箕面三中 校長室からのメッセージ

おもに保護者のみなさまに向けたメッセージです。生徒の近況を伝えるとともに、教育と子育てについての情報をお伝えします。

彼岸花のように生きる

2018年09月22日 10時40分34秒 | 校長からのメッセージ





彼岸花が咲き誇る季節になりました。

赤色の彼岸花(曼珠沙華)は情熱・独立などが花言葉です。

これだけ赤い花が咲くと見事です。

一方、自宅の前には、少し珍しいでしょうが、白い彼岸花が咲いています。

白色の彼岸花は再会を楽しみに待つという花言葉と言われます。

人との出会いは、旅のようなもの。通り過ぎて行く人も多いものです。

私たちは、一生の間で、どれだけ多くの人と出会うことでしょううか。

松尾芭蕉は、「月日は百代の過客にして 行き交う人もまた旅人なり」と『奥の細道』で記しました。

その中で、再会できる人は「縁」で結ばれた人なのかもしれません。

私たちは、時として、ふとこの縁に気づいたり、実感することがあります。

三中生は、若い子らしく、情熱をもって生き、自立を目指して、独立心を高め、なおかつ、人との縁を大切にする人になってほしいと願う、彼岸花の咲く頃です。
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開かれた学校とは

2018年09月21日 18時45分26秒 | 校長からのメッセージ


あるお母さんが、わが子を背中におんぶして公園へ散歩に行きました。

公園に足を踏み入れ、樹木が茂る場所へ近づきました。

すると、小鳥たちが、人の気配を感じて、青空に向け、何羽かが飛び立ちました。

お母さんが、「あっ!」と言って、小鳥たちの方を見ました。

すると、背中におわれた小さな子どもも、お母さんが向いているのと同じ方向を見ました。

こんな小さな子どもでも、お母さんが向けた注意に対して、同じ注意を払うのです。

これは、専門的には「ジョイント・アテンション」(= joint attention)といいます。

私は、このエピソードを、約20年前に、当時大阪大学の教授であった、故池田寛さんから教わりました。

おとなと子どもの関係が、幼少期から築かれ積み上げられ、子どもは豊かに成長していくという研修でした。

ここからおとなから子どもへのかかわりが、子どもの育ちにとって、いかに大切かがわかります。


当時、池田先生は、地域の人間関係が希薄になる中で、教育コミュニティを再構成する必要性を説く地域コミュニティ論を唱導されていました。


地域に開かれた学校という言葉が言われて久しくなります。


今まで、日本社会では親だけではなく、近所の人など地域の人との人間関係が子どもを育ててきた。

その人間関係が弱体化したのなら、学校をキーステーションとして、子どもとおとなが出会い、関わり合う人間関係を再構築しよう。

これが、地域に開かれた学校のねらいです。目指すものは、子どもの豊かな成長です。



それ以来、私は市内の別の中学校で、開かれた学校づくりの推進教員の仕事をしてきました。



その頃から府内各地域で、学校にゲストティーチャーや外部講師を招聘して、一緒に活動したり、子どもが教わる取り組みが始まったのです。

西南小校区の西南ジャンボリーや南小校区のみなみパワフルランドなどは、遊びを通して地域のおとなが子どもにかかわり、子どもの成長を育む活動です。

じつは、太田房江もと大阪府知事は、この考えを拠り所として、府内各地域に中学校区を単位とした「地域教育協議会」を構成して、コミュニティを形成する予算付けをされました。「すこやかネット」と呼ばれる事業でした。

ただ、箕面市の場合、従来より「青少年を守る会」の小学校区を単位とする活動がしっかりと根付いていましたから、中学校校区単位の活動が広がらず、今に至っています。

ではあるのですが、子どもの豊かな成長のために多様なおとなが学校教育にかかわっていくことが必要であることは言うまでもありません。



今年度でいえば、三中では、2年生が「あすチャレ」をやりました。また、職場体験もおとなから中学生へのかかわりがあります。

昨年度では、1年生が障害のある人に来てもらい、クルマいす体験や点字の学習などの福祉体験をしました。また、3年生がNGOの人やLGBTの当事者に来てもらい、聞きとりをしました。


加えて、開かれた学校とは、「人」を開くだけでなく、学校が「情報」を開くという側面も大切です。

とかく、「学校は情報を出さない、学校は情報を隠す」と言われます。

私がブログを毎日更新しているのは、三中のことや三中教育の考えに関する情報をできるだけ多く、保護者の人や地域の人に知ってほしいと意図するからです。

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生徒の気持ちに寄り添う教師

2018年09月20日 11時33分18秒 | 校長からのメッセージ



私は、教員だった頃を含め、生徒を引率して、何度も沖縄修学旅行に行きました。

校長になってからは、CAのチーフの方が、行きも帰りも、離陸前にご挨拶に来てくださいます。

「今日は、○○航空をご利用いただき、ありがとうございます。生徒さんにとって思い出になる空な旅となるよう、心より願っております・・・」

私は、「中学生ですので、騒がしくしたりするかましれませんが、ほかのお客さんにご迷惑をおかけしないようにします。どうぞよろしくお願いします」などと、言葉を返します。

また、那覇空港に到着すると、「箕面市立第三中学校のみなさま、本日はご搭乗ありがとうございました。よき修学旅行になりますよう、願っております。またのご利用をお待ちしております。」と、アナウンスが流れます。

いつも、ほのぼのとした気持ちになります。


さて、チーフパーサーについて、こんな実話があります。

「夫婦のお客さまが、大きな人形を胸に抱き、いくら言っても離してくれません。人形ごとシートベルトをしています。安全確認ができません。」

CAからこの相談を受けた、チーフパーサーは、そのお客様のところへ行きました。

「お客様のお子様は、おとなりの席に座らせてあげて、お子様にもシートベルトをかけてあげましょう。お母様はそのままご自身でベルトをおつけくださいね」

女性は、「わかりました」と素直に、となりの席に人形をすわらせ、シートベルトをしました。

飛行機は、無事に離陸できました。



そのチーフパーサーに、後日、手紙が届きました。

その夫婦の夫からでした。

「妻は子どもを亡くし、あの人形をかたときも離さなくなりました。外へ行くときも、いっしょでないと出歩けなくなりました。

あの日、あなたに『お人形』てなく、『お子様』と言っていただいて、妻は嬉しかったようです。本当にありがとうございました。」

チーフパーサーは、そんな事情があるとは思いつかなかったものの、人形を抱くお母さんのただならない様子から、なにか強い思いを感じとったのでした。

人には、他人にはうかがい知れない事情があることもあります。

チーフパーサーは、振り返って、こう語っていました。

「お客様の繊細な心に寄り添うことで、かたくなだった心がほどけることがあることを、私も学びました」



さて、最後は話を教育につなげます。

三中にも、なかなか心を開かない、かたくなな態度をとる生徒がいます。

多くの教師が、その子とすんなりと会話ができにくい。

でも、特定の教師とは打ち解けることができる。

きっと、その教師は、思春期の繊細な心に寄り添うことができるのです。かたくなな心はほどけ、その教師は会話ができるのかもしれません。

この意味で、中学の教師は、無神経ではつとまりません。

また、無神経な言葉で余計にその生徒を傷つけるかもしれません。

生徒の思いを感じとり、繊細な気持ちや心情に寄り添いえる教師に、生徒は心を開きます。
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蚊帳からエアコンにかわった半世紀

2018年09月19日 18時44分59秒 | 校長からのメッセージ



本当に暑い今年の夏でした。

7月20日から、私はずっと暑さ指数(WBTC)の記録をとっていました。

箕面市が定めた、外での運動に制限を加える基準のWBTC28度を超える日が圧倒的に多くありました。

エアコンも、体育館はほぼ毎日稼働させる状況でした。

さて、このエアコンですが、エアコンのついている普通教室(いわゆる○年○組という教室)は、全国的にみると、半数にも満たないのが現状です。

新聞でも報道されましたが、しばしば暑さで取り上げられる岐阜県多治見市は0パーセントです。

千葉市も0パーセントとなっています。

一方、東京都は95パーセントを超えています。

つまり、自治体による差が大きいのです。

このエアコン設置と耐震化工事は、背中合わせの関係にあります。

これほど地震による自然災害が多発するここ約30年間において、耐震化工事は必須条件です。

限られた予算の中で、耐震化工事を優先すればエアコン設置が後手にまわったという経緯があります。

さて、箕面市はどうかというと、耐震化率100パーセントは大阪府下で一番に達成しました。

それだけではありません。耐震化工事とあわせ、校舎の大規模改修も同時に進めました。

それにより、トイレは美装化され、太陽光パネルも整備されました。

五中・六中は設立年が新しく、耐震化工事の必要がなかったので、かわりに体育館の屋根を改修、外壁の塗装し直しなどができました。

また、その後、箕面市の場合、普通教室だけでなく、特別教室へのエアコン設置もかなり進みました。

そして、昨年度には、学校が避難所になることも勘案して、体育館のエアコンも整備されました。

それは、文化祭にお越しだった親御さんなら、そのありがたさを実感されたことでしょう。

暗幕を張り巡らし、締め切った体育館でも、快適に子どもたちの発表を鑑賞できたことでしょう。

また、中学校での給食の導入も、各中学に給食棟を新設し、自校炊飯方式で実現しました。生徒たちはあったかいごはんやおかずを食べることができます。

これらの救育事業は、国や府からの補助金をうまく活用して、箕面市のお金もメリハリをつけてつぎ込むという市長部局の舵取りのおかげです。


さて、猛暑・酷暑が「日本の夏」を大きく塗り替えています。

私の小さい時は、部屋に蚊帳を吊るし、その中にホタルを放って、ホタルの光を眺めながら眠りにつきました。扇風機がなくても、うちわがあればしのげました。

質素な生活でしたが、そこには風情ががあり、子どもらしいほのかな楽しみがありました。

それでも、夜はけっこう涼しかったのを思い出します。約半世紀前には、田舎ではそうやって暮らしていました。

その後、扇風機が入り、電化製品が生活に入り込む生活に変わっていきました。

50年前のことが懐かしく思い出される今日この頃です。
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人生はこれからが面白い

2018年09月18日 07時25分53秒 | 校長からのメッセージ




昨日のブログでは、親が自分の将来のライフプランを今のうちに考えておいてもいいのでは、と書きました。


1978年生まれのもとJ Jモデル・堂珍敦子さんが、雑誌『VERY』(光文社発行)の2018年9月号で、いま助産師を目指し、学生業をしていますと、次のように述べておられます。


🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹

助産師になりたいと思ったのは、双子を出産した後。

もっとたくさのお母さんと赤ちゃんに関わりたくなったんです。

でも、まだ子どもも小さいし、通学なんて無理に決まっていると、とりあえずベビーマッサージや食育など自宅で取れる資格をいくつも取得したけど・・・とこか物足りない。

5年くらいモヤモヤと悩んでいました。

そのうち40という年齢が見えてきて、人生も折り返し地点。

子育ては大事だけど、自分の人生をどう生きるか、まだ人生の半分あるならなんでもできるはず、と長男が中学入学、末っ子が、3歳で入園というタイミングの去年、看護専門学校に入学しました。

「たいへんだね」と言われるけど、勉強より家の仕事の方がはるかにたいへん。

家事は誰も褒めてくれないけど、勉強はがんばった分だけ結果が出るから!

自分のできる範囲でなく、未知の世界に飛び込まなきゃ新しい何かは生まれない。

子どもたちには、「何歳でも夢はもっていい」「自分の人生は大事にしてほしい」ということを、私の生き方で伝えていければと思います。

🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹🔹

これを読まれたかたは、「特別なケースね」とお考えかもしれません。

でも、私は前任校の保護者で、看護学校に通い、実際に看護師になった人を知っています。

その人は、中学生の母親でした。

このブログをお読みのお母さんがたも、人生100歳時代がくると言われているいま、これからの生き方をみつめ、何かあらたな資格をとり、社会で活躍する生き方をされてみてはどうでしょうか。

お子さんは、いずれ成人します。

自分で楽しめる、今後の生き方をさがしてみるのもいいかもしれません。
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