many books 参考文献

好きな本とかについて、ちょこちょこっと書く場所です。蔵書整理の見通しないまま、特にきっかけもなく08年12月ブログ開始。

落語 師匠噺

2022-07-21 18:22:55 | 読んだ本

浜美雪 2015年 講談社+α文庫版
丸谷才一さんの随筆集『人形のBWH』のなかに、
>まづ浜美雪さんの『師匠噺』(河出書房新社)といふ単行本。これは二〇〇七年の最も注目すべき本の一つであります。(略)
>噺家の師匠と弟子の関係を書いた本で、え、これで教育ができるのか、教育とはいつたい何なのか、と不安になり怖くなる、さういふ本、もちろん嬉しくもなる。大笑ひもする。(『人形のBWH』p.82)
とあったもんだから、読んでみたくなって、先月のこと、文庫の古本を買い求めてみた。
うん、おもしろいぢゃない、って読み進んでって、巻末の「文庫のためのあとがき」までたどり着いて、アッと言う破目になった。
>文庫用にサイズダウンしなくてはならなかったため、単行本では収録していた上方の二組の師弟(笑福亭松鶴と笑福亭鶴瓶、五代目桂文枝と桂あやめ(略))については(略)、さんざん悩んだ末、東京の師弟だけでまとめることとした。
>また、古今亭志ん朝、古今亭志ん五についても、紙幅の都合で涙をのんで断念することとなった。(p.299)
ってあったからだ、先の丸谷才一さんは、「十二篇のうち、いちばん泣かせるのが「桂文枝と桂あやめ」の巻。」と言ってるのに、それ載ってないぢゃない。
単行本を再度買い求めるかどうかは、ちょっと検討中。
なかみは、落語家の師弟をとりあげて、なんで師匠と弟子は似ちゃうんだろうねえって不思議を探るもの。
主に弟子にインタビューして師匠のことを聞くかたちになるんだが、柳亭市馬の話なんかはおもしろい。
>弟子になんか小言言ってて、ふと、これ、どっかで聞いたことがあるなってことがよくあるんです。で、つらつら考えてみると、師匠に言われたことを言ってる。(p.93)
なんてえのは、まあ当たり前のことのような気もするが、続いての、
>それより、つまらないことが似てるもんだと思ったことがあります。
>ある時歯を磨いてたらかみさんに言われたんです。『なんでいつもコップの水をツッて音立ててすするの』(略)で、気がついたんです。それ、師匠の癖なんです。
>芸が似ないで、そんなつまらないことが似ちゃう、ねえ。(同)
とかって、なるほど、そういうこともありえそうだなあって思ったりする。
小さん師匠に関する話でおもしろいのは、真打昇進にあたって柳亭市馬って名前を薦めてきて、「いい名前だろ」とか言っておいて、先代の市馬の親族に仁義切ろうとしたが消息不明で連絡つかないって言ったら、
>『(略)もし何か言ってきたら俺がなんか言ってやるから心配するな。第一、なんか言ってきやしねえよ、それほどの名前じゃねえんだから』。
>僕にはあれほど薦めたのにねえ。
>うちの師匠って嘘がつけない人なんですよ。(略)いざとなったら『それほどの名前じゃない』って。(p.86)
ってとこ、笑ってしまった、小さんがあのボソボソっとした感じでそんなこと言うの想像したら、おかしくてたまらない。
弟子になると師匠の家へ住み込んだり通ったりで身の回りのことをいろいろやるんだけど、肝心の落語の話をおぼえる際には、よその師匠に教わってきなよって展開になるのはよくあることらしいが、そんななかで話の稽古については柳家小三治に関する話が興味深い。
柳家喜多八が小三治師匠について、
>(略)うちの師匠くらい落語の基礎をきちんと教えられる師匠はいないんじゃないかと思いますね。
>たとえば『道灌』という噺にご隠居さんが出てきますけど、『いいかい、このご隠居さんはこういう心持ちで八っつぁんに接してるんだよ』っていうところから教えてくれた。
>つまりは了見。(p.250)
って明かす、登場人物がどんな気持ちでいるのか理解してないとセリフにそれがあらわれてこない、弟弟子の柳家三三も、
>(略)「ご隠居さん、こんにちは」って、ちょっと言ってみろ!』で、『ご隠居さん……』って師匠の前で言ってみるんですけど、言うたびに、ダメだダメだと言われる。
>『その時の隠居の気分、部屋の広さ、間取りなんかがそれひとつでわかるように、万感の思いを込めてやるんだ!』。(p.251)
って言われたっていうけど、なんかすごい話だよねえと感心した。
で、直接に芸を教わったわけでもないのに、年を経るうちに弟子がどんどん師匠に似てくることについては、まえがきがわりの「まくら、のようなもの」のなかで、春風亭小朝が答えている。
>「つまりそれは、師匠の芸よりも主義(イズム)や、物の見方を継承してるからなんです」と、小朝は言う。(p.17)
ってことで、噺の稽古よりも、それ以外のとこで言われた師匠の言葉の影響って大きいからだという。
小朝が柳朝に弟子入りした経緯については『江戸前の男』に詳しいが、中学生のときから落語家を志して、末広亭に通ったそうだ。
>いつも開演前から客席の一番前に座る。そこで文楽、円生、正蔵を聞き、(略)若手の落語家では談志と志ん朝にあこがれた。しかし、最も印象に残ったのは柳朝だった。
>柳朝はいつもいい着物を着ている。子供の目にも、着物だけでなく帯、羽織、紐までが他の芸人とは明らかに違うのがわかる。粋で、おしゃれで、かっこいい。
>噺のほうも、『天災』『鮑のし』『粗忽の釘』などが面白く、おなかの皮がよじれるほど笑わせてくれる。何よりも出てくるだけで高座がパーッと明るくなるような気がする。
>師匠にするならこのおじさんだ。(『江戸前の男』p.368)
というとおりである、惚れこんで弟子入りするんだから似ていくのは当たり前ってば当たり前なんだろう。
コンテンツは以下のとおり。
春風亭柳昇と春風亭昇太 「歳取って、僕もこんな面白い生き物になれたらなあって」
柳家小さんと柳亭市馬 「師匠は死なないって思ってました」
三遊亭園丈と三遊亭白鳥 「師弟って結局は縁なんですよ」
柳家さん喬と柳家喬太郎 「一番弟子っていいもんだなって」
林家こん平と林家たい平 「スピリットを吸収したい」
春風亭小柳枝、春風亭柳昇と瀧川鯉昇 「僕は、長男になりたかったんです」
林家木久蔵(木久扇)と林家彦いち 「家が近かったから」
柳家小三治と柳家喜多八 「そっくりって言われてもいい。弟子なんだから」
立川談志と立川志の輔 「談志が師匠じゃなかったら」

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする