ストレスフリーの資産運用 by 林敬一(債券投資の専門家)

新刊「投資は米国債が一番」幻冬舎刊
「証券会社が売りたがらない米国債を買え」ダイヤモンド社刊
電子版も販売中

予測の神様のご託宣

2022年05月26日 | アメリカの金融市場

  ちょうど1年前の記事を再掲します。

  アメリカの長期金利が低迷する1年前に、一人金利上昇をご託宣した神様がいました。現在の金利状況は、まさに神様の言う通りに推移しているように思えます。

 

以下、再掲です。

  ウォール街で予測の神様と言われた男がいます。その名はヘンリー・カウフマン。アメリカの金利の大きな転換点を言い当てたアナリストとしてその名を轟かせました。アメリカ金利最大の転換点とは1981年の高金利からの転換点です。金利レベルの変化がどの程度だったか、長期金利の指標である10年物金利を例にとり説明します。戦後からの超長期的推移を見ますと、40年代の2%台半ばから20年かけて60年代にやっと3%台半ばまで上昇。ところがその後の20年間は怒涛の上昇を見せ、80年になんと15%程度まで上り詰めます。その間には73年のオイルショックで原油が2倍に高騰し、一般物価も世界的に大暴騰。日本でも74年のインフレ率が23%にもなり「狂乱物価」と言われたこともありました。

  10年物金利が15%に近づいた時に金融アナリストとして名をはせていたヘンリー・カウフマンによる神のご託宣がありました。

「金利は転換点を迎え、低下する」という予測を出したのです。当時カウフマンはボンドハウスとして「ウォール街の帝王」とまで言われたソロモン・ブラザーズに在籍し、チーフ・エコノミストを務めていました。

  ご託宣直後にピークを付けた長期金利は2020年代の現在までほぼ一貫して低下を続け、遂に1%台に至りましたので、彼のご託宣はいまだに生き続けていると言っても過言ではありません。

  その彼が最近久々にご託宣を出したのです。その内容は、「FRBは今年の年末から年始にかけてゼロ金利を解消する」というものです。FRBの示唆や一般的予想よりはるかに転換点は早く来るという予想です。

 

  ではちょっと長いですが新潮社の国際情報サイトである「Foresight」によるインタビュー記事を興味深い内容ですのでそのまま引用します。コロナへの対処やアメリカ経済・金融財政事情の見通しも述べています。

 

タイトル;予測の神様カウフマン氏「来年にかけて米ゼロ金利解消」

21年5月14日

米国の物価上昇が世界の市場を揺さぶっている。(林の注;4月の物価は前年比4.2%)大規模な財政出動や金融緩和の継続が、経済に何をもたらすのか不透明感が強まってきたためだ。1982年に始まった金利低下への大転換を言い当て「予測の神様」と呼ばれるエコノミスト、ヘンリー・カウフマン氏に聞いたところ、米連邦準備理事会(FRB)は「ゼロ金利を年末から来年初めにかけて解消する」と予想した。

 

――市場でインフレ懸念が高まっています。

「景気が平常のレベルに回復するのに伴い物価は上昇する。とくに景気回復の初期にはインフレ圧力が急激に拡大するのは避けられない。年後半から来年にかけて物価は一段と上昇し、インフレ率は2~3%程度まで上昇すると予想する。新型コロナウイルスが景気に与える影響が収束するのに伴い、ゼロ金利も年末から来年初めにかけて解消するとみている」

「ただ、米国や世界の他の諸国がコロナ危機から脱却すれば、インフレ圧力が長期にわたり加速する可能性は小さい。世界経済は依然として物やサービスで生産能力がかなり過剰な状態となっているからだ」

 

――パウエルFRB議長は資産購入縮小の時期はまだ先と表明しています。米連邦公開市場委員会(FOMC)参加者の政策金利見通しでは2023年末までゼロ金利が中央値です。

「FRBは現在、月に1200億ドル(約13兆円)相当の米国債と住宅ローン担保証券(RMBS)の購入をいつ止めるかのタイミングをはかっている最中だ。コロナの収束がはっきりする今年後半にはテーパリング(購入縮小)を開始するとみている」

 

――コロナ禍の景気後退への政府やFRBの対応をどう評価しますか。

「景気のサイクルから逸脱し、100年に一回くらいしか起こらないという意味では異例の景気後退となった状況で、米国債やRMBSといった資産の購入を実施したFRBの対応は評価できる。ただ、信用度に劣る低格付け債(ジャンク債)などの民間企業の債務や州・自治体の地方債まで購入の用意があるという意思表示は不適切だ。金融市場が不必要にゆがむ要因になるからだ」

「コロナ禍で打撃を受けた航空業界への政府支援も別のやり方をすべきだった。業績が悪化したのなら米連邦破産法11条による会社更生を申請し、その下で事業を継続すべきだった。市場メカニズムを利用すれば、政府は支援金を別の用途に回すことができた。航空業界にとっては債権者との交渉で債務の構成を改善する機会にもなったはずだ」

「こうした危機に直面した場合には、政府や中央銀行が能力以上の介入をするよりも市場の機能に委ね、いくつかの会社の破綻などを許容しながら、経済を回していくというのが得策だ」

 

――バイデン政権になって"大きな政府"を懸念しますか。

「現在の米経済は、Capitalism(資本主義)から、大きな政府、大企業、大手金融機関が寡占するStatism(国家統制主義)に転換しつつある。例えば、1990年代には金融機関大手10社で米金融資産の10%を握るにすぎなかったが、現在ではそれが80%に上る。国民の貯蓄や投資資金の流れの大半を大手10社が握るという状況はマネーを広範に配分すべき金融市場の競争を妨げる」

 

――今、金融市場で最大の懸念は何ですか。

「中央銀行による過剰な流動性供給で、ジャンク債など投機的な債券も利回りが急激に低下し、投資適格社債との利回り格差が急激に縮小したことだ。格付けがトリプルAの社債は1980年代には60本ほどあったのが、現在ではジョンソン・エンド・ジョンソンとマイクロソフトの2本だけだ。社債の質は全般に悪化していながら金利が低く抑えられている。金融政策が引き締めに転じた時にジャンク債市場が深刻な打撃を受ける可能性がある。それを懸念している」

 

以下はインタビューに続くカウフマン紹介記事の内容です。

 

ヘンリー・カウフマン(Henry Kaufman) ニューヨーク連銀、米証券ソロモン・ブラザーズの調査部長、シニア・パートナーを経て88年に独立。ヘンリー・カウフマン&カンパニー代表。金融危機を前に警鐘を鳴らし「予測の神様」と呼ばれた。このほど出版した著作「The Day the Markets Roared」で、30年間続いてきた金利上昇から低下への大転換を予測した82年8月17日のメモや、予測を巡る金融業界の動揺を描いた。3カ月物米財務省証券(TB)の金利が15%近かった当時から40年近くを経てゼロ金利に至る現在までの金利低下の始まりの予測だった。93歳。(私はソロモンに90年に入社したため、彼とはすれ違っています)

 

  ここからは林の解説と見方です。現在FRBは市場に資金を供給するために国債や住宅抵当証券を大量に買い入れ続けています。テーパリングとはその買い入れ額を徐々に削減する政策変更ですが、額を削減しても買い入れを続けるのに何故そのことが大きな問題になっているのでしょうか。それは08年のリーマンショック後に大規模緩和をして、そこから経済が回復している13年に買い入れ額を削減しようとして当時のバーナンキFRB議長が「テーパリング」の一言を言ったとたん、株式市場が暴落してしまったからです。

  その再現を嫌って現在のパウエル議長も緩和基調の転換に非常に神経質になっています。しかし13年5月のバーナンキショックは実際には大暴落ではなく、大ショックというほどのものではありませんでした。ですので私にはバーナンキは「あつものに懲りてなますを吹いている」としか思えません。

 

  それでも先日「アメリカ株式バブル崩壊の足音」で書いたように、あらゆる資産価格が大きく膨らんでいるため、特に株式市場や仮想通貨市場の反応は厳しいものが見込まれます。FRBは23年までゼロ金利政策を続けると示唆しているため、市場の見方もそれに近いのですが、カウフマンは1年以内とかなり強気の見方をしています。

  私自身はその中間、カウフマンよりは遅いが市場やFRBの示唆よりは早めにテーパリングが開始され、金利も上昇を始めるだろうと思っています。

以上

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

円安はよいのか、わるいのか

2022年05月18日 | 日本の金融政策

  米国債の長期金利が3%前後となり、それが定着しそうに見えます。一方、それを反映した円相場は20年ぶりに1ドル=130円台まで値下がりし、その近辺にとどまる状況が継続しています。

 

  連休の始まる直前4月28日、日銀の黒田総裁は金融政策決定会合の後の記者会見で、急速に進む円安について「日本経済全体としてはプラスだという評価を変えたわけではない」としながらも、「過度な変動はマイナスに作用することも考慮する必要がある」と述べ、円安が経済や物価に与える影響を注視していく考えも示さざるを得なくなっていました。これまで一方的に「円安は経済全体でみればプラスだ」と言いきっていたのを若干修正し始めています。

  それに対しFRBはすでに大幅な利上げを宣言し、実際に開始しました。この正反対の政策スタンスだけでも、円安はまだ高進しそうな気配です。

  今週号の週刊ダイヤモンド誌の特集は「円安、善と悪」、副題「日本の国力低下危機」です。ざっと記事を読んでみたのですが、一番肝心なことが無視されていました。それは円安は輸出企業の収益を改善するというプラス要素だけではなく、日本国の全資産価値を割り引いてしまうという肝心な事実です。それを以下に説明しましょう。

  

  私は2011年にダイヤモンド社から出版した著書で、個人が日本の危機に備えるには、保有する金融資産の一定割合をドルでヘッジするなどというのはほとんど意味をなさないと書いていました。その意味をもう一度ここでみなさんにレビューしていただきましょう。

  例えば50歳の普通のサラリーマンのことを考えてみます。年収1,000万円、金融資産も預貯金1,000万円、他にローンを支払い終わった自宅マンション時価5,000万円と比較的余裕のある方を例にして、切りの言い数字を想定してみました。

  日本の危うさに危機感を持つ彼が金融資産の半分、500万円をドルに転換し、5割のヘッジをしたとしましょう。私は金融資産の半分では何のヘッジにもならないと書いていました。何故なら彼の円資産は金融資産だけではないからです。計算できるだけで以下のとおりかなりの大きさです。

  現状の円資産の単純合計は、預金1,000万+持家5,000万円=6,000万円です。これで預金の半分500万円をドルにしたところで、ヘッジ比率は8.3%にしかなりません。しかも、将来もらえる給与や退職金、年金を見込み資産に含めればヘッジ比率はますます低下してしまうとし、預金全部をヘッジに回しても微々たるものでしかないと指摘しました。この議論は現在でももちろん有効です。個人にとり円安とはこうした不動産など、すべての価値を割り引いてしまうのです。

  世界標準のものの見方とは、こうしたすべての資産を含めドル建てで見るのであって、輸出企業だけのメリットなど、取るに足らないメリットでしかありません。日銀や政府関係者などの発想に、世界標準のかけらもありません。中央銀行総裁がそんなことも理解していないとは嘆かわしいことです。円安は日本経済によいことだというのは、そのむかし貿易立国だったころの幻想を引きずっているだけです。

  日本株式を売買する海外投資家は日本株の評価をもちろんドル建てで考えています。年初からの時価総額の変動を円とドルで比べましょう。

           年初ドル円115円   4月末130円    年初比

東証一部時価総額円建て  728兆円      711兆円     ▲2.3%

  同    ドル建て 6兆3300億ドル   5兆4700億ドル     ▲13.6%

 

 円建てだとわずか2.3%を失っただけですが、ドル建てだと13.6%、金額的には8,600憶ドル、11兆円を4か月で失っているのです。世界の投資家はこの基準で見ています。ちなみに2021年年間の貿易黒字の額はわずか 5,634 億円で、円安の与える資産へのマイナスインパクトとはくらべるべくもない少額です。

 

  それでも円安はいいことですか、クロちゃん?

 

  すでに日本企業は円高対策にこの30年近く取り組んでいて、日本国内での製造だけではなく、海外で製造拠点有しているため、円安は単純によいことではないのです。

  それをさらに裏付けるため、円安のよしあしをもっと単純に調査した結果をご覧に入れます。調査は東京商工リサーチによるもので、大企業から中小企業を含めた信頼できる調査です。期間は4月初旬、ドル円レートは123円から125円程度で、まだ130円には達していない時期です。東京商工リサーチのサイトからの引用です。

 

引用

東京商工リサーチが4月1日~11日に実施したアンケート調査では、円安が自社の経営に「マイナス」と回答した企業は約4割(39.6%)に達した。

一方、「プラス」は3.9%(214社)で、「影響はない」は29.5%(1,593社)。

 1ドル=113円台で推移していた2021年12月発表の調査では「不利(マイナス)」と回答した企業は29.2%で、急激な円安進行に伴い4カ月で10ポイント以上悪化した。
 業種別では、「繊維・衣服等卸売業」(77.5%)、「食品製造業」(71.0%)、「家具・装備品製造業」(70.8%)の3業種で「マイナス」と回答した企業が7割を超えた。原材料などの仕入を輸入に依存する業種を中心に、原油高に加えて円安がジリジリと経営への痛手になりつつある。

引用終わり

 

  今一度、これでも円安はいいことですか、クロちゃん!

 

コメント (7)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

服部さんのご意見への林コメント

2022年05月10日 | ロシアのウクライナ侵攻

服部さんのご意見に対する林の見解です。長くなりますが、大事なポイントを多く含んでいるため、一点ずつ述べていきたいと思います。

>プーチンの所業を正当化するつもりはない事を前提に。
アメリカがありもしなかった大量破壊兵器の存在を根拠に、イラクを攻撃し、多くの市民や子供が犠牲になった時、我々日本は、どれだけそれを非難でき、どれほどの経済制裁をアメリカに加えたでしょう。結局は、今のロシア国民と同様にプロパガンダに洗脳されていたのは当時のアメリカ国民や日本人も同じに思えます。

そうですね。その時は洗脳とまでは言えないと思いますが、半信半疑ながら信じさせられましたね。私自身はむしろ、真偽がどうあろうとも、あの悪事の限りを尽くす独裁者フセインを倒せるなら、難癖付けてでも是非倒してほしいと思っていました。

しかし今回のプーチンの悪とイラクに対するアメリカの悪を同じレベルで比較はできません。言論の自由を持つアメリカは、その後ブッシュ政権のウソを暴きました。大きな違いです。

他にもベトナム戦争時のトンキン湾事件、イランをめぐるコントラ事件なども政府の犯罪と言える事件です。しかし言論が自由で、相手が政府でも悪事をあばくことのできるアメリカと、言論を封殺し政府に反対する者はすべて捕らえて投獄し、拷問し、最後は暗殺する国との違いは決定的です。


>プーチンは悪。そういうのは簡単ですが、世界から見れば、天皇ヒロヒトは悪。だったと思うのです。それは、真実なのでしょうか。

私は、ヒロヒト天皇は天皇という絶対権力者でしたから、軍部の暴走を抑える責任はあったと思っています。不作為も当然悪です。

その時に生きていた人々は今のロシア同様「悪だ」とは言えず、特高警察の存在などから反旗をひるがえすことなど不可能でした。これもアメリカとの大きな差です。

>仮に、史実をよく知る我々は、それは違うと思うなら、やはりプーチンは悪なのかも確かではありません。

プーチンは悪です。

フェークニュースなどの真偽は確定するのが難しくとも、そもそも人間の持つ尊厳や基本的人権を否定するフセインやプーチンなどの独裁者を私は頭から否定します。人権を蹂躙し、言論の自由を表立って奪い、気に入らない者を暗殺する独裁者は確実な悪です。同列で比較することなどできません。


>西側諸国は、当事者になるリスクを避けてウクライナを見捨てただけにとどまらず、安保理の改革にすら手をつけません。

見捨てていません。

西欧諸国がもし当事者として直接の戦闘行為に及べば、世界大戦になりますのでそれは避けるべきです。そのかわりウクライナには巨額かつ大量の武器の援助をし、ロシアを強力に制裁しています。見捨ててなどいません。ウクライナは感謝しています。

しかしご指摘どおり安保理の改革は手の施しようがありません、無理です。また目の前のロシアの侵攻に対して改革の時間などありません。それにそもそも拒否権というメカニズムが変革を無理にしていますから。

もし現代では当たり前のガバナンスの原理を安保理に取りいれるなら、次のようにすべきです。それは、企業の取締役会で、悪事を働いた取締役について議論をして処分を決める際、当事者は退席させられます。反論のチャンスは与えられますが、決定決議の議論と決議への参加はできません。こうした現代では当然のやり方を安保理にも導入すべきです。ロシアの侵略を議論し何らかの決議をする場合、ロシアは退席させられます。

しかし今のメカニズムは、それすら拒否権で進めることができません。

 

>当然といえば当然ですが、どこの国も自国の利益の前には、ウクライナ問題は所詮、他人事です。

私は他人事とはおもっていないので、プーチン非難を続けています。

日本も西欧諸国も明日は我が身として支援を継続し、EUへの加盟やNATO加盟を真剣に検討しています。他人事などではないと思います。


>我々が今見ている光景は、明日の台湾。明後日の日本であるかもしれません。だとすれば、我々がなすべき事は、第二次世界大戦の戦勝国クラブに過ぎない国連に期待することでは無い気がします。

今の国連には期待できませんね。であれば、服部さんはどうすべきだと思いますか?

でももはや戦勝国クラブではありませんよ。敗戦国である日本、ドイツ、イタリアも参加しています。安保理は戦勝国に牛耳られてはいますが。

それでもできることはあります。私がブログで提案したのは、「ウクライナを訪問したグテーレス氏はマリウポリに行き、製鉄所内の人々の避難を見届けるべきだ」と主張しました。

できることはやるべきです。さすがのプーチンもまさかグテーレス暗殺はできないと思うからです。

あきらめるのは早すぎます。

以上、服部さんのご意見への林コメントでした。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

プーチンは負けた 

2022年05月10日 | ロシアのウクライナ侵攻

  世界が大注目していたプーチン演説が、何事もなく終わりましたね。やはり戦争宣言はありませんでした。それをやればロシア国民の多くが、プーチンのこれまでのウソを見抜き、怪しさに気づくと思っていたのですが、予想通り戦争宣言はしませんでした。単に毎日言っている、「ネオナチをせん滅するための戦いであり、NATOがそうさせた」というだけのものでしかありませんでした。

  しかし私が一番驚いたのは、あの軍の行進の中で旧ソ連邦の鎌と槌のついた共産党の赤旗が掲げられていたことです。世界に向けて「オレ様は旧ソ連の領土復活を目指す」という宣言を白昼堂々としたのです。それが全然報道で指摘されていないのは何故でしょう?プーチンの心の中を最も端的に表したものなのに。

  そしてこの演説を聞いて、ますますユヴァル・ノア・ハラリ氏による侵攻直後、2月28日の見方の正しさが証明されたと思いました。演説内容まで予測しています。ここまでの侵略戦争の分析と今後の予想も全くもって的確だと思われるため、長い文章ではありますが、あえて再度掲載します。是非ともお読みください。

  ハラリ氏は2月24日に侵略が開始された直後、28日に以下の文章を英ガーディアン紙に投稿していました。

引用

タイトル:「プーチンは負けた」

開戦からまだ1週間にもならないが、ウラジーミル・プーチンが歴史的敗北に向かって突き進んでいる可能性がしだいに高まっているように見える。彼はすべての戦闘で勝っても、依然としてこの戦争で負けうる。ロシア帝国を再建するというプーチンの夢は、これまで常に噓を拠り所としてきた。「ウクライナは真の国家ではない、ウクライナ人は真の民族ではない、キエフやハリコフやリヴィウの住民はロシアの支配を切望している」、とプーチンは言う。だが、それは真っ赤な噓で、ウクライナは1000年以上の歴史を持つ国家であり、キエフはモスクワがまだ小さな村でさえなかったときに、すでに主要都市だった。ところが、ロシアの独裁者プーチンは、この噓を何度となく口にするうちに、自らそれを信じるようになったらしい。

 プーチンはウクライナ侵攻を計画していたとき、既知の事実の数々を当てにしていた。彼は、ロシアが武力でウクライナよりも圧倒的優位に立っていることを知っていた。北大西洋条約機構(NATO)がウクライナに援軍を派遣しないだろうことを承知していた。ヨーロッパ諸国はロシアの石油と天然ガスに依存しているので、ドイツなどの国々が厳しい制裁を科すのを躊躇するだろうこともわかっていた。彼はこれらの既知の事実に基づき、ウクライナを急襲して政府を倒し、キエフに傀儡政権を打ち立て、西側の制裁を乗り切る腹だった。

 しかし、この計画には大きな未知数が一つあった。アメリカがイラクで、旧ソ連がアフガニスタンでそれぞれ学んだとおり、一国を征服するのは簡単でも、支配し続けるのははるかに難しいのだ。自分にはウクライナを征服する力があることを、プーチンは知っていた。だが、ウクライナの人々が、ロシアの傀儡政権をあっさり受け容れるだろうか? プーチンは、受け容れるほうに賭けた。なにしろ、聞く気のある人になら誰にでも執拗に繰り返したとおり、ウクライナは真の国家ではなく、ウクライナ人は真の民族ではないというのが、彼の言い分なのだから。2014年、クリミアの人々はロシアからの侵入者にほとんど抵抗しなかった。それなら、2022年にもそうならない道理など、どうしてありえようか?

 ところが、日が経つにつれて、プーチンの賭けが裏目に出たことがますます明らかになってきている。ウクライナの人々は渾身の力を振り絞って抵抗しており、全世界の称賛を勝ち取るとともに、この戦争にも勝利しつつある。この先、長らく、暗い日々が待ち受けている。ロシアがウクライナ全土を征服することは、依然としてありうる。だが、戦争に勝つためには、ロシアはウクライナを支配下に置き続けなければならないだろう。それは、ウクライナの人々が許さないかぎり現実にはならない。そして、その可能性は日に日に小さくなっているように見える。

 ロシアの戦車が1台破壊され、ロシア兵が1人倒されるごとに、ウクライナの人々は勇気づけられ、抵抗する意欲が高まる。そして、ウクライナ人が1人殺害されるたびに、侵略者に対する彼らの憎しみが増す。憎しみほど醜い感情はない。だが、虐げられている国々にとって、憎しみは秘宝のようなものだ。心の奥底にしまい込まれたこの宝は、何世代にもわたって抵抗の火を燃やし続けることができる。プーチンがロシア帝国を再建するためには、あまり流血を見ずに勝利し、あまり憎しみを招かないような占領につなげる必要がある。それなのにプーチンは、ますます多くのウクライナ人の血を流すことによって、自分の夢が実現する可能性を自ら確実に消し去っている。ロシア帝国の死亡診断書に死因として記される名前は、「ミハイル・ゴルバチョフ」ではないだろう。それは「ウラジーミル・プーチン」となるはずだ。ゴルバチョフはロシア人とウクライナ人が兄弟のように感じられる状況にして舞台を去った。プーチンは逆に、両者を敵同士に変え、今後ウクライナが自国をロシアと敵対する存在として認識することを確実にしたのだ。

 突き詰めれば、国家はみな物語の上に築かれている。ウクライナの人々が、この先の暗い日々だけではなく、今後何十年も何世代も語り続けることになる物語が、日を追って積み重なっている。首都を逃れることを拒絶し、自分は脱出の便宜ではなく武器弾薬を必要としているとアメリカに訴える大統領。黒海に浮かぶズミイヌイ島で降伏を勧告するロシアの軍艦に向かって「くたばれ」と叫んだ兵士たち。ロシアの戦車隊の進路に座り込んで止めようとした民間人たち。これこそが国家を形作るものだ。長い目で見れば、こうした物語のほうが戦車よりも大きな価値を持つ。

 ロシアの独裁者プーチンは、誰よりもよくそれを知っていてしかるべきだ。彼は子供の頃、レニングラード(現サンクトペテルブルク)包囲戦におけるドイツ人の残虐行為とロシア人の勇敢さについての物語をたっぷり聞かされながら育った。今や彼はそれに類する物語を生み出しているが、その中で自らをヒトラー役に配しているわけだ。

 ウクライナ人の勇敢さにまつわる物語は、ウクライナ人だけではなく世界中の人に決意を固めさせる。ヨーロッパ各国の政府やアメリカの政権に、さらには迫害されているロシアの国民にさえ、勇気を与える。ウクライナの人々が大胆にも素手で戦車を止めようとしているのだから、ドイツ政府は思い切って彼らに対戦車ミサイルを供給し、アメリカ政府はあえてロシアを国際銀行間通信協会(SWIFT)から切り離し、ロシア国民もためらわずにこの愚かな戦争に反対する姿勢をはっきりと打ち出すことができるはずだ。

 私たちの誰もがそれを意気に感じ、腹をくくって手を打つことができるだろう。寄付をすることであれ、避難民を歓迎することであれ、オンラインでの奮闘を支援することであれ、何でもいい。ウクライナでの戦争は、世界全体の未来を左右するだろう。もし圧政と侵略が勝利するのを許したら、誰もがその報いを受けることになる。ただ傍観しているだけでは意味がない。今や立ち上がり、行動を起こす時なのだ。

 あいにく、この戦争は長引きそうだ。さまざまに形を変えながら、おそらく何年も続くだろう。だが、最も重要な問題にはすでに決着がついている。ウクライナが正真正銘の国家であり、ウクライナ人が正真正銘の民族であり、彼らが新しいロシア帝国の下で暮らすのを断じて望んでいないことを、この数日の展開が全世界に立証した。残された大きな疑問は、ウクライナからのこのメッセージがクレムリンの分厚い壁を貫くのに、あとどれだけかかるか、だろう。

引用終わり

 

  何という先見の明でしょう。侵略開始から4日目に5月現在の状況まで実に的確に指摘しています。5月9日戦勝記念日の演説内容まで予測しているとしか思えません。さすが、世界で累計3,500万部もの本を売った歴史・哲学者です。

  彼の予想通り長い戦いになるかもしれませんが、それがロシアとプーチンを疲弊させ、ロシア人を覚醒させることを祈ります。

  世界はウクライナの人々を支援し続けます。ガンバレ!

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

こどもの日だというのに

2022年05月05日 | ロシアのウクライナ侵攻

  日本ではおだやかな天候の中、平和なこどもの日を迎えることができましたね。しかしウクライナのマリウポリでは市長が「製鉄所内にはまだ30人の子供たちが閉じ込められている」と発言しています。この差はどうしたら埋めることができるのか、私には見当もつきません。

  昨日のニュースでプーチンはNATOに向け「虐殺を見たくなければ、NATOは支援をやめろ」と脅迫しました。

  えっ、まてよ。これって「我々はウクライナで虐殺を行っている」と言っているぞ。いままでさんざん「市民の殺害などしていない」と大見えを切っていたのに、その仮面すらかなぐり捨てた恐ろしい悪魔皇帝ぶりをいかんなく発揮しました。

  毎日のひどいニュースに慣らされてしまう自分を「こんなことに慣れっこになってはいけない」と叱咤し、溜まっていた怒りの投稿をすることにしました。

 

  国連のグテーレス事務総長と合意した製鉄所内の市民を避難させるという約束を早くも反故にし、第一陣が避難しおわるとすぐに攻撃を開始。この男のウソツキぶりは度を超えています。昨日のニュースでゼレンスキーの前のウクライナ大統領ポロシェンコ氏がインタビューに応え「プーチンはウソツキだ。発言した約束をすぐひるがえす」と徹底的に非難していました。彼はロシア寄りの政策を掲げてゼレンスキーと大統領選を戦い再選を阻まれたにもかかわらず、いまは全力でプーチンに対抗すべきだとゼレンスキーを支持しています。

 

  一方で国連とグテーレスは甘すぎです。もし私がグテーレスであれば避難を支援するために製鉄所の外に出向き、本気で実行すれば数日で避難できるはずの終了まで直接見届けるでしょう。そうでもしないとあのウソツキには対抗できません。

 

  ゼレンスキー大統領がロシアの侵攻開始直後「私は何があっても首都キーウに留まる」と言ってそれを実行しているのと同じ行動を取ります。ゼレンスキーはあの一言で間違いなくウクライナ国民を団結させ、世界をウクライナ支持でまとめ上げました。今年のタイム誌「Person of the Year」はゼレンスキーでしょう。

 

  ちょっと前にNHKのBSで「プーチンの道」というドキュメンタリー番組を見ました。番組製作はアメリカのボストンにある公共放送のWBGHで、PBSという全国的公共放送局メンバーですので、信憑性は高い内容です。

  番組の内容は、プーチンの生い立ちからドイツ時代のKGBメンバーを経て、名もないのにいかにしてエリツィン下で首相になり、短期間で遂に大統領に上りつめたかをたどっています。

  その手段はKGB的裏工作をフルに活用していて、財閥を取り込み、言論を統制し、政敵を抹殺していった様をしっかりと分析してくれました。そしてもちろん今もそれらの手段をフルに活用し、ロシア国民を騙し続け、ロシア皇帝への道を歩もうとしています。一見の価値がある番組でした。NHKのアーカイブで見ることができます。

 

  5月9日の戦勝記念日が近づき、イギリスの諜報機関の分析では、ロシアが戦争宣言をする可能性ありとしています。私は是非それをしてほしいと思っています。何故なら現在でもロシアへの制裁により苦しみ始めた国民が、戦争宣言で戒厳令下に置かれ徴兵が始まれば国民の権利がすべて停止され、「話が違うぞ」と気づくからです。しかしそれがわかっているので、きっと戦争宣言には至らないと思います。

 

  ロシアの独立系世論調査機関「レバダセンター」が4月28日に発表した調査結果では、

ロシア軍のウクライナでの軍事活動を「支持する」との回答が74%となり、3月の調査から7ポイント減少した。一方、作戦が「成功している」が68%、「成功していない」が17%。前向きに評価する回答が多かったが、若い世代の方がより厳しく捉える傾向も判明している。

以上、毎日ニュースを引用

  前月の調査結果84%の支持から74%への減少は看過できない減少です。そしてロシア国民が全員影響を受けるインフレ率はかなりのレベルに上昇しています。ロイターニュースを引用します。

 

[4月13日 ロイター]

ロシア経済省は13日、8日時点のインフレ率が17.5%と、前週の16.7%から上昇したと発表した。2002年2月以来の高水準となる。

西側諸国の前例を見ない制裁措置を受け、通貨ルーブル相場が乱高下する中、ロシアの物価は急騰。野菜や衣料品、スマートフォンに至るまであらゆるものの価格が上昇している。

ロイターが3月下旬に実施したアナリスト調査で示された今年のインフレ率予想の平均は23.7%。1999年以来の高水準となる。

 

  このインフレ率は国民にとり、決して看過できないはずです。しかも現在のロシア中銀の政策金利は14%と高率です。その影響は企業の借入だけでなく、当然住宅ローン金利にも出ています。ロシア政府は政府が補助する優遇住宅ローンの金利を4月1日から、これまでの7%を12%に引き上げると発表しています。ローンの金利負担が跳ね上がり、今後は住宅を買い控える人も増えるとみられます。その証拠に不動産市場ではすでに、こうした金利上昇を見越した駆け込み需要が起きていたとの報道もありました。つまり国民はすでにおかしなことになっていることを確実に認識し、一部の人たちはそれに反応しているのです。

 

  国民のプーチン支持は今後着実に低下するに違いなく、私はそれに期待しています。

コメント (4)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする