く~にゃん雑記帳

音楽やスポーツの感動、愉快なお話などを綴ります。旅や花の写真、お祭り、ピーターラビットの「く~にゃん物語」などもあるよ。

<大和文華館> 特別企画展「宋と遼・金・西夏のやきもの」

2018年02月09日 | 美術

【10~13世紀の多様な中国陶磁を一堂に展示】

 大和文華館(奈良市学園南)で特別企画展「宋と遼・金・西夏のやきもの」(2月18日まで)が開かれている。中国では10~13世紀の北宋~南宋時代、全国各地に多くの窯が築かれ、北方で勢力を持った契丹族の遼、タングート族の西夏、女真族の金王朝でもそれぞれに個性的な陶磁器が生み出された。この企画展には館蔵に京都大学総合博物館蔵と愛知県陶磁美術館蔵の特別出陳を加え81点を出展、中国陶磁史を華やかに彩るこの時代の多様な陶磁器を一堂に展示している。(下の写真は㊧白磁蟠龍博山炉、㊥青磁多嘴壷、㊨白地黒掻落緑釉牡丹文瓶)

  

 中国では北宋時代(960~1127年)から南宋時代(1127~1279年)にかけ、北方に耀州窯や定窯、磁州窯、鈞窯など、南方に龍泉窯や南宋官窯、建窯、吉州窯などが築かれた。背景には一般庶民への陶磁器の需要拡大がある。青磁・白磁の製造技法が確立されたのも宋代。「青磁多嘴壷」(北宋)は龍泉窯(浙江省)で最古級のものといわれ重要美術品に指定されている。墳墓に納められた副葬品で、蓮弁文が5段にわたって線刻され、最下段の蓮弁の中には「富貴長命大吉」などの銘文が刻まれている。(下の写真は㊧白地黒花鯰文枕、㊨三彩印花魚文長盤)

 

 磁州窯(河北省)は北宋時代から今日まで続く華北最大の民窯で、白化粧の上に施した黒釉を掻け落として花弁文などの文様を立体的に表す白地黒掻落(しろじくろかきおとし)をはじめとする多様な技法が特徴。その技法は華北一帯や北方の金の民窯などにも多大な影響を与え、それらの窯で焼かれた陶器は「磁州窯系」と呼ばれる。会場にも「白地黒掻落緑釉牡丹文瓶」(北宋)や「白地黒花鯰文枕」(北宋―金)、「三彩浮彫鹿文枕」(同)、「赤絵蓮華文碗」(金)など多彩な焼き物が並ぶ。

 吉州窯(江西省)の「黒釉木葉天目碗」(南宋)は漆黒の釉面に1枚の枯れ葉の葉脈が浮かび上がって美しい。吉州窯は唐~清時代にかけ存続した古窯で、建窯(福建省)と並ぶ天目茶碗の産地として人気を集めた。この木葉天目碗には「吉州窯独特の高度な手法で、現在では復原しえない神秘的な技法」という説明文が添えられている。葉の先端部が内側に折れて重なり合っており、葉をそのまま、あるいは加工して見込みに置いて焼いたのでないかという。

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<奈良県立美術館> 企画展「赤膚焼・奈良一刀彫・奈良漆器…悠久の美と技」

2018年02月08日 | 美術

【奈良の伝統工芸一堂に 「これまで」と「現代」を比較展示】

 奈良県立美術館で伝統工芸企画展「赤膚焼・奈良一刀彫・奈良漆器…悠久の美と技」が始まった。古都奈良の地で脈々と受け継がれてきた伝統工芸のうち、代表的な赤膚焼、奈良一刀彫、奈良漆器の3つに焦点を当てて、近世・近代の作家が残した珠玉の作品とともに現代作家の力作を展示し、匠の技と魅力を紹介する。3月25日まで。

       

 会場に入ると、まず各分野の代表作が1つずつ並ぶ。赤膚焼は江戸時代後期の名工奥田木白の乳白色の地に素朴な奈良絵が描かれた「大和絵酒瓶」。木白は赤膚焼中興の祖といわれる。一刀彫は森川杜園の「生玉伏白鹿」。春日大社に奉納した高さ19.1cmの白鹿像で、奈良市指定文化財になっている。漆器は栗原徳蔵の「鳳凰金銀蒔絵箱」。蓋に翼を大きく広げた鳳凰の装飾が施されている。(写真は案内ちらし=部分。上の作品は森川杜園の「一刀彫 融」、下は奥田木白の㊧「大和絵酒瓶」、㊨「蝉飾付唐茄子形花器」)

 赤膚焼は桃山時代に大和郡山城主の豊臣秀長が常滑から陶工を呼び寄せて茶器を焼かせたのが始まりといわれる。様々な釉薬や焼き方があり「特徴がない」のが特徴ともいわれるそうだ。赤膚焼の名を高めた奥田木白や明治~昭和時代の名匠の作品に加え、今に伝統を引き継ぐ6つの窯元の作品も多く展示している。木白作「蝉飾付唐茄子形花器」のアブラゼミの繊細な表現にはつい見入ってしまった。

 奈良一刀彫は奈良人形とも呼ばれ、力強い素朴な彫りと鮮やかな彩色が特徴。会場では「神事人形から伝統工芸へ」のタイトルで、奈良人形の名声を高めた岡野松壽や森川杜園、杜園の流れをくむ作家たちなどの作品群を、3つの展示室で紹介している。杜園の作品の中にはにこやかな表情が実に印象的な「福の神」や亀に龍が巻きついた「玄亀」なども。一刀彫の題材には能楽や舞楽、雛人形、鹿、十二支などが多いが、近年は新しい題材に挑戦する若手作家も増えてきた。平井和希の作品「猫」もその一つ。奈良漆器では正倉院宝物を忠実に再現した北村久斎の「螺鈿玉帯箱」や、久斎の孫で人間国宝の北村昭斎の「木槿之図螺鈿箱」などが並ぶ。

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<星野道夫の旅> 東大阪市民美術センターで没後20年特別展

2018年02月02日 | 美術

【18年間にわたってアラスカの大自然、生命の息吹を活写】

 東大阪市の花園ラグビー場南側にある市民美術センターで、アラスカの大自然を撮り続けた写真家、故星野道夫氏(1952~1996)の作品を一堂に集めた特別展「星野道夫の旅」が始まった。2016年夏にスタートした没後20年全国巡回展の一環。様々な動物やオーロラ、ツンドラの紅葉、草花など約250点の写真のほか、愛用のカメラやカヤック、寒冷地用のバニーブーツなども展示している。3月4日まで。

       

 会場は5つのコーナーから成る。「イントロダクション」(アラスカとの出会い)、代表作を展示した「マスターピース」に続いて「生命のつながり」「神話の世界」「星野道夫の部屋」。星野氏がアラスカに関心を抱いたのは学生時代に東京・神田の洋書古書店で写真集を目にしたのがきっかけ。早速、アラスカのある村長宛てに手紙を出した。「仕事は何でもするので、どこかの家においてもらえないでしょうか」。半年後「歓迎する」との返信があったのを機にひと夏をアラスカで過ごす。そして大学卒業後アラスカ大学に留学し、以降、本格的な撮影・執筆活動に。「イントロダクション」コーナーにはその時の村長から届いた手紙も展示されている。

 星野氏の作品で最も多いのがクマとカリブー。展示会の案内チラシに掲載された「夕暮れの極北の河を渡るカリブー」も代表作の一つだ。「氷上でくつろぐホッキョクグマ」は雪の塊を枕にして無防備に両脚を広げて眠るクマの表情が愛らしい。動物の親子や子の一瞬の表情を切り取った作品も多い。「小さな流れを渡れない子を励ます母カリブー」「春に生まれた子グマを背中に乗せている母グマ」「タテゴトアザラシの赤ちゃん」……。いずれの作品にも星野氏の温かい眼差しが注がれている。

 作品の間に掲げられた星野氏の言葉も印象に残る。「人間のためでも、誰のためでもなく、それ自身の存在のために自然が息づいている。そのあたりまえのことを知ることが、いつも驚きだった。それは同時に、僕たちが誰であるかを、常に意識させてくれた。アラスカの自然は、その感覚を、とてもわかりやすく教えてくれたように思う」「目に見えるものに価値を置く社会と、見えないものに価値を置くことができる社会の違いをぼくは思った。そしてたまらなく、後者の思想に魅かれるのだった。夜の暗い闇の中で、姿の見えぬ生命の気配が、より根源的であるように」

 展覧会初日の1日には夫人星野道子さん(星野道夫事務所代表)によるギャラリートークも開かれた。星野氏は知人から大きなクマにどう接近して撮っているのか問われたとき「クマと一緒に呼吸をするんだ」と答えていたという。道子さんもクマの撮影のため取材旅行に同行したことがあるそうだ。星野氏は自然や動物の一瞬を撮るため、とにかく待ち続けた。どこを通るか分からないカリブーの撮影でも、厳冬の山にこもってオーロラを撮る時も。道子さんは「待っている時間を楽しみにし、大切にしていたからこそ、こういう写真が撮れたのではないでしょうか」と話していた。ギャラリートークには写真家星野さんの人気を示すように、説明会場からあふれんばかりの多くの観客が詰め掛けた。

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<松伯美術館> 松園・松篁・敦之三代展「清らかな世界を想い描く」

2017年12月03日 | 美術

【三者三様の画面に漂う高い気品と静謐な空気感】

 松伯美術館(奈良市登美ケ丘)で上村松園・松篁・敦之三代展「清らかな世界を想い描く」が開かれている。気品あふれる近代美人画で女性として初めて文化勲章を受章した上村松園(1875~1949)。その息子松篁(1902~2001)は花鳥画の大家として名を成し、孫の敦之(1933~)も多くの鳥を飼育し観察しながら静謐な花鳥画を描く。今展では親子3代の代表作とともに制作の過程を示す下絵や素描を、前期・後期の2期にわたって展示する。

 

 前期は「四季に詠う」と題して12月17日まで開催中。松園の作品では「楊貴妃」をはじめ「唐美人」「伊勢大輔」「雪」「16歳の自画像」などが展示されている。「楊貴妃」(写真㊨の作品)は48歳のときの作品で第4回帝展出品作。絶世の美女楊貴妃の湯上がりの姿が二曲一隻の屏風に描かれている。「伊勢大輔」は一条天皇の中宮彰子に仕えた平安時代の女流歌人で、百人一首「いにしへの奈良の都の八重桜 けふ九重ににほひぬるかな」の歌で知られる。

 松篁の作品は「月夜」「真鶴」「蓮」などの大作を中心に15点。松篁は98歳で没したが、展示作は22歳のときの「椿」から96歳のときの「笹百合」まで幅広い作品を網羅している。松篁は「中国の麝香(じゃこう)のような香りのする絵」を理想とし、「卑俗なにおいというものを排して、本当にたおやかな、本当に東洋的な精神の香りみたいなものを選んでいきたい。そういう香りのするところには恐らく格調といったことと響き合うものがあるのではないか」。そう話していたそうだ。

 敦之は京都市立芸術大学名誉教授で松伯美術館の館長も務める。祖母松園、父松篁と同じく京都市生まれだが、独自の花鳥図の世界を描くため奈良市山陵町の丘陵地で約260種1600羽の様々な鳥類を飼育し観察を続けている。展示作品はインドのシカを描いた「月に」「夕日に」や大阪新歌舞伎座の緞帳原画「四季花鳥図」など。「自然界の営みはあくまで優しく、そして厳しいものである。花鳥図は自然の英知に導かれ、教えられて深めていく。それゆえに自然に対する謙虚な持ちを捨てては成り立ちえない世界である」。作品のそばに掲げられた「敦之のことばから」が印象的だった。後期「生命の詩」は年明けの1月5日から2月4日まで。

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<奈良県立万葉文化館> 特別展「日本文化の源流―いまに続く芸能」

2017年12月01日 | 美術

【延岡市・内藤記念館所蔵の「天下一」の能面なども展示】

 奈良県立万葉文化館(明日香村飛鳥)で特別展「日本文化の源流―いまに続く芸能」が開かれている(12月10日まで)。「大和芸能土壌―鬼から翁へ」「大和の村祭りと神事能」「『天下一』の世界」の三章構成で、宮崎県延岡市の内藤記念館の協力の下、古代の伎楽から舞楽、大和猿楽、能楽に至るまでの日本の伝統芸能の流れを様々な仮面や古文書、映像などで紹介している。

      

 日本最古の外来演劇、伎楽は日本書紀によると、612年に百済から日本に帰化した味摩之(みまし)が伝えたといわれる。飛鳥時代から奈良時代にかけて流行し、東大寺の大仏開眼供養(752年)でも上演された。第1~第2章では万葉文化館所蔵の伎楽面や能面、舞楽面のほか、法隆寺の「鬼追い式」や長谷寺の「だだ押し」で使われる鬼面、談山神社に伝わる能面などが展示されている。参考資料として日本書紀、延喜式、続日本紀なども展示中。

 内藤記念館は延岡藩の旧藩主、内藤家から寄贈された能狂言面や武具、書画などの文化財を所蔵する。能狂言面は全72点で、その中には豊臣秀吉が優れた能面師に与えた称号「天下一」の焼印が入った能面30点が含まれる。毎年秋には「天下一」の能面を着けて演じる「のべおか天下一薪能」がNPO法人のべおか天下一市民交流機構などの主催で開かれており、21回目の今年も10月7日に延岡城址二の丸広場で能「野守 白頭」などが上演され、観世流能楽師片山九郎右衛門がシテを勤めた。

 今特別展では前後期合わせて「天下一」18点を含む38点の内藤記念館蔵の能面を展示。そのうち「天下一若狭守」銘が「雷」「不動」「痩男」「蛙」「霊女」「蛇」(チラシ写真の右下)など13点を占める。若狭守は一説に、秀吉が肥前名護屋に在陣中に召し出された京都・日野法界寺の僧で面打ち師の角坊(すみのぼう)といわれる。ほかに「天下一近江」の「猿飛出」、「天下一備後」の「若女」、「天下一大和」の「大癋見(おおべしみ)」(チラシ写真の左上)など。会場の一角では「のべおか天下一薪能」の模様も上映されている。

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<西陣美術織工房> 若冲「動植綵絵」の西陣織作品展

2017年10月29日 | 美術

【桜井市まほろばセンターで30日まで】

 奈良県桜井市のJR桜井駅前にある市まほろばセンターで、西陣美術織工房(京都市)による「西陣美術織 動植綵絵(さいえ)展」が開かれている(30日まで)。「動植綵絵」は江戸中期の絵師伊藤若冲の代表作。所蔵していた京都・相国寺から明治天皇に献上され、現在は宮内庁が管理している。同工房は昨年の若冲生誕300年を記念して全30幅の作品を西陣織で再現し、全国各地で巡回展を開催中。全国100カ所の開催を予定しており、桜井は55カ所目という。

 「動植綵絵」シリーズの実物は横79cm、縦142cm前後の大きさだが、西陣織の作品は横幅が着物の帯幅とほぼ同じ30cm強で、縦は60cmほど。1作品につき縦糸2700本、横糸1万5000本を使って色鮮やかに織り上げた。掛け軸に仕立て小さな実物写真と並べて展示しているが、鶏の羽や魚のうろこなど細部まで忠実に再現しており、その精巧さにただ驚くばかり。会場で貸し出しているルーペで覗くと、金や銀、赤など様々な色の糸が縦横に織り込まれてきらびやかに輝いていた。遠目では分からなかった宝石のような美しい世界にまた驚嘆した。

 同展では「動植綵絵」と並んで若冲の代表作でもある「釈迦三蔵像」三幅を再現した作品や、西陣呼称550年記念作として若冲の「菜蟲譜(さいちゅうふ)」と「動植綵絵」をそれぞれ全通帯として再現した〝織絵巻〟も展示中。さらに聖林寺(桜井市)の国宝十一面観音菩薩立像や瀬戸内寂聴さんが描いた「百歳観音」の西陣織作品、若冲晩年の傑作である襖絵「仙人掌(さぼてん)群鶏図」(大阪府豊中市の西福寺所蔵)を日本画家小野喜象氏が実物大で模写した墨彩画なども並ぶ。西陣織の匠の技を堪能させてくれる作品展だった。

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<京都高島屋> 「日本美術と高島屋~交流が育てた秘蔵コレクション」展

2017年04月05日 | 美術

【特別展示「豊田家・飯田家寄贈品展」も同時開催中】

 京都高島屋の7階グランドホールで、高島屋史料館が所蔵する日本画を中心に60点を展示する「日本美術と高島屋~交流が育てた秘蔵コレクション」展が開かれている。竹内栖鳳や富岡鉄斎、横山大観、東山魁夷、川合玉堂、前田青邨、平山郁夫、小倉遊亀、片岡球子など日本画壇を代表する錚々たる画家の作品が一堂に並ぶ。同時に特別展示として「豊田家・飯田家寄贈品展」も開催中。4月10日まで(入場無料)。(写真は㊧竹内栖鳳の『アレ夕立に』=部分、㊨北野恒富の『婦人図』)

  

 高島屋は江戸時代末期に呉服商として創業、明治維新後には多くの画家や友禅作家を擁して美術染織品を制作し、内外の博覧会に積極的に出展した。竹内栖鳳の大作『富士』も高島屋の注文でヨーロッパ向け刺繍壁掛けの下絵として制作された。栖鳳の作品は特別展示も含め8点を展示中。『アレ夕立に』は清元「山姥(やまうば)」の一節「あれ夕立に濡れしのぶ」に因む作品で、舞妓が舞う一瞬の美を捉えた。

 山元春拳の『ロッキーの雪』、竹内栖鳳の『ベニスの月』、都路華香の『吉野の桜』はビロード友禅の壁掛け「世界三景 雪月花」の原画として描かれた作品で、巨大な壁掛けは1910年の日英博覧会で人気を集めた。うち2点は現在ロンドンの大英博物館が所蔵しているが、『吉野の桜』は行方が分からないという。前田青邨の『みやまの四季』は梅や桜、藤などの花々が大きな半円形に咲き誇る中に小鳥たちが集う構図。大阪・毎日ホールの緞帳の原画として制作された。

 横山大観の作品は下村観山との共作も含め4点を展示中。共作の『竹の図』は大観が左隻、観山が右隻を分担した金地の屏風絵で、大観は直立する親竹と若竹、観山は途中で円を描いて上に伸びる竹を描いた。北野恒富の『婦人図』は1929年に大阪長堀店で開かれた「キモノの大阪春季大展覧会」の販促ポスターの原画として描かれた。左の肩から胸の白い肌を露出した大胆な構図が注目を集め、ポスターが駅に展示されるや多くが持ち去られたという。

  

 特別展示「豊田家・飯田家寄贈品展」の豊田家はトヨタ自動車の創業家、飯田家は高島屋の創業家を指す。両家は高島屋の四代当主飯田新七の娘、二十子(はたこ)さんが1922年に、後にトヨタ自動車を創業する豊田喜一郎氏と結婚したことからご縁ができた。両家から史料館に寄贈された美術品約30点のほか、二十子さんが嫁ぐ際に着用した着物なども展示している。

 竹内栖鳳の『小心胆大』(写真㊧=部分)は大きなヘチマに小さなアリが描かれた作品。高島屋が1909年に開いた初の美術展「現代名家百幅画会」に出品されたものの、その後長く所在不明とされていたが、このほど豊田家に伝わっていたことが分かったという。富岡鉄斎の『碧桃寿鳥図』(写真㊨=部分)は3000年に一度実をつけるという不老長寿の碧桃に、西王母の使いとされる青い鳥寿鳥が止まったおめでたい構図の作品。他に都路華香の『果物尽し』、泥谷文景の『白猿』、山口華楊の『春蘭』なども並ぶ。

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<建具職人・和田奈良一さん> 吉野町「三奇楼」で一周忌の回顧展

2017年03月18日 | 美術

【和風照明器具や三重七宝文様のランチョンマット・コースターなど】

 奈良県吉野町上市のゲストハウス「三奇楼」で、17日から「和田奈良一(わだ・ならかず)展~建具職人の精緻な世界」が始まった。和田さんは〝三重七宝組子〟の欄間で高い評価を受けた建具職人。その文様を生かした身近な生活用品でも人気を集めたが、昨年4月に急逝した。享年71。今展はその一周忌を前にした回顧展で、22日まで開かれる。(下の写真は「グッドデザイン賞2012」を受賞した照明器具『吉野山夜桜』)

 和田さんは中学卒業後に建具職人だった父親に弟子入りした。得意とした七宝文様は直線と緩やかなカーブを組み合わせたもの。そのカーブも曲げ加工ではなく、親指ほどの小さな鉋(かんな)と刃厚0.2ミリの鋸(のこ)を使って1つずつ削り出して作ったという。技術と忍耐を要する、まさに職人芸だ。生前「ティッシュ1枚の薄さでもずれたら組めない」と話していたそうだ。60歳の頃から身近に使える生活用品づくりにも取り組んだ。

 

 2012年には『吉野山夜桜』と名付けた和風の照明器具が伝統工芸を生かした作品としてグッドデザイン賞に選ばれた。東京から7年ほど前、吉野に移り住んだデザイナー平野湟太郎さんがデザインを提案し、和田さんが制作した。会場の「三奇楼」蔵ギャラリー2階にはその作品を中心に、和田さんが作った三重七宝模様のランチョンマットやコースターなどを展示中(一部作品は販売も)。壁面には和田さんの仕事場での写真や親交のあった人たちが思い出を綴ったパネルも飾られている。

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<往馬大社> 安部敬二郎氏の干支展「日本の鶏を描く」

2017年01月07日 | 美術

【襖2枚分の大きな「親子鶏」や埴輪、民芸品を描いた作品など30点余】

 奈良県生駒市壱分町にある古社・往馬(いこま)大社で、洋画家安部敬二郎さんの作品展「日本の鶏を描く」が開かれている。今年の干支「酉」にちなんで描いた鶏や遺跡から出土した鶏をかたどった埴輪の絵など油彩・水彩・アクリル画30点余を展示中。1月29日まで。

 安部さんは1951年生まれで地元の生駒市在住。「日本の村を描く」「日本の干支」「日本の郷土人形」などをテーマに描き続け、全国各地で個展を開き各地で開いてきた。また大絵馬を社寺に奉納しており、往馬大社や枚岡神社(東大阪市)には鶏を描いた阿部さんの絵馬が今年年末まで拝殿などに飾られるという。

 

 今回の「日本の鶏を描く」展に向け、安部さんは数十羽の鶏が放し飼いされている天理市の石上(いそのかみ)神社を訪ねてスケッチを重ねたという。出品作の中で最大の作品は1.8m四方の襖2枚分の大きさの「親子鶏」。今城塚古墳(大阪府高槻市)出土の鶏形埴輪や笹野彫(山形)、常石張子(広島)、砥部焼土鈴(愛媛)、古賀人形(長崎)など各地の民芸品を描いた作品も並ぶ。安部さんの干支展は東大阪市、京都府木津川市でも開催中で、今春には長野県野沢温泉村でも開く。

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<大和文華館> 特別企画展「朝鮮の絵画と工芸」

2016年12月07日 | 美術

【5世紀以降の金工・陶磁・漆器・絵画など約80点】

 奈良市学園南の大和文華館で特別企画展「朝鮮の絵画と工芸」が開かれている。新羅時代の精緻な飾り金具や高麗時代の青磁、朝鮮時代の螺鈿漆器、李郭派山水画など、同館所蔵の工芸品を中心に5~19世紀の逸品約80点を一堂に展示、洗練された朝鮮美術の魅力を紹介する。12月25日まで。

 

 会場の入り口正面に展示された「青磁九龍浄瓶」(写真)は全羅南道康津郡出土の高麗時代12世紀の作品で、国の重要文化財に指定されている。高さ33.5cm、胴径12.5cm。上部で極めて精巧な作りの9つの龍頭がにらみを利かせ、胴部では龍身が波涛で躍動的にうねる。「粉青象嵌蓮池三魚文扁壷」は李氏朝鮮時代初期の15世紀の粉粧灰青沙器(粉青沙器)3匹の魚が蓮華、エビとともにユーモラスな文様で描かれている。粉青沙器は灰色の素地にヘラなどで文様を描き白土で化粧し透明釉をかけて焼いたもの。日本名では「三島手」とも呼ばれ、今企画展ではこの作品も含め7点が出品されている。

 「白磁青花彩陽刻十長生文六角瓶」は高さ26.3cmの白磁の瓶。〝十長生文〟は鶴、亀、鹿、松、竹など10の長寿の吉祥文様で、朝鮮時代の絵画や工芸品に好んで取り上げられた。朝鮮中期の絵画「群鹿図」にはその1つの鹿が黒鹿2頭も含め20頭近く描かれている。中国・北宋時代に編纂された古書『太平御覧』(977年成立)には、鹿は長寿で500年生きると白鹿に、1000年生きると玄鹿(黒い鹿)になり、玄鹿の肉を食すと2000年の命を保つことができると記されているという。この作品もそうした信仰を受け長寿の祈りを込めて描かれたとみられる。

 十長生文とともに朝鮮時代の水墨画や陶磁器などに吉祥文として好まれた題材に葡萄文がある。葡萄は実を多く付けることから子孫繁栄を象徴するめでたい文様とされた。今企画展にも「鉄砂青花葡萄文大壷」や漆工「螺鈿葡萄文衣裳箱」、李継祜筆の「葡萄図」などが出展されている。李継祜(1574~1645)の作品は葡萄の蔓が大きく弧を描き、墨の濃淡で葉と房を立体的に表現した。

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<画家島本芳伸> 没後3年の回顧展、奔放な筆致で自然の輝きを描く!

2016年11月28日 | 美術

【奈良を拠点に海外にも、晩年までエネルギッシュに創作】

 奈良県橿原昆虫館(橿原市)で「自然を感じる・命を見つける―画家・島本芳伸の世界」が開かれている。島本は1937年和歌山県生まれで、7歳のとき奈良へ。元一陽会委員・日本美術家連盟会員で、現場主義をモットーに画材を求めてキャンピングカーで走り回り、3年前の2013年秋に病没するまで創作活動に精力的に取り組んだ。多作で知られ、テーマも風景、人物、寺院、仏像と多岐にわたった。30日まで。

 

 会場の入り口に飾られた作品は色鮮やかな『朝日を受ける畝傍山』(上の作品)。季節は秋だろう。朝日が田園や紅葉を照らし、中央奥の畝傍山をひときわまぶしく染め上げる。その左背後には二上山。平和な朝の風景を明るく自在な筆致で描き上げた。橿原市に居を構えていた島本は畝傍山と二上山がお気に入りだったようだ。会場には『青い風』(下の作品㊧)や絶筆『二上山と畝傍山』も展示されている。絶筆は亡くなる4日前の作品。飛鳥路を車椅子で散歩していたとき「二上山がきれいね」と声を掛けると、島本は「畝傍山と合わせて描くのがいいんや」と答え、自宅に戻るとベッドの上で描き始めたという。だが翌朝には意識を失ったそうだ。

 

 島本の作品には独特なタッチの個性豊かなものが多い。『赤の気配』(上の作品㊨=部分)は150号変形の縦長の大作。滝を激しく下り落ちる白い水しぶきがユニークに表現されている。別の滝を描いた『虹の気』は勢いのある筆運びでほとばしる水のすさまじさを表した。一方、病没2年前の作品『はちすのゆめ』(下の作品)はメルヘンチックな作品で、月光に照らされて咲くハスの花を幻想的に描いた。

 

 『余呉郷湖』(下の作品)は横長の和紙に描いた作品。『はちすのゆめ』と同様、静寂が画面全体を支配するが、手前の親子(?)のカモが厳しい冬の自然の中で一服の温かさを感じさせてくれる。なかなか味わい深い。会場にはヨーロッパを訪ねたときの作品『トレドの太陽』(スペイン)や『オンフルールの雨』(フランス)、1978~84年に30冊分の挿絵を描いた『全国の昔話シリーズ』なども並ぶ。島本は東大寺学園の夜間高校を卒業後、自然と真摯に向き合いながら多くの作品を残してきた。晩年は病魔に襲われ76歳で病没したが、全力疾走の人生に悔いはなかったのではないだろうか。

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<奈良県立万葉文化館> 特別展「古代への憧憬―近代に花開いた古典の美」

2016年11月24日 | 美術

【「記紀」や「万葉集」などに題材を求めた作品70点余り】

 奈良県立万葉文化館(明日香村飛鳥)で開館15周年を記念した特別展「古代への憧憬―近代に花開いた古典の美」が開かれている。明治時代は西洋の制度や文物を積極的に導入する一方で、美術界では古事記や日本書紀の神話などを題材とした作品が多く発表され、万葉集が広く読まれるようになる大正時代以降は「素朴な古代生活」への憧れを滲ませた作品も多く描かれた。これらの作品70点余を江戸時代から近年の平成まで時代を追って展示中。11月27日まで。

 会場を入ると2体の江戸時代の『柿本人麻呂像』。1体は「伝安井門跡賛、法眼泰晋画」、もう1体は「伝賀茂真淵賛」と伝わる。菊池容斎の『前賢故実』(全10巻、各上下冊)は上古から南北朝時代の皇族や忠臣の姿を描いたもので、漢文による解説付き。冨田渓仙の『万葉春秋』(上の作品)は万葉集に詠まれた椿や山吹などの草花が描かれた屏風絵。神宮徴古館(三重県伊勢市)から『仁徳天皇』『舎人親王』『和気清麻呂』など〝国史絵画〟5点も出展されている。国史絵画は昭和の初め、皇太子(今上天皇)誕生の記念行事として東京府が「養生館」の建設を計画し、そこに展示する歴史画として制作された。全部で78点あり、約60年前に東京都から伊勢神宮に譲渡された。

 

 展示中の国史絵画には『聖徳太子』も含まれるが、他にも聖徳太子に因む作品は多い。堂本印象の『太子降誕』(上の作品㊧=部分)は厩戸皇子誕生の場面を描いた作品。聖徳太子は厩(馬屋)で生まれたという逸話も伝わるが、ここでは穏やかな誕生まもない瞬間が明るく描かれている。吉村忠夫の『多至波奈大郎女』(作品㊨=部分)は聖徳太子妃で太子没後「天寿国曼荼羅繍帳」を作ったという橘大郎女を描いた作品。「第1回聖徳太子奉賛美術展覧会」(大正15年=1926年)に出品する予定だったが、時代考証などに時間がかかったため出品を諦め、後に帝展に応募し特選に輝いた。

 他に吉田白嶺の『土人形 武装した人』2体、大亦観風の『萬葉集畫撰』20点、菊池契月の『光明皇后』、上村松篁が井上靖の歴史小説『額田女王』のために描いた挿絵原画6点、小倉遊亀の『大津皇子』や『天武天皇』、大森運夫の『貧窮問答歌』なども並ぶ。

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<帝塚山大付属博物館> 「瓦アート展―アートな視点からみたKAWARA」

2016年09月29日 | 美術

【作家3人が様々な瓦から自由な発想でジュエリー、絵画、切り絵などに】

 帝塚山大学付属博物館(奈良市)で「瓦アート展―アートな視点からみたKAWARA」が開かれている。同館は日本、中国、朝鮮半島の古代から現代に至る多くの瓦を収集・所蔵しており、それらの瓦を基にアクセサリー作家、日本画家、切り絵作家の3人がそれぞれに自由な発想で制作したまさに〝アートな瓦作品〟が並んでいる。

 

 アクセサリー作家、西村崇則さんの作品「Necklace」(上の写真㊧=部分)は銀・銅・ジルコニア製。朝鮮半島・新羅時代の蓮華文軒丸瓦と日本・現在の緑釉宝相華唐草文滴水瓦のデザインを取り入れて華麗なネックレスに仕立て上げた。「Bangle―唐草文」(写真㊨)は銀製で、デザインの基となったのは統一新羅時代の唐草文軒平瓦。鬼瓦や鯱(しゃちほこ)をデザインしたブローチやかんざしも出展している。瓦の文様の斬新性を改めて想起させる作品群だ。西村さんは2012年、イタリアの国立フィレンツェ美術アカデミー絵画科を卒業。在学中に彫金やレザークラフトを始め、昨年、革小物や貴金属などを使ったアクセサリーブランド「BoTTega Ruan」を立ち上げた。

 

 安藤はるかさんは2000年、東京芸術大学美術学部絵画科日本画専攻を卒業。その後、西村さんと同時期にフィレンツェ美術アカデミー絵画科に入学し卒業している。第25回全日本アートサロン絵画大賞展で優秀賞を受賞。今回の出展作のうち「川原のKAWARA」(上の写真㊧=部分)は日本の奈良時代や安土桃山時代、朝鮮半島の高句麗や統一新羅などの出土瓦20点余を画面の要所に描き込んだP40号(100×72.7cm)の作品。精細な描写で瓦たちが存在感を主張しており、それら1つ1つに目を奪われる。「にらめっこしましょ」(写真㊨)は中国・南朝時代の獣面文軒丸瓦の欠けた部分にしっぽの長い猿を描いた作品。そのタイトルとユニークな組み合わせがつい笑いを誘う。

    

 タナカヒロユキさんの「鬼次と鬼瓦」(上の写真㊧=部分)は浮世絵の大首絵風で、獣面文軒丸瓦のデザインを着物の紋所部分に置き換えた。鬼次の表情に実によくマッチしている。「鯱―SHACHIHOKO」(写真㊨=部分)は大阪城・乾楼鯱瓦を基にした切り絵で、原画は安藤はるかさんが描いた。タナカさんは帝塚山大学の広報課職員。切り絵の制作を始めたのは3年前とのことだが、国内各地や韓国で精力的に展示会に出展しており、昨年、切り絵アートグループの「SAMURAI展 2015年冬大阪の陣」で「Sayaka Imai賞」を受賞したとのこと。「瓦アート展」は10月8日まで。

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<ひいらぎゆき> 『龍の如し』富山新聞社公募の「富山ホビー展」で銀賞!

2016年09月06日 | 美術

【金沢在住の若手イラストレーター、9月21日から個展「和の世界展」】

 3年余り前の2013年春、けいはんな記念公園(京都府精華町)内のギャラリーで、若手イラストレーター・デザイナーの個展が開かれた。「ひいらぎゆき展」。初の個展ということで、作品を見るのはもちろん初めてだったが、その繊細な表現と独特なタッチが目を引き、このブログでも当時紹介した(同年4月3日付)。そのひいらぎさんの作品『龍の如し』がこのほど富山新聞社復刊70周年記念の「富山ホビー展」で銀賞を受賞した。

 ひいらぎさんは石川県金沢市出身・在住。金沢デザイン専門学校を卒業後「イラスト工房Hiiragi」を立ち上げ、有名漫画家のアシスタントなどを務めながら研鑚を積んできた。現在は北国新聞、富山新聞の文化センターなどで漫画イラスト教室の講師を務める。同時にタオルや衣装デザインなども手掛け、造形作家とのコラボ活動にも意欲的。最近では今年3月、神戸市東灘区の「酒心館」でミニ個展を開いた。この間「日本ペンクラブ」に入会するとともに「京都地名研究会」や「京都知恵の会」に加入するなど人の輪を広げてきた。

 今回の受賞作『龍の如し』はB3サイズで、コピック(カラーマーカー)や色鉛筆、パステルなどの画材を使って描いた。龍がにらむイケメンの男性は戦国武将をイメージしたとか。画面の左右には滝登りに挑む鯉を配置した。全面を覆う激しい波しぶきの音が今にも聞こえてくるかのようだ。龍と戦国武将。一見妙な取り合わせだが、ひいらぎさんはこう説明する。「龍は天に昇るもの。武将は一国一城の主を目指し、やがて天下を狙う。魚は出世魚。つまり全ては『天』『上』を目指しているわけです。縁起の良いイラストと思っていただければうれしいですね」。中国の故事では滝を登ることができた鯉は龍になる。そういえば、武将の涼やかな表情の中にも龍や鯉に負けない強い意志がみなぎっているようにも見える。

 ひいらぎさんはいま9月21~26日に地元金沢市で開く個展「ひいらぎゆき 和の世界展」の開催に向け、その準備や作品の仕上げに余念がないそうだ。今回は受賞作をはじめ日本のおとぎ話をモチーフにした作品や名君前田利家公、加賀百万石をイメージしたイラストなども展示する予定という。開催場所は「ギャラリーセーブル」(金沢市大手町7-29)。美術、音楽、スポーツなどどんな分野にしろ、密かに着目してきた若手作家や選手が着実に実力を蓄え期待通りの活躍を見せてくれるとしたら、それに優る楽しみはない。

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<大和文華館> 特別企画展「涼を呼ぶ美術―滝・鯉・龍―」

2016年06月03日 | 美術

【渡辺南岳「鯉図」、雪村「花鳥図屏風」など涼やかな作品36点】

 大和文華館(奈良市学園南)で初夏の到来に合わせた特別企画展「涼を呼ぶ美術―滝・鯉・龍―」が始まった。水辺の情景や生き物などを描いた涼やかな絵画や工芸品を集めた作品展で、円山応挙の『双鯉図』や応挙晩年の弟子、渡辺南岳の『鯉図』、雪村周継の『花鳥図屏風』(重要文化財)など、参考出陳も含め36点が展示されている。7月3日まで。

   

 応挙の『双鯉図』(泉屋博古館蔵)は2匹のコイが笹の枝に刺され吊り下げられた構図。1匹は尾を力強く振り上げており、活きの良さが伝わってくる。応挙の作品はほかに参考出陳として『鱈図』『雪汀双鴨図』『四季山水図屏風(春景・夏景)』の3点。南岳の紙本淡彩『鯉図』(黒川古文化研究所蔵、上の作品)は六曲一双の屏風で、右隻に2匹のコイ、左隻に巨木の松の幹と1匹のコイが描かれている。右隻のほぼ半分、第1扇から第3扇までを占める1匹の大きなコイは全長が約1.7mほどもあろうか。その迫力に圧倒される。

 雪村の墨画『花鳥図屏風』は水辺のカモやシラサギを描いた六曲一双の屏風。雪村は雪舟に私淑していた。狩野元信筆と伝わる『奔湍図(ほんたんず)』『瀑布図』は岩間を下る激流や滝壺に激しく落ちる水音が今にも聞こえてくるような気配が漂う。元信は狩野派の祖といわれる狩野正信の長男。これらの作品のうち『花鳥図屏風』や『奔湍図』は数年前の水墨画名品展などでも目にしたが、「涼」をテーマとする今展にふさわしい作品といえるだろう。

 絵画では他に伝狩野源七郎筆『叭々鳥図(ははちょうず)』、狩野探幽筆『古画縮図(花鳥)』、江戸後期の『長谷寺縁起絵巻』『道成寺縁起絵巻』など。狩野源七郎は永徳の弟とも息子ともいわれる。絵画以外では青木木米作『赤絵龍文盃』や中国・景徳鎮窯の『紫釉雨龍盃』などのほか、〝涼を呼ぶ衣装とうつわ〟として『琉球紅型(びんがた)衣装』や『藍色薩摩切子小瓶』、オランダ18世紀の『東印度会社帆船図硝子酒盃』なども展示中。

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