箕面三中 校長室からのメッセージ

おもに保護者のみなさまに向けたメッセージです。生徒の近況を伝えるとともに、教育と子育てについての情報をお伝えします。

本気に触れる

2018年11月19日 10時31分54秒 | 校長からのメッセージ




あるとき、歌舞伎役者の坂東玉三郎さんが、大学で講義をしました。

その講義は、「演技とは想念を集めて、蒸留したものを肉体で、増幅させて観客に届けるものである」という内容でした。

聞き手にとっては、何か意味深遠で、理解するのが難しい話だったと思われます。

聞き終わって 、ある学生が手をあげて質問しました。

周りも、きっとかなり高尚な質問なんだろうと思います。

しかし、質問はこんなものでした。

「わたしは夜中に突然叫び出したくなります。玉三郎さんはどう思われますか」

なんか、場違いのような、そぐわない質問でしたが、玉三郎さんは次のように答えまた。

「叫び出したくなる気持ちは、悪いことではないです。それは、何かを生み出す力になります。
その気持ちをノートに書き記しておくといいでしょう。自分が叫びたくなる理由を書いてみると、創造的な活動になるでしょう」

学生の場にそぐわないような質問に、即座に答えた玉三郎さんは真摯に答えてくれました。

講義のあとて、玉三郎さんは「あの質問は面白かった」と言ったそうです。

一方、学生は、「ふだんからずっと考えていたのて、素直にぶつけてみようと思いました」とのことでした。

学生の本気の質問だったので、玉三郎さんの「本気」に触れたのかもしれません。

人の本気は、その気合いとか熱心さがほかの人びとにも通じるのだと思います。

教師が生徒に話すとき、親が子どもに話すとき、ときとして本気で話す場合もあるでしょう。

本気で話す言葉は、生徒・子どもに通じるのだと
、私は思います。
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「そやけど」の応酬

2018年11月18日 12時06分18秒 | 校長からのメッセージ



対話においては、自分と相手がいます。

「〜してほしい」という相手への要求が中心になった会話は、「そうか」「そうなの」「そうやね」というような相手の気持ちを汲んで理解をする言葉が出てきません。




たとえば、
子どもが、「あしたは、どこかへ行こうよ」と言いました。

母親が「でも、明日は午後から雨が降ると、天気予報で言ってたよ」という会話をしてこなかったでしょうか。

つまり、「でも」が口ぐせになっていないかということです。

親子で公園にいて、子どもが「まだブランコに乗りたい」と言っても、「でも、もう家に帰る時間だから、ダメよ」。

子どもがまだ小さいときには、黙ってきいていました。

子どもは納得していたのではないのですが、親は「わが子はわかったくれている」と思いこんでいました。

もし、この「でも」(=「そやけど」)を、自分の言いたいことだけを言うために使われていたなら、そうやって10年以上も使ってきたのなら、中学生になった子どもに対しても、「でも」というのが習慣になっています。

そして、子どもの思春期になると、今まで抵抗しなかった子が、イラ–ときます。

なんで、うちの親はいつも「でも」で、私の言うことを否定するの! いつも、そうなんだから!

一方、子どもの方も、口がたつようになり、「でも」で応酬するようになります。

「でも、そう言うお母さんだって、・・・」。


このようにして、お互いが自分の言うことをわかってほしいとなり、言い争いが激しくなります。

以上のような家庭もあるかもしれません。


親は親、子どもは子ども、というように、お互いが「相手の自由」を認めることで、何かあったときには、相談しあえる親子関係を築いていきたいところです。

(写真と本文の内容は、関係ありません。)

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ムダを味方につける

2018年11月17日 13時31分25秒 | 校長からのメッセージ



イヤなことを我慢して続けるのはムダであり、好きなことに集中してとりくむべきである。

このような考え方も一つです。

しかし、イヤなことやムダと思えることを、いつかどこかでつながっていくと考え、自分の栄養にしていくのも賢明な生き方ではないでしょうか。


イヤなこと、苦手なことを我慢して続けるのは、精神的にもよくないし、その人の人生にとって得ることが少ない時間と考えがちです。

でも、私が経験を通して考えるところでは、若いうちはムダが栄養になります。イヤなことから逃げずに続けることが、挫折を乗り越える力になります。

イヤなことから逃げれば、その人は将来も生き方も、イヤなことからつねに逃げるようになります。

この世の中、イヤなことから逃げる人がいます。もっともらしい理由をつけて。

社会全体が効率を重視しがちで、学校でも教員の働き方改革が進められています。

しかし、こと教職に関しては、目には見えにくい救育活動の特質がもっと社会から理解された上で、働き方改革を進めていくべきでしょう。

概して、三中の子は我慢強い子が多いと、私自身は感じていますが、若いうちはムダと思えることでも、それが自分の栄養になると思い、味方につけ取り組んでほしいと思います。
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三中に秋田の中学生が来た

2018年11月16日 15時59分19秒 | 校長からのメッセージ






今日は、昨晩大阪に宿泊した由利本荘市の中学生10名が三中にやってきました。



全員が中学2年生で、由利本荘市の各中学校の代表生徒で、箕面市訪問団をつくり、引率教員1名と由利本荘市教育委員会から1名の引率者に付き添われ来てくれました。




9時に三中に到着しました。箕面市の教育長のあいさつ、私の歓迎の言葉のあと、校内見学を済ませました。



2限は、3年C組の音楽の授業に10名全員が入り、三中の生徒といっしょに合唱をしました。

「HEIWAの鐘」と「あの空」を秋田の子と三中生が歌い、素晴らしいハーモニーを聞かせて聞かせてくれました。




3限は、2年生5クラスの授業に2名ずつ分かれて、授業を受けました。



4限は、3年A組の英語コミュニケーションの授業に10名全員が入り、英語活動をしました。



給食は、三中2年生の5クラスに、2名ずつ入り「給食交流」をしました。



給食後の昼休みには、生徒会役員の生徒との交流会で、いじめについていっしょに考えました。

5限には、ふたたび2年生の授業に入り、授業を受けました。




三中の子は、歓迎のカードを準備してくれていたりして、フランクに話しかけてくれました。

なかには、三中の子は大阪の子です。会話の流れがはやく、ポンポンと言葉があちらこちらから出てきて、ツッコミも入るので、とまどった秋田の子もいたようです。


その後、お別れのあいさつをして、伊丹空港に向かいました。

私は伊丹空港で、お別れをしました。
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箕面市を訪れた秋田の中学生

2018年11月15日 16時30分37秒 | 校長からのメッセージ




今日から、秋田県由利本荘市の中学生10人(由利本荘市から引率の先生2名)が箕面市を訪問しています。


箕面市と由利本荘市が教育で交流を始めて、今年で7年目になります。

その交流の一環として、由利本荘市の各中学校の代表生徒が、「由利本荘市・箕面市中学生交流事業」として箕面市を訪問するものです。

今日は、秋田空港から伊丹空港に到着後、生徒たちは万博公園で箕面市のALTと「英語交流」をしました。

その後、箕面市教育センターで、箕面市の「中学校生徒会学習会」に参加して、生徒会の取り組み紹介を聞きました。

三中からも、生徒会役員のメンバーが4人、学習会に出席しました。

私も付き添いで、学習会に行きました。

学習会では、「いじめをなくすために」について、箕面市の生徒と由利本荘市の生徒が、いっしょに考え、話し合い、発表しました。




なお、この10名の由利本荘市中学生は、明日は箕面市内の1校だけを訪問することになっており、箕面三中に来てくれることになっています。

秋田からわざわざ中学生が、箕面三中に来てくれるので、私も楽しみです。

三中の子も楽しみにしています。
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