く~にゃん雑記帳

音楽やスポーツの感動、愉快なお話などを綴ります。旅や花の写真、お祭り、ピーターラビットの「く~にゃん物語」などもあるよ。

<スズメ(雀)> 生息数は全国で1800万羽? スズメにも少子化の波!

2017年06月01日 | 小鳥たち

【害鳥それとも益鳥? 田舎のスズメは都会組より美しい!】

 人家の近くに生息し最も身近な野鳥といえば、やはりこのスズメだろう。「雀の子そこのけそこのけお馬が通る」(小林一茶)。スズメは古くから俳句や昔話に登場し、美術工芸品の題材となり、家紋にもなってきた。春日大社(奈良市)所蔵で源義経奉納ともいわれる国宝「赤糸威大鎧(あかいとおどしおおよろい)」にも竹・虎とともに百羽余のスズメがあしらわれている。スズメは小笠原諸島を除いて日本列島に隈なく分布するという。ところが近年その姿を見掛けることが少なくなってきたとの声もしばしば聞く。

 ではスズメは日本にどのくらいいるのだろうか。そんな難問にあえて挑戦した研究者がいる。著書に『スズメの謎』(誠文堂新光社刊)がある三上修さんだ。秋田、埼玉、熊本の3県ごとに商用地・住宅地・農村・大規模公園・森の5つの環境を選び出しスズメの巣の密度を調査した。その結果、割り出した推定生息数は1800万羽。地道な調査にはただただ頭が下がる。スズメの減少について三上さんは1990年からの20年間に「少なくとも5割は減少した」とみる。スズメの少子化についても指摘する。NPO法人の協力で行った調査の結果、親スズメが連れている子スズメの数は商用地1.41羽、住宅地1.81羽、農村地2.13羽で、商用地では子スズメを1羽しか連れていない親スズメが目立った。「町中ほどエサが少ないことが理由だと考えられます」とのこと。

 スズメは稲などの農業被害から〝害鳥〟扱いされてきたが、一方で〝益鳥〟でもあるという指摘もある。害虫を捕ってくれ、雑草の種子も食べてくれるからだ。90年ほど前に国がまとめた「鳥獣調査報告書」のスズメの項にはこう記されているという。「スズメが自然に、あるいは人が捕まえて減った結果、害虫の大発生を引き起こして、ひどい状況になった例は古来より多々ある」。実際、1950年代にスズメ撲滅運動が実施された中国では農作物の害虫が増えて全国的に凶作になったそうだ。

 

 スズメはこの時期がちょうど繁殖期にあたる。孵化から巣立ちまでおよそ2週間。この間に親鳥が雛のために餌を運ぶ回数は1日に約300回、延べ4000回にも及ぶそうだ。親鳥の世話は巣立ち後も独り立ちまで続く。大きさが親とほとんど変わらない幼鳥が、羽を打ち震わせながら黄色いくちばしを大きく開けて餌をねだる。その光景がなんともほほえましい。スズメは羽模様が灰褐色のため地味なイメージが強い。ただ「都会のスズメは薄汚れているが、空気のきれいな農耕地帯のスズメは地味ではあるが美しい」(家の光協会刊『カラー版野鳥』)ともいわれる。

 随分以前のことだが、大阪の長居公園で目にした光景が忘れられない。スズメがおじさんたちの手のひらに乗ってパンくずなどをついばんできた。日本のスズメはそこまで人に懐かないという先入観があっただけに予想外だった。「趣味はスズメ」という女性がいた。なぜか馬が合って何度か食事を共にした。庭を訪ねてくるスズメを見るたびに、若くして病没したその女性のことがしばしば頭をよぎる。

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<キジバト(雉鳩)> 日本在来種、別名「ヤマバト」森から都市に進出

2017年05月23日 | 小鳥たち

【ドバトのように群れずに単独または2羽で行動】

 北海道から九州、沖縄まで広く分布する。北海道以外の地域では留鳥だが、北海道では夏鳥で冬になると温暖な地方に移動する。別名「ヤマバト」。その名の通り、もともとは明るい林や森に生息していたが、1970年代以降、次第に都会でもよく見られるようになった。同様に近年都市周辺でしばしば見かけるムクドリやカワセミ、ヒヨドリ、コゲラ、カルガモなどとともに〝都市鳥〟の一つに数えられている。

 全長30cm強で、羽には黒と赤褐色の鱗模様が重なり、頸には青と黒の横縞が入る。「雉鳩」の名前は体の模様が雌のキジに似ていることから。「デデッポッポー」という低く響く鳴き声に特徴がある。家禽化され伝令用などに使われたドバト(イエバト)と違って人にはあまり懐かない。また群れもつくらずに1~2羽で行動することが多い。奄美諸島や琉球諸島には体色が黒めの亜種「リュウキュウキジバト」がいる。(因みにドバトはヨーロッパ~中央アジア出身で、日本には平安時代前後に渡来したといわれる)

 小鳥の多くは春から初夏にかけて繁殖する。雛の餌になるチョウなどの昆虫が豊富なためだ。一方、ハト類はこの時期に限定されずに年中繁殖が可能。キジバトでも年に何回もの繁殖が確認されている。それはピジョンミルク(鳩乳)があるおかげ。喉の嗉嚢(そのう)から分泌される栄養豊富な乳液で、孵化直後から口移しで雛に与えられる。ミルクは雌だけでなく雄からも分泌され、雄も授乳して巣立ちまで雌に協力する。だから雛の餌に虫などを必要としないわけだ。キジバトの繁殖はほとんどが同じつがいによるもので、相手が代わるのは相手がいなくなったときにほぼ限られるという。

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<カワラヒワ(河原鶸)> スズメ大、翼の後方に鮮やかな黄色の紋様

2017年04月21日 | 小鳥たち

【ヒマワリの種が大好物、留鳥だが北海道以北から飛来の冬鳥も】

 今回拙庭にやって来たのはスズメとほぼ同じぐらいのカワラヒワ。翼後方(初列・次列風切羽)の黄色の模様が実に鮮やか。飛翔時にはその黄色の帯が遠目にもくっきりと浮かび上がる。魚の尾ひれのような形の尾羽の一部にも同じような明るい黄色の模様がある。くちばしは太くて短い。ウソやシメ、イカルなどアトリ科の小鳥に共通する特徴だ。

 日本をはじめ朝鮮半島、中国、モンゴルなど東アジアに広く分布する。国内では九州以北のほぼ全域で繁殖する留鳥だが、北海道以北に生息するものは冬鳥として関東以西の暖地に渡り、春にまた繁殖地に戻るものも。北海道では晩秋、河川敷に大集合して群れで南へ渡っていく光景が見られるそうだ。産卵期は3~7月。雛には雄鳥と雌鳥が交代で給餌し、孵化後2週間ほどで巣立つ。

 

 主食はタデやイネ科、アザミ、ヨモギ、タンポポなどの種子。ヒマワリの種も大好物で、庭にやって来た2羽もシジュウカラなどのため庭にまいていたその種をついばんでいた。羽を立ち上げて近くに寄ってきたスズメを威嚇する光景も見られた。国内のカワラヒワ属には他にオオカワラヒワや小笠原諸島に生息するオガサワラカワラヒワ(環境省はレッドリストで絶滅危惧ⅠA類に指定)などがいる。ちなみに日本の伝統色「鶸色(ひわいろ」(明るい萌黄色)はカワラヒワの仲間マヒワの雄鳥の羽毛の色に由来するという。「黄の紋を晒して歩く河原鶸」(櫻井掬泉)

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<コゲラ(小啄木鳥)> スズメ大、日本で一番小さいキツツキ

2017年04月01日 | 小鳥たち

【両脚と尾羽の〝3点確保〟で木の幹を自在に動いて餌探し】

 北海道から沖縄まで全国各地で見られるキツツキ科の留鳥。大きさは全長15cmほどで、スズメとほぼ同じ。日本にはアカゲラやクマゲラ、アオゲラ、ヤマゲラ、ノグチゲラなど多くのキツツキの仲間が生息するが、その中で最も小さいのがこのコゲラ。英名は「ジャパニーズ・ピグミー・ウッドペッカー」で、日本の小さなキツツキを意味する。

 もともとは低山や山麓の雑木林など山野で暮らしていたが、最近は都会の公園や住宅地でもよく見掛けるようになってきた。黒地の背中に白い横縞の模様が入る。雌雄ほぼ同色だが、雄には目の後ろ側に赤い羽毛が数本付く。雑食性で、主に昆虫やクモなどを捕食する。キツツキの仲間はどれも「○○ゲラ」と呼ばれる。「ケラ」は「ケラツツキ」の略で、このケラはもともと虫を指すという。

 コゲラは幹に止まるとき、両脚に加えて硬い尾羽をしっかり幹に付ける。この〝3点確保〟で自在に動き回りながら、餌を探したり巣穴を開けたりするわけだ。飛ぶときには「ギィーギィー」と鳴きながら波形に飛ぶ。全国の生息地域ごとに色彩に微妙な変化が見られ、エゾコゲラ、シコクコゲラ、キュウシュウコゲラ、リュウキュウコゲラなど多くの亜種がある。コゲラは東京都小平市指定の「市の鳥」。市内の玉川上水付近でよく見られるといい、コゲラをデザインした携帯電話ストラップや和菓子の「こげらまんじゅう」も売られている。(写真は奈良の拙庭で3月31日撮影。数年前切り倒したクヌギの幹の隙間にくちばしをコツコツ打ちつけていた)

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<シロハラ(白腹)> アムール川流域からの渡り鳥、まもなく北帰行?

2017年03月20日 | 小鳥たち

【名前通りに白っぽい腹部、大きさ・習性はツグミそっくり】

 日曜日の19日朝、ふと庭を見ると見慣れない野鳥が1羽。「えっ、ツグミ?」。大きさはツグミとほぼ同じ、地面に降りて落ち葉をくちばしで跳ね除けながら昆虫やミミズなどの餌を探す仕草もよく似ている。ただ背中が茶褐色、腹が白っぽくて、ツグミに比べると色合いが全体的に地味な感じ。早速、手元の野鳥ハンドブックで調べた結果、渡り鳥のシロハラと分かった。

 シロハラの繁殖地はロシア極東域のアムール・ウスリー川流域から中国東北部にかけて。冬鳥として日本や朝鮮半島などに渡来して越冬、春になるとまた北方に戻っていく。シロハラはツグミやアカハラなどとともにツグミ科に分類されていたが、日本鳥学会発表の最新の分類(2012年の日本鳥類目録改訂第7版)ではツグミ科の100種以上がヒタキ科に組み入れられたそうだ。

 ハンドブックによると、雄鳥は頭・顔・喉が灰色なのに対し、雌は喉が白く頭も背中と同じ淡褐色という。写真のシロハラはどうも雄の成鳥のようだ。シロハラは10月下旬に数百羽の大群で飛来し、その後は単独でやや薄暗い森林の茂みなどで暮らすことが多いという。明るい開けた場所でしばしば見かけるツグミに比べて、あまり馴染みがないのもそれが一因だろう。

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<ヤマガラ> 餌の少ない真冬に備えヒマワリの種をあちこちに〝貯食〟

2016年12月28日 | 小鳥たち

【隠した場所98%も記憶! かつてヒマワリが発芽したことも】

 わが家の庭にやって来る小鳥のヤマガラ(シジュウカラ科)がせっせと〝貯食〟に励んでいる。軒先に吊るした給餌籠からヒマワリの種を1個くわえては、数メートル離れた木々の根元や幹・枝の隙間、草花の鉢の内側など、あちこちに打ち込んだり差し込んだり。この貯食の習性はオナガやコガラ、ゴジュウガラ、カケスなどにも見られるという。木の実など餌が少なくなる真冬に備えているのだろう。

 ヤマガラは隠したヒマワリの種を後で取り出して食べるのだが、何十カ所にも分散した貯食場所を覚えているのだろうか。貯食に触れた本をめくっていると「隠した種や実が忘れられて発芽することもある」という記述をたまに目にする。実際、わが家でも草花の鉢の隅から急にヒマワリが発芽し、ひょろひょろと高さが40~50cmにもなったことがあった。

 

 ただ、柴田佳秀著『鳥の雑学がよ~くわかる本』によると、鳥類学者の樋口広芳氏(元東京大学教授)が伊豆諸島の三宅島でヤマガラの貯食行動を観察したところ、ヤマガラは種や実を隠した場所をなんと98%もの高い確率で覚えていたという。わが家でヒマワリが発芽したのもヤマガラが忘れたのではなく、たまたま暖かい日が続いて取り出す前に芽が出てきたのかもしれない。小鳥たちの脳は実にちっぽけ。だけど、その記憶力には人智を超えるものがあるようだ。

 

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<人気集めるカルガモ親子> 奈良国立博物館新館前の池周辺を散歩!

2016年06月20日 | 小鳥たち

【雛鳥10羽、孵化は5月下旬? 母鳥に見守られてすくすく成長】

 奈良国立博物館新館前の池に現れたカルガモ親子がいま観光客の人気を集めている。18日午後5時すぎ、親子は観光客でごった返す東大寺大仏殿前の交差点南西側にある小さな池(「鷗外の門」のそば)にいた。親鳥と雛鳥10羽。雛といってももう結構大きい。しばらくすると、雛鳥たちは母鳥に「集合、行くわよ」と促されるように池辺に上がり、一団となって西側にある博物館前の池に向かった。

 

 雛鳥が陸(おか)に上がって歩き始めると、母鳥は最後尾から見守っていた。博物館の池まで50~60mほどあるだろうか。カルガモの姿に気づいた観光客も少し距離を置いて一緒に進む。博物館の池は東から西に向かって低くなっており、高さ50cmほどの段差が2つある。母鳥は下を覗き込みながら、また「さあ下りるよ」とでも言うようにみんなを促す。もう何度も通い慣れたコースなのだろう、雛たちもほとんど躊躇することなく、次々に飛び込んでいた。最初の池で見掛けてから約20分。この間、母鳥がずっと10羽の雛鳥全てに目配りしている様子が印象的だった。

 

 

 最初に目撃されたのは5月下旬か。同博物館ミュージアムショップのホームページは最新情報として「カルガモも待ってまーす♪」というタイトルで紹介している。「カルガモが沢山の赤ちゃんを連れてお散布の練習です。カラスに注意しながら親鳥がやさしく見守っています」。添えられた写真を見ると雛鳥もまだずいぶん小さい。全員(?)ここまで育てた母鳥は立派。だけど、その気苦労も雛鳥が飛び立てるようになるまでもうしばらく続く。 

  

(P.S.) 翌19日、付近を通りかかったついでに博物館前の池に寄ると、母鳥と幼鳥は西側の石張りのせせらぎの中にいた。その後、11羽は新館正面側の池に移動。しばらくすると、博物館の職員さんが現れ食パンをちぎってやり始めた。朝夕2回与えているという。その職員さんによると、生後約4週間で、飛び立つまであと1カ月ほどかかりそうということだった。

 

 

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<シメ(鴲)> 羽毛の色合いが美しいアトリ科の渡り鳥

2016年03月26日 | 小鳥たち

【名前は地鳴きの声から? ずんぐりした体形に太い嘴】

 25日午前、梅の小枝から地面に降り立って何か黒い実をくわえ食べていた。庭で見かけたのは今回が初めて(多分これまでも来ていたが気付かなかっただけだろう)。アトリ科の渡り鳥で、ヨーロッパ~アジアの中緯度の温帯・亜寒帯域に広く分布する。日本でも北海道や本州の山地で繁殖し、秋になると本州中部以南に移動するが、中国東北部やサハリンなどからの渡来・越冬も確認されているという。

 集団で渡来するが、その後は主に単独で行動する。体長18~20cmでスズメより大きくムクドリより小さい。ずんぐりした体形で、嘴(くちばし)は文鳥のように太くて短い。好物はエノキ、ムクノキ、カエデ、ヒマワリ、ヒエ、アワなどの木や草の実や種子。どんなに堅い実でもその頑丈な嘴で噛み砕く。繁殖期には昆虫も餌とする。雄は雌に比べ全身の色彩が豊かで、白・黒・褐色・灰色などのコントラストが美しい。

 奈良時代には主に「ひめ」と呼ばれた。万葉集には2カ所に登場する。巻1―0006に「宮の前に二つの樹木あり この二つの樹に斑鳩(いかるが)と比米(ひめ)と二つの鳥 大(いた)く集れり」、巻13―3239に「末枝にもち引き懸け 中つ枝に鵤(いかるが)懸け 下枝に比米を懸け……」。いかるがは奈良・斑鳩の里で多く見られた同じアトリ科のイカルのこととみられる。後者の歌は囮(おとり)を使って鳥黐(とりもち)でシメ、イカルを捕まえるように、という比喩的な内容。

 「ひめ」の呼び名は一説に、よく似たイカルより少し小さいことからともいわれる。平安時代には「ひめ」と「しめ」が併用され、江戸時代になって「しめ」に統一された。シメの語源は「シ」が地鳴きの「シッ」から、「メ」はスズメやツバメ、カモメなどと同様、小鳥や群れを表す接尾語の「め」から、という説が有力視されている。

【追記】27日朝9時すぎ、ふと小宅の庭を見ると、来ていた、来ていた、またシメが! やっぱり、これまで気付づかなかっただけだったようだ。

 

 

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<シジュウカラ(四十雀)> 名前の由来は鳴き声説から雀40羽分の価値説まで!

2016年03月09日 | 小鳥たち

【主食は昆虫、ヒマワリの種やピーナッツも】

 ヤマガラ(山雀)やコガラ(小雀)などと同じシジュウカラ科で、緑の多い地域なら市街地でもごく普通に見かけるかわいい留鳥。文献では平安時代初期の仏教説話集『日本霊異記』に「しじうからめ」として出てくるのが最初で、室町時代になって「しじうから」と略されて呼ばれるようになったという。

 雄鳥のさえずりは「ツツピー・ツツピー」。地鳴きは「ジュク・ジュク」と濁る。黒い頭に白いほっぺと白い胸の真ん中に伸びる黒いネクタイ模様がトレードマーク。主食は昆虫で、ドイツでの調査によると1羽が1年間に食べる虫の量をガの幼虫に換算すると12万5000匹にもなるそうだ。ヒマワリの種やピーナッツも大好物。庭の餌台に入れておくと毎日やって来る。番(つがい)とみられる2羽のことが多い。幅広ネクタイのほうが雄で、幅の狭いのが雌だろう。

 名前の「シジュウ(四十)」の由来には諸説がある。地鳴きの音に由来するという説をはじめ、よく群れることから数が多いことを表すという説、さらには1羽でスズメ40羽分の価値があるという説まで(スズメには少々かわいそうな気もするが……)。似た名前の小鳥に「ゴジュウカラ(五十雀)」があるが、こちらの名の謂れもはっきりしない。全く別のゴジュウカラ科に属し、目の左右に黒いラインが伸びて見た目も異なる。「四十雀」「五十雀」があるなら「三十雀」や「六十雀」があってもよさそうだが、そんな名前の鳥は存在しない。

 シジュウカラにまつわる民話に『一休さんの引導』。一休和尚がある寺の小僧だったとき、檀家の人が「飼っていた四十雀が死んだのでお経をあげてほしい」とやって来た。あいにく和尚は法事で留守中。一休はお経といっても「なむなむなむ」しか知らない。そこで思案を巡らせた一休はこうお経をあげた。「なむなむなむ。人生わずか50年、お前は小鳥であれども四十雀とはよく生きた。喝!なむなむなむ」。檀家は満足してお布施を包み家路へ。そこへ和尚が戻ってきて「何か変わったことなかったか?」。一休はありのままにこんな文句で四十雀に引導を渡したと報告。すると和尚は「俺でも思いつかない文句」と一休を褒めた……。「老の名のありとも知らで四十雀」(松尾芭蕉)。

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<ヒヨドリ(鵯)> 頭はモヒカン刈り? 名前は鳴き声から?

2016年02月26日 | 小鳥たち

【雑食…昆虫、木の実から花の蜜、柑橘類、葉野菜まで】

 かつては渡り鳥とされてきたが、今では留鳥として日本各地の里山や緑の多い市街地などでごく普通に目にするようになった。体長は28cmほど。雌雄同色で、翼は黒っぽく胸~腹は灰色に白い斑点模様。頭にボサボサの冠羽が生え、そのモヒカンふうの顔立ちと甲高い鳴き声から他の野鳥にはない精悍な印象が強い。

 平安時代の貴族はヒヨドリを雛から育てて飼っていたという。その頃の呼び名はヒエドリだった。平安中期に作られた『和名類聚抄』も「鵯 和名比衣土里(ひえとり)」と紹介している。ヒヨドリと呼ばれるようになったのは室町時代以降。名前の語源には主に「ヒィーヨ、ヒィーヨ」という鳴き声説と「稗(ヒエ)鳥」からの転訛説がある。ただ『鳥名の由来辞典』(柏書房刊)は「ヒヨドリはヒエを食べないので、鳴き声により名づけられたと考えられる」としている。

 

 主食はコガネムシなどの昆虫類と南天、千両、ピラカンサなどの実。梅や椿などの花の蜜やハッサクなど柑橘類も好む。庭先に食パンのみみやリンゴの皮などを置いておくとよくやって来る。数日前にはゼリー状のカブトムシの餌まですすっていた。ヒヨドリはキャベツやブロッコリー、コマツナなどの露地野菜も食べる。農林水産省がまとめた「野生鳥類による農作物被害状況」(2012年度)によると、ヒヨドリによる被害は年々増加傾向にあり金額と被害量はカラスに次いで2位になっている。

 以前庭のハナミズキにヒヨドリが巣を作ったことがあった(写真㊨)。数年後には別の木にも巣作りしたが、卵を狙って木に登るシマヘビを偶然目撃したため、登れないように〝ヘビ返し〟を作ってやったことも。その巣では3つの卵が孵化し雛鳥は無事に巣立った。その風貌や耳障り(?)な鳴き声、葉野菜の食害や糞害などから、ヒヨドリは野鳥の中の嫌われ者になっているようだ。だけど今日もまたやって来たこのヒヨドリはここが生まれ故郷かもしれない……そう思うと親近感と愛着のようなものも湧いてくる。「鵯のこぼし去りたる実の赤き」(与謝蕪村)

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<ツグミ(鶫)> シベリアから渡来し晩秋~早春を日本で過ごす冬鳥

2016年02月19日 | 小鳥たち

【福井県の鳥、「だるまさんが転んだ」式歩行術!】

 日本に渡来する代表的な冬鳥の1つ。ヒタキ科ツグミ亜科で、シベリア東部~カムチャッカ半島で繁殖し、日本には晩秋大きな群れでやって来る。そして冬は単独で行動し、早春になると再び大群となって帰っていく。体長は24~25cmほどで、よく群れで見かけるムクドリとほぼ同じ。ヒヨドリに比べると、ほっそりしてスマートに見える。

 頭や背は黒褐色で、目の上の太くて長い白眉がチャームポイント。翼は赤褐色。胸と腹には白地に黒い斑模様が入る。翼の色や胸の斑点の濃さは個体によって異なるという。地鳴きは「クイックイッ」。ツグミの語源ははっきりしないが「噤(つぐ)む」から来ているという説も。冬鳥のため日本では口をつぐんでほとんどさえずらないからというわけだ。

 鳥類の多くは地面を歩く際、両脚でピョンピョン跳ねるか、または片足を交互に出しトコトコ歩く。だがツグミはカラスの仲間とともに両方を器用にこなす。その歩き方は子どもの遊び「だるまさんが転んだ」に例えられる。最近庭先によく姿を見せるツグミを観察していると、早足で数歩進んでは姿勢を正してピタッと立ち止まる。これを繰り返しながらくちばしで枯葉を払ってミミズや小さな虫などを探し回る。

 ツグミはかつて食用の焼き鳥にする目的で、渡りの時期になるとカスミ網で大量に捕獲された。カスミ網猟はとっくの昔に禁止されたが、その後も密猟は絶えないという。そのツグミを「県の鳥」に指定し大切に見守っているのが福井県。毎年日本海を渡って福井県内に飛来するツグミは100万羽に上るという。ツグミは福井県立大学の学章のデザインにもなっている。「鶫来るふもとの村の赤子かな」(大峯あきら)。

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<メジロ(目白)> その名は目の周りを縁取る白いアイリングから

2016年02月14日 | 小鳥たち

【好物は花の蜜や小さな昆虫。リンゴやミカンなども】

 スズメより少し小さい愛らしい留鳥で、日本をはじめ中国、台湾、フィリピンなどアジア東部の温帯域に生息する。目の周りの白い輪からメジロの漢字には「目白」「眼白」または「繍眼児」が当てられる。「繍眼児」は白い輪の羽毛の生え方がまるで刺繍を施したように見えることから。絵やイラストでは真ん丸い円で表現されることが多いが、よく見ると完全な円ではなく目の前部で円が切れていることが分かる。

 雌雄の体色はほぼ同じ。頭から背面にかけては黄緑色、胸と脇は赤褐色で腹は白い。メジロは一夫一妻で仲睦まじい。繁殖期の5~8月頃になると、雄と雌が巣作りから抱卵、ひなへの餌やりまで共同して行う。好物はクモやハチ、ガ、バッタなどの小さな昆虫、そしてウメ、サクラ、ツバキなどの花の蜜。甘党で熟したカキなど果実も大好物だ。リンゴ、ミカン、ハッサクなどを2つに切って庭の枝に刺しておくと頻繁に立ち寄ってくれる。

 繁殖後の秋~冬にはいくつもの番(つがい)が集まって10~30羽ぐらいの群れで行動し、木の枝に押し合うようにくっつきあって止まるという。そこから「目白押し」という言葉が生まれた。ペットショップなどの鳥小屋内はともかく、屋外でそんな光景を一度目にしたいのだが……。メジロは「チィー、チィー」と地鳴きし、繁殖期の雄のさえずりは〝聞きなし〟で「長兵衛、忠兵衛、長忠兵衛」と表現される。そのさえずりを競う「鳴き合わせ会」が古くから全国各地で開かれてきた。 

 一定の時間内に何回鳴くかを競うもので、好成績を上げたメジロの中には「横綱」や「大関」として数十万~数百万円で取引されたこともあったそうだ。ただメジロの捕獲は野鳥の中で唯一1世帯1羽の飼育を前提に認められていたが、2012年春から捕獲は原則的に禁止となった。その背景には野鳥保護のほか密猟の横行、暴力団の資金源封じなどがあるといわれる。2015年春には愛知県警が「鳴き合わせ会」のメンバーを家宅捜索、メジロを中心に約360羽を押収し20人余を鳥獣保護法違反(違法飼養など)で書類送検した。メジロは和歌山県、大分県の県の鳥。「目白籠吊せばしなふ冬木かな」(室生犀星)

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<ヤマガラ(山雀)> 人懐っこい留鳥 かつては「おみくじ引き」で人気!

2016年02月09日 | 小鳥たち

【木の実などを樹皮や地面の中に蓄える〝貯食〟の習性も】

 スズメほどの大きさのシジュウカラ科の野鳥。黒・白・灰色・赤褐色という色鮮やかな配色が美しい。生息域は日本や朝鮮半島中南部、台湾など。主食は木の実や小さな昆虫などで、市販のヒマワリの種も大好物だ。餌が少なくなる晩秋~早春に庭先に置いておくと、1粒ずつくわえては近くの横枝上で、両足で押さえて鋭いくちばしを何度も打ちつけ殻を破って食べる。

 ヤマガラには〝貯食〟という習性がある。木の実や種を幹や樹皮の隙間、地面の中などに貯め込み、後で取り出して食べる。蓄えた場所はかなりの高い確率で覚えているという。この習性は種子の広域散布・発芽にもつながっているようだ。ヤマガラは人懐っこく芸達者な鳥としても知られる。縁日でヤマガラの「おみくじ引き」を目にした光景がおぼろげながら記憶の彼方に浮かぶ。

 

 この芸はくわえた1円玉を賽銭箱に落とした後、くちばしで鈴を鳴らす。そしてお宮の扉を開け、おみくじをくわえてヤマガラ使いのおじさんに渡すというもの。小山幸子著『ヤマガラの芸 文化史と行動学の視点から』(法政大学出版局刊、写真は表紙の上半分)によると、見世物としてヤマガラ芸がもてはやされたのは江戸時代になってから。ただ複数の芸を組み合わせた「おみくじ引き」は昭和に入って初めて完成した。

 同書の「ヤマガラの芸の時代による推移」一覧には20を超える演目が列挙されている。簡単な「つるべ上げ」や「鐘つき」「那須の与一」などから、「おみくじ引き」や「かるたとり」「暗算」「輪抜け」という難度の高い芸まで。「かるたとり」は上の句を読むと、ヤマガラが下の句のかるたを取ってくるというもの。江戸時代に最もはやったそうだ。ただ、こうしたヤマガラ芸も野鳥の捕獲禁止や後継者難に加え、オウム・インコなど芸達者な小鳥の流通などもあって、昭和の半ば以降急速に廃れていった。「山雀の芸こぞり見る年の市」(真下喜太郎)。

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<ジョウビタキ> 縄張りチェック? お気に入りの埴輪の頭で一休み

2016年01月30日 | 小鳥たち

【別名「紋付鳥」、北国から毎秋飛来し日本で越冬】

 今冬も渡り鳥のジョウビタキがわが家の近辺にもやって来て、時々かわいい姿を見せてくれる。群れをつくらず、いつも1羽だけ。庭の片隅に置いた埴輪の人形が気に入ったのだろう、その頭の上にちょこんと乗ってしばし休む光景をこのところよく目にする。

 

 ツグミ科。全長15cmほどのスズメサイズで、翼にある白い斑点を着物の紋に見立てて「モンツキドリ(紋付鳥)」とも呼ばれる。雄は顔が黒くて頭は銀白色。胸からお腹は鮮やかなオレンジ色。一方、雌の体は灰色でクリクリしたまん丸い目が印象的(写真)。ジョウビタキは漢字で「尉鶲」や「常鶲」と書く。「尉」は翁(老人)のこと。雄の白い頭をお年寄りの白髪に見立てた。「常」は毎年秋になると必ずやって来るからか。

 よく通る声で「ヒッ、ヒッ」と鳴き、時々「カッ、カッ」と舌打ちするような鳴き声を上げる。その仕草がかわいい。ぴょこんとお辞儀してから尻尾をぶるぶる振るわせる。繁殖地はシベリア南部や中国東北部、朝鮮半島など。日本では雄と雌が別々に縄張りをつくって冬を越し、春になると北国に戻っていく。ただ近年、北海道や長野で繁殖が確認されたとのこと。そのうち留鳥となって各地の高原などで年中見かける日が来るのだろうか。

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