経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

緒戦の勝利と戦略目標

2013年04月07日 | 経済
 黒田日銀は緒戦で華々しい勝利を収めた。その衝撃は債券市場が混乱するほどだった。勝負を恐れない自信あふれる元大蔵官僚の面目躍如たるものがある。しかし、まだ、「真珠湾攻撃」に成功しただけだ。脱デフレという戦略目標を達成できるかどうかは、これからである。米雇用統計の増加数10万人割れが撃ち漏らした「空母」とならねば良いが。

 雇用統計の発表を受け、NYダウは下げた。週明けにダウと連関性が高い日経平均は下げるおそれがある。日本が金融緩和をしても、米国の景気が減速すれば、金利先安感から円高株安に振れやすくなる。金融緩和は相対的なものである。また、円安を保っても、米国消費が鈍って自動車が売れなることだってある。

 そのあたり、日経を見ると、備えはしているようだ。「今週から新手法、残存5年超を1.2兆円」とあり、さっそくニュースを届けている。金曜に乱高下した長期金利を押さえ込もうとする意思が伝わってくる。日銀が目標を金利から量に変え、「付利」の改廃を行わなかったのを見ると、円高への要素があれば、国債購入のペースを上げてくるのだろう。これでどこまで対抗できるかがポイントになる。

 筆者は、日銀が国債を大量に買い増すことに大した害はないと思っている。マネタイゼーションうんぬんは先取りし過ぎだろう。むしろ、実現された超低金利や円安が世界経済に影響を与えることの方が現実的なように思える。昨日の夕刊で日経が「黒田サプライズ海越える、欧州国債利回り急落」と報じたように、既に影響は出ている。

………
 今週は、黒田東彦「財政金融政策の成功と失敗」という本を読んだ。正直、著者が日銀総裁にならなければ、手にはしなかっただろう。偏見かもしれぬが、内容は「大蔵省史観」である。官僚は正しかったが、迎合的な政治と意固地な日銀のために、思うようにいかなかったという感覚が滲む。

 例えば、2000年8月のゼロ金利解除について、「デフレ脱却が展望できていない時点で、金融を引き締めに転じるというのは無謀」と断じているが、それで円高になったわけではない。当時の速水総裁の判断は、筆者も誤りだったと考えるが、景気後退そのものや株価の下落は、米国ITバブルの崩壊による輸出減のためというのが普通の理解だろう。

 他方、1997年のハシモトデフレに関しては、前年のCPIがようやくゼロから顔を出す程度だったのに、13兆円もの緊縮財政をしたことは無罪放免である。理由は、3年前に減税が行われていたから緊縮でないとする。足元の需給状況を見ずに、どうして、こうした判断になるのか理解に苦しむ。これは「無謀」にはならないらしい。まあ、執筆当時は公式見解から外れたことは書けなかったのかもしれないが。

 マンデル・フレミング理論の使い方も気にかかる。「1991年のバブル崩壊以降、財政は一貫して拡張的だったから、円高の原因は金融緩和の不十分さにあり」というように受け取れる。GDP統計の公的資本形成を見れば分かるが、傾向的には緊縮的であって、良く言っても、ゴー&ストップの繰り返しだった。むろん、円高は、日本の金融政策のみならず、米国の経済状況にも左右される。

………
 ところで、黒田さんの本を読んでいて、ふと思い起こしたのは、アジア通貨危機である。黒田さんの言及はないが、背景には日本の円安がある。円高のうちは、タイや韓国は、対内投資や輸出の増加が望めるが、円安になるとそれが逆転してしまう。ひるがえって、今回の円安局面において、欧州の国債金利を下げているうちは良いが、輸出頼みの中国や韓国が競争力を減退させたらどうなるのか。

 特に、4/4のFTでM・ウルフさんが指摘するように、中国経済が転倒するとなれば影響は大きい。成長率の低下は資産価格の低下につながり、バブル崩壊も意味する。中国は金融緩和ができる状態にもない。日本の超低金利と円安は、こうした思わぬところに影響が出よう。中韓の経済に日本が責任を負う必要はないにせよ、輸出市場を失っても大丈夫なよう、内需は確保しておかねばならない。

………
 その点で言えば、今回の大胆な金融緩和について、「金融緩和とともに、財政再建が必要」とする論調が見られるのは問題である。確かに、日銀の国債買い入れに悪乗りし、安易な拡張財政を行えば、長期金利に上昇圧力がかかり、せっかくの金融緩和が無に帰すという理屈は分かる。だが、それも程度の問題である。

 このコラムで以前にも書いたが、日本は、何もしないと自動的に強力な緊縮財政になる仕掛けになっている。例えば、2014年度予算を前年度並みの歳出にすると、現在執行中の経済対策の分だけ、実質的に10兆円も緊縮になる。さらに、7.5兆円の消費増税もあれば、年金特例水準のカットもある。あれもこれもと結果的に大緊縮になった1997年と似た構図だ。

 簡単な算術をすると、GDP500兆円で、政府債務1000兆円の経済では、5兆円の増税をしてゼロ成長になるのと、5兆円の増税を見送って2%成長するのでは、後者の方が債務のGDP比率は低くなる (前者:1000/500=2.00、後者:1005/510=1.97)。これだけ債務比率か高まると、いかに成長が重要かということだ。

 さすがに消費増税を見送るとなると、不安かもしれないが、2%成長が今年来年と続けば、大きな自然増収が期待できる。過去には、2003年度に43.3兆円だった税収は、2004年度1.5%、2005年度1.9%の成長を経て、49.1兆円へと5.8兆円も増えた。2012年度予算は42.3兆円だが、既に1兆円の上ブレは見込めるし、2013年度と2014年度に成長を確保すれば、2兆円ずつの増収を見込んでも何の不自然さもない。つまり、適正な自然増収を見込めば、3%アップの消費増税を1%に圧縮しても、税収は変わらないことになる。

………
 脱デフレは、金融緩和と緊縮財政の組み合わせでは、到底、達成できない。金融と財政は車の両輪であることは言うまでもないが、大胆な金融緩和が華々しい成功を収めたがゆえに、長期金利の上昇を恐れすぎて、数字も確かめず、自然体のつもりで緊縮財政をする愚は避けたいものである。戦略目標は、円安株高ではなく、需要が増すことによって初めて実現する「脱デフレ」にあるのだから。

(今日の日経)
 日豪EPA妥結へ。国債購入、今週から新手法、残存5年超を1.2兆円。「認可」じゃなきゃダメ? 高校生は考えている。貸出金利下げ検討、住宅の最低更新も。オールジャパンで30年ビジョン。アベノミクス100日・甘利明。リフレ政策の論争なお。EU招かれざる東国。読書・集合知とは何か、外交証言録・折田正樹、謎のソマリランド。

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2 コメント

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消費税増税 (KitaAlps)
2013-04-09 08:57:12
>7.5兆円の消費増税もあれば・・・

 1997年の消費税増税の影響に関して、キャシン・宇南山[2011]論文が、影響を過少評価している問題について書きました。住宅と自動車に巨額の影響が現れているように見えます。

「《要旨》キャシン・宇南山[2011]論文は、97年の消費税増税の消費への影響が3000億円しかないと結論したが、これは、耐久財や住宅投資への影響を見過ごしている。
 家計等が(消費税増税等による)実質可処分所得の減少に直面するとき、家計の消費支出への影響は品目ごとに異なり、均等ではない。必須性の高い食品や日常生活関連消費はほとんど減少せず、支出の減少は、もっぱら高額で購入頻度の低い耐久消費財や住宅投資に集中して現れる。キャシン・宇南山[2011]には、こうした観点が抜けているため、消費税増税の影響を捉え損なっている。
 実際、97年の消費税増税の前後で、住宅で4~5兆円、自動車で1~1.7兆円程度支出が減少している。
 これを受けて万一、仮に住宅や自動車を免税にしても、住宅や自動車への支出減少は(ある程度は)免れないだろう。これらの分野には、可処分所得減少のしわ寄せが集中して現れるのであって、住宅や自動車単独の税額増加に反応して支出が減少するのではないからだ。 」
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消費税増税 (KitaAlps)
2013-04-09 09:04:52
アドレスが抜けていました。

97年の消費税増税の影響について

http://kitaalps-turedurekeizai.blogspot.jp/2013/04/blog-post.html
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