く~にゃん雑記帳

音楽やスポーツの感動、愉快なお話などを綴ります。旅や花の写真、お祭り、ピーターラビットの「く~にゃん物語」などもあるよ。

<飛鳥資料館> 春期特別展「文化財を撮る―写真が遺す歴史」

2016年06月28日 | 考古・歴史

【旧江戸城や焼損前の法隆寺金堂壁画の写真など】

 奈良文化財研究所飛鳥資料館(明日香村)で春期特別展「文化財を撮る―写真が遺す歴史」が開かれている(7月3日まで)。文化財を撮影した写真そのものが貴重な歴史資料として文化財的な価値を認められるようになってきた。そこで文化財写真の歴史と技術の展示を通じて、その価値と面白さを紹介するのが狙い。重要文化財に指定されている明治初期の旧江戸城や東大寺南大門などの写真も展示されている。

 

 展示中の旧江戸城の写真は「旧江戸城写真帖」に収録されている「中之門」と「桜田堀から外桜田門」の2枚。この写真帖は1871年(明治4年)に当時太政官の役人だった蜷川武胤(のりたね)が記録のために作成したもので、写真師の横山松三郎が撮影した写真に、油絵師の高橋由一が着色した。「中之門」には腰に刀を差した男性ら10人余が写り、子どもの姿も見える。写真帖は2000年に重文に指定された。高橋由一は明治初期を代表する洋画家で代表作の「鮭」で知られる。

 横山松三郎は明治政府の「古器旧物保存方」という布告に基づいて1872年に行われた社寺宝物検査(壬申検査)の調査団にも同行し、建造物や彫刻、宝物などを撮影した。当時のステレオ写真やガラス原板が2003年に重文に指定されており、今展では「壬申検査関係写真」の中から東大寺南大門と法隆寺金堂・五重塔の白黒写真2点を展示中。そばには1935年に撮影された法隆寺金堂第六壁画の原寸大の写真パネルも展示されている。金堂壁画はその後1949年の火災で焼損してしまっただけに、写真は壁画の正確な姿を今に伝える記録として貴重なもの。写真原板などが昨年重文に指定された。

 明治~大正時代に活躍した写真家・工藤利三郎が奈良で撮影した「猿石」と「長谷寺」、大正時代に「型絵染」の人間国宝・鎌倉芳太郎が撮影した「琉球芸術調査写真」のうち焼失前の「首里城守礼門」と「首里城正殿」の2点も展示中。また奈良文化財研究所が1952年の設立以来発掘調査したものの中から飛鳥寺跡、川原寺跡、大官大寺跡、飛鳥池工房遺跡など飛鳥の遺跡や出土品の写真50点余や、キトラ古墳壁画調査に使われたカメラなどの機材も展示している。

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<大神神社> 大美和の杜の神饌田で「御田植祭」

2016年06月26日 | 祭り

【太鼓の音に合わせ田作男と早乙女10人余が苗植え】

 奈良県桜井市の大神神社で25日「御田植祭(おたうえさい)」が行われた。大神様にお供えする御饌(みけ)やお神酒の醸造に用いるための稲の早苗を、昔ながらの手作業で一苗ずつ丁寧に植え付ける祭事。順調にいけば10月の「抜穂祭(ぬきほさい)」で稲刈りが行われる。

 御田植の会場は笹百合の栽培でも知られる「大美和の杜(おおみわのもり)」内の神饌田(しんせんでん)。祭事は午前10時に始まった。神様を神田にお呼びする「降臨の儀」や祝詞奏上などに続いて「御田植の儀」へ。田作男(たつくりおとこ)が鍬で耕す所作を行った後、苗の束を神饌田の周りを一周しながら投げ入れた。

 

 それが終わると、いよいよ田植えの開始。菅笠に青や赤のたすき掛け姿の早乙女ら10人余が横一線となって、太鼓の合図に合わせ苗を植えていった。早乙女たちの目の前には男性2人によって張られた〝定規紐〟。横一列に植えるための目安となる紐だが、「もっと(強く)引っ張って」という声が何度も響き渡った。植え終わるたびに早乙女たちは少しずつ後退を繰り返す。

 

 約30分後、全て植え終わると、茶色一色だった神饌田は若々しい苗の緑で生き生きとした風景に様変わりした。この後、泥んこになった早乙女たちは手足を洗い清めて再び神前へ。斎主が水口に斎串(さいぐし)を立て、宮司や氏子総代が神前に玉串を捧げた。そして撤饌(てっせん)。約1時間20分で御田植祭は無事終了したが、中腰での手植え作業はなかなか大変だったに違いない。奉仕した豊年講の方々、ご苦労様でした。

 

 

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<ムジークフェストなら> 「トゥジュール・サクソフォンクァルテット」

2016年06月24日 | 音楽

【犬養万葉記念館で、「四重奏のための『万葉』」など好演】

 奈良県明日香村の犬飼万葉記念館で23日、「サクソフォンが奏でる万葉の調べ」と銘打ってサクソフォン四重奏団「トゥジュール・サクソフォンクァルテット」の演奏会が開かれた。ポピュラーな曲目を中心にアンコールを含め8曲演奏したが、中でも万葉歌に因む「サクソフォーン四重奏のための『万葉』」はサックスの豊かな表現力や音域の広さなどを再確認させてくれる好演だった。

     

 グループ結成は約10年前の1995年で、以来、毎年秋に大阪、名古屋、東京で定期演奏会を開いてきた。プロフィルによると、メンバー4人のうち辻本剛志、岩本雄太、山添悟の3人はいずれも大阪芸術大学の演奏学科を首席で卒業し、同時に学長賞も受賞。またアルトサックス担当の森下知子は大阪音楽大学出身で、2005年から「阪神大震災復興祈念コンサート」で20回にわたって単独公演を行い、毎回1000人を超える観客を集めているという。(写真は左から辻本、森下、山添、岩本の各氏)

 オープニングは「情熱大陸」(葉加瀬太郎作曲)。次いで「蘇州夜曲」(服部良一作曲)と「ホーダウン」(アーロン・コープランド作曲)。演奏者と観客席が近いアットホームな雰囲気で、リズムを刻んで主旋律を支えるバリトンサックスの低音がおなかに響く。この後、メインプログラム「サクソフォーン四重奏のための『万葉』」を挟んで、スウィング調の「故郷の空」(イギリス民謡)、「彼方の光」(村松崇継作曲)、そしてSMAPのヒット曲メドレー「SMAP!ノンストップ!」。

 「サクソフォーン四重奏のための『万葉』」は吹奏楽曲を多く作曲している櫛田胅之扶(てつのすけ)の作品で、「采女の袖吹きかへす明日香風都を遠みいたづらに吹く」(志貴皇子)など5つの万葉歌をもとにした5曲から成る。1曲ごとに万葉記念館の岡本三千代館長のミニ解説と朗誦に続いて演奏された。哀愁を帯びた物悲しい音から迫力のある明るく艶やかな音まで、サックスの多彩な音色と様々な演奏技法を堪能させてもらった。アンコールは夏川りみのヒット曲「涙(なだ)そうそう」(BEGIN作曲)。4日前19日の奈良公園での野外ライブで、おおとりとして登場した夏川りみがこの曲を熱唱していた模様が鮮明に蘇ってきた。

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<レブンソウ(礼文草)> 北海道の最北端・礼文島に咲く日本固有種

2016年06月22日 | 花の四季

【オヤマノエンドウ属の多年草、環境省は絶滅危惧種に指定】

 北海道の最北端、礼文島に自生するマメ科オヤマノエンドウ属の多年草。海からの強風をまともに受ける〝風衝草原〟と呼ばれる草地や礫地に生え、初夏、花茎1本につき10個前後の紅紫色の花を付ける。草丈は10~25cmほど。マメ科特有の蝶形花(ちょうけいか)で、葉(奇数羽状複葉)は小葉が葉先に1枚、左右に10枚前後ずつ整然と並ぶ。(写真は愛知県尾張旭市のS・Eさん提供。6月19日に礼文島の桃岩展望台コースで撮影)

 礼文島は花の島として知られる。島の西側に連なる高さ100~200mの断崖上を中心に様々な高山植物が自生する。とりわけ南西側の「桃岩付近一帯の野生植物」は北海道の天然記念物に指定されている。礼文島にはレブンソウをはじめ「レブン(礼文)」と冠された植物が多い。レブンウスユキソウ(薄雪草)、レブンキンバイソウ(金梅草)、レブンシオガマ(塩竈)、レブンコザクラ(小桜、サクラソウ科)……。他にもフタナミソウ(二並草)などの固有種がある。

 オヤマノエンドウ属で本州で見られるのは中部山岳地域などに自生するオヤマノエンドウの1種だけだが、北海道には同属の植物が多く分布する。マシケゲンゲ(増毛紫雲英)は増毛山系暑寒別岳に自生し、ヒダカゲンゲやヒダカミヤマノエンドウは日高山系北部で見られる。他に花色が黄白色のリシリ(利尻)ゲンゲ、エゾ(蝦夷)オヤマノエンドウなど。属名は山に生えるエンドウを意味するが、オヤマノエンドウ属は同じマメ科でも一年草のエンドウ属とは分類上異なる。 

 レブンソウは園芸目的による乱獲で絶滅が懸念されており、環境省は近い将来に絶滅の危険性が高いとして絶滅危惧1B類に登録している。また北海道も条例でフタナミソウやウルップソウ(得撫草)とともに希少野生植物に指定。無許可で採取されたものを所持したり譲り渡したりした場合、1年以下の懲役または50万円以下の罰金という厳しい罰則規定を設けている。(下の写真は4月24日、京都府立植物園で撮影)

  

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<ムジークフェストなら> 東大寺・金鐘ホールで「小川理子トリオ」演奏会

2016年06月21日 | 音楽

【ジャズのスタンダードナンバーから童謡まで15曲を熱演】

 19日、奈良市の東大寺総合文化センター(金鐘ホール)で、「小川理子トリオ」によるジャズ演奏会が開かれた。ピアノ・ボーカル小川理子(みちこ)、ウッドベース小林真人、ギター田辺充邦。小川はパナソニック経営陣の唯一の女性役員で、音楽活動との二足のわらじで注目を集めている。これまでに14枚のCDをリリースし、2003年発表のアルバムは英国ジャズ専門誌の評論家投票で第1位に輝くなど実力も折り紙付きだ。この日は小川の弾き語りを中心にデューク・エリントンのスタンダードナンバーやジョージ・ガーシュインの作品など15曲を披露した。(写真は「ムジークフェスタなら」のHPから拝借)

      

 オープニング曲はデュークの「サテン・ドール」だった。5月の連休には中南米を旅しブラジルでボサノバをたくさん聴いたという。そこで続く「ティー・フォー・トゥー(二人でお茶を)」はボサノバ調にアレンジしての演奏。そしてガーシュインの「アイ・ガット・リズム」。〝ハーレムストライド奏法〟(1920年代にNYハーレムで流行)と呼ばれる小川の巧みなピアノタッチとソフトで滑らかな歌声が耳に心地いい。

 米国映画「カサブランカ」のテーマ曲として知られる「アズ・タイム・ゴーズ・バイ(時の過ぎゆくままに)」の後は、童謡「赤い靴」や小川の父親が70歳のときに作曲したという「マイ・ファザーズ・ラヴ・ソング」など。「赤い靴」は小川が母のおなかの中で聴いたと信じている曲で、幼い頃にはこの歌を聴くたびに涙を流していたそうだ。小川はその体験から「胎教というものを絶対的に信じている」とも話していた。

 後半にも小川が大好きというガーシュインの作品を2曲演奏した。「ス・ワンダフル」と「サマーマイム」。チャップリンが無声映画「モダン・タイムス」のために作曲した「スマイル」やデュークの「A列車で行こう」なども披露した。締めの1曲として選んだのは「ヒンダスタン」。舞台の背後にはスポットを浴びた仏様のレリーフ。仏教のルーツはインド。ということから、この曲に決めたという。

 アンコールは予定していなかったそうだが、鳴り止まない拍手に促されて演奏したのは「スウィングしなけりゃ意味がない」だった。「A列車で行こう」と並ぶデュークの代表曲。小川の「デュワッ、デュワッ」という軽やかな歌声が今も頭の中を駆け巡る。会場の入り口には小川が中心になって開発した「テクニクス」の高級オーディオ機器がデモ展示され、休憩時や公演後に多くの人がその音色に耳を傾けていた。

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<人気集めるカルガモ親子> 奈良国立博物館新館前の池周辺を散歩!

2016年06月20日 | 小鳥たち

【雛鳥10羽、孵化は5月下旬? 母鳥に見守られてすくすく成長】

 奈良国立博物館新館前の池に現れたカルガモ親子がいま観光客の人気を集めている。18日午後5時すぎ、親子は観光客でごった返す東大寺大仏殿前の交差点南西側にある小さな池(「鷗外の門」のそば)にいた。親鳥と雛鳥10羽。雛といってももう結構大きい。しばらくすると、雛鳥たちは母鳥に「集合、行くわよ」と促されるように池辺に上がり、一団となって西側にある博物館前の池に向かった。

 

 雛鳥が陸(おか)に上がって歩き始めると、母鳥は最後尾から見守っていた。博物館の池まで50~60mほどあるだろうか。カルガモの姿に気づいた観光客も少し距離を置いて一緒に進む。博物館の池は東から西に向かって低くなっており、高さ50cmほどの段差が2つある。母鳥は下を覗き込みながら、また「さあ下りるよ」とでも言うようにみんなを促す。もう何度も通い慣れたコースなのだろう、雛たちもほとんど躊躇することなく、次々に飛び込んでいた。最初の池で見掛けてから約20分。この間、母鳥がずっと10羽の雛鳥全てに目配りしている様子が印象的だった。

 

 

 最初に目撃されたのは5月下旬か。同博物館ミュージアムショップのホームページは最新情報として「カルガモも待ってまーす♪」というタイトルで紹介している。「カルガモが沢山の赤ちゃんを連れてお散布の練習です。カラスに注意しながら親鳥がやさしく見守っています」。添えられた写真を見ると雛鳥もまだずいぶん小さい。全員(?)ここまで育てた母鳥は立派。だけど、その気苦労も雛鳥が飛び立てるようになるまでもうしばらく続く。 

  

(P.S.) 翌19日、付近を通りかかったついでに博物館前の池に寄ると、母鳥と幼鳥は西側の石張りのせせらぎの中にいた。その後、11羽は新館正面側の池に移動。しばらくすると、博物館の職員さんが現れ食パンをちぎってやり始めた。朝夕2回与えているという。その職員さんによると、生後約4週間で、飛び立つまであと1カ月ほどかかりそうということだった。

 

 

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<沖縄音楽とエイサー> 「ムジーク・プラッツ 2016 in 春日野園地」

2016年06月19日 | 音楽

【我如古より子、マルチーズロック、りんけんバンド……】

 奈良公園で18日「ムジーク・プラッツ 2016 in 春日野園地」が開かれた。「ムジークフェストなら」の一環で、沖縄を代表する歌手や音楽グループが奈良のエイサー団体などと共演する野外ライブ。この日は我如古(がねこ)より子、宜保和也、マルチーズロック、おばぁラッパーズ、りんけんバンドなどが出演し、元「THE BOOM」のボーカルで「島唄」のヒットで知られる宮沢和史がトーク特別ゲストとして姿を見せた。ライブ2日目の19日には夏川りみ、ネーネーズなどが出演する。

 午後1時に始まったライブは琉球國踊り太鼓奈良支部のエイサーなどに続いて我如古より子が登場、宜保和也、大城クラウディアとともにヒット曲『娘ジントーヨー』などを披露した。宜保は石垣島出身で、NYのブルーノートで三線ライブを開いたこともある三線の達人。大城はアルゼンチン生まれの沖縄系二世。我如古は那覇市に民謡ライブ「歌姫」を開いているが、8月に国際通り「はいさい沖縄」の地下に移転するそうだ。「上にネーネーズの店が入っているけど仲良くやります」と話していた。

 この後登場したマルチーズロックは約20年前に作詞・作曲担当のもりと(糸満盛仁)を中心に結成された。拠点を那覇市の栄町市場に置きながら活躍の場を内外に広げている。メッセージ性の強い歌詞にマッチした力強いボーカルと演奏が印象に残る。もりとは「怒りや悲しみや悔しさを、歌でこれからも乗り越えていきます」と力を込めていた。50代の女性3人でつくるおばぁラッパーズも栄町市場を拠点にしているが、その知名度も今や全国区になってきた。

 とりを務めたのは沖縄音楽を代表するりんけんバンド。メーンボーカル上原知子(リーダー照屋林賢の妻)の天を突き抜けるような高音の美しさが実に心地よく会場に響き渡った。約4時間半にわたるライブは出演者全員と来場者が一体となって、沖縄の愛唱歌「てぃんさぐぬの花」の合唱と手踊り「かちゃーしー」で締めくくられた。会場後方には沖縄料理やビール、特産品などの店も多く出店、まさに沖縄一色の半日だった。

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<12人のチェロアンサンブル> 「セロ弾きのコーシュ(巧手) 爆弦」

2016年06月18日 | 音楽

【「ムジークフェストなら」恒例の人気演奏会、今年で3回目】

 11日開幕した「ムジークフェストなら2016」の一環として17日、奈良市学園前ホールで〝爆弦〟と銘打った「12人のチェロアンサンブル セロ弾きのコーシュ(巧手)」が開かれた。関西ゆかりの演奏家を中心に気鋭のチェリスト12人が結集したコンサートも今年で3回目。今やこの音楽の祭典の看板コンサートの1つになっており、この日も抽選に当たった多くのファンが会場を埋め尽くし、息の合ったチェロの響きに酔いしれた。

     

      

 1曲目は昨年も演奏したユリウス・クレンゲル作曲「12本のチェロの為の讃歌」。この後、メンバー12人の最年長で地元奈良の二名中学・奈良高校出身の西谷牧人(東京交響楽団首席チェロ奏者)がメンバーを1人1人紹介した。3年連続の出演は西谷をはじめ辻本玲、佐古健一、北口大輔(日本センチュリー交響楽団首席チェロ奏者)、福富祥子、高木俊彰、中西哲人、カザフスタン出身のアルトゥンベク・ダスタンの8人。若くして日本音楽コンクール・チェロ部門第1位に輝いた奈良出身の逸材、伊東裕はヨーロッパ滞在中のため今回はメンバーから外れた。昨年から2人が入れ替わり山口真由美と堀田祐司が新しく加わった。最年少は京都・堀川高校出身で東京芸術大学在学中の加藤菜生で、高木良(高木俊彰の弟)とともに昨年に続いて2回目。(写真は上段=左から西谷、辻本、佐古、北口、福富、高木俊彰、下段=中西、ダスタン、加藤、高木良、山口、堀田)

 前半の演奏曲目は4曲。クレンゲルの讃歌に続いてグリーグ作曲の組曲「ホルベアの時代」から「前奏曲」「ガボット」「リゴドン」を12人全員で演奏。続くフォーレ作曲「パヴァーヌ」とアストル・ピアソラ作曲「ル・グラン・タンゴ」はメンバーの1人、佐古が編曲したものを8人で演奏した。「パヴァーヌ」では叙情的な甘美な旋律を優美に奏で、「ル・グラン・タンゴ」では対照的にノック・ザ・ボディー奏法(胴を拳で叩く)も交えながら力強く歯切れのいい演奏を堪能させてくれた。

 休憩を挟んで後半最初の曲目は20世紀を代表する米国の現代クラシック作曲家、サミュエル・バーバーの「弦楽のためのアダージョ」。バーバー自身は意図していなかったそうだが、レクイエムのような旋律は葬送曲、鎮魂歌として度々演奏されたり映画などで使われたりしてきた。J.F.ケネディの葬儀、NY同時多発テロの慰霊祭、オリバー・ストーン監督の映画「プラトーン」……。チェロの深い音色によって、この名曲の素晴らしさも一層引き立つ。2曲目はヴィラ=ロボス作曲「ブラジル風バッハ第1番」。第9番まである中でチェロアンサンブルのみの編成で書かれたのはこの第1番だけで、名チェロ奏者パブロ・カザルスに献呈された。アンコールは威勢のいい「八木節」に続いて、そのカザルスが編曲したスペインのカタルニア民謡「鳥の歌」だった。「私の故郷の鳥はピース(平和)、ピースとさえずる」。カザルス自身が晩年、NY国連本部でこう言って演奏したこの曲は、今や「12人のチェロアンサンブル」の演奏会を締めくくるテーマソングにもなっているようだ。

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<近つ飛鳥博物館> 特別展「古墳とは何か―葬送儀礼からみた古墳」

2016年06月17日 | 考古・歴史

【出土した土器や埴輪、銅鏡、鉄製武器など500点余、19日まで】

 大阪府立近つ飛鳥博物館(河南町)で開催中の春季特別展「古墳とは何か―葬送儀礼からみた古墳」は会期も残りわずか。展示しているのは近畿地方の古墳の墳丘や埋葬施設から出土した土器や埴輪、銅鏡、装身具、鉄製の武器・武具など500点余で、これらの考古資料を通じて3~6世紀の埋葬儀礼の共通性や変化を辿る。19日まで。

        

 弥生時代中期の加美遺跡(大阪市)Y-1号墓から出土した壷と甕には煮炊きをしたような跡があった。その痕跡から、既にその頃から葬送の際に煮炊きを伴う飲食儀礼が行われていたと推定される。古墳時代前期の久宝寺1号墳(大阪府八尾市)では墳丘の四隅に同形の土師器直口壷が置かれており、土器供献儀礼が行われていたとみられる。

 奈良県桜井市の桜井茶臼山古墳(古墳時代前期)では竪穴式石室上に方形壇が築かれ丸太垣で囲まれていた。また同じ桜井市のメスリ山古墳(同)では方形壇の周りを大型の円筒埴輪や高坏形埴輪が囲んでいた。木列と埴輪群との違いがあるものの、いずれも埋葬部分とその上部の方形壇を覆い隠すのが目的だったとみられる。

 古墳時代前期後半の4世紀中頃からは前方後円墳の造出し(つくりだし)部分でも供献儀礼が行われるようになった。島の山古墳(奈良県川西町)では造出しの近くから食物など供物を入れたとみられる竹製の籠4点が見つかった。中期築造の心合寺山(しおんじやま)古墳(八尾市)の造出しからは珍しい導水施設形の埴輪が出土した。葬送儀礼の中で水に関わる祭祀が行われたと推測される。こうした造出し部での儀礼について、同館担当者は「古墳の大型化や荘厳化に伴う墳丘の〝隔絶化〟が、飲食儀礼の場を外に押し出したのではないか」とみる。

 古墳時代後期に現れる横穴式石室では石室内部に飲食器が配置され、まるで死者がそこで飲食するような情景が作り出された。近畿での埴輪祭祀と前方後円墳での葬送儀礼の最後の姿を示すといわれる烏土塚古墳(奈良県平群町)では石室前庭部から大きな須恵器の子持ち器台や様々な形の壷や高坏が見つかった。また継体天皇の陵墓といわれる今城塚古墳(大阪府高槻市)では二重の周濠の内堤の張り出し部から家形、鶏形など200点を超える形象埴輪群が出土した。柵形埴輪で4つに区画されており、それぞれの区画で異なる情景が表現されていたとみられる。「葬送儀礼の荘厳化と見せる可視化の背後に、ヤマト政権の政治的な意図があったことは間違いない」。担当者はこう分析する。

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<ジオウ(地黄)> 花の美しさから古名は「佐保姫(サオヒメ)」

2016年06月16日 | 花の四季

【漢方に不可欠な生薬、主産地大和には名残の地名「地黄」も!】

 古くから薬用として栽培されてきたゴマノハグサ科ジオウ属の多年草。原産地は中国で、日本には奈良時代に渡来したといわれる。5~6月頃、高さ20~30cmほどの花茎を伸ばし、淡紅紫色の筒状花を数個つける。花冠や葉、茎など全草に白い腺毛が密生する。和名は漢名地黄の音読みから。太く肥大した赤褐色の根茎に因む。その根茎は利尿や増血、血糖降下作用などがある成分を含み、多くの漢方処方に欠かせない生薬になっている。

 ジオウにはアカヤジオウとその改良種のカイケイジオウの2種がある。アカヤは「赤矢」で、赤みがかった筒状の花が矢を連想させることから。カイケイは「懐慶」。中国の主産地だった河南省の地名に由来する。このうち日本で古くから栽培されてきたのはアカヤジオウで、日本でジオウといえばアカヤジオウを指した。花の美しさから〝春の女神〟を意味する「佐保姫(サオヒメ)」とも呼ばれた。ただ栽培の主力は戦後、大型種のカイケイジオウに移り、さらに現在では国内での栽培量はごく僅かになって中国産の輸入に頼っている。

 貝原益軒著『大和本草』(1709年)は「和地黄ノ上品ハ大和ヨリ出ツ唐より来ルニマサレリ 大和ニ地黄村アリ多ク産ス」と記す。この記述から江戸時代、奈良がジオウの高級品の栽培地で、中でも「地黄村」が主産地だったことが分かる。また『西国三十三所名所図会』(1853年)にも古く地黄を初めて栽培し、上品を作ったことから地黄村という地名になった、と村名の由来に触れている。

 この「地黄」の地名の初見は鎌倉時代の永仁2年(1194年)の東大寺文書まで遡るという。その頃には既に奈良で栽培されていたとみられる。ただ名所図会には今では地黄を作ることなしとも記されており、江戸時代末期には地黄村での栽培も途絶えていたらしい。しかし、奈良県橿原市には今も「地黄町(じおちょう)」という地名が残っている。かつて一帯が有力な産地だった名残だろう。地黄町には万葉歌人、柿本人麻呂を祭神とする人麿神社がある。西日本の山地に自生する「ヤマジオウ(山地黄)」はシソ科の多年草で、葉の形などがジオウに似ることからその名が付いた。

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<ムジークフェストなら2016> 「我が心のノスタルジア」

2016年06月15日 | 音楽

【「ヴァイオリンで奏でる名曲の調べ」と「甦る昭和の名曲集」】

 奈良の梅雨シーズン恒例の音楽の祭典「ムジークフェストなら」が今年も6月11~26日の会期で始まった。2012年にスタートし5年目。今年はジャズシンガー阿川泰子さんやトランペット奏者日野皓正さん出演の5周年記念コンサート(17日、唐招提寺)やフランス国立リヨン管弦楽団の演奏会(25日、奈良県文化会館)をはじめ、県内各地で連日多彩な音楽イベントが繰り広げられる。(ただ期待していた5周年記念コンサートが抽選で外れてしまったのが残念至極!)

      

 奈良県文化会館で14日開かれた「我が心のノスタルジア」と銘打った演奏会を聴いた。このコンサートは片山勲氏プロジュース・司会で、これまでも大阪府堺市などで毎年開いてきたという。「ムジークフェストなら」への出演は昨年に続き2回目。第1部が「ヴァイオリンで奏でる名曲の調べ」、第2部がクラシック声楽家による「甦る昭和の名曲集」の2部構成だった。

 第1部では奈良県出身のバイオリニスト金関環さんが登場、エレクトーンによる伴奏でアンコール曲も含め7曲を披露した。金関さんは高校卒業後渡米し、NYのジュリアード音楽院に入学。帰国後は内外で著名交響楽団と共演したりゲストコンサートマスターとして迎えられたりするなど、精力的に演奏活動を続けている。この日の演奏曲目は「荒城の月」「トロイメライ」「白鳥」「ライムライト」「エストレリータ」「アメージンググレイス」。馴染み深いクラシックの小曲に日本の愛唱歌や映画音楽などを織り交ぜ、繊細な表現力でバイオリンの伸びやかな響きを聴かせてくれた。アンコールはサラサーテの「チゴイネルワイゼン」だった。

 第2部の懐メロ特集にはソプラノの端山梨奈さんとテノールの山本欽也さんが、同じくエレクトーンの伴奏で交互に1曲ずつ、計10曲を披露した。端山さんは「ガード下の靴磨き」「ケセラセラ」「ボーイハント」「夜明けの歌」「愛燦燦」。最後の「愛燦燦」は昨年の好評を受けての選曲で、この日もブラボーの掛け声とともに万雷の拍手が送られた。山本さんは「かえり船」「夢淡き東京」「哀愁の街に霧が降る」「江梨子」そして「シクラメンのかほり」。クラシック歌手の張りのある格調高い歌唱は、岸洋子や美空ひばり、橋幸夫や布施明とはまた一味違う味わいがあった。

 第1部、第2部を通じ1人で伴奏をこなしたのはヤマハエレクトーンデモンストレーターの田頭裕子さん。「ステージア」というハイテクのエレクトーンで、両手による2段の鍵盤と足で踏むペダル鍵盤を自由に駆使し、時に壮大なオーケストラのような迫力のある演奏を聴かせてくれた。目を閉じていると、とても1人で奏でているとは思えないほどの見事な演奏。「ムジークフェストなら」のHPやちらしに出演者として田頭さんの名前は見当たらなかったが、この日の主役の一人だったと言っても過言ではない。「時々オーケストラと共演するけど、彼女の演奏のほうがいいなあ」。バイオリンの金関さんもお世辞半分だろうが、演奏後こう漏らしていたそうだ。

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<デルフィニウム> 直立した花茎に鮮やかな青や紫など多彩な花色

2016年06月10日 | 花の四季

【その名はギリシャ語でイルカを指す「デルフィン」から!】

 キンポウゲ科デルフィニウム属(オオヒエンソウ属)。涼しく乾燥した気候を好み、北半球のヨーロッパからシベリア、アジア、北米などに広く分布する。元々は宿根草だが、高温多湿を嫌うため日本では一年草として扱われることが多い。デルフィニウムの名前はイルカを意味するギリシャ語の「デルピス」に由来する。花の蕾の形がイルカに似ていることに因むといわれる。

 和名は「オオヒエンソウ(大飛燕草)」。花の形をツバメが飛ぶ姿に見立てた命名といわれるが、デルフィニウムの名前が定着しており和名で呼ばれることは少ない。品種改良には300年余の長い歴史がある。最も古い栽培種といわれる「エラツム種」や「グランディフロラム種」などを基に、欧米で数多くの園芸品種が作り出されてきた。花弁のように見えるのは萼片で、実際の花弁は中心にあり小さい。それが花芯に止まった黒いハチのように見えることから「bee(ビー)」と呼ばれる。ビーがあるものはエラツム種の形質を引き継いでいることによるという。

 20世紀初めには「ベラドンナ系」といわれる鮮やかな青花が作り出された。ベラドンナは「美しい婦人」を意味する。青は園芸ファンにとって憧れの色だが、デルフィニウムに関しては今やあらゆる青の色調がそろっているといわれる。大戦中に米国で作出された「ジャイアントパシフィック系」と呼ばれる品種は大輪八重咲きで人気が高い。草丈は1.5~2mにもなり、花色も多彩。日本で切り花栽培が可能になったのも、この品種が1年草として扱える特質を併せ持っていたことによるそうだ。最近は矮性品種の登場で鉢植えとして栽培されることも増えてきた。

 豊富な花色がそろうデルフィニウムだが、赤花の作出は試行錯誤の連続だったようだ。多くの栽培家が米国カリフォルニア原産の「カルディナーレ」と「ヌディカウレ」という赤系統の原種を繰り返し交配してみたものの、なかなかうまくいかなかった。この2種の雑種から作った4倍体にエラツム種を掛け合わせて〝夢の赤花〟の栽培に成功したのはオランダ・ワーゲニンゲン大学のレグロ博士だった。約50年前のこと。その赤花には「ユニバーシティ・ハイブリッド」という名前が付けられている。

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<ジャカランダ> 樹冠を覆うほどに咲き乱れる〝紫雲木〟

2016年06月08日 | 花の四季

【キリモドキ属の熱帯性高木、宮崎県日南市南郷町には約1000本も!】

 中南米原産のノウゼンカズラ科ジャカランダ属の落葉高木。5月から6月にかけて青紫色の美しい花を下向きにたくさん付ける。花は先が5つに裂けた釣り鐘形。和名は「キリモドキ(桐擬き)」。南米に移住した日本人たちがキリの花に似ていることから「きりもどき」と呼んだそうだ。青空を背景に木を覆うように咲き乱れる様から「紫雲木(しうんぼく)」とも呼ばれる。変種に白花もある。

 ジャカランダ属は熱帯アメリカに50種ほど分布する。そのうち日本で最も多く栽培されているのはアルゼンチン、ボリビア原産の「ミモシフォリア種」。自生地では高さが約15mにもなるそうだ。他にブラジル、アルゼンチンに分布する「クスピディフォリア種」、ベネズエラ、ギアナ原産の「オブッシフォリア種」など。ジャカランダの葉は2回羽状複葉と呼ばれるものでアカシアやネムノキの葉に似て涼しげ。「ホウオウボク(鳳凰木)」「カエンボク(火焔木、アフリカン・チューリップツリーとも)」とともに「世界三大花木」「熱帯三大花樹」といわれ、南米以外にも街路樹や庭園木として植栽されている都市は多い。リスボン、ロサンゼルス、シドニー、メルボルン……。

 国内でこの花の名所として名高いのが宮崎県日南市南郷町。東京五輪が開かれた1964年にブラジルの宮崎県人会から種子が贈られたことが栽培のきっかけとなった。開花までに約14年の歳月を要したが、今では「道の駅なんごう」そばの宮崎県総合農業試験場亜熱帯作物支場有用植物園内の「ジャカランダの森」「ジャカランダの小径」などに約1000本も植えられている。5月末から6月19日まで「ジャカランダまつり」を開催中で、夜間にはライトアップで幻想的な光景を楽しむこともできるそうだ。

 静岡県熱海市では1990年、ポルトガルのリゾート地で姉妹都市のカスカイス市から苗木2本が贈られたのをきっかけに海岸通りなどに植樹された。2014年にはお宮緑地にジャカランダの遊歩道も完成した。長崎県雲仙市の小浜温泉街のジャカランダ通りには幹周りが約1.8mという巨木も。その小浜でも6月30日まで「第11回ジャカランダフェスタ」を開催中。ジャカランダによる町おこしを目指す日南、熱海、雲仙の3市は回り持ちで毎年開花シーズンに「ジャカランダサミット」を開いている。今年も5月29日、雲仙市に3市長が結集しシンポジウムなどを行った。ジャカランダの青紫の花には遠く南米に渡った日系人の故国への深い思いが込められ、内外の都市を結ぶ友好の架け橋にもなっている。

 長崎県出身のシンガーソングライター、さだまさしさんが作詞・作曲した作品に『ジャカランダの丘』がある。「♪岬をめぐる船が汽笛ひとつ鳴らした まぶしそうに遠くを見る横顔が好きだった 君の笑顔の向うで蒼空に紫色の花が咲き乱れてた ジャカランダの花の咲く頃に 君は故郷を出て行った 夢に縁取られた明日を小さな鞄につめて」。(写真は福岡市東区在住のT・Tさん提供。宮崎県日南市南郷町の「ジャカランダの森」で撮影)

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<コアジサイ(小紫陽花)> 小さな両性花が密集した清楚な花姿

2016年06月07日 | 花の四季

【アジサイ特有の装飾花はなし、秋には黄葉】

 アジサイ科アジサイ属の落葉小低木。名前が示す通り小型のアジサイで、枝は横に広がるがあまり高くならず1mからせいぜい1.5m程度。「シバ(柴)アジサイ」の別名を持つ。本州の関東以西と四国、九州の明るい山林内や林縁、林道沿いなどでよく見かける。花期は6月頃で、枝先に直径5cmほどの小さな散房状花序を出し、うすい青色の小花をたくさん付ける。白花のものは「シロバナコアジサイ」と呼ばれる。

 コアジサイの最大の特徴は装飾花がなく全て小さな両性花だけということ。花弁5枚の小花から10個の雄しべが突出する。ガクアジサイやヤマアジサイ、ツルアジサイなどアジサイ属の多くは萼(がく)が変化した装飾花が花の周りを飾り立てて昆虫を誘う。ガクアジサイがヨーロッパに渡って品種改良されたセイヨウアジサイは、両性花まで装飾花に変化し手毬状になって日本に逆輸入された。コアジサイにはそんなアジサイに特徴的な装飾花がないのだ。ない代わりに、両性花は爽やかな香りを発散して虫たちを呼び寄せる。

 秋になると、ヤマアジサイやカシワバアジサイなどと同じように黄葉する。「オクタマコアジサイ」はコアジサイと同属のガクウツギの自然交雑種とみられ、その名は東京・奥多摩地方で最初に発見されたことに因む。別名「チチブ(秩父)コアジサイ」。「アマギコアジサイ」はコガクウツギとの交雑種で、植物学者牧野富太郎博士が伊豆半島の天城山系で発見し命名した。いずれもコアジサイ同様、装飾花はない。

 関西のコアジサイの群生地として有名なのは奈良・奥吉野の足ノ郷(あしのごう)峠。川上村~東吉野村を結ぶ林道沿いの杉木立の中に500m以上にわたって群落が続く。この峠は標高が約970mで、長距離自転車走「山岳グランフォンドin吉野」(今年は7月2~3日開催)のコースにもなっている。見頃は例年6月中旬から下旬にかけて。関東では奥多摩の高水三山(高水山・岩茸石山・惣岳山)や栃木県矢板市の高原山の群生地などがよく知られる。

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<オオバウマノスズクサ(大葉馬の鈴草)> 風変わりな花はまるで小さなサクソホン!

2016年06月06日 | 花の四季

【つる性落葉低木、ジャコウアゲハの食草】

 ウマノスズクサ科のつる性落葉低木。本州の関東以西の太平洋側、四国、九州の山林内に分布する。つるが長く伸びて周りの樹木に巻き付く。高さは2~3mに。古くなると木質化して直径が2cmほどになる。葉はヤマイモに似た心形。名前はその葉が属名にもなっているウマノスズクサの葉より大きいことによる。

 ウマノスズクサの名は丸い実の形が馬の首に掛ける鈴に似ているから来ているといわれる。ウマノスズクサの花期は夏だが、このオオバの方は少し早く晩春。葉の脇から長さ5cmほどの花柄を下ろし、小さいながらユニークな形の花を1つ付ける。花弁のように見えるのは3つの萼片(がくへん)が合着して筒状になったもの。退化して失われた花弁の代わりに萼が発達した。

 萼筒の基部は下を向くが、中ほどから強く曲がって上向きに。その姿はまるで小さなサクソホン。円形の縁は浅く3裂し、内側には紫褐色の斑紋が筋状に入る。見た目は少し不気味な印象も。ウマノスズクサとともにジャコウアゲハの食草で、葉に卵を産み付ける。そのためジャコウアゲハを飼育するために栽培されることもあるそうだ。

 よく似た仲間に「リュウキュウウマノスズクサ」がある。名前の通り奄美大島~琉球諸島に分布する。「アリマウマノスズクサ」はオオバの変種とみられ、牧野富太郎博士によって兵庫県の六甲山で発見された。やや小型で「ホソバウマノスズクサ」とも呼ばれ、本州の近畿以西から九州にかけて分布する。長野県と日本海側の山形~島根でまれに見られる「マルバウマノスズクサ」は環境省のレッドデータブックで絶滅危惧Ⅱ類に分類されている。 

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