箕面三中 校長室からのメッセージ

おもに保護者のみなさまに向けたメッセージです。生徒の近況を伝えるとともに、教育と子育てについての情報をお伝えします。

遊びが運動の力を育てる

2016年03月31日 07時05分59秒 | 校長からのメッセージ


私たち大人は、動きやふるまい、動作がいつの間にかできるようになったと思っています。

しかし、よく考えたらそうではないことに気がつきます。たとえば、鉛筆をもつという当たり前の行為も、親をはじめとするまわりの大人が、いつかある時に教えてくれたのです。

字を書くのも先生や親が教えてくれて、何度も何度も練習を繰り返して身についたのです。

服を着る
自転車にのる
ボールを投げる・・・

すべての動作や動きは過去のいつかの時点で身についたものです。

おそらくほとんどの運転能力は、子どものころの環境が影響するのかもしれません。次のような駅の階段での光景を想像してみます。

歩き始めた小さい子が階段を上るのはたいへんです。一段ずつ上がるが、段差は小さい子にとっては大きすぎます。ふらつきながらも、一歩ずつ確実に脚をあげのぼっていきます。

横についているおとなが、もし転びそうなときにはいつでも手を差し出す準備ができている。

「よいしょ、よいしょ」のかけ声とともに最後まで上りきる。上りきった子は自分の力で上ったという達成感いっぱいで、すぐさま今度は駆け出そうとします。おとなは慌ててひょいとその子を抱き上げる。

このような転ぶ危険すれすれのところで、子どもの運転能力は鍛えられるのでしょう。
しかし、いまやおとなはケガをしないようにと、子どもを抱いて階段を上がります。あるいは、忙しいおとなは、ケガをしないためというよりは、時間を短縮するために子どもを抱いて上ります。エスカレーターに乗せる場合もあります。

箕面市の子どもの運動能力や体力が低いと、スポーツテストの結果を引き合いにして話題になります。そのため、体育の授業の充実や中学なら部活の大切さが問題とされます。

しかし本当の課題は、幼少期からの危険すれすれのところで子ども自身が挑戦する機会を、おとなが設けているかににあります。

この幼い頃からの課題に箕面市は気づくべきであり、行政が学校にばかり責任を求めるのは、問題の本質を見誤っていると言わざるをえません。

傍らに寄りそうおとなが、子どもを危険すれすれまで遊ばせてくれるかどうか。のちにわ子どもにチャレンジする意欲が起こるかは、それがすべてだと言い切ってもいいほどです。
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輝きを増す言葉

2016年03月29日 19時12分39秒 | 校長からのメッセージ



プロでミスしたシュート9000本。
負けたゲーム約300
ウイニングショットをはずしたこと26回
いままでミスしてきた
何度も、何度も、何度も
だから、おれは〈 〉する
(マイケル・ジョーダン)


さて、〈 〉のなかには、どのような言葉が入るでしょうか?



〈 〉の中には、
成功
が入ります。

上の言葉は、NIKEのCMの中でバスケットボールのマイケル・ジョーダンが語っています。

ジョーダンは1999年に引退しました。

私たちは、とかくジョーダンの天才ぶりに目がいきます。しかし彼は、過去の数々の失敗を踏み台に、エネルギーを蓄え成功してきたのです。

凄まじい精神力の強さを感じます。試合に負けて落胆している子どもに元気を出してほしいときに言いたくなる言葉です。

今の子どもたちに多いのは、失敗するのがイヤでチャレンジをしたがらないことです。

だからこそ、この言葉はいまもなお色あせるどころか、かえって輝きを増してくるように思います。
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価値ある贈り物

2016年03月27日 15時22分23秒 | 校長からのメッセージ


間もなく、街では桜が咲き始めます。
それとともに、山も色づき始め、山桜や若芽の明るい色におおわれていきます。

このような春の山を「山笑う」と中国の書物の中の言葉では言われます。

そして、夏の山は「山滴る」(したたる)といいます。

秋の山は「山粧う」(よそおう)といいます。

さらに、冬の山は「山眠る」となります。

なんとも趣のある表現ではないでしょうか。

山の豊かな様子が目に浮かんできます。

このような言葉は、私たちの心を豊かにして、和ませてくれます。

はるかな時空を超えて、継承されてきた昔の人々からの価値ある贈り物ではないでしょうか。
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修了式

2016年03月24日 22時48分29秒 | 校長からのメッセージ


24日に修了式を終えました。

校長講話は、三中ホームページの「校長より」のページにアップしています。お読みください。

今日は、1年間ともに過ごしたクラスを閉じる日でした。

まるで3年生が卒業していくときのようでした。

1年のあるクラスでは、担任の先生が朝に教室にいくと、黒板一面に「ありがとう」「1年間楽しかった」などのメッセージが書いてありました。

担任の先生と涙のお別れをした2年生のクラスもありました。

1・2年生のクラスで、これほどまで感動的なのは
最近にはあまり見受けられない光景です。

それぞれの生徒にとって、クラスが意味のあったのなら幸いです。






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教育とは、めんどくさいもの

2016年03月22日 22時03分37秒 | 校長からのメッセージ


映画監督の山田洋次さんが、その書籍のなかで、「人間的に値打ちのあるものは、めんどくさいこと」
と言っていました。

こう続けています。
「私はよく人間的に値打ちのあるものは、みんなめんどくさいことでないかというふうに思うんですけれどもね。
恋愛なんかは、じつにめんどくさいゴチャゴチャしたことだし、本来、教育なんていうのは、いちばんめんどくさいことでなければならない」

教育がめんどくさいのは、いつも人と人のかかわりあいの中で行われる活動だからです。

私がブログの中で書いている、思春期の子どもとのかかわり方を読まれている人は、じつにめんどくさいことを言っていると、お考えになる人もいるでしょう。

ここまで、子どもに気を遣い子育てしないといけないのか、と思うかもしれません。

しかし、このめんどくさい活動を通してこそ、子どもが人間として成長していけるのもまた事実です。

子どもは、一人ひとりちがいます。考えかた、性格、願いや思い、ものごとの受け取りかたなど、一人としてまったく同じ子はいません。

ある子どもには通じた言葉が、別の子がちがった受け取りかたをすることもしょっちゅうです。

多感な時期の子どもの心は柔らかく、少しの言葉にも、敏感に反応してくれます。

ですからめんどくさいのですが、このめんどくささを楽しめるようになったら、しめたものです。
子育てや教育が楽しくなってきます。
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反抗期の子には

2016年03月19日 12時47分45秒 | 校長からのメッセージ



親と子のふつうの会話なら、
「ちょっとファンヒーターの灯油を入れてくれる」
と、子どもに頼みごとをすると、ほとんどの場合、
「いいよ」と灯油を入れに行ってくれます。

ところが、反抗期に入っている子どもは、「え~、自分でいれてよ」とか
「じゃまくさい」
て言って、行ってくれません。ちょっと行くだけだから、やってくれたらいいのにと、親はムカッとくることがあります。

この程度のことが、ときどきあるくらいなら、仕方ないな」ですませますが、しょっちゅうだとイラついてきます。

「さぼってないで、ちゃんとクラブへ行きなさい」
と言っても、
「だって、練習がしんどくてついていかれへんもん」
「あしたはちゃんと行きなさいよ」
とは言いますが、
「そんなこと言っても、勉強もあるし。いつも勉強しなさいと言ってるやん。クラブムリ~」

このようなやりとりが続き、イライラしてきます。
「素直じゃない。ときには、はいと言えないの?」とキレたくもなります。

こんなとき、言葉の使い方の工夫がいるようになります。そのポイントは、つなぎ言葉の工夫です。

つなぎ言葉にはいろいろとあります。
①そして、それなら、ところで、それから、つまり・・・
②でも、しかし、だって、しかし、ところが・・・

親御さんは、お子さんとの会話で、①と②のどちらを多く使われるでしょうか。①なら①ばかり、②なら②ばかりを使う傾向があるようです。

①と②のどちらを多く使うかは、いい・わるいという問題ではありません。が、これにより対話のパターンが生まれます。

①は順接、②は逆接です。

反抗期の子どもは、よく逆接を使い話してきます。逆接タイプの子どもに、「クラブへ行きなさい」「ちゃんと練習しなさい」と、声かけしてもうまくいきません。「でもね」、「だって」の返事が返ってきます。

ということなら、親はそれを考慮して、逆接タイプに合わせ、次のようにことばを変えるのです。

「やっぱりクラブは行きたくないよね」「勉強しないといけないから、クラブへ行く時間はないやんね」
すると、子どもは②の逆接でつなぎ
「そんなことないもん。行けるよ」
と返事します。

子どもは逆接で断ったつもりが、親の頼みごとを引き受けることになってしまうのです。

言葉のトリックみたいですが、じつは人はダメだろう、できないよねと言われると、やってみたくなるものなのです。そのような傾向を利用しているのが上の対話です。

ただし、反抗期が強く表れていない、①の順接型の子の場合は、注意がいります。

「やっぱりクラブは行きたくないよね」「勉強しないといけないから、クラブへ行く時間はないやんね」
「うん、そう。行きたくない」
となり、本当にクラブに行かなくなってしまいますから。

子どものつなぎ言葉のタイプに合わせて、言葉のかけ方を変えることにより、子どもをうまく導いていくことができます。子どもの反応は面白いものです。
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子どものペースに合わせる

2016年03月17日 19時09分55秒 | 校長からのメッセージ



無口な子との会話は、けっこう難しいものです。
無口な子とは、話しかけてもあまり返事が返ってこない、反応があまりない子のことを、ここではいいます。

無口な子でも、おとなから話しかけると、けっこう話し始める子もいますが、なかには、ほとんど何も答えない子がいます。

おとなは、相手が話さないものだから、ときどきイラつくことになります。私にも経験がありますが、自分が担任しているクラスの女子生徒に、家庭訪問して話しているとき、相手がジーと黙って何も答えません。こちらは質問を重ねていきました。それでも何も答えません。私はついに爆発してしまい、強い口調で言いました。「答えないとわからんやないか!」それでもその子は黙ったままで、たいへん気まずい思い出として、いまも思い出します。

こうした無口な子と話すときには、まず聴くことから始めます。このとき、自分のペースで、自分の聞きたいことを聞くのではなく、子どものペースで、子どもの話したいと思っていることを聴くことがポイントです。

子どものペースといっても、一人ひとり違い、様々です。そのペースに合わせて話を聴くには、子どもをよく観察する必要があります。そうでないと、子どもの応対を待てずに、おとながつい自分のペースで話してしまって、「こういうことだね」と結論づけてしまいかねません。

この「待てない」応対は、学校の教師でもよくやってしまう失敗です。とくにおとな側が忙しくしているときは、つい自分のペースで話してしまうこともあるでしょう。

しかし、考えてみると、教師が子どもの様子をよく見て、子どものペースで、子どもが話したいことを聴くということは、無口な子だけでなく、すべての子どもと対話をする基本中の基本です。教師なら当然必要とされる力です。

たとえば、私にはこんな経験があります。家庭訪問をして不登校傾向のある子と話したときのことです。クラスの友達がその子への手紙を書いてくれました。その手紙には、「今度の校外学習においでよ」と誘う文面が書かれていました。

それをその子に見せました。
手渡したときは、最初は「フーン」という感じでした。
私は「どう思う?」と言い、その子の様子をよく見ていました。
その子はジッと手紙を読んでいます。

次の瞬間、少し表情が緩みました。その瞬間に、「(校外学習に)おいでと言ってやるで」と声をかけました。

そして「うれしくない?」というと、「うん、ちょっとうれしい」とさらに表情が柔らかくなり微笑みが出ました。

私は、「(よろこんでくれるなら)手紙を持ってきてよかった」と言いました。

結局、その子は校外学習に参加できました。

子どもの様子をよく見て、その子のペースにあわせて、その子が話したいことを聴くというのはこういうことだと思います。

保護者の方も、お子さんとコミュニケーションをとるときには、今までよりも子どもの様子をよく見て、子どもがどう反応するかを見てください。

子どもが何を感じ、何を話したいと願っているのかを感じてみてください。そこから思春期の子どもが、話してうれしいと思う会話の第一歩が始まります。




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3年生が巣立っていきました

2016年03月15日 18時48分26秒 | 校長からのメッセージ


箕面三中第42期生は、きのう立派に卒業していきました。

校長式辞を箕面三中ホームページの「校長から」のページに載せていますが、校長ブログでも紹介します。


第42回卒業式校長式辞

厳しかった冬の寒さがようやくゆるみ、箕面の野山も少しずつ明るい色に染まりだしました。ここ瀬川の地でも、校庭の木々が芽吹く瞬間をいまか、いまかと待ち望んでいます。小雨が優しくつぼみを打つこのよき日に、第42期生192名が、箕面三中を巣立っていく時がやってきました。

卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。
「しっかりと歩んでいってください」と、一人ひとりに思いを込めて、さきほど卒業証書をお渡ししました。

ご来賓のみなさま、本日はお忙しい中、大橋箕面市教育委員様をはじめ、たくさんのみなさま、地域の方々が、このように早朝よりお越しいただきました。卒業生の晴れの門出を祝うため駆けつけてくださいまして、まことにありがとうございます。心よりお礼申しあげます。

保護者の皆様、お子さまのご卒業おめでとうございます。私たち教職員はお子様の自立に向けて、たゆまぬ支援に努めてきました。思春期まっただ中の心が揺れる三年間でした。子育てについて喜びも多かった反面、悩まれたこともあったでしょう。

しかし、今このように、豊かに大きく成長されたお子様の姿の陰には、子育てのご苦労とご努力が鮮やかに色づいています。きっと万感の思いでおられることと存じます。私からみなさんに最大のねぎらいと敬意を払います。お疲れさまでした。
 
さて、卒業生のみなさん、卒業するとき、よく言われる言葉に「目標をもって生きてください」があります。目標は大切です。ただし、目標だけがあって、目的がなければ、人は困難なことに出会うと、すぐ目標をあきらめてしまいます。

目標と目的は似ていますが、意味はまったく違います。目標は「○○にむかって」であり、目的は「○○のために」です。

みなさんに伝えます。目標と同時に目的を持っていたら、それは人生を生きる、大きな力になります。このことを新田佳浩(にったよしひろ)さんというクロスカントリースキーの選手のエピソードが教えてくれています。

佳浩さんは岡山県の農村に生まれました。3歳の時、おじいちゃんが運転する農機具のコンバインに左手を巻き込まれました。そして左手の肘から先を失いました。

小学校に入ると、佳浩さんはクロスカントリースキーに夢中になりました。県大会で優勝するなど、活躍しました。ところが、中学校に入ると壁にぶつかりました。両手でストックを使う選手に勝てなくなったのです。挫折を感じ、佳浩さんは中三の時スキーをやめてしまいました。

その後、高校1年のとき、2年後に近づいた長野パラリンピックへの出場を勧められました。ビデオをみると、佳浩さんと同じ左手のないドイツの選手がものすごい速さで、見事にスキーをしていました。魅力的でした。佳浩さんはビデオに釘付けになりました。

そして、自分もやってみようと練習を重ね、長野パラリンピックで8位、ソルトレイクパラリンピックで銅メダルを取りました。4年後のトリノパラリンピックでは、金メダルが確実とまわりから思われていました。

しかし、トリノでは、競技中に考えられないようなアクシデントが、佳浩さんをおそいました。バランスを崩して転倒してしまったのです。片手なのですぐに起き上がれず、大失敗をしました。二度目の挫折でした。

大きなショックと失意の中、佳浩さんは家に戻り、引きこもってしまいました。家にはおじいちゃんがいました。自分の運転する農機具で、かわいい孫が片腕を失った。事故直後には、「この子と一緒にわしは死ぬ」と言っていました。じつはその後もおじいちゃんは、ずっとずっと、自分を責め続けてきたのでした。

佳浩さんはそんなおじいちゃんを見て、はっと気がつきました。そうだった。目的を見失っていた。目標はいつも「金メダル」でした。しかし何のための金メダルなのかを忘れていたのでした。金メダルを獲っておじいちゃんに掛けてあげ、「おじいちゃんは、おれにとって最高のおじいちゃんだよ」と言ってあげることが夢だったのです。

「目標は金メダル、目的はおじいちゃんのために」を胸に、再び立ち上がった佳浩選手は、4度めのバンクーバー大会に挑戦しました。29歳の時でした。そしてみごとに金メダルを獲得しました。すでに92歳にもなったおじいちゃんの首に、やっと金メダルをかけることができたのでした。

卒業生のみなさん、これから何かにチャレンジしようとするとき、困難なことにぶつかるかもしれません。見えない未来にくじけそうになることもあるでしょう。そのとき、あきらめないためにはどうすればいいのでしょうか。

新田佳浩さんの生き方から確信していることを、私はみなさんに伝えます。「人は、誰かのためになら、あきらめることはない」。再度言います。「人は、誰かのためになら、あきらめることはない」。このフレーズを、みなさんへの、最後のはなむけの言葉として送ります。

さあ、卒業生のみなさん、卒業は出口ではなく入口です。みなさんの前途ある未来を心より祈っています。以上をもちまして、卒業式の校長式辞とさせていただきます。

平成28年(2016年)3月14日 
箕面市立第三中学校 校長 主原 照昌

《新田佳浩さんのエピソードは、『子どもの心を揺るがすすごい人たち』(水谷もりひと著、ごま書房新社)から引用させてもらいました。》

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42期生の願いをのせて

2016年03月13日 08時15分35秒 | 校長からのメッセージ



あす、三中では第42回卒業式を挙行します。
体育館の舞台には、添付の写真の壁画が掛けられます。

この壁画について、解説します。
3年生が描いた卒業のイメージを美術科がつないで、絵にしました。タイトルは「絆」です。

全員で描いた絵をつなぎ合わせて、一枚の巨大壁画に仕上げました。

写真をご覧ください。

①砂時計の中から飛び出した虹が、42期生の夢を乗せて未来へと広がっています。

②右上の机の上には、苦楽を共にした熱いハートがのっています。

③三中で部活に励んだ証に、クラブグッズが壁画のあちらこちらにちりばめられています。

④文化祭・体育祭の思い出を、42をプリントした風船をつけた気球の中に積み込んでいます。

⑤今年はオリンピックの年なので、聖火も気球にのせています。

⑥右下の地球にドッシリと立つ男子生徒は、体育祭のフォークダンスで身に着けたTシャツをまとっています。仲間と過ごした三中での思い出に想いを馳せ、192名の夢をやさしく見守りながら、視線は左上の三中の校舎に向けられています。

⑦その三中の校舎からは、いままさに少女が羽ばたこうとしています。

⑧壁画の真ん中上部にある窓からは5羽のハトが飛び立ち、42期生を未来へと導いてくれます。

⑨左下には、門出をお互いに祝福しあうグー・タッチが描かれています。

⑩ジャック・スパロウのコンパス(羅針盤)が中央下に描かれ、指針は希望へと向いています。

さらに、センターに位置する紙飛行機は進路を夢の方向に向け、365日の人生のみちのりを願いを乗せて飛んでいきます。

42期生がどれだけ飛ぶのかという距離は問題ではなく、どこをどう飛ぶのかがいちばん大切なのです。

42期生の前途に幸あれと、校長から心より祈っています。
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3月11日、東北に思いを寄せる

2016年03月11日 15時45分15秒 | 校長からのメッセージ


合唱「いつかこの海をこえて」

今日は、箕面三中の1・2年生が、「いつかこの海をこえて」を歌いました。

5年前の本日、14:46、観測史上最大規模の東日本大震災が起こり、東北から関東にかけての地域に甚大な被害を与えました。

この「合唱曲は、釜石東中の生徒がつくった原詩をもとに作詞・作曲された震災復興の願いの曲です。

歌詞の一番は次の通りです。

「うれしさも悲しみも 大切な思い出も
のこらず輝いて あすを照らしてる
すみわたる陽がそそぐ ふるさとの風景に
また会えるその日を つよく信じて
いつかこの海をこえて 僕たちは舟をだそう
出会いにあふれる ひろいひろい世界へ
いまも心にひびく 友の言葉を胸に
希望の道をすすもう
るり色の海へ」


そして、3年生は14日の卒業式で、写真の壁画をバックに卒業の歌として「大地讃頌」、1・2年生は、送別の歌に、この「いつかこの海をこえて」を合唱します。

42期生の3年間の思い出と前途への希望が、この壁画には込められています。


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友情をはぐくむ

2016年03月10日 18時51分04秒 | 校長からのメッセージ

よい友情とは、対等な関係のことです。
やりたいことをいっしょに決められる。
なんでも平等にわかちあうことができる。
おたがいに信頼し合える。
どんな問題も、力を出しあっていっしょにのりこえられる。
いいときも悪いときも、たよりあえる。
それぞれが、ほかに友だちをもっている。

        (クレア・パターソン)

わたしたちが生きていくうえで、なぜ「友情」を大切に育てなければならないのか。

おそらく、人生の道のりで出くわす困難を克服し、人生をより充実したものにするときに、友だちが必要だからかもしれません。

ただし、友情はおたがいが対等な関係であることが、絶対条件です。

相手にわがままや無理を押し通す。自分がいやなことを押しつける。
いじめる。
自分では好んでいないのに、相手の行動にあわせる。
このような関係は対等な関係ではないのです。

時には言い争い、ケンカになることもあるでしょう。でも、相手を信頼してぶつかっていけば、相手もまた信頼してくれる。

友だちという仲間はこのようにして持つことができます。

なおかつ、「自分の友だちはこの子だけ」ではなく、それぞれがほかにも友だちをもっている。

三中生には、そのような豊かな友だち関係を広げていってほしいと思います。
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子どもをほめるとき4

2016年03月08日 18時01分53秒 | 校長からのメッセージ


いままで3回にわたり、子どもをほめるときのタイミングや機会について説明してきました。

今回は
ものごとを達成したとき
についてです。

④の場合が、もっとも普通にほめるときです。
ものごとが終わった直後にほめるのが、効果的です。

かなりたってからほめても、「旬」を過ぎているので、「えー! 今ごろ言うの!」となってしまいます。

ほめるときのタイミングと同様に大切なのが、ほめる度合いです。サラッとほめる、じっくりたくさんほめるなどがポイントです。

少ないと子どもの心には届きません。多すぎると不自然になります。

このように、子どもとの応対はほんとうに難しく、手がかかります。そう思う人は、そこまでおとなが子どもに気を遣わないとあかんの?と、感じる人もいるでしょう。

でも、そうなのです。気を遣うべきなのです。思春期の子どもの心は柔らかく、傷つきやすく、おとなのひとことにも敏感に反応し、ヤル気を上げたり、下げたりするからです。

子どもがどれくらいほめてほしがっているかは、観察しないとつかめません。そのためには、まず軽くほめて子どもの反応を見ます。

「そんなことないよ」といえば、「そう、お母さんはすごいと思うよ」と、わたしメッセージにする、または「だったら、次はあとひとふんばりやね」と先の展望に目を向けさせます。

「がんばったんやで」という応答なら、もっとほめるべきなので、「さすがやね。やるときはやる子やね」とおおげさ気味に伝えます。

子どもをほめるには、適切なタイミングに、適度なほめことばを使います。それにより、おとなが、なぜこれほどまでがんばれるのと思うほどの子どものヤル気が、泉のように湧いてくることも多いのです。

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子どもをほめるとき3

2016年03月06日 10時38分44秒 | 校長からのメッセージ

今回は、子どもをほめるときのタイミングの3つ目である
あきらめそうになっているとき
について、述べます。

そのほめことばは、「こんなにたいへんなのに、がんばっていてすごい」という意味の声かけに集約されます。

ものごとを持続するには、忍耐がいります。たとえば、受験勉強です。長丁場になるので、途中でモチベーションが下がることもあります。勉強を
続けているとイヤになり、投げだしたくなることがあります。

このようなとき、「どうしたん?」と声かけすると、「もうイヤになった。疲れた」という返事が返ってきました。

このときの応対は、
順接:「イヤになるくらいがんばっているんや」か
逆説:「(疲れているのに、)なぜこれほどまでがんばれるの」
です。

どちらも、いままでの努力やがんばりを認め、相手をねぎらう声かけです。

こう声かけをされると、子どもはいままでの努力を認めてくれていると感じます。これにより、イヤになっている気持ちや疲労感が軽くなります。

「そうやねん。今日はもう3時間やったし。もうちょっとやるかな」とモチベーションが上がります。
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子どもをほめるとき2

2016年03月04日 19時24分39秒 | 校長からのメッセージ


子どもは、ほめられたら嬉しくなり、ヤル気を出すというほど単純なものではなく、こどもがほめてほしい時期・タイミング、またほめられて嬉しいと感じる時期・タイミングで、ほめなければなりません。

その時期・タイミングは、おおむね4つあると、昨日のブログで書きましたが、今回は、
②の「がんばって取り組んでいる途中」
について、説明します。

生徒がすごい集中力で、吹奏楽の楽器練習に取り組んでいます。そのとき、せっかくやる気になっているのだから、黙ってそっとしておきます。

これは、ケースバイケースで、いい場合もあるが、よくない場合もあります。子どもは集中してがんばっているときは、邪魔はされたくはないが、がんばっている点は認めてほしいと思っています。

自転車をこいでいて、坂道まで上りつめました。下り坂は、ペダルをこがなくても坂を下っていきます。しかし、平らな道にさしかかると、こがないと自転車はいつか止まってしまいます。そこで、車輪が回っているときに少しこぐと、ずっと自転車は動きます。

子どもががんばってものごとに取り組んでいるときも同様です。「がんばってるな」「調子がよさそうやね」と一声かけるのが、化学反応での触媒の働きをします。この声かけがうまく働くと、こどものがんばりは、放っておくよりも長く続き
ます。





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子どもをほめるとき1

2016年03月03日 20時02分26秒 | 校長からのメッセージ


箕面市教育委員会は、よく子育てのキャッチフレーズに「認めて、ほめて、励まそう」を使っています。

ただし、「ほめること」に関していえば、以前のブログにも書きましたか、思春期の子どもをほめるのは、けっこう難しいものです。

思春期の子どもに対しては、親がほめることに意味が見つからない場合が、いや逆効果になっている場合さえあるようです。

子どもが大したがんばりとは思っていないときに、親がほめているときは、ほめる意味がないどころか、「わかってないな」と親子関係に悪影響を与えます。

中学生のわが子に、「まあ、今日はもう勉強を始めるの。偉いね~」と言うと、子どもの反応は冷めていて、「あぁ・・・」というそっけない返事が返ってきました。


子どもにしてみれば、宿題あるし、勉強するのが当然やん、と思っているかもしれません。

子どもは、ほめられたら嬉しくなり、ヤル気を出すというほど単純なものではありません。こどもがほめてほしい時期・タイミング、またほめられて嬉しいと感じる時期・タイミングで、ほめなければなりません。

その時期とタイミングは、子どものことをよくみているとわかるのですが、だいたい次の4つでしょう。

①新しいものごとを始めたとき
②がんばって取り組んでいる途中
③あきらめそうになっているとき
④ものごとを達成したとき

です。

まず①について
何か新しいことを始めるには、勇気や思いっきりがいります。その勇気をほめるのです。それも、軽くさらりとほめるのです。

「おお、勉強を始めたんやね」と一声かけるだけです。やって当たり前と思っている子どももいるので 、おおげさにほめると、バカにされていると思いがちだからです。

そんな反発をまねかないためにも、軽くさらりと済ませます。

②以降は、次回に述べます。

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