経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

意識は現実より難し

2014年09月28日 | 社会保障
 「歴史上の悲劇は、社会意識の変化が現実より遅いときに起こる」というのが、本コラムの一つのテーマにもなっている。近頃は「向き合う」という言葉が万能になってるように、日本人は意識を改めさせることが大好きだけれど、これほど変わり難いものはない。そこから始める改革などというものは、とても成り立つようには思えないほどだ。

 『人口回復』(岩田一政・日本経済研究センター編)には、「出生率の回復に8兆円の支出を」ということが書かれているが、筆者のような古い人間からすると、ようやく意識が変わったなという感がある。団塊ジュニア世代が出産適齢期にあった頃には、少子化の克服は兆円単位の予算が必要だから「無理」と言われていた。幸運の女神の「後ろ髪」をつかめるのだろうか。

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 言うまでもなく、今からでも少子化の克服は始めるべきだ。ただ、「少子化克服には巨額の予算を割く価値がある」という意識に、やっと到達したところで、いわば、入り口に立っただけである。これが財政再建や法人減税に優先する火急の課題とされるには、まだ時間がかかろう。まして、財政や成長へのリターンが大きい政策になるという「真実」に目覚めるまでには遥かに遠い。

 年金制度では、少子化が起こると、巨額の「損」が発生する。裏返せば、克服には、大きな「得」があるわけだ。この原理を応用すれば、新たな負担なしに、月額8万円の乳幼児給付を捻り出すことも可能である(「雪白の翼」参照)。要は、20代で納めた保険料を、育児期に前倒しで給付するだけのことで、老後の原資は減るが、女性が仕事を辞めなければ、十分に取り返せるという仕掛けである。

 この話は、まっさらな市井の方にすれば、割と納得してもらえるのだが、「少子化対策には消費税増税が不可欠」という意識に凝り固まっている人には、かえって話が通じなかったりする。「消費増税を完遂し、財政再建にメドをつけた後、本格的な少子化対策をする」というのでは、人口崩壊へまっさかさまであろう。

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 『人口回復』では、女性活躍の形としてオランダの例が挙げられ、成功の秘訣はパートとフルタイムの賃金や社会保障の無差別であるとする。問題は、パートへの社会保険の適用拡大さえ思うに任せない日本の現実を、どう変えていくかである。それには、負担増となる企業をいかに説得するかという、カネの話を解決しなければならない。

 戦略としては、国が肩代わりする形で社会保険料を減免し、まず、無差別を実現し、名目成長率が加速する中で、社会保険料の減免を薄れさせていくという手順が必要になる。実は、必要な財源は、補正予算や法人減税からすれば、大したものではない(「2兆円の理想」参照)。ネックになるのは、こういう負担減の提案は、お役所からは絶対に出て来ないということだ。

 その意味で、岩田先生や日経センターには、もうひとがんばりしてほしい。民間が知恵を絞らねば、道は開けない。社会保険料の引き上げは徐々に行われて来たので、ゆで蛙の例えではないが、中小企業や低所得者の肩にかかる痛みは、なかなか意識されない。消費増税の負担軽減策と連結させて、お役所の縦割り意識を変える役割も必要である。

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 『人口回復』では、日本経済の復活のため、①雇用の壁、②資本・規制の壁、③人口減少の壁、④エネルギーの壁の4つを打破することが必要としている。特に、資本・規制の壁の撤廃が成長の加速に最も寄与するものだとする。筆者も、対内投資を促すために規制の改善を図ることの必要性は認めるが、一つ見落としがあるように思う。

 それは、マクロ経済の安定的な運営だ。例えば、リーマンショック後、日本へ投資したとしよう。すると、底入れから回復に向かったところまでは良かったが、民主党政権は、景気対策を一度に10兆円も切って、成長を失速させ、ドル安円高に見舞われた。大震災では、復興増税に拘泥し、阪神の時にはできた迅速な対策が打てず、ズルズルと後退した。そして、復興とアベノミクスで伸びて来たかと思えば、一気の消費増税をやって、ゼロ成長へ転落である。

 これで、日本に投資しろと言う方が無理であろう。こんな経済運営をやる国には、成長に与ろうとするより、苦境につけ込み、技術や資産を安く買おうという輩が集まることになる。法人税を下げたはいいが、高く売り抜けられただけというのでは、目も当てられない。彼らも厚意ではなくビジネスであり、大事なのは本社本国なのだから、良客を呼べるようにすることが肝要である。

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 9/14のコラムでは「批判は鋭いが、救いもほしいね」と贅沢なことを書いたが、『人口回復』は、救いの具体策を求めて、果敢に挑んだものだ。高い目標と思えても、必要があれば、明言するというのは勇気のいることであり、高く評価したい。日経センターには、現実的で魅力ある具体策の提案によって、日本の社会意識をリードする役割を担ってほしいと思う。

 これまで、日本は、「緊縮財政と金融緩和で成長できる」という意識を変えられず、失敗を繰り返してきた。また、「少子化対策は財源とセットで」という意識は、ここまで事態を悪化させている。アベノミクスの惨めな失敗と、10万単位の人口減を目の当たりにして、さすがに転換点を迎えるのであろうか。むろん、その兆しはある。しかし、悲劇に至らずに終われるかは、まだ定まっていない。





(昨日の日経)
 中国電が西日本全域で販売。イオンの営業益4割減、増税・悪天候で。パスタソースは米国の味ポン。8月消費者物価が鈍化。アークス横山・コメ戻らず、50均が人気。経済予測上位・第一生命新家、ニッセイ斎藤。金融市場のカナリアが警告・三反園哲治。

(今日の日経)
 介護職員の賃上げへ。ASEAN・戦火と対立を融和で癒す・太田泰彦。経済論壇・土居丈朗。

※頼りとする両氏が上位とは、誠にめでたい。※小黒論文を他の学者も評価するとは意外。※9/26の内閣府「消費税率引上げ後の消費動向等について」はアッサリとしたものに変わった。あれほど「持ち直し」の声をちりばめていたのに寂しいよ。iPhone6で回復と書けただろうに、お役所は学者ほど拘りはないようだ。

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1 コメント

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Unknown (KitaAlps)
2014-09-28 18:10:58
>※小黒論文を他の学者も評価するとは意外。

 土居先生は、いわば財務省理論のバックボーンのお一人ですから、財務省の主張を援護する小黒論文を評価されるのは当然だと思います。

 なお、小黒論文の核は、基本的に「反動減」だけですので、議論の枠組みには、恒久的な負の影響(所得効果)が入っていません。要するに、影響は反動減しかないという枠組みです。

 小黒、土居両先生がないとお考えの恒久的影響(所得効果)がどの程度かは、まだまだ確定してはいませんが、私は、97年を踏まえれば、小さくないと考えています。

 「トレンド成長率」が低い経済ほど、需要を痛めつける消費増税は、経済に恒久的な負の影響を残す可能性が高いと考えます。
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