す必要がある場合も、もちろんあります。本質を理解して次回に活かしてほしい場合です。

そのようなときは、まず論点や大切にすることを合わせることから始めます。

「私は、テストの点がよくなかったと後悔してほしくないんだけど、どうかな」とゆっくりと傍らで話を始めたとき、「自分もそう思うけど、テストのためにせっかく勉強したんだから・・・」と話し出すのです。

こうなったとき初めて、テストを受けるか受けないかの本音での会話が始まります。
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雨を楽しみ、風を喜ぶ

2016年01月28日 18時04分55秒 | 校長からのメッセージ


私が以前に学級担任をしていた頃の話です。

クラスの女子生徒(中学2年)が内臓の疾患で箕面市立病院に入院しました。
たしか、2週間ほどの入院だったと思い出します。

お見舞いに病院へ行くと、お母さんが来られてました。
病室に入ると、お母さんは、「娘がなぜ私だけが、こんなに長い間、病院にいなければならないのと言うんですよ」と私に告げられました。

どうやら、私が病室に行く前に、娘はお母さんにだいぶん愚痴をこぼしていたようで、生徒の様子と病室の雰囲気から、それを察知しました。

おそらく、学校では、自分以外のみんなが楽しく生活を送っているだろうに、自分だけは学校を休み授業のときも部活のときも休み時間も、一人でベッドに寝ていなければならない。

このような気持ちで、お母さんに不満をもらしていたようでした。

数分間、学校のことなどを話した後、病室を出る前に、私は女子生徒に言いました。

「雨を楽しみ、風を喜ぶことも大事だと思うで。いつも雨の日や風の日ばかりではないし」



後日、学校で、「退院しました」とその女子生徒は報告に来ました。

その後、体調を気遣いながら、その子は卒業を迎える頃となりました。

その子は私のところへやってきました。
「先生、入院していたときに先生から言われた言葉はうれしかったよ。私には忘れられない言葉になっています」
とのことでした。

雨を受けているとき、風に立ち向かっているときには、そんな余裕は持てないかもしれない。
でも、もし、雨や風を楽しむことができたら、気持ちは前向きになるし、人生は豊かになる。

このような意味で、私は彼女に言った言葉でした。逆境でも、すべてを受け止めて楽しむぐらいの気持ちでいけば困難なことも乗り越えられるかもしれない。

これは私が常々考えていることで、それを自然と言葉にして彼女に伝えたのです。

私としては、ふつうに出た言葉だったのですが、彼女に与えたインパクトは大きかったようです。

昨日のブログで書いた、「言葉は、そのフレーズに、発した人の生き方や思いが重なって、受け取る人の心に響くものになる」
というのは、じつは私自身の経験を拠り所にしているのです。
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人の心に響く言葉とは

2016年01月27日 18時14分32秒 | 校長からのメッセージ


モデルの押切もえさんは、20代の始めに「CanCam」の専属モデルになり、仕事が軌道に乗りはじめました。

その後、数年がたったころ、旅行先の海で大波に巻き込まれました。頚椎(けいつい)を損傷しました。命にかかわる大ケガでした。

仕事に穴をあける申し訳なさ、努力して積み上げたものが一瞬で崩れた絶望感、首をギプスで固められたまま、病院の天井を見ながら、ただ涙があふれ出てきました。

そんなとき、ひとりの看護師さんが「押切さんは、笑っているほうがいいですよ」と、声をかけてくれました。

「本当だ」と思ったそうです。

同じ数ヶ月を過ごすなら、泣くより笑っていよう。私は人に笑顔を届ける仕事をしているのだから・・・・・。

押切さんがそのように思えたのは、笑顔で優しく、かつキビキビ働く看護師さんの姿を見ていたからでした。

押切さんとさほど年齢の離れていない人が看護師として患者さんに接し、一日中ハードな仕事をこなし、しかも笑顔を絶やさない。その「プロ」としての姿に、押切さんは打たれたのでした。

このように、言葉は、そのフレーズに、発した人の生き方や思いが重なり、受け取る人の心に響くものなのでしょう。
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苦労もすべて経験

2016年01月25日 17時40分40秒 | 校長からのメッセージ


自分のやりたいことなら、
どんなことを言われても、
どんな目にあわされても、
ひとつの経験として
つみかさなっていくものがある

(唐沢 寿明)


高校を中退し、自分の好きな芝居の道を夢中でつきすすんだ彼の苦難とバイタリティに満ちた生き方を表した言葉です。

彼は、デビュー当初は無名で、食べるのにも困る時代があり、コンビニなどでのアルバイトや仮面ライダー、スーパー戦隊などの特撮の番組に脇役で出演することで、しのいでいたといいます。

また、東映では斬られ役や吹き替えなどの他に、照明や衣装の手伝いなどの裏方も担当していました。その後、「白い巨塔」での名演技で彼の名俳優としての位置は定着しました。

苦労に苦労を重ねながら、それでもすべて自分の経験として積み上げていき自分のへの財産としました。

芝居に対して真剣に打ち込み、舞台・芝居が放映されている期間は、役のイメージが崩れないようにと、他の番組に出演しないと聞きます。

自分のやりたいことを見つけ、苦労することにへこたれず、チャレンジする態度を、彼の生き方から私たちも中学生たちも学んでいくことができると思います。
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あなた以上あなた以下でもない

2016年01月24日 17時04分13秒 | 校長からのメッセージ


誰かと同じように笑ったり、話したりしなくていい。
みんなと同じような格好をしなくたっていい。
あなたはあなた、それでいい。

(パット・パルマー 『自分を好きになる本』)

今の子どもたちの集団の特徴は、小グループになり、グループ内では「KY」と言われないように、けっこう気を遣うところがあるという点です。

学級開き後、しばらくはクラスの中に小グループがいくつもできます。そしてグループを超えてのクラスメートとの会話はあまりなく、グループ内での友達とだけ話をする、同じ行動をする、同じタイミングで笑う、誰かがトイレへ行けばいっしょについていく。

このような「圧力」がグループ内で働くことがあります。そして、かなり自分の思うことや自分のしたいことを抑えて、グループの考え方や行動の仕方にあわせなければなりません。でも、これってひじょうに息苦しく、ありのままの自分を出せないので疲れます。

もっとも、学級づくりの取り組みがすすんでくると、徐々にそのグループ化は薄れてきて、ありのままの自分を出せる、出しても非難されずに、みんなが受け入れてくれる学級集団に高まっていきます。

中学生の場合、学年が上がるほどそのような集団に近づき、クラスとしての「まとまり」や一体感が高まります。また、クラスの団結力が高まっていきます。

また、とても魅力的な人に出会うと、人は憧れることがあります。あんな人になりたいとか、比べてみて自分は何かつまらない人間に思ってしまったりすることもあるでしょう。そして、悩みだすこともあります。

ところが、自分を変えるというのは、とくに自分の性格を変えるのは、さほど簡単なことではありません。

自分を変えるというのは、まったく違うことをしなければならないので、不安になり、きゅうくつにもなり、結局変えられない場合が多いのです。

無理して、友達にあわせる必要はありません。無理して自分を変える必要もありません。「自分は自分」です。

そもそも、グループの空気を読まないと友達を外すのは、その子に問題があるからではなく、グループ内の周りの子どもたち、集団としてのありかたの問題です。あなたはあなた。それ以上でも、それ以下でもありません。

だから、いじめはいじめられる子に問題があるのではなく、いじめる側の問題です。いじめられるには、それだけの理由があるなどと言っていては、集団の中で起きるいじめの本質を見誤ります。

このことをおとながしっかりと理解していなければならないのです。自分をありのままに出せて、クラスのみんなが認めてくれる。実際に、三中でもそのように子どもたちは3年生に近づくにしたがい、成長していきます。
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こころ豊かに生きる

2016年01月23日 11時36分40秒 | 校長からのメッセージ


人間の生活には、効率だけを重視するなら、けっこうムダと思えるものがたくさんあります。

お正月の門松がなくても、新年を迎えることはできます。
年賀状がなくても、お正月は過ごせます。
桜がきれいに咲かなくても、新しい学年になれます。
風鈴があろうがなかろうが、気温は変わりません。
秋の紅葉を眺めなくても冬はやってきます。

教室に花が生けてなくても授業はできます。
校内に生徒の作品が飾っていても飾っていなくても、美術科の評価とは関係ありません。

しかし、これらのものがなくなった生活を考えてみてください。

なにかさびしくないですか。
なにか味気なく思いませんか。
なにか心がすさんでくるのです。

教室にごみが落ちていれば、拾いごみ箱へ捨てます。
黒板がチョークで真っ白になっていたら、ていねいに黒板消しのチョークをとり、何度も黒板を消すときれいになります。
雑然とロッカーの上に、個人のカバンがおいてあると、ロッカーの中にしまうとか、机の横にかけます。

そのままにしておくと、子どもたちはその環境に慣れてしまいます。そして、心はどんどんすさんでいくのです。ごみが落ちていても平気になり、ますます教室は汚れていきます。

私たちは、日々の忙しさに流されて、おざなりにしてしまうことがけっこうあるようです。

しかし心が穏やかになるような工夫を考えて実行してみると、ムダと思われることが輝きだし、その価値を放つのです。

一見ムダと思えるものがあるから情緒が生まれます。心に潤いができます。よって、人の心がなごんでくるのだと思います。




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心が洗われる面接練習

2016年01月22日 18時16分12秒 | 校長からのメッセージ


1月20日と22日の二日間に分け、3年生の高校受験に備えた面接練習を、校長・教頭・生徒指導主事の3人がそれぞれ面接官になり、行いました。

私は、20日に3年A組、B組、C組で、22日には3年D組、E組をそれぞれ2グループずつ(1クラスにつき6グループ、1グループは約6人)担当しました。
つまり、3年生全体の約三分の一の生徒たちに、面接練習をしたことになります。

「箕面市立第三中学校はどのような学校ですか」
「自己PRをしてみてください」
「中学3年間のなかで、一番印象に残っていることはなんですか」
「なぜ、本校を受験しようと決めたのですか」
「どのような高校生活を送りたいですか」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いくつかの質問をして、順に答えてもらいました。

質問のなかでも、自分が前もって用意していた答えに当てはまる場合には、堂々と述べることのできる子が多くいました。

しかし、予想していなかった質問に対して、しどろもどろになって詰まってしまう子、その場で、即興で適切にこたえることのできた子など、さまざまでした。

また、面接後にはグループに対して、コメントをしました。礼の仕方からイスへの座り方、話し方のポイントなどのアドバイスもしました。生徒たちは真剣に聞いてくれるので、こちらも自然と熱が入ってきます。

ほとんどの生徒にとっては初めての面接の体験です。緊張するのは当然です。その中でも、自分の進路に向かい、一生懸命に面接に臨んでいる三年生のひたむきさや真摯な態度に触れ、私としてはすがすがしさを覚えました。

それとともに、どうか14歳、15歳の子どもたちに「入試で自分の力を最大限出してくるんだよ」と願い、エールを送らずにはいられない気持ちになりました。

入試前の面接練習には、いつも思いますが、私自身の心が洗われていきます。

かくして、子どもたちは一歩ずつハードルを越えていき卒業にむかっていきます。
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好きなことを仕事に

2016年01月21日 19時15分53秒 | 校長からのメッセージ

サッカー大宮アルディージャ 金沢慎さんは、次の文章を書いています。
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埼玉県大宮市に生まれ、地元の小中高校を卒業し、同じく地元に拠点のあるサッカークラブ、大宮アルディージャでプレーしています。

学校生活ていちばん思い出深いのは、小学5、6年時に学級担任だった先生です。

先生は教師の型にはまらない、自由な方でした。全校集会でマイクを使わずに大きな声であいさつしたり、修学旅行で趣味の尺八を披露してくれたり。

奔放そうに見えて、僕がおとなしくしていると、「大丈夫か?」と聞いてくれる気遣いもできる人でした。

楽しそうに教壇に立つ先生をみて、「好きなことを仕事にしている大人っていいな」と思ったのを覚えています。

私がサッカーを始めたのは小学4年のとき。少年野球チームに加入しようと思って公園へ行ったのですが、サッカーチームが練習していて、そのチームに交ぜてもらったらすごく楽しくて、すぐにサッカーチームに入ることを決めました。

当時は、そのサッカーを仕事にできるとは思っていませんでしたが、今もこうして続けていられるのは、小学校の先生をみて「好きなことを仕事にしたい」と感じたからだと思います。

プロ選手になってからは先生とお会いできていませんが、昨年はチームのJ2降格が決まった後で、年賀状が悔しい報告になりましたが、今季はJ1への昇格をお伝えすることができました。

今春からは、J1での戦いが待っています。サッカー選手としては、ベテランの域に入ってきました。先生をはじめ、友人、サポーターのみなさの期待に応えるためにも、好きなサッカーに全力を尽くしていきたいと思います。

毎日新聞2016年1月11日号の「学校と私」より抜粋しました。
🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹

先生の態度や生き方から、生徒が学びとることもあるのです。
もちろん、先生自身が襟を正して誠実に行動し、教職を楽しんでいる人でなければなりません。

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自分からやる子は、自分で考える子

2016年01月20日 20時25分37秒 | 校長からのメッセージ


私が中学生の頃は、定期テスト前になると、試験勉強の計画を自分でたてて、学習に取り組んだものでした。中学生にもなると、予想する力が育ってきます。予想をもとにやってみて、生まれた結果をみて、「次はこうしよう」と考えるのです。

私は中学1年の時、理科の第2分野の生物のテストで、自分で学習計画をたてて取り組んだところ、満点を取ることができました。満点はうれしかったのですが、あとで、どういう計画でどのように学習したので、こういう結果だったという原因と結果の関係をふりかえったのを覚えています。

このような経験を積むことで、先を予想したり、想像したりできるようになり、今はこうするべきという、考える力を中学生は、本来もっているのです。

でも、いまの中学生では、予想力や想像力を活用していく機会は少なくなっていることが多いようです。自分で学習計画をたてなくても、塾の先生が学習プランを示してくれます。その通りやっていれば、一定の結果を得ることができます。

学校の先生も、いまや、試験範囲を示し、「勉強しなさい」と言うだけで、子ども自身が計画を

しかし、おとなが計画をたてていると、子どもは自分から「今日は教科書の○ページまでを勉強しよう」というような自主的な態度は育ちません。

自分で「○○しよう」と考える機会が乏しい子どもは、失敗しても「次はこうしたらいい、こうしよう」という気づきをもちません。

親も「このことをしないと、次はこうするからな」というペナルティや罰則で子どもを学習に駆り立てます。これは親の心配から発する言葉なのでしょう。

一方、自主性や意欲を引き出すには、「○○しないと、・・・」ではなく、「○○すると、・・・できた」と子ども自身が気づくことが必要です。

子どもは予想・想像する力とあわさって、「次はこうしよう」という見通しを得ることができ、おとなから言われなくても自分で考え、自分からやる態度が育ってきます。
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先生が突き動かした

2016年01月18日 18時16分01秒 | 校長からのメッセージ


「ちょっと話があるんやけどな……」

いきなり呼びかけられた。機械科で実習担当の先生だった。電気科で学ぶ私が先生と知りあったのは同好会活動を通じてである。

新設2年目。県立T工業高校は、確定した校風はなく、かなり自由な雰囲気だった。クラブ活動も運動部がほとんど。美術部はなかった。趣味が漫画の創作だから、ストーリー漫画同好会を学校に申請して認められた。顧問になってくれたのが、その先生である。

 「どや。生徒会の選挙に出てみいひんか?」
 「え?……そ、そんなん無理です。僕に、そんな資格ありません」

こんな自分が生徒会選挙に?
寝耳に水だった。小学校から今日まで、級長どころか、リーダー的な役割を務める機会は一度もなかった。内気で小心者だと自覚しているから、当然の話ではある。

それだけではない。前に通っていた高校を退学になっていた。T工業高校は、やり直したいと一念発起、合格した学校だ。同級生は、普通なら1学年後輩にあたる。落第生意識から抜けきれない学校生活だった。

できるだけ目立つまいと、何に対しても、控えめになった。ただ、勉強は、前の学校が普通科だったので、クラスで上位の成績を占めた。でも、それは何ら自信につながらなかった。

 「生徒会長に立候補させたいんや、君を」
先生にあきらめる気は全く見られない。

 「ぼ、ぼく……1年遅れの生徒やから……」
 「そんなん関係あるかい。今の君は立派なT工業高校の生徒や。同好会の予算も、ちゃんと取ってきたやないか。君なら、やれる。自信をもて。先生が太鼓判押す」

確かに、同好会の予算委員会に出て、会の活動内容や意義、必要な予算などを訴えて、それなりの結果を得ていた。自分が気兼ねなく居られる場所を確保するためだから、懸命に慣れたのだ。

 「…で、でも、僕は、前の学校で……」
 重荷であり続けている。退学になった過去。私は、うつむいて、唇をかみしめた。

 「馬鹿言うな。ここにいるのは、見事に立ち直った人間や。何があったのかは聞いて知っている。だけど、もう誰にも恥じる必要なんか、どこにもないぞ。自分を追い込むな」

 「先生?」 私は顔を上げて、先生を見た。 「うん、うん」と笑顔が返ってきた。

 「先生かてな。今になって言えるけど、そら何回も挫折してきてるんやぞ」

ケンカが警察沙汰になって、停学の高校時代。大学は留年続き。教員の採用試験も合格まで、かなり四苦八苦した。先生は、まるで他人事のように語った。

 「どないなことを経験しとっても、なんとか一人前になれとるやろが。恥ずかしいなんて思うたら、罰が当たりよるわ。恥ずかしいのは、これから先の挑戦から逃げることや。先生は逃げへんで、踏ん張って前に進むだけや。きみかて、そないなるんや」

先生はまるで自分に言い聞かせる風だった。

 「もっともっと、自分を大きくするためや。失敗したかてええやないか。懸命にやったら、誰も文句言えるかい。やり直しが何度でもできるんが、高校生の特権や。そやろ?」

 先生の力強い言葉に、突き動かされた。
 「はい!」
 と、私は躊躇なく答えた。この先生なら信じられる。信じよう。ついていこう。もう私は、迷わない。もううつむきっぱなしはイヤだ。

生徒会長選挙に立候補した私は先生の助言を受けながら立会演説会の原稿を作った。

 「よそ事はええから、身近な問題を自分で見つけて、みんなに訴えるんや」
 先生は、自分の意見を押しつけなかった。ただ、ヒントを、ポソッと口にした。

立会演説会は、原稿を持たずに出た。先生の指導で、何度も何度も繰り返して覚えた。
自分の言葉にして、みんなに訴えかけた。

生徒会長になった私は、他の役員と協力しあって、走り回った。頭髪問題で、学校に、最上級生だけでもと、長髪の許可を得た。体育祭しかなかった学校行事に、文化祭を実現させた。泣き、笑い、時には怒った。充実した生徒会活動の1年はまたたく間に終わった。

美術部に変わったストーリー漫画同好会に戻った私に、先生は一言。

 「お疲れやったな。生徒会長さん」

無言で笑顔を返した。

 「もう大丈夫やな。オドオドすんのが、キレイに消えたわ。長い人生、過去を引きずって生きるのは、もったいない。見てられんかったわ」

ハッと気づいた。

先生は、同好会の顧問を引き受けた時には、既に私の過去を知っていたのだ。だから、前向きに生きる力を取り戻す場に、私を引っ張り出したのだ。先生は、夢と希望を思い出させてくれたのだ。私に。     

(兵庫県64歳の男性の手記より)
(本文は、『PHP』 NO.790(2014年3月号)〔PHP研究所2月10日発行〕の「生きる」より掲載)

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思春期終わり頃までに、とりわけ小学生、中学生、高校生のときに、「あの先生に出会えてよかった」という貴重な体験をすることは大切であると、つくづく思います。

その子の体験は、のちに親になったとき、自分の子どもの先生をプラスイメージでみる源泉になります。

「この先生が私を救ってくれた。あの恩師のおかげで、今の私がある」というインパクトを与えること。

これこそ教師の真骨頂であり、教職という仕事に、この上ないやりがいを与えてくれます。

子どもが「いい先生」に出会えるよう、願いを強くもちたいと思います。 
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自分に対して時間をかけること

2016年01月17日 16時42分20秒 | 校長からのメッセージ


もちろん人とつながり、他者との関係を保ちつつですが、ひとつ言えることがあります。それは、「自分に対して時間をかけること」は、自分が力を発揮する近道であるということです。これは本人の自信につながります。

中学生を例に考えてみましょう。たとえば、箕面市立中学校で唯一の三中の演劇部。どれだけ、本番の発表に向けて、自分の練習を積めるか。やればやるほど、自信のなさが薄れていきます。

最初から完璧にできる人は、ほとんどいません。しかし「できないこと」を何10時間も練習して、「できること」に変えることができます。それは自信になります。

演劇部は、台本のすべてを創作していますが、最初の台詞合わせなど、なかなかタイミングを合わせて台詞を発することが難しいものです。

しかし、練習をくり返すと、絶妙のタイミングで言えるようになります。「できないこと」が「できること」になる瞬間です。これで、本人は嬉しくなります。

一方、運動部でも文化部でも言えることですし、よく生徒からも耳にする言葉に、「本番では緊張して、自分の力を出せなかった」とか「緊張やプレッシャーに負けないためにはどうしたらいいの?」という疑問やとまどいがあります。

緊張やプレッシャーに打ち勝つ方法も、基本的には「自分に時間をかけること」だと思います。舞台に立てば、堂々と演じることができる生徒でさえも、本人が言うには「開演前の舞台袖ではプレッシャーに押しつぶされそうになる」そうです。

でも、自信がある生徒は、その文字のとおり、自分を信じています。信じる根拠は、それまでに積み重ねてきた膨大な時間と練習です。

「ここにいる誰よりも舞台に立ってきた経験がある」
「いままでにたいへんな場面を何度もくぐり抜けてきた」
「あれだけ練習したんやから」。

プレッシャーに打ち勝つためには、自分に時間をかけて、圧倒的な量の練習を重ねる。これしかないのではいかと、私は思います。
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人生を変える先生

2016年01月16日 19時05分19秒 | 校長からのメッセージ


以下の文章は、大阪市のある女性(32歳)が書かれたものです。

🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹
私の人生を変えた人は、先生です。
といっても、私の先生ではなく、息子の保育園の先生。

ポニーテールが凛々しくて、まるでひまわりのような笑顔の、素敵な先生の話をしたいと思います。

その前に、まずは私たちの家族の話から・・・。
25歳で結婚し、27歳で息子を出産した私に、思いもよらない試練がやってきました。

夫が突然、脳こうそくで倒れたのです。働けなくなった夫に代わって、私が働くことになりました。

家の近くで、設備の整った保育園に息子を預けられたのは不幸中の幸いでした。ですが生後半年の息子を置いて働きに出るのは、身を裂かれるつらさでした。

保育園にいる子どもたちは、みんな1歳以上です。他の子より明らかに小さなわが子。毎朝、心を鬼にして先生の手に託して部屋を出ようとしますが、息子は必ず泣き出します。

その声を背に、駅までの道すがら、私自身も何度涙を流したかわかりません。

慣れない仕事はたいへんでしたが、実家の両親も折をみて手伝いに来てくれたりして、毎日感謝の気持ちでいっぱいでした。

それでも、夫の体力は徐々に落ちていき、息子が1歳を迎える前に亡くなりました。

「私たち、これからどうしたらいいの・・・」
悲しいかどうかもわからず、ただただぼんやりと力が入らない日々が続きました。

子どもを保育園に預けるというのは、コインロッカーに荷物を預けるようにはいきません。

その日の体調を連絡帳に記入したり、汚れた着替えをもちかえったり、お昼寝用の布団カバーを交換したりと、こまごました用事をしなくてはいけないのに、私はそれが抜けてしまう。

仕事も子育ても中途半端な自分に、心底嫌気がさしました。

それでも、ひまわり先生はいつも笑顔で「いってらっしゃい」と送り出してくれました。

こうして、息子はなんとか無事に5歳になったのです。

そして、これは本当に恥ずかしいことなのですが、私はある時、はたと気がついたのです、
「そういえば私、この子の爪を切ったことがない・・・」

でも、ビスケットを食べている息子の爪をみると、きちんと切りそろえられています。

「ママ、けいくんの爪、切ってなかったね」

そういうと、息子はにかっと笑いました。
「あのね、ひまわり先生が切ってくれるの。あとね、ママが遅くなるときに、ないしょで耳そうじもしてくれた」

私は驚きと感動で、その場を動けませんでした。

『PHP 2016年2月号』(NO.813) 〈PHP研究所発行〉より
🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹
先生の存在は、このお母さんにとって、どれほど大きかったかが伝わってきます。

私自身も、何人かの生徒から、このような意味の言葉や手紙をもらったことがあります。

このときほど、教師冥利につきると感じることはありません。

教師を続けるなら、子どもの心に残る人であってほしい。こう思います。

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年賀状に想いを寄せて

2016年01月15日 18時07分43秒 | 校長からのメッセージ


いま、三中のB棟とC棟の渡りローカには、生徒作品である2016年年賀状が飾られています。

写真の上段は1年生、中段が3年生、下段が2年生のものです。

全員の分が貼ってありますので、色とりどりでデザインも多種多様で、たいへん見応えがあります。

今年の干支の申をあしらった作品が多いです。中学生が描くサルは、おじさん・おばさんとはちがい、ユニークでかわいいものが多いです。

生徒たちは、この2016年に対して、なにを感じ、なにを想い、どんな希望を年賀状のデザインに託しているのでしょうか。
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さて、今日は3限目に、地震対応の避難訓練を行いました。せいなん幼稚園の子どもたちとの合同訓練でした。幼稚園からは、三中の生徒が手を引いて連れて、三中の体育館へ避難してきました。

体育館に全員が避難し終わってからは、保健委員会の生徒たちが、Q&Aで地震に対する避難方法を説明しました。

阪神大震災は、かけがえのない命を奪いました。亡くなった命は6434人の命。そのうち児童生徒は179名でした。毎年「1.17希望の灯り」のセレモニーのときには、6700本の竹筒に灯りをともし、霊をとむらいます。灯りの下には「この灯りは奪われたすべての祈りと生き残った私たちの思いをつなぐ」と書かれています。

避難訓練での校長からの講評が、三中HPのメニュー「校長から」のページに載せています。ご覧ください。
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してもらうことの方が多い

2016年01月14日 18時45分14秒 | 校長からのメッセージ


生きているということは
誰かに借りをつくること
生きてゆくということは
その借りを返してゆくこと

(永 六輔『大往生』より)


「借りたら返すのが当たり前」
これは永六輔さんのお父さんの教えだそうです。それを永六輔さんが詩にしました。

ところで、私たちは今までにどれだけの借りをつくってきたでしょうか。お世話になった人は何人ぐらいになるでしょうか。

両親、おじいちゃん・おばあちゃん、友だち、保育所・幼稚園・学校の先生、お医者さん、近所のおばちゃん、米を生産するお百姓さん、魚をとってくれた漁師さん・・・。

このように考えると、自分の力だけで生きている人は一人もいないのです。他の人のおかげで生きていられるのだと思います。

もちろん誰だって人の役に立つこともしているので、引き算をしてもいいかもしれません。しかし、おそらくどの人も、引き算の答えはマイナスになるのではないでしょうか。

今日という一日をとってみても、自分がやったことより、やってもらったことの方がはるかに多いのです。ですから、自分のやったことを自慢し、ひけらかすことがいかにつまらないことになるか。

ものごとは自分の努力と他の人の助力によってまわっているのですね。これに、私は自然の力を加えます。

車を運転することひとつとってみても、運転免許は自分の努力で取得したかもしれません。また、車のハンドルを握りアクセル、ブレーキを使い運転するのは自分の力でしょう(最近は自動運転も可能になっていますが)。

しかし一方で、車をつくってくれた人がいます。また、車の材料になった鉄や金属などは自然の産物です。

このように私たちはまわりの助けや自然の産物に借りをつくりながら生きています。

ひとりよがりにならず仕事に励み、謙虚に暮らしていきたいと思うこのごろです。
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