経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

財政運営の死に至る病と希望

2011年12月17日 | 経済(主なもの)
 欧州の危機を見て、いかに、そうした事態を避けるかを考えることは、日本にとって有益である。ここで「早急に消費税を上げるしかない」と合点してしまうのは、あまりに幼稚だ。実際、緊縮財政で対応したイタリアの苦闘ぶりと、その効果の薄さを見れば、別の戦略を考えなければならない。そこで見えてくるのは、日本の財政当局が「死に至る病」に取り憑かれている実態である。

 国債が売り込まれて金利が上昇し、利払いのために、大幅な歳出削減や増税に追い込まれるというのは、よくある財政破綻のシナリオだ。その後は、日銀の公債引受けによって、ハイパーインフレーションが勃発するというのがお定まりのストーリーである。資金調達に関する知識を持つ者なら、予想し得る将来において、日本がそうした事態に見舞われるとは考えないのだが、市井の人々は非常に怖がっている。

………
 そうならない理由はいくつもあるが、その一つに利子課税がある。金利が上昇して利払費が増えると、利子課税の下では、利子を受け取る人は、より多くの税金を納めなければならない。つまり、利払費が増えても、税金として払った分の何割かは戻ってくるのである。日本の利子課税は20%だから、理屈上は、課税対象の金融資産が国債残高の5倍あれば、利払費が増えた分だけ、税収も増えることになり、金利が上昇しても、財政収支は悪化しない。

 ここで、日本経済の金融資産と負債の構造を、極々単純化して説明しよう。日銀の資金循環統計によれば、一般政府の負債は1076兆円で、資産が488兆円だから、差し引き588兆円である。つまり、政府外に利子を払わなければならない借金が約600兆円あるということだ。他方、家計の資産は1491兆円、民間非金融法人の資産は767兆円である。この約1500兆円と約750兆円を足すと2250兆円だ。残念ながら、5倍には達しない。

 だが、安心してほしい。法人所得には、法人税の40%が適用されるからだ。つまり、法人への利子課税は、実質的に40%である。税率が2倍なのだから、資産額は2倍に評価できることになり、そうすると、めでたく資産額は3000兆円に達する。これで、日本の財政は、金利上昇に強固であることが分かったわけだ。良かったね。

 いや、待てよ。この肝心の法人税だが、税率が引き下げになるんじゃなかったっけ? そうなのだ、日本の財政当局は、消費増税への経済界の支持を得るために、見返りとして法人減税を与えようとしている。つまり、金利上昇の際の「安全装置」を外そうとしているのだ。これは、万一の金利上昇時に、財政が破綻するよう準備するみたいなものである。おそらくは、何も知らぬままに。

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 もし、日本が財政危機に見舞われたとしよう。金利が上昇して、利払いが必要になる。日本の財政当局は、一本槍の消費増税に走るだろう。ところが、それは消費に打撃を与え、成長率を低下させ、債務返済のリスクを高めて、金利は、ますます上昇することになる。今のイタリアは、これに近い症状である。そして、更なる消費増税や大規模な歳出カットに追い込まれ、国民は塗炭の苦しみを味あわされる。また、消費税は、機動性に欠ける税なので、対応が後手に回る可能性も高い。危機への対応手段には、なり難いものなのだ。

 筆者にしてみれば、日本の財政当局が法人減税を消費増税の取引材料として、もてあそぶなど、子供の火遊びを見るようで、背汗の念を禁じえない。法人減税をするならするで、代わりの措置を講じねばならない。ところが、利子課税を上げるわけでもなく、証券優遇税制もそのままである。2011年度に予定していた相続税の強化は、いつの間にか消え、贈与税が緩められる。「安全装置」を外すのは、国債暴落のアタックへのスキを、わざわざ作ってやるようなものだ。

 念のために言っておくが、筆者が法人減税に批判的なのは、「反大企業」だからではない。投資減税や立地補助金には、むしろ賛成である。法人減税は、設備投資の促進策として正当化されがちだが、効率の悪い手段である。企業に資金を持たせても、国内への設備投資に使うとは限らないからだ。まして、銀行などの金融セクターがどんな追加の設備投資をするのかは想像しがたい。銀行は、家計の預金を集めて国債に投資しており、国債の利子の一部が帰着する主体でもある。金融セクターに課税する法人税の重要さは、改めて言うまでもない。

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 素人的には、財政破綻に備える策は、消費税の大幅引き上げだろうが、筆者の戦略は違う。資産課税で備えるべきものだ。まずは、利子課税の見直しである。低金利の今なら、預金への税率を25%にしても抵抗は少ないはずである。また、証券課税は、株式が低迷している今は無理でも、一定以上になった時点で発動できるよう準備すべきだ。さらに、金融資産に限らず、不動産への税制も重要になる。

 こうした課税による守備体制の構築は、国債が国内で消化されていればこそである。国外消化を迫られないよう、経常収支に気を使って、マクロ経済の運営をするのは、もちろんである。ギリシャが苦しんでいるのは、バブル的に景気が良かった時に、返せると思って、多くの投資を受け入れたこともある。好況のときの方が要注意であり、その意味でも、資産課税は生きてくる。

 国外消化に依存しないためには、外国人の国債利子所得への非課税措置を見直す必要があるかもしれない。例えば、一定以上を超えた金利分には課税するとかである。こうしたことをすれば、国債は売れにくくなるが、ある程度以上は、売れない方がかえって幸せだ。「貸すも親切、貸さぬも親切」である。それは、財政再建の必要の度合いのシグナルにもなる。

 蛇足になるが、国債へのアタックに対処する「抜かずの宝刀」も必要かもしれない。欧州危機の過程で、ドイツは国債のカラ売り規制を行ったが、投機における異常な利得に重税を課す制度も考えられる。フリードマンを怒らせたらしい「ジェントルマンにあらざる投機」への重課といった概括的な規定を置き、イザとなれば、国家権力が振るわれるかもしれないと、リスクを感じさせることが肝要である。

 消費税も、名目金利の高まりを防ぐため、物価上昇を抑える手段として使うべきだろう。物価上昇率が2%になったら、自動的に1%上げるといったルールを作っておくことが大切だ。高齢化で家計貯蓄が減少し、国債消化が難しくなるといった不安が語られるが、貯蓄が減るとは消費が増えることであり、消費の増え過ぎに対して、消費税を上げるということである。むろん、間違っても、そうなる前に、一気に上げようなんて考えてはいけない。

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 欧州危機の背景にはバブルがある。バブルで膨らんだ金融資産を保とうとして、財政赤字が拡大した側面は見逃せない。したがって、対応策は、膨張した金融資産の始末を、いかにつけるかになる。こうしてみれば、資産課税を整備して、経済規模に比して余計になった金融資産を徐々に吸収していくことの意味が理解されよう。消費税とて、単なる赤字削減策ではなく、余計な金融資産が消費に向かった場合の対応策と位置づけられる。

 おそらく、欧州危機と、その対応策の失敗を通じて、kitaAlpsさんが言うように、経済学は大きな進展を見せるだろう。大恐慌と第二次大戦の悲劇を経験して、金本位制や保護関税から脱したように。自由な金融取引と金利による調整という素朴なものから、膨張する貯蓄、滞留する貯蓄のメカニズムが解き明かされ、対応する制度も開発されて来よう。そして、バブルにならないと、豊かさが均霑しない資本主義の欠陥が克服される時代も。まあ、それを目撃できるほど、筆者は長生きできまいがね。

(今日の日経)
 原子炉は冷温停止状態。トヨタ生産最高の865万台。日航が1850億円前倒し返済。飲酒運転も日本で裁判・米軍人。社会保障改革案・給付優先。公共事業費3%強削減も復興は別枠。基礎年金国庫負担で攻防、埋蔵金も。TBが好調、海外から余剰資金。ドル調達、連銀供給も金利上昇。FT・ノワイエ総裁が格付け批判。HISが最高益。家を売る営業マン。

※年金減額と子ども手当削減で、社会保障は例年にない大幅圧縮。日経の評価は偏っている。※年金債は民主党内が厳しいのか。※英の格付けが仏より高いのは資金調達力。日本が低金利なのも当然。

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1 コメント

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資産課税 (KitaAlps)
2011-12-18 19:03:11
 『資産課税』の重みを少し増すことに賛成です。

 現在の経済停滞と財政危機は、少なくとも日本では、家計や企業の(金融)資産の増大と密接な関係があると思います。

 実際、政府が債務を返済するということは、家計と企業の(国内の!)金融資産が縮小することと(ほぼ)等しいのですから(にわとりとたまごの比喩が思い浮かびますが)。
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