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1983-1984シーズン、聴いたコンサート観たオペラはこちら。
今日はMMFのだいたい半分あたり。
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プレ・コンサート・リサイタル
1984年8月4日(土)7:00pm
エイヴリー・フィッシャー・ホール
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モーツァルト/弦とオルガンのための教会ソナタ、7曲
K.244、K.212、K.67、K.224、K.328、K.274、K.336
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ユーヴァル・ヴァルドマン、ヴァイオリン
キャロル・ジーヴァン、ヴァイオリン
エリック・バートレット、チェロ
エドワード・ブリューワー、ハープシコード
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メイン
1984年8月4日(土)8:00pm
エイヴリー・フィッシャー・ホール
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ハイドン/戦争ミサ
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モーツァルト/レクイエム、K.626
(ケンブリッジ、教会大学の
Richard Maunder博士の編曲による)
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アーリン・オージェ、ソプラノ
フローレンス・クイヴァー、メゾ
ジョン・アラー、テノール
ジョン・チーク、バス
ウェストミンスター合唱
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サー・デイヴィット・ウィルコックス 指揮
モーストリー・モーツァルト・フェスティヴァル・オーケストラ
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ニューヨーク・フィルハーモニックの定期公演なみのソリスト、合唱、指揮者がならんだ。かなり壮観だったが演奏のほうはどうだったのか。
こんな感じ。
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この前はめちゃくちゃなことを書いたが、あれは必ずしもこの音楽祭の中身について言ったわけではなく、アメリカの音楽事情、つまりアメリカ夏季音楽祭事情について書いたのであった。この音楽祭も必ずしも充全とは言えないがないよりはましだ。それにこのところホグウッドそして今回のウィルコックスとかなり充実した演奏を聴かせてくれた。
今回のウィルコックスはかろうじてOVATIONという雑誌から事前に情報を少し得ていた程度で、それがなかったら知らなかった。しかし、ひと目見て指揮は的確に的を射ていた。これは長年の経験でよくわかる。FIXしていた。
曲は大曲2曲といった雰囲気で、この軽薄な音楽祭にはふさわしくないといったらおこられてしまう。
ハイドンのミサは生では初めて聴くが、演奏のせいもあるのかどうかわからないが非常に激しく劇的であり、モーツァルトの後のように響く。そして時にはっとするほどロマンティックな方向に傾く時があり、とにかく非常に変化にとんだ弾力的な曲、演奏であったように思う。
ウェストミンスター合唱団は非常に充実しており、合唱の声々の間に隙間がない。全くていねい、つまるところ、合唱指揮のプロフェッショナルであるウィルコックスによるところが大きい。
小編成のオーケストラと充実した大合唱団がほとんど完璧にバランスがとれていて、というよりもオーケストラはただ合唱の伴奏でありさえすればよい。いい加減な演奏でよいはずはないことはもちろんであるが。
合唱が休息するときオーケストラがしみ込んでくるといった雰囲気で実に充実した演奏会であった。
モーツァルトはリチャード・モーンダー博士の編集による演奏であった。従って従来とは異なっていたわけであるが、あまり関心がない。なぜ、モーツァルトに夢中になれないのだろうか。もし夢中であったなら今日の演奏は貴重な経験になっていたことだろう。
そもそもいつもの版の演奏さえろくに知らないのであるからして、比べようがあまりない。
演奏自体はハイドンと同じように充実しており、特に合唱は特筆に値する素晴らしく隙間風の吹かない良い演奏であった。
おわり