経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

消費増税の論争についての雑感

2013年08月03日 | 経済
 市井の人に、「前に消費増税をしたときは、酷い不況になりましたから、慎重にせんといかんですよ」と言うと素直に納得してくれる。これが、なまじ経済を知っている人だったりすると、「消費増税でなく、アジア通貨危機と大型金融破綻が原因だった」と返されたりして、面倒な話になる。筆者も年なので、「財政再建も大事ですな」などと言って、やり過ごすが、こうなるのは、なぜだろうと思ったりする。

 前にも書いたが、三つの薬を一度に飲んで、死ぬような副作用に会った後、そのうちの一つは絶対に安全だからと言って、平然と飲み続けたりはしない。病気で薬を飲まざるを得ないにしても、量を減らしたり、体力の回復を待ったりする。それが世間の生きる知恵というものだ。前回の用量の1.5倍を飲ませようとする日本の財政当局は、やはり、世事には疎いようである。

……… 
 消費増税の判断は、ある意味、常識人の方が正しくできるように思う。財政破綻を心配する人は、上げても大丈夫というデータを好みがちだ。その典型は、「1997年4-6月期は反動減で消費が落ち込んだものの、7-9月期にはプラスになっていた。だから、その後の大型金融破綻がなければ、あんな不況にならなかった」という説だ。こうした消費増税の無罪説は、財政当局の人たちが十年前からしてきたもので、またかという感じだ。

 みなさんは、この説のどこが変だか分りますか? 実は、GDP統計では、本当に消費が戻ったかどうかは不明なのだ。根拠にならないデータを基に主張されても、説得力はない。これは、こういうことである。仮に、消費が+5%伸びていたとしても、その時の所得が+8%伸びていたら、消費は落ち込んだと判断しなければならない。つまり、GDP統計の原データであり、所得の状況まで分る家計調査までたどらないと、実態は分らないということだ。

 1997年の7月は、まさに、そんな感じだった。前年の高成長を反映してボーナスは伸びたのに、消費は低調であった。企業にしてみれば、生産を増やして、給料を多く払ったのに、お金を使ってくれなかったことになる。それは在庫の急増となって表れる。だから、本コラムは、在庫についてしっかり書いてある鈴木淑夫先生の「月例景気見通し・1997年11月」を見なさいと言っているわけである。

 ついでに言うと、1997年9月には、健康保険の自己負担割合の引上げがあって、消費がかさ上げされてもいる。この年は、消費増税だけでなく、2兆円の社会保険の負担増もあった。こんな事情は忘却の彼方だろうが。こういうことがあるから、「景気を見るには、在庫を見ろ」というセオリーは外せない。それには口を噤み、都合の良いデータを宣伝する財政当局のいかに巧妙なことか。頭の良い人たちだとは思うよ。

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 昨日のロイター電子版でおもしろかったのは、エコノミスト15人へのアンケート調査であった。ほとんどの者が3%未満の成長率でも消費税を予定どおり実施すべきとする一方、実施しなくても、長期金利が大きく上昇することはないとしていた。実施計画を緩めても、税収が3年間で15兆円減るだけだから、その程度の国債増発で上がるはずもないのは当然だが、それなら、なぜ一気の消費増税に拘るのか不思議だ。

 今日の日経によれば、民間調査機関の経済見通しは厳しく、2014年度の実質成長率は0.6%まで落ちるとしている。外需の寄与度を考えれば、ゼロ%台前半だろう。これほどのショックを経済に与えて、不安は感じないのだろうか。金利上昇への懸念と比し、アンバランスに思える。筆者とて、1997年のような金融危機が起こるとは思わないし、企業も在庫管理に努めるだろうが、景気後退の悪循環が起こらないか心配だ。

………
 IMFのラガルド専務理事が「消費増税は予定通りに」と言うのも、よく分からない。米国の「財政の崖」については、ゼロ成長に陥るとして、回避するように主張していたのに、打って変わった物言いだ。米国の場合、GDP比で3%超と言われた緊縮財政が1%にまで緩和され、難を逃れることができたが、日本の場合、消費増税、経済対策の剥落、年金カットの三つで2.6%もある。これに税と社会保険料の自然増収も乗ってくる。

 日本だって「財政の崖」だろうと思うが、日本経済は需要ショックに強いという判断なのか。それとも、IMFの事務方が実態を詳らかにブリーフィングしていないのか。米国の緊縮は、給与税減税の終了など、中・高所得層への負担増だったが、日本の消費増税は低所得層に厳しい。1997年当時より「貯蓄なし」の世帯が増大し、貯蓄を崩して消費を減らさないようにするクッションも薄くなっている。より慎重でも、おかしくはないはずだ。

……… 
 政府の経済見通しもオープンになったが、苦心の跡が見えるね。来年度の実質成長率は1%と強気だが、中身を見ると外需の寄与度が0.6もある。内需がわずかしか伸びない中で、設備投資が4.9%も伸びているところを見ると、設備投資も外需頼りなのは明らか。もし、外需が得られなかったら、成長率は、ゼロ成長近くに落ちるだろう。つまり、水モノの外需に命運を託すということだ。

 なんだか、誰もが消費増税の需要ショックは分かっていても、財政赤字への不安から、理知的に見られなくなっているような気がする。とにかく、一気の増税をして不安から逃れたいということかもしれない。だから、根拠にならないデータを後生大事に抱えたり、矛盾から目を逸らしたりする。まあ、人間とは、そういうものだがね。そういうときは、数字で説明しても、なかなか通じないのである。

(今日の日経)
 トヨタの利益2兆円・今期。米雇用16.2万人、ぺース鈍る。米景気回復が市場揺らす、2日間の株高円安。中期財政計画は消費税明記せず。成長率の政府見通し甘く、民間は0.6%。




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97年7-9月期の消費増? (KitaAlps)
2013-08-05 10:01:43
 次の拙ページでは、消費税増税による可処分所得減少の影響は、住宅投資や高額の耐久消費財に集中的に(しわよせされて)現れると考えています。
http://bit.ly/10xqdDj

・・・これは、住宅や耐久消費財は耐用年数が長いため1年や2年更新期間を長くしても効用は下がらないのに対して、日常の食品、消耗品をはじめとする生活消費は、消費の抑制が直ちに生活の質や水準に影響するために、消費を圧縮するのが難しいわけです(これは実証的にも裏付けられ、広く知られていることです)。このため、可処分所得の減少による、消費の抑制は、もっぱら高額の耐久消費財(自動車など)や住宅投資が(集中的に)しわよせされ、この分野で市場が縮小した・・・この結果、耐久消費財生産のウエイトが高い日本経済の成長を抑制することになったと考えています・・・

◎そこで、民間住宅投資の変化をみているわけですが、4半期実質GDP(季節調整済み)で見ると、次のように対前期比伸び率が変動していて、通常言われる7-9月期の消費の「持ち直し」は住宅投資についてはまったく見えません。4- 6月期の低下率が最も大きく、以後、順次、低下率がきれいに縮小していっています(ただし、98年1- 3月期は低下率が縮小しすぎ)。この点では、7月の東アジア通貨危機や、11月の三洋証券、山一証券、北海道拓殖銀行の破綻などの国内金融危機の影響は見られないと考えています。
     前期比伸び率
4- 6月期  -11.2%
7- 9月期  -7.2%
10-12月期 -4.7%
1- 3月期  -0.6%
4- 6月期  -2.3%
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