ストレスフリーの資産運用 by 林敬一(債券投資の専門家)

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クレディスイスのAT1債と社債投資の心得

2023年03月25日 | 社債投資の心得

  クレディスイスのAT1債の内容が、次第にあきらかになってきましたね。

  3月23日の吉田さんからのコメントにたいして私は以下のように返答しています。まずコメントの一部から。

>社債の件ですが、先生のご助言に背き、既にいくつか劣後社債を購入しておりました。正直5〜6%の利回りに誘惑されました。

そして私の返答の一部を引用します。

>劣後債を購入されていましたか。
今後は是非やめるようにしてください。
劣後債は今回のような極端なリスクを持つものもあれば、比較的マイルドなリスクを持つものもあります。普通社債=シニア債ともいいますが、破綻時に劣後債はシニア債より返済順位が劣後するだけでなく、もっと複雑な条件を持つ債券が数多くあります。期限前償還条項の付いたものや、クレジット・リンク債などです。

 

  そして今回の破綻に際しての疑問、「何故株式より、劣後とはいえ債券が先に価値をなくしてしまったか」については、政府と金融当局が政治的判断でおこなった緊急措置ではなく、AT1債には発行条件の中にその措置の根拠があったという説明がなされました。その内容を、日経ニュースから引用します。
引用

2023年3月24日

クレディ・スイスAT1債全損、当局「条項に従い決定」

スイス金融市場監督機構(FINMA)は23日、スイス金融大手クレディ・スイス・グループの劣後債の一種「AT1債」の価値をゼロとする決定は同債券の条項に従ったものだと発表した。同社のAT1債の目論見書には発行体の「存続に関わるイベント」が起き、政府が特別支援を実施する場合は無価値にするとの規定があると説明した。

同業のUBSによるクレディ・スイスの買収に伴いクレディ・スイス株の価値は一部残り、AT1債の価値はゼロとなる。FINMAは「AT1債について多くの問い合わせがあるため、無価値にした根拠となる情報を提供する」として、スイスでは株式が全損するより前にAT1債が株式に転換されるか全額毀損する設計になっていると指摘した。

FINMAは同時に無価値となるクレディスイスのAT1債の一覧も発表した。2013年から22年に発行した13本が該当する。

一般的に企業の破綻時には債券は株式よりも優先されるため、クレディスイスのAT1債の全額毀損が発表されると社債市場は大きく混乱した。社債権者の間では、決定を不服として訴訟に向けた動きもある。FINMAの発表には決定の正当性を主張する狙いがあるとみられる。

引用終わり

  この説明で債権者の動きが収まるとは思えないのですが、我々が普段目にしない条項が含まれていたのは事実です。

 

  では日本の証券会社はこうした目論見書の内容を把握し、リスクがあるとはっきりと投資家に説明しているでしょうか。私にはそうは思えません。また説明していたとしても、「クレディスイスが破綻する可能性はある」と匂わせることもしないと思います。

  今後クレディスイスもスイス当局も様々な訴訟を受けるでしょうし、最終的解決には非常に時間がかかるものと思われます。それでも損失を取り返すのは非常に困難でしょう。

  例のサウジの皇太子が得意げに運用しているファンドも、これに引っかかっているし、他の中東諸国も株式とAT1債の両方で莫大な資金を失うことになりそうです。今後金融機関の発行する劣後債は、プロの投資家ばかりでなく世界中の個人投資家も避けて通るようになるでしょうし、売却に際しては相当な損失を覚悟せざるを得なくなると思われます。

 この状況下それを商売ダネにしようとする弁護士事務所が日本にもありました。私が「クレディスイスAT1債」とググったところ、最初に出てきたのが

○○法律事務所による無料相談の宣伝サイトでした。内容は、

AT1債元本削減よるの損失を回復できる可能性があります。無料法律相談にお申込みください。○○法律事務所はクレディスイス発行のAT1債保有投資家のために無料法律相談を開始。Web相談24時間受付中・法律相談初回無料。」

 なかなかしたたかですね。なんか「払い過ぎたクレジットの利息は取り戻せます」というTVの宣伝みたいです。でも冒頭から誤植がそのままになっている法律事務所なんて、誰が信用するのでしょう(爆笑)。私のブログを見ている関係者がいたら、即訂正を!

 

 

  では社債投資のおさらいをしておきます。

ブログ・カテゴリー「社債投資の心得」、16年3月1日の記事です。

再掲引用

目白のおっちょこちょいさんからいただいた「社債投資はどうか」という問い合わせへの回答です。

  低金利の米国債に代わり、もう少しイールドの取れる社債への投資を検討とのことですが、「社債を買う場合考慮すべきこと、リスクは何か」について、他のみなさんにも参考になると思いますので、本文にてじっくり解説いたします。

   ご質問内容と、目白のおっちょこちょいさんが例として上げられていたのは、以下の債券です。

 引用

なかなか米国債金利が上がらない状況が続いております。
ドル転した米ドルはMMFにあり安全なのですが、資金の一部で10年以内の米ドル建て社債でも購入しようかと考えています。
例)
シティ 利回り 3.129% 2026/01/12
米国債 利回り 1.654% 2026/02/15
金利差 1.475%

以下のようなことは分かっているのですが、もし何かアドバイスなどございましたらご教示下さい。
・社債と米国債で違うところは、社債は倒産などもろもろありリスクが伴う。
・米国債よりも金利が高いのは、儲かるからじゃなくってリスクが高いから。
・似たような年限の米国債金利を基準として、どれだけ上乗せされているかがリスクプレミアム。

引用終わり
 

  コメント内容にもありましたが、私は著書でも社債への投資には触れていません。私が一般の方に社債をおすすめしない理由は、

1.流動性がないから

2.社債の内容はそれぞれ変化に富んでいて、一般の方が理解するのが難しいから

3.理解できても価格の妥当性が判断できないから

   以上の3点です。もう少し詳しく解説します。

  社債の基本的リスクは、すでに書いていらっしゃるとおりです。

   日本の証券会社が薦める海外の社債は大半が金融機関の発行する債券です。それは見かけの利回りが高いからです。「見かけの良い投資対象には罠がある」と考えるのが、投資の心得の一つです。

   特に金融機関債になるととても複雑で見えないリスクが満載です。その詳細内容は「発行目論見書」を調べる必要があるのですが、私の社債引き受け経験によれば、発行目論見書は英文でおよそ50-100ページにもなり、その中の20ページほどはかなり重要な条件が書いてあります。それも字が電話番号帳ほど小さいので、とても見る気がしないしろものです。

  内容をかいつまんで言えば、格付情報や、当該企業もしくは金融機関固有のリスクや、そのインダストリーのリスク。また金融機関でありがちなのは

①劣後性の有無

②期限前償還条項の有無

③株式への転換条項の有無

  劣後債ですと、デフォルトした時に残余財産をもらえる可能性がほかの一般社債(シニア債)より低く、リスクは高いことになります。また期限前償還条項がついていると、せっかく高利回りだと思ったらすぐに償還されてしまったりします。そして株式転換条項によっては、債券だと思って買ったら、業績が悪くなると株に転換されてしまうものもあります。(これは日本でみんなが騙されたExchangeable Bondとは違います。)このように金融機関債の条件設定は極めて複雑怪奇なのです。

   日本の証券会社が薦める社債はほとんどが「プレーン・バニラ」と呼ばれる仕組みのないものが多いとは思います。しかし、債券をプロとして扱ったことにないセールスマンがほとんどなので、目論見書も読んだことはないでしょう。ですので、上記条件の有無をセールスマンに確認する必要がありますが、聞いてもわからない場合、本社の債券専門家に確認してもらい、理解したうえで投資を判断すべきです。

   ここまでは基本中の基本です。さらに重要なのは「価格の妥当性」です。一般の方にはCitibankのスプレッド、上記の例では金利差 1.475%の妥当性を判断できません。市場を離れてしまった私にももちろん判断はできません。価格が妥当であるか判断できないものを、証券会社の言いなりで買うことになるのは覚悟してください。

   それと最も重要なのは、多くの方が普段は気にしていない大事な大事な「流動性」です。流動性とは、「売りたいときに売れるか」です。そして、売れたとしても大幅なディスカウントになる可能性もあります。もう少し説明を加えますと、

   例えばCitibankが怪しくなったとき、Citibank株は市場で投げ売れば売れるでしょう。しかしCitibankの債券は足元を見られて、全く売れないかもしれません。売れたとしても相手はディストレスト・ファンドなどの墓場のダンサーかもしれません。するととんでもないディスカウント率になることもあります。墓場のダンサーとは、デフォルト間近、あるいはデフォルト済の債券を買いたたいて、将来大きく儲けようとするリスクテイカーを指します。

   ちょっと脅かしすぎたかもしれませんが、一応こうしたことを理解したうえで投資しないと、あとで泣きを見ます。ということで、国債やスーパーソブリンではない債券投資には、いろいろと難しいことがつきまとうのです。

  これらの理由から、私は社債投資をお薦めしていませんし、著書でもとりあげていないのです。

  まあ、それでも、ということであれば、証券会社でさきほど示した債券の条件を聞いたうえでリスクを取るのを、止めはしません(笑)。できれば証券会社とのやり取りを後ほど報告してください。

  以上、フィクストインカムの専門家流、社債投資の心得でした。

引用終わり

  

 

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ホントは恐い、社債の危険性

2023年03月20日 | 社債投資の心得

  クレディスイスの危機は、中央銀行であるスイス国立銀行のサポートとUBSによる救済合併で収束すると見られています。先週のシリコンバレー・バンク騒ぎに次いで、銀行破綻が連鎖しました。今後も銀行破綻は問題銀行に連鎖する可能性があることをみなさんもしっかり頭に入れておきましょう。

  今回の救済スキームは新聞だねとしては終わった感があるのですが、債券の専門家の間では、大きな衝撃を持って余震が続いています。それがタイトルにある「ホントは恐い、社債の危険性」の話です。

 

  私が個人的にアドバイスを差し上げている個人の方々のポートフォリオには、驚くほど多くの社債が含まれています。しかも多くの方はその社債のリスク内容をしっかりと把握していないので、今回はそれを取り上げて警鐘を鳴らします。

   その前に、今回の破綻救済スキームの何が問題なのかを、専門家の観点からみてみます。クレディスイスは多くの社債を発行していて、その中に破綻の際だけ帰趨が関係する劣後債の性格を持つ債券が存在していました。

  銀行を含む破綻企業の処理では、債権者の権利を守る順番が決まっています。例えば負債総額100億円などと破綻の大きさを表しますが、最初にゼロになるのは株式で、投資家には1円も戻りません。その次は貸付をしている銀行や社債の保有者になりますが、残余財産を比例配分することになります。

  社債にも種類があって、いわゆる「劣後債」というカテゴリーの債券の権利は、株式より上ですが普通社債より劣後します。ということは株式同様、負債が大きければ戻りはゼロになる可能性が高いのです。ですのでリスクを取る投資家は普通社債より高い金利ももらえます。私の懸念は、そのリスクを知ってか知らずか、劣後債に投資をされている方がとても多いのです。

 

  この返済順序を頭に入れて、クレディスイスの処理を見ると、とんでもないことが起っています。今回はUBSがクレディスイスの株式を、時価の1.86スイスフランより6割低い0.76スイスフランで買収することが決まりました。ということは、株式価値はゼロにはならずに半分弱返ってくる勘定になります。

  ところが今回クレディスイスの発行しているAT・1というタイプの劣後債の価値をゼロにするというのです。しかもその発行額は2兆2,800億円にのぼります。これは先ほどの原則論、まず株式がゼロになるのとは違う処理になったということです。

  このように銀行が発行する劣後性債券は、スキーム自体が複雑で破綻処理も単純ではないのです。2.3兆円もの債券の価値がゼロになり、株式投資家が救われるのは、順序がおかしいと感じる専門家が多いのです。

 

  しかも過去にプロの投資アナリストなどが出しているコメントもお門違いだったことになります。金融専門ニュースのプルームバーグに載っている以下のコメントを参考までに引用します。世界的に有名な投資会社アライアンス・バーンスタインのアナリストコメントで、22年2月のHPからの引用です。

タイトル;銀行セクターは劣後債が魅力的

AT1債は一連の信用格付の各ポイントにおいてより高いバリュー(林の注;金利が高い)を示すのみならず、その具現化されたリスクも銀行株式と比べて低い。そして、過去5年間のハイイールド債のデフォルト率が年間3~4%だった一方で、AT1債が株式転換された例はなく、返済が繰り延べられたケースも数えるほどであった。

もちろん、これらの統計データは時と共に変化する。しかし、アライアンス・バーンスタインは、銀行のバランスシートが現在のように健全であることを考えれば、リスクバランスは劣後債に有利であると見ている。

引用終わり

 

以下は同じHP上の会社の自己宣伝です。

「アライアンス・バーンスタイン・エル・ピーは、世界有数の資産運用会社です。
世界の機関投資家、富裕層、一般の個人投資家の皆様に、それぞれの国や地域のニーズに即した広範囲な投資運用サービスをご提供しています。
2022年12月末現在、ABの運用資産総額は約85.3兆円(6,464億米ドル)です。株式、債券、マルチアセット、オルタナティブ運用等、幅広い運用商品をご提供しています。」

 

さて、みなさんはこの立派で巨大な投資会社の分析と、破綻処理結果の齟齬をどう思われますか。

  今回の記事のタイトルは、「ホントは恐い、社債の危険性」です。普通社債ならまだしも、劣後債やクレジット・リンク債などは普通社債より若干高い金利をもらえるのですが、シロウトの方には判読不能なスキームが埋め込まれているため、避けるようにしましょう。わずかな利回り欲しさで、証券会社の甘い言葉に引っかからないようにしましょう。

 

「気を付けよう、甘い言葉と暗い道」

 

安全な債券は、米国債のみです!

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世界で一番危険な銀行はどこだ?

2023年03月14日 | 日本の金融政策

  アメリカのシリコンバレー・バンク(SVB)の破綻に際し、バイデン大統領は見事に対処していますね。預金者の自己責任を問わず、金融システムを守ることを主眼に預金保護の限度額、「25万ドルを超える預金もすべて保護する」と宣言し、収束を計りました。そして月曜日のNY市場でダウ平均は前週比わずかの下落でスタートし、場中は一貫して上昇に転じ、引け値も寄り付きと同じレベルで終わっています。ところがそれを受けた本日の東京市場は前日比400円ほどの下げで始まり、前場で600円を超える下げになっています。相変わらずのパニックぶりです。

 

  銀行の破綻はいとも簡単に起こりえます。ある日突然噂だけでも破綻します。むかしむかし1973年、女子高生が電車内で「信用金庫は危ない」と話したことから尾ひれがついて預金引き出しに結びつき、豊川信金が破綻寸前に至ったことがあります。特に日本人の場合、オイルショックはまだしも、コロナでもトイレットペーパー買い占めに走る国民性ですからね(笑)。それが相場のプロでも同じで、本日の日経平均暴落につながったというのは実に情けない話です。

  

  そもそもSVBの破綻原因は、低い預金金利で集めたオカネを高い利回りの債券に投資して収益を上げる構造にありました。このこと自体はどの銀行でもある程度は行っているのですが、SVBはやり過ぎたのです。そもそも低金利がいつまでも続くとの見通しも甘かったということです。

  銀行は資産の価値を毎日値洗いし、期末にはそれが決算に反映されます。アメリカでは長短金利ともに大きく上昇しています。ということは、銀行にとってのコストである預金金利も上昇している中、保有債券の価格は大きく下落しているということで、最悪のパターンになっていました。SVBは損失への対処として増資を発表しましたが、それがかえって疑心暗鬼を招き、取りつけ騒ぎを招いたのです。以上が一般のニュース内容です。

 

  しかし私の解説はもう一歩踏み込みます。この金利上昇の事態に、お利口さんな銀行は債券先物のヘッジ売りをして損失を避ける行動をとりますが、SVBはきっとそれをうまくマネージできなかったのでしょう。

 

  では、世界で一番債券を保有し、ヘッジ売りもやりようがないという巨大銀行はどこか。もちろんそれは日本銀行です。その債券保有残高は22年末で555兆円。昨年12月に自らの政策変更により10年物金利がわずか0.25%上昇しましたが、それによる評価損は8,800億円です。黒田氏は2月の予算委員会答弁で「日銀は国債を途中売却はせず、満期まで保有するので途中の評価損は問題なし」と豪語しています。

 

  しかしそう簡単には行きません。555兆円の国債を保有するためのオカネの多くを市中銀行が日銀に預けている当座預金に頼っています。その当座預金の金利がインフレに伴い上昇すると、保有国債の平均利回りはわずか0.22%しかないので、すぐ逆ザヤになります。それが続けば、決算に損失は反映されますので、「満期まで持つからいいんだ」などと言っているヒマはなくなります。みずから国債金利を低下させたツケをみずからが払うことになる。

 

天にツバすればそれはしょせん自分に返ってくるのです。

 

以上、「世界で一番危険な銀行は日銀だ」でした。

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私の3.11

2023年03月10日 | エッセイ

  今年も3月11日がやってきますね。みなさんはあの日あの時、何をされていましたか。私は初めての出版を間近に控え、文芸書籍が得意の大手出版社との最終編集段階にありました。

  地震が起こった瞬間は買い物中で、大きな揺れとともに棚から商品が落ち始めたため、瞬間的に「ヤバイ、ついに関東大震災が来たか」と思いました。2階にある比較的広い売り場から階段を駆け下り、広い歩道に出て揺れが収まるのを待ちました。そばには高齢の女性がうずくまっていました。その方に声をかけ大丈夫であることを確認して駐車場の車に戻りました。

  途中、余震と思われる大きな揺れを感じることはありましたが道路は問題なく走れました。自宅は15階建てマンションの11階にあり、エレベータは停止したままでしたが階段を上り自宅に帰ることができました。部屋の内部はかなりひどい状態で、開かないはずの構造になっている食器棚の扉が開き、食器類がフローリングの床に落ちて割れガラスが散乱し、リビングボードの上にあったスピーカーボックスも床に落下。絵画も壁から落ちるほどのひどさでした。

  のちに聞いた話では、近所の一軒家に住む方が、うちのマンションの揺れが大きかったため倒壊するのではないかと思ったほどだそうです。しかし新築4年目だったためか柔構造のマンションの構造には全く被害はありませんでした。そして2階に住んでいる方は物が落ちるようなこともなく、大きな揺れを感じただけだとのこと、階によって差が大きいことがわかりました。ちなみにうちのフラットテレビは倒れることはなかったのですが、最上階のお宅ではテレビが倒れ画面が散乱してしまったとのことでした。

  しかしそれからが大変でした。家内はそのころ外資系金融企業にいて、東京駅前に建て替えられた新丸ビルの高層階にオフィスがあり、最近映像がよく流れる長周期振動に見舞われ、20分もゆらゆらと揺られ続けたそうです。子供のころから車酔いする質のため気分が悪く、とても一人では帰宅できないとショートメールが入りました。電車はすべて停止していため車で迎えに行くことにしました。渋滞で時間がかかることは分かっていましたが、ほかに選択肢はありませんでした。世田谷から出て都心に着くまでに2時間、7時くらいになっていました。娘が日比谷で働いていることを思い出し、メールも通じなかったので直接会いに行きましたが、会えず。同僚の人から、「家に帰るのを諦め、他の同僚たちと食事に出たとのこと」。結果的にはこれが正解で、12時過ぎまで飲み食いしていたら電車が動いて帰れたとのこと。

 娘はあきらめ家内を迎えに丸の内に行き、ショートメールのおかげで無事会うことができました。しかしどこもかしこも車は大渋滞のためすぐの帰宅はあきらめ、八重洲で見つけた居酒屋で食事をとって時間を調整。帰宅したのは深夜1時を回ってからでした。

  翌日のニュースで多くの帰宅困難者が出ていたことや、道路を何時間も歩いて帰宅した人々の苦労話がテレビで流れていました。

 

  さて、話を出版に戻します。すでに最終原稿を出版社に提出していた私に、編集長から驚きの電話がかかってきました。それはなんと「一週間で原稿を大幅に書き直せ」というものでした。理由は「あんたが言うほどアメリカという国も米国債も安全なんかじゃない」。08年のリーマンショックを乗り越えているのに、アメリカの債券市場でまた大暴落が起るというのです。なので、アメリカは安全だという部分をすべて削れとまで言いました。あれから12年を経過してもう時効になったと思われるので、この際すべてを披露します。

  私はただただびっくりし、「リーマンショックでは世界の金融商品で米国債だけが買われたのに、誰が売ると言うのですか」と聞くと、「米国債よりまずは住宅抵当証券市場や学生ローンの証券化商品が崩れるのがきっかけだ。それが全世界に波及し、アメリカにも失われた10年が来る」というのです。そのネタは「あんたよりベテランの著名インベストメント・バンカーから聞いた」のだそうです。

  私はもちろん書き直しを断固拒否しました。「この本の価値はアメリカ国家が世界で一番安全な国で、米国債は世界に激震を走らせた金融ショック時でも買われたことにある」と反論しました。

  電話で2時間、その後直接の面会で2時間。数字を示して説得を試みましたが、成功しませんでした。そんなに危険な債券だったら「そもそもこの本は出版しなければいいのに」とまで言ったのですが、それもダメだというのです。理由はたった一つ。来月のトーハンの枠に穴をあけてしまうことはできない、というのです。トーハンとは出版社と書店を結ぶ取次商社で、ニッパンとともに出版界に絶対的な力を持っています。そしてあげくの果てに、「あんたのようなシロウトが大手出版社の編集長に反抗するとは何事だ、言うことを聞け」とまですごまれました。

  シロウトであるがゆえに怖いものなしの私は書き直しを拒否し、決裂。出版を諦めました。

 

  そこで始めたのがブログです。つまりこの3月で12年になるということです。投稿開始以来の記録を編集ページで見てみると、記事数合計1,122件、アクセス数451万回。割り算すると平均で年に100回弱の投稿。1つの記事あたり平均で4千アクセスということになります。もちろん初期のアクセスは数件しかなかったため、最近のアクセス数は平均で2倍近い7千件くらいになっています。

  話を出版に戻します。大手出版会社の横暴に驚きながらも出版を諦められず、何の伝手もないダイヤモンド社にいきなり原稿をメールで送りつけてみました。すると2つ返事で「出版します」とのこと。最初の出版社も2つ返事で決まったのですが、2社目がこんなに簡単に決まるとは思いもよりませんでした。話は早く、早速本社に行き担当者と課長さんに面会すると、「うちの場合原稿を部員全員が読みます。内容は気に入りました。しかも誰もが米国債を買うぞと言っています」というのです。本当に買っていたら、今頃ホクホクでしょう(笑)。さすが金融・経済専門誌です。内容をしっかり咀嚼し、手直しもほぼないとのこと。5月に初めて原稿を提出し、8月に出版の運びとなりました。私は7月中旬に原稿を最終化し、家内と行くことになっていたアメリカの友人に会うため旅行に出発しようとしていました。

 ところが好事魔多し。「アメリカ国債がデフォルトする可能性あり」とのニュースが飛び込んできました。私はあり得ないと思っていたのですが、そのことに触れないわけにはいかず、大急ぎで2ページあまりを書き加えました。それも実際に書いたのは飛行機の中で、到着時に現地空港のキンコーズに駆け込み、日本にファックスを送り旅行も無事予定通りにはこびました。

  付け足した内容は、「アメリカ国債はデフォルトなど起こさない。現在の騒ぎは政争の具にされているからだ。それでもデフォルトが起ったとしたら、それはボクシングの試合で言えばスリップダウンで、最後の判定には影響しない」というものです。その後もこのデフォルト騒ぎは何度か「財政の崖」問題として取り上げられ、23年の現在も同じような状態にあります。もちろん、「またオオカミ少年が騒いでいるな」と笑ってやり過ごしましょう。

 

  ということで、3.11についてはみなさんも様々な体験談をお持ちだと思います。よかったらコメント欄でご披露ください。この節目に私の「初出版の記」をついでに書いてみました。大手出版社の編集長、きっとその後は自分の見通しの甘さに気づき、枠に穴をあけたことでほぞをかんでいるに違いないとおもいます(笑)。

 

そして最後にお知らせです。

  だいぶ遅れてしまいましたが、いよいよ2冊目の出版原稿が最終段階になっています。あくまで予定ですが、5月中の出版を目指し今回は意外にも「幻冬舎」さんと作業を進めていることをみなさんにお伝えします。経済誌とは違った幻冬舎というユニークな視点からの新たな書籍となりますので、是非ご期待ください。

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