経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

経済指標の読み方で広がる視野

2017年11月26日 | 経済
 日本語で「エコノミスト」と言うと、経済ウォッチャーを指し、経済学者は含まれないのが普通だ。考えてみれば不思議で、データを読むには理論が必要で、理論にはデータの裏づけが欠かせないのだから、二つが分かれているのは、もったいない。そんな中、データを読む手練れである第一生命研の新家義貴さんが『経済指標の読み方』を出したわけだから、これは見逃せまい。その懇切丁寧な中身は実に有益なものだ。そして、そこからはノウハウ以上のものも見えてくる。

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 新家さんが真っ先に指摘する「予測の秘訣は、現在を知ること」は逆説的であっても、的を射た見方だと思う。未来が分からないことは、わきまえていても、今、何が起こっているかは、分かっているつもりになりがちだ。さらに、過去を振り返る際も、初めから分かっていた気になるのが人の性。1997年の消費増税は、日本経済の転換点になったけれども、当時の筆者は、いずれ景気は回復するだろうくらいにしか感じなかった。歴史の曲がり角に遭遇していたのに、まったく鈍いものである。 

 その上、後で振り返れば、誰でも分かるというわけでもない。1997年の失速は、数年経って皮膚感覚が薄れると、アジア通貨危機や大型金融破綻が原因として語られるようになった。新家さんも言うようにリアルタイムでの記録は大事で、鈴木淑夫先生が書かれた「月例景気見通し」は、在庫増から生産調整へ進む様子が克明に描かれ、消費増税を原因から外す言説は記憶の改変でしかないことが分かる。「財政再建は日本経済に良いはず」という信条が都合の悪いデータを見えなくしてしまうのだろう。

 実を言うと、本コラムが2014年から月いちの「アベノミクス」シリーズを書き始めたのは、鈴木先生の「月例」を下敷きにしてのことだ。しかも、大方のエコノミストがアベノミクスの成功を信じて読み間違える中、屹立して逆の見通しを当てられる機会は滅多にないからね。これをすれば、需要管理が経済運営にどれほど重要か、証明できるとも考えた。まあ、狙いどおり当てることはできたが、世の中の信条は相変わらずで、現在に至っている。それもまた予想どおりではあったが。

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 新家さんの『読み方』で、特に興味深いのは、輸出や公共投資の増加をきっかけに景気回復が始まるとしている点だ。これはエコノミストには常識的でも、経済学者にとっては、そうでもない。理論的には、金融緩和がきっかけでなければならないからだ。新家さんの描く、輸出→民需→設備投資→消費という、需要が経済を動かしていく姿は、現実に裏打ちされたものだが、教科書的な経済学における、金利が投資と貯蓄を調整するという理論とは、異質のものになってしまう。

 普通の科学なら、事実によって標準的な理論が修正されるが、経済学は、政治思想でもあるので、そう簡単ではない。需要が経済を動かすとなれば、発散が起こって合理的な形に収束しなくなる。実際の経済は、そうした手に負えないもののように思えるのだが、こうした理解に立つと、自由な経済活動には是正が欠かせなくなり、政治的にまずいことになる。むろん、まずいものは、認めないに限る。結局、現実を読むためには、理論と折り合いをつけて、本音と建前を使い分けねばならない。

 先週の図で示したように、バラバラに動いている住宅、公共、輸出の3つは、足し合わせると消費や設備投資とパラレルに動くようになる。追加的3需要が所得を生んで消費を動かし、設備投資は需要を見ながらなされる。逆因果でないことは、増税で消費が折れたら、金融緩和と法人減税をしていたのに、設備投資も折れたことで明らかだろう。月次の下図でも、同様の傾向にあることがうかがえる。金利や収益でなく、需要が経済を動かしていると考えないことには、現状の把握も、先行きの予測もできない。データの観察は理論の見方も広げてくれる。

 歴史的にも、輸出を起点に景気回復が始まることは、戦後、一貫して観察されてきた。高度成長期には、金融緩和が直接に設備投資に効いたようにも見えるが、金融緩和には必ず輸出拡大が伴っており、これが遅れた昭和40年不況は回復も遅れている。また、財政出動だけで景気を回復させた例としては、福田赳夫政権が挙げられる。金利は住宅と輸出の実現を通じて効果を及ぼすにとどまり、経済は需要が動かす。1997年以降のデフレ期での変化は、起動後の好循環の芽を緊縮財政が摘むようになったためである。データの観察は歴史を深めるにも有用だ。

(図)



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 「まえがき」によると、新家さんは、法学部出身なのに、入社直後、いきなり経済分析を行う部署に配属され、まったく分からず、途方に暮れたそうで、それが執筆した動機の一つらしい。人事の理由は、未だに謎のようだが、筆者には、何となく分かる気がする。なまじ理論のメガネをかけることなく、一からデータを組み立て、素直な目で経済を理解することを求めたのではないだろうか。そして、「自分は無知である」という意識が弛まぬ努力と現実を取り入れる柔軟性に結びつき、良い業績を収めることができたのだと思う。


(今日までの日経)
 設備投資16%増に上振れ。CS目立つ空き店舗。高所得者に負担増、可処分所得減。パート時給増、人手不足に拍車「年収の壁」で働けず、報酬積立の退職金制度も。

※高所得者の負担増は賛成だが、可処分所得を減らすほどの所得増税はやり過ぎ。本当に上げるべきは、分離課税の利子配当課税。

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