アベノミクスというのは不思議な政策で、狙っていた効果は不発だったのに、予想外の効果で成功を収めるという経緯をたどった。一口で言えば、運が良かったのであるが、これも実力のうち。時宜に応じた政策を選ぶのは、たやすくない。その証拠に、ようやくデフレの門口まで来ていながら、やらずもがなの一気の消費増税で、すべてを水泡に帰そうとしているわけだから。
………
異次元の金融緩和で円安を実現し、輸出増大によって経済成長を牽引するというのが、アベノミクスの基本戦略である。前段は、異次元緩和がなくても実現する国際環境にあったとする説もあるにせよ、その流れに乗り、見事に「幸運の女神の前髪」をつかんだのだから、立派な功績である。ただし、後段の、輸出で牽引するという、日本が従来から得意としてきたパターンは不発に終わった。
輸出の伸び悩みの原因は、日本企業の海外生産が円高の間に進展していたこと、世界経済の成長が緩慢だったことにあり、これらは、あり得るシナリオとして、事前に予想されてもいた。ところが、ここで、円安による思わぬ援軍が現れる。それは、「訪日外国人1000万人達成」という、観光客急増による「国内外需」の発生と、日本人の海外旅行の減少に伴う、国内旅行や外食への「需要転換」である。
これらには、約1.1兆円の需要拡大効果があった。この数字は国際収支の中に埋もれがちだが、2013年度のサービス収支を見ると、輸送は6500億円、旅行は4600億円、前年度より赤字が縮小しているのが分かる。つまり、その分、GDPが押し上げられているのだ。足元の4-6月期も好調であり、輸送こそ、前年同期比243億円の赤字拡大だったものの、旅行は898億円の赤字縮小となって、遂に黒字転換を果たしている。
………
どうも、こうした「国内外需」の発生は、サービス輸出だけでなく、消費をも膨らませているように思われる。それというのは、図で分かるように、2013年に消費総合と家計調査の乖離幅が拡大しているからである。双方の季調済指数の差は、2012年下半期に6.7、7.0だったものが、2013年下半期には9.1、9.0になっている。
こうした差の原因については、消費総合は、需要側統計と供給側統計を合成して作られており、需要側は家計調査が基であるから、供給側に、家計調査が捉えていない消費が含まれている可能性がある。それが外国人観光客によるものではないかというわけだ。旅行者に家計簿を出してもらうのは無理なのでね。
他方、サービス輸出については、観光庁が四半期ごとに実施する「訪日外国人消費動向調査」が基になっている。これは、外国人客に対する聞き取り調査で、交通費、娯楽サービス費、買い物代などを尋ねるものである。GDPの算出において、「国内外需」と「サービス輸出」がダブルカウントされるはずはないが、この調査に少なめに答えていたりすると、取り切れない部分が出てくる。
もっとも、消費総合と家計調査の差としては、法人による「消費」が膨らんでいて、それが取り切れていない可能性もあり、外国人観光客のせいとばかりは言えない。いずれにしても、消費総合が一次統計の家計調査より膨らんでいることは、わきまえておきたい。すなわち、家計の実態は、より厳しいということである。
ついでに記しておくが、2012年の改定後の消費総合の詳しい算出方法については、「今週の指標 No.1019」で予告されたきり、まだ一般にオープンにされていないようだ。こういう宿題は、早くこなしてもらいたいね。
(図)
………
脱線が長くなった。もう一つ、アベノミクスにとって幸運だったのは、円安・株高が進むと、早くも2013年1-3月期には、消費が急速な盛上りを見せたことだ。賃金に先立ち、消費性向が上昇する形で増大したことは、筆者にとっても、予想外の展開だった。アベノミクスは、思わぬスタートダッシュに成功したのである。
これは、資産効果だけでは説明のつかないもので、おそらく、雇用の好転が見通せる段階で、抑制されていた消費が一度に出て来たものと考えている。こうした動きは、改めて過去を振り返ると、2003~2004年の景気底入れの際にも、類似の現象があり、認識を新たにした次第である。(12/22「法則の異変と神の見えざる手」の図3を参照)
むろん、緒戦での消費の盛上りは一時的で、家計調査では、2013年4-6月期になると反動減が見られ、このあと、円安による物価高の浸透もあり、停滞することになる。円安の浸透までの時間差がもたらした儚い成果でもあったのだ。しかし、そうこうするうちに、公共事業と住宅の駆け込み需要が成長を支えるようになって行く。
………
アベノミクスの「国内外需」の成功は、雇用の面では効き目が良かったかもしれない。サービス業は雇用創出に結びつきやすいからである。また、いつもは景気回復が遅れがちな北海道や沖縄が好調なのは、外国人観光客の増があるように思う。裏返せば、内外の旅行者が行かないような中小都市では、アベノミクスの恩恵が薄いように感じられるだろう。
消費での緒戦の勝利という「幸運」は、大事にしたいところだった。これに慢心せず、消費増税の悪影響に慎重になっていたらと悔やまれる。その判断は、盛上りの余韻が残る、消費総合や7-9月期GDPを基になされている。その結果はと言えば、増税後の消費は、最新の8/8の「消費税率引上げ後の消費動向等について」に至っても遅々としたものだ。
その「動向等」だが、先週まで、説明文に「持ち直し」、「改善」、「戻っている」の文字が踊っていたのに、今週からは、あまり数字に違いはないにもかかわらず、そうした文字がすっかり消えてしまっている。6月の鉱工業生産指数が判明して以降、民間のエコノミストの雰囲気は変わった。お役所も静かに見方を修正しつつあるように思える。
(昨日の日経)
上場企業経常利益の前年同期比2%増、製造業9%増、非製造業-7%。年金積立金6兆円増。輸出が日銀想定下回る。街角景気・先行き2か月連続で低下。経常赤字・増えた内需を輸入で補う。
(今日の日経)
日米間の光回線容量4倍。健康長寿で医療費は減る?・山口聡。重力波望遠鏡。読書・歴史から学ぶ地球温暖化、「反日」中国の文明史。
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異次元の金融緩和で円安を実現し、輸出増大によって経済成長を牽引するというのが、アベノミクスの基本戦略である。前段は、異次元緩和がなくても実現する国際環境にあったとする説もあるにせよ、その流れに乗り、見事に「幸運の女神の前髪」をつかんだのだから、立派な功績である。ただし、後段の、輸出で牽引するという、日本が従来から得意としてきたパターンは不発に終わった。
輸出の伸び悩みの原因は、日本企業の海外生産が円高の間に進展していたこと、世界経済の成長が緩慢だったことにあり、これらは、あり得るシナリオとして、事前に予想されてもいた。ところが、ここで、円安による思わぬ援軍が現れる。それは、「訪日外国人1000万人達成」という、観光客急増による「国内外需」の発生と、日本人の海外旅行の減少に伴う、国内旅行や外食への「需要転換」である。
これらには、約1.1兆円の需要拡大効果があった。この数字は国際収支の中に埋もれがちだが、2013年度のサービス収支を見ると、輸送は6500億円、旅行は4600億円、前年度より赤字が縮小しているのが分かる。つまり、その分、GDPが押し上げられているのだ。足元の4-6月期も好調であり、輸送こそ、前年同期比243億円の赤字拡大だったものの、旅行は898億円の赤字縮小となって、遂に黒字転換を果たしている。
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どうも、こうした「国内外需」の発生は、サービス輸出だけでなく、消費をも膨らませているように思われる。それというのは、図で分かるように、2013年に消費総合と家計調査の乖離幅が拡大しているからである。双方の季調済指数の差は、2012年下半期に6.7、7.0だったものが、2013年下半期には9.1、9.0になっている。
こうした差の原因については、消費総合は、需要側統計と供給側統計を合成して作られており、需要側は家計調査が基であるから、供給側に、家計調査が捉えていない消費が含まれている可能性がある。それが外国人観光客によるものではないかというわけだ。旅行者に家計簿を出してもらうのは無理なのでね。
他方、サービス輸出については、観光庁が四半期ごとに実施する「訪日外国人消費動向調査」が基になっている。これは、外国人客に対する聞き取り調査で、交通費、娯楽サービス費、買い物代などを尋ねるものである。GDPの算出において、「国内外需」と「サービス輸出」がダブルカウントされるはずはないが、この調査に少なめに答えていたりすると、取り切れない部分が出てくる。
もっとも、消費総合と家計調査の差としては、法人による「消費」が膨らんでいて、それが取り切れていない可能性もあり、外国人観光客のせいとばかりは言えない。いずれにしても、消費総合が一次統計の家計調査より膨らんでいることは、わきまえておきたい。すなわち、家計の実態は、より厳しいということである。
ついでに記しておくが、2012年の改定後の消費総合の詳しい算出方法については、「今週の指標 No.1019」で予告されたきり、まだ一般にオープンにされていないようだ。こういう宿題は、早くこなしてもらいたいね。
(図)
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脱線が長くなった。もう一つ、アベノミクスにとって幸運だったのは、円安・株高が進むと、早くも2013年1-3月期には、消費が急速な盛上りを見せたことだ。賃金に先立ち、消費性向が上昇する形で増大したことは、筆者にとっても、予想外の展開だった。アベノミクスは、思わぬスタートダッシュに成功したのである。
これは、資産効果だけでは説明のつかないもので、おそらく、雇用の好転が見通せる段階で、抑制されていた消費が一度に出て来たものと考えている。こうした動きは、改めて過去を振り返ると、2003~2004年の景気底入れの際にも、類似の現象があり、認識を新たにした次第である。(12/22「法則の異変と神の見えざる手」の図3を参照)
むろん、緒戦での消費の盛上りは一時的で、家計調査では、2013年4-6月期になると反動減が見られ、このあと、円安による物価高の浸透もあり、停滞することになる。円安の浸透までの時間差がもたらした儚い成果でもあったのだ。しかし、そうこうするうちに、公共事業と住宅の駆け込み需要が成長を支えるようになって行く。
………
アベノミクスの「国内外需」の成功は、雇用の面では効き目が良かったかもしれない。サービス業は雇用創出に結びつきやすいからである。また、いつもは景気回復が遅れがちな北海道や沖縄が好調なのは、外国人観光客の増があるように思う。裏返せば、内外の旅行者が行かないような中小都市では、アベノミクスの恩恵が薄いように感じられるだろう。
消費での緒戦の勝利という「幸運」は、大事にしたいところだった。これに慢心せず、消費増税の悪影響に慎重になっていたらと悔やまれる。その判断は、盛上りの余韻が残る、消費総合や7-9月期GDPを基になされている。その結果はと言えば、増税後の消費は、最新の8/8の「消費税率引上げ後の消費動向等について」に至っても遅々としたものだ。
その「動向等」だが、先週まで、説明文に「持ち直し」、「改善」、「戻っている」の文字が踊っていたのに、今週からは、あまり数字に違いはないにもかかわらず、そうした文字がすっかり消えてしまっている。6月の鉱工業生産指数が判明して以降、民間のエコノミストの雰囲気は変わった。お役所も静かに見方を修正しつつあるように思える。
(昨日の日経)
上場企業経常利益の前年同期比2%増、製造業9%増、非製造業-7%。年金積立金6兆円増。輸出が日銀想定下回る。街角景気・先行き2か月連続で低下。経常赤字・増えた内需を輸入で補う。
(今日の日経)
日米間の光回線容量4倍。健康長寿で医療費は減る?・山口聡。重力波望遠鏡。読書・歴史から学ぶ地球温暖化、「反日」中国の文明史。
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