経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

来年の社会保障はデフレ要因

2012年12月01日 | 社会保障
 需要管理は経済運営の基本であり、財政と社会保障の動向を見極めるのは当たり前ことになっている。ただし、日本以外での話だ。日本は、需要不足によって生じるデフレに苦しんでいるのに、社会保障を見ないどころか、財政も当初予算しか気にせず、補正予算は度外視するという奇妙な国である。

 来年は、3年に一度の年金支給開始年齢を引き上げる年だから、これだけで1.3兆円のデフレ要因になる。そんな年に、特例年金水準のカットで5400億円のデフレ要因を作り、そのわずか半年後の2014年4月には、更なる5400億円の年金カットと、消費増税3%アップを行う。普通の感覚では常軌を逸しているのだが、無知とは、どんなことも可能にするようだ。

 日本の財政当局は、「いかに国民に負担を課しても消費には一切影響しない」という、都合の良い理論に凝り固まっているので、需要管理などは視野にない。また、日本の新聞や有識者は、当局が説明してくれなければ、何も語れないので、問題の所在すら意識されない。日本のデフレは、需要管理に素直に応じているだけのことである。

………
 さて、妙な理論の人達は置いておき、まじめに社会保障の需要推計の作業をしておこう。社会保障と言っても、実際には年金の話になる。医療・介護は、短期的に収支を均衡させているので、デフレやインフレの大きな要因にはなりがたいからだ。また、話を簡単化するために、大まかな推計にとどめていることは、予めお断りしておく。

 年金の支給対象になっている60歳以上の人口は、2012年は4108万人である。これが2013年には4163万人へと1.4%増えることになる。したがって、何もしなければ、人口要因によって、53.8兆円の年金給付費は、7500億円増えることになる。これが需要を下支えし、デフレを緩和する効果があることは言うまでもないだろう。今年はこの効果が9000億円あった。消費が停滞する中で、シニアの消費は堅調だとされてきたが、その背景になっている。

 ところが、来年は、支給開始年齢の引き上げによって、支給対象の人口は減ることになる。60歳男性への報酬比例部分の給付と、64歳男性への定額部分の給付がなくなる。1つの年齢階層分のフルの年金がなくなるわけだから、簡単化して、60歳の男性人口83万人を対象外として差し引くと、支給対象人口は、前年から0.7%減の4080万人となり、3800億円のデフレ要因となる。

 つまり、今年は、年金が+9000億円と需要を押し上げてくれたのに対して、来年は-3800億円と、逆に需要の足を引っ張ることになる。この段差が2013年における1.3兆円のデフレ要因だいうわけだ。これに加えて、特例年金水準のカットもあるので、おそらく、来年は、堅調だったシニア消費まで失速するという現象が見られることだろう。

 まあ、「なぜ日本はデフレなのか」と言って、嘆かないことである。今年は、子ども手当カットと年少扶養控除廃止で約1兆円のデフレ圧力をかけた。家計調査の勤労者世帯を見るなら、公的負担のために可処分所得が減った5月、7月は消費支出が落ち込み、この10月に、収入増の割りに消費が増えなかったのにも、可処分所得の伸び悩みがある。日本経済は、家計への負担増という仕打ちに、消費失速という素直な答えを出した。それは来年も同じだろう。

 こういう経済運営を望んだ人たちは、「デフレは続いたが、バラマキ退治の成果を上げました」と言って胸を張ったら良いと思う。また、来年は、「世代間の不公平を正すため、デフレ覚悟で社会保障の圧縮をやり抜きます」とアピールすべきだ。デフレによる雇用の少なさに苦しむ若い世代は、拍手喝采を送るに違いない。

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 せっかくだから、年金保険料のデフレ効果についても説明しておこう。年金の保険料率は、毎年、0.354ずつ高くなることが決まっている。小さく見えるが、2013年の保険料は2.1%増えるという意味だ。今年の年金の保険料負担は33.1兆円だから、7000億円増える計算になる。先ほど、高齢者の人口要因で、何もしなければ、年金給付が7500億円増えるとしたが、この場合、負担増と給付増は、ほぼ相殺され、需要管理上はニュートラルになる。

 こういう年金財政上の均衡を見ると、何となく安心するのではないだろうか。もし、経済成長があれば、賃金増に連れて保険料は増え、年金財政は黒字になる。社会保障にとって、経済成長がいかに重要か分かると思う。そして、物価が上昇すれば、マクロ経済スライドが作動し、毎年0.9%の年金カットもなされて、ますます磐石なものになる。

 これからは、人口の少ないポスト団塊世代が高齢期を迎えるので、給付の伸びは低下していく。2004年の年金改革の制度設計は、この時期には積立金を増強することを想定していたから、普通に成長すれば、年金財政が黒字になるのは当然だ。給付が伸びなければ、国庫負担の増加の方も緩やかとなる。特に、来年は、支給開始年齢の引き上げによって、予算編成は楽なはずである。

 こうしたことは、ウラから見れば、経済には年金部門からデフレ圧力がかかることを意味する。経済運営をする上では、それを十分に勘案して、財政で調整しなければならない。財政赤字が大きいのだから、ひたすら財政再建を進めれば良いというのは、前時代の遺物でしかない。社会保障と財政を連結する方法論が、次代の若い人たちの参考となれば幸いだ。

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 このところ、金融緩和が注目を集めている。筆者は、不況に対しては、金融緩和と需要拡大の両方をなすべきという平凡な考え方の持ち主である。危惧するのは、金融緩和をすれば、需要管理はどうでも良いという傾向である。また、需要拡大と言うと公共事業しか考えないのも問題だ。復興事業で供給が逼迫している今はなおさらである。

 需要管理の手段として、経済状況にマッチしているのは、社会保障給付や保険料の操作である。ところが、社会保障を膨らましたり、低所得者の保険料を優遇したりすることは、小さい政府や自助自立の思想から、日本では極めて評判が悪い。筆者は、乳幼児保育への給付の増大や非正規の低所得者の厚生年金への低料率での加入を提案しているが、これは、少子化や若年失業や非正規での滞留は、社会的な歪みであると考えるからでもある。

 残念ながら、世間では、社会をベタープレイスにしようとするより、財政破綻の恐怖を煽ったり、社会保障を悪者にしたり、はたまた、金融緩和によるバブルを期待させたり、手当のバラマキで歓心を買おうとしたりである。どうか、本質を見失わないでほしい。歪みに苦しむ人たちを助けようとすることが、長期的な経済合理性の実現を通じて、結局は、経済を良くするってことを。

(今日の日経)
 ウォン高で現代自11%安。経済対策第2弾予備費8800億円、基金へ拠出だけも。年金開始年齢が焦点に・国民会議。農林水産業25年で算出35%減。インド成長率7-9月期も6%割れ。FT・日本売り探るファンド、政権交代で天気との見方。派遣・遠のく正社員。袋面市場が沸騰。しまむら営業益最高、秋物盛り返す。長期金利が9年5か月ぶり0.700%割る。

※年金開始年齢を議論するのは賛成だ。なぜなら無意味だから。時間を空費して、余計な改革はしないでほしい。開始年齢を引き上げても、希望者には繰り上げ支給はせざるを得ないから、実質的には給付水準を引き下げるだけになる。それは、マクロ経済スライドの期間を長くすれば容易にできることだ。

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