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好きな本とかについて、ちょこちょこっと書く場所です。蔵書整理の見通しないまま、特にきっかけもなく08年12月ブログ開始。

乗馬、100センチの壁

2011-05-31 18:25:18 | 馬が好き
先週は、月火の天気を読み誤ったがために、乗馬をさぼってしまった。(火曜に行くつもりだったのに、雨が降った。)
まあ、それは言い訳である。ちょっとでも乗れる機会があるんだったら逃さないようにスタンバイしとけばよかっただけで、雨の早朝でも練習におしかけ、週5で乗ってた去年の今頃の俺は、どこへいった?
それはそうと、乗馬に関しては、最近いろんなことを教わるもんで、あーしよー・こーしよーと考えながら乗ってんだけど、ちょっと理が勝っている気がする。運動って、考えてやるもんぢゃない
なので今朝は、“Don’t think! Feel!”って、ブルース・リーの言葉を思い出しながらチャリンコで出かけてく。(「燃えよドラゴン」の冒頭ね。そのあとに“月を指したときに指先に気を取られるな”みたいなことも言う。)
もう5月も終わりだからって、半袖で行ったら、風が昨日から引き続きまだ強くて、寒いよ
馬はセルスコール。

馬装したら、小さい角馬場では何やら作業をしているので、さっさと馬場へ。使わないだろうけどムチ持ってく。
日曜から月曜にかけての大雨のせいか、砂が流れてるよ。入り口付近とか馬場の角っことか、ホントに何もない状態
ビュウビュウ風の吹くなかを歩く。セルスコールがラチから遠ざかるように左に入る、車かなにかを見てるのか、木々が揺れてるのにビビッてんのかよくわかんない。逆回りしてみるとそうでもなさそうなので、単に左にヨレてんのかとも思う。まっすぐ座って左右の手足を均等にするように心掛ける それでも左いく感じするんで、左脚でちょっとうしろのほうを押してみる。
常歩から速歩。手前コロコロ替えながら、歩度を伸ばす。蹄跡上でちょっと脚つかうと面白いように速歩で前へ前へと進む
でも詰めるの大変なので、やっぱ輪乗りに切り替える。輪乗りのなかで前へ出す、少し手綱伸ばしてみる、また手綱短くする。セルスコールの場合は、あまりゴチャゴチャやんなくても、横木でも二、三回跨げば自然とハミを受けるようなカッコになってくるんで心配ない。(でも、そしたら横木がねーでやんの
そうそう、今日のチェックポイント、「脚と拳を同時に使うんぢゃない!」
言葉にして書き出すと、バカみたいである 水泳するのに顔上げたとき息つぎをしろって言ってんのと同じレベルぢゃなかろうか。でも、実際私はときどき同時に使ってるような気がするので、自戒チェックポイントなんである
アブミあげて速歩を少しやったら(自分でやるアブミあげは、歩度の伸ばし方が甘い…)、もう一度常歩をして、こんど駈歩。
駈歩で輪乗りを詰めたり開いたり。外側の手綱に気をつける。特に右回転、なるべく小さく回れるかやってみる、内の手綱を伸ばしちゃってるような状態で左の壁を意識して回る。

(↑油断すると障害の支柱も倒れる風の強さだよ。)
駈歩の回転がとことん小さくできるめどがついたら、障害の準備は完了。アブミひとつ詰める。
どーでもいーけど、深く座ることが自分には重要だと思って、いつも意識してアブミをできるだけ長くしてんだけど、もしかしたら今後は少し短いアブミで乗ってみたほうが、馬の真上にいることのためになるんぢゃないかと思ってる。短くして、たとえば股関節から前傾できるのかとか、そういうことを意識したほうがいいのかもしれない。(だから、ほら、考えるな!)
単発のクロスを何回か(一発目でポッコーンって高く飛んだときは落ちるかと思ったけど)飛んだら、こんどはコンビネーション。まっすぐ入ってきゃ、セルスコールにとっては何でもない。でも、障害を飛んで真っ直ぐ行った先の回転のほうが大事、惰性の駈歩でまわんないように、速歩おとして左右どちらも外側に気をつけて回る。
何回かやると、ほらセルスコールは、合間の常歩でもグイグイ前に出てクビが下がってきた。練習に集中しはじめてくれて、いつでもゴーサインを待ってるみたいな状態、すごく頼もしい
んぢゃ、経路走行。ってクロス障害6つくらい置いてあるのを、自分で考えて飛べという。んー、どれをどっちから飛ぶのがいいか、よくわかんないけど、微妙な角度が振ってあるのとかは苦手なので、そういうつくりを避けて、大きく回るようにして飛ぶ。

二回目は、一部を垂直にして高さを上げる 最終障害だけ、いちばん高くして、飛ぶ向きも指定されたんで、そこから逆算してコースを考えるんだけど、あれれ?うまくつながらない
いいや、適当でって、スタートすることにする。
でも二回目なんで、己に厳しく、角度振ってあるのを飛ぶようにするのと、連続障害のラインを後半にもってくるように順番を決める。

一回目のように、前半で連続障害を入れてるぶんには、何の問題もないんだけど、後半、セルスコールに勢いがついてきた状態で向かえば、一個目飛んだあと起こす(正確には一個目に入る前からペースを保ってることも重要なんだが)ってテーマができるから。
よくみると連続障害の片っぽのほうが高いんで、そっちを二個目になるように向きを決めとく。
クロス、角度左に振って、次のクロス、ぐるっと戻るように回って垂直、ここまでは問題ない。(飛んだ後すぐ右へ回転するコースにして、外の肘から手綱の壁をチェックするのも2度目のポイントなんだけど)大きく回って、さて連続障害。
あんまり走られてる感もないんで、大丈夫でしょと一個目飛越、1・2と完歩数えつつ起こす、二個目向かう、飛んだら右とか考えてたら、直前で止まった!
ありゃりゃ、近くて急停止、落ちやしなかったけど、突っ込んぢゃって、障害こわしてバーを落としちゃったよ
気を取り直して、もう一回。連続の一個目からやりなおし。右回転なんでふくらまないように左の壁、回転してるとこで障害を見て、ここを強く推進、真っ直ぐ向いたら何もしないでジャマしない。飛んで、1・2で起こして、待って待って2個目、こんどはドンピシャ、飛んだ
ぐるーっと大きく回って、最終障害へ。真っ直ぐ入ることだけ気をつけて。近づいたときに、あれ?これ高くね?とか思ったんだけど、セルスコールはためらいなく軽々と飛越。上出来、上出来
終わったあと、クーリングダウンしながら、止まった障害を見に行ったんだけど、一個目は80センチなのに、この二個目は100センチだった。(でも多分最終障害はそれより高い。)

障害を飛ぶことは、べつにそれほど好きでもないんだけど、自分の抱えてる欠点が露出するので、練習としては有効である。
ふだん普通に乗ってるだけでは、自分の目には見えない(先生には見えてるんだけど)姿勢の悪さとか技術の至らなさが、一挙に噴き出す
私の場合は、推進しようとしたら意に反して人間の上体だけ前に行っちゃってるとか、逆に止めようとするときには過度に頭を後ろにやって馬のバランスを乱す結果になってるとか、馬の真上にちゃんといられないことが、障害飛ぶと一発で出てくる
ほかにも手綱のコンタクトのなっちゃいないこととか、肩や肘関節を適度に開閉できないで随伴がちっともできてないこととか、バレバレになる
で、それでも馬が優秀だから、なんとか障害を飛んぢゃったりはするんだけど、どうも最近感じていることには、60センチから70センチ、80センチと上がっても乗ってて何も変わったとは思わないが、80センチから先の5センチ、10センチという積み増しは、けっこうこたえるような気がしてならない
もしかすると、ただ慣れの問題かもしれないが、100センチになると、踏み切り前・空中・着地後にいたるまでの、私の姿勢は、80センチまでと比べると、ひどく崩れて、ガッコンガッコン音がしそうな乗り方になってると思う
100センチのあたりにカベがあって、高さ変わることによる、馬の動きが実際どのくらい違うのか、滞空時間が0.ゼロ何秒か長いのか、わかんないけど、明らかに私はついていけなくなっているのが自分でわかる
…でも、できたら、どこをどう直すって意識しないで、やってくうちに慣れで対応できるような乗り方をしたい。(まあムリだろうな…)

(↑これは、私ぢゃなくてミラノ。)
練習が終わったあと、ふと見たら、ポニーズが除草作業をしてる

セルスコールはリンゴをあまり喜んで食わない(前歯でモショモショかじる。リンゴが好きな馬は、パクッとくわえた後、あっと言う間に奥歯のほうに送り込む。)んで、ポニーたちのとこにつれてって一緒に草を食わしてみた。でも、ここでもあんまりガツガツ食わないんだよな、セルスコール。


んで、どーでもいーんだけど、ミニコマ(2歳のポニー)
きょう、乗馬する前、馬房見たら、なんか馬房から身を乗り出そうとしてる


背ぇ伸びたのか? 外出てみたいか? とか笑いながらカメラ向けたんだけど、ちょっと目を放した次の瞬間、左前脚を扉の外に出した。(宙ぶらりん)
飛び越えるのか、転落するのか、両前脚が外に出て扉にハマっちゃうのか、どーなるかわかんないけど、とにかく笑って写真見てる状況ぢゃないんで、急いで駆け寄って救出した
(本人(馬)救出されたと思ってくれてるかはナゾだけど)
まったく油断すると何すっかわかんないなー。
「あみアウトレット」つれてったときも、ベンチくらいの高さの石段に片肢かけて、ツルって滑ったら、ふつうビビッてあきらめるのに、もう片方もかけて登ろうとしやがったしな
高いとこ好きなのかな?
いずれにせよ、目を放せないよね、2歳のポニーって
こいつに、牽き手を引いての、障害飛越をおぼえさせたいんだけど、ヘタにそんなこと教えると何すっか分かんないから、私はまだ手を出さないでいる
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憲法九条を世界遺産に

2011-05-30 16:48:29 | 読んだ本
太田光・中沢新一 2006年 集英社新書
こないだから憲法つながり、もうひとつ、憲法がタイトルに入った本をもってた。
私の好きな物書きのひとり中沢新一が、爆笑問題の太田光と対談したもの。
日本国憲法、とくに九条のとこは、あの時代背景のなかで、一部のひとの理想かなんか知らんが、とにかく奇蹟的に人類がつくっちゃった珍しい財産みたいなもんだから、世界遺産にしましょうと。
戦争しないって条文は、「ことばにされた理想」だから、現実のなかで常に機能するもんぢゃないかもしれないけど、そういうものを捨ててはいけない、日本人の精神の拠り所でいいぢゃない、ってことらしいけど。
うーん、話としては面白いけど(「ビール発明したやつにノーベル賞やってくれ」と同じ感じ?)、憲法ってそういうもんぢゃないだろうから。
少なくとも、「国際紛争を解決する手段としては」という限定が侵略戦争を言ってるのに、自衛もしないって誤解されてるんだったら、もうちょっとわかりやすい日本語にするほうがいいんぢゃないだろうか。
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公共選択

2011-05-29 18:11:59 | 読んだ本
小林良彰 1988年 東京大学出版会
民主主義がどうこうとかいうと、この本を思い出す。
公共選択に関する入門書。いろんな理論が紹介されています。
公共選択って何だっていうと、はなしはさらにややこしくなるんだけど、まあ政治の決定のことだと思ってください。
人間ひとりひとり、今日の夕飯なに食おうかとか、自分に関わることだけだったら、勝手にそれぞれ決めればいいけど、他人といろいろ関係する社会的なことがらの選択は、お互いうまくやんなきゃいけない。
「自分が殺されるかもしれない危険があっても、他人を殺してもいい社会」が望ましいってひとと、「自分が殺されるのはヤだし、他人を殺してはいけない社会」が望ましいってひとは、同じ場所に住めない。ぢゃあ何をどう取り決めたらいいのかって、そーんな世のなかの根本的ルールづくり(社会契約って言っていいのか?)のこととか。
独裁ってのは物事を決めるのは一人の意思だから、決めるコストは安い、でも決めたことを実行に移すには、全員の同意を得るために説得するとか、あるいは強制的に言うこときかすための軍事力みたいなものがなきゃいけないから、そういうコストは高い。一方で、全員一致ってのは、決まれば誰も反対しないから物事はスムーズに進みそうだけど、全員の意思がそろうまで時間が延々とかかるとか、あるいは国全体でやろうとしたら何らかの形で投票させて集計しなきゃいけないから、決定についてコストがかかる。
そんなこんなを計算してみると、多数決ってのは(別に特別優れた方法ってわけぢゃなく)いちばんコストがかかんない方法になるから、いまの世の中で採用されてるんぢゃないかとか。
まあ、そういう話です。そういうの考えんの好きなひとは、読んでみてください。

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私の憲法論

2011-05-28 19:37:40 | 読んだ本
西部邁 1991年 徳間書店
先週末は、漱石の「それから」のあと、実は小説を読まずに、この本を読んでいた。
副題は「日本国憲法改正試案」。今となっては、ずいぶん古い本かもしれないけれど、なかみは現在でも妥当なんぢゃないかと思う。
なぜか憲法記念日ころになると、突如あーでもないこーでもないと憲法論議が起きたりするんだが、今年は特に、震災のあとだからか、いまの憲法って緊急事態に備えてないよねみたいな話が多かったように感じたんで、ふと思い出して、この本を読み返してみた。
この本が何が言いたいかっていうと、あとがきに >つまり憲法論議をつうじて再確認さるべきは「良識の言葉」の大切さということなのだ とあるので、まあそういうことなんでしょう。
つまり、たいがいの日本人って、言葉をそれほど大切にしてないくせに、なぜか憲法にからむとこだけ、「平和」って書いてあるとか、「基本的人権」って書いてあるとか、「自由」って書いてあるとか、やたらそういう言葉に執着して、錦の御旗のごとく掲げたがる。
戦後のどさくさのなかで急いで作られて、占領軍の一部(なに主義者っていうのか知らないけど)の理想なり思いこみなりを押し付けられて、しかも直訳調のよくわかんない言葉遣いで書かれてるのに、なんでこれだけありがたがるのさ、ってことか。
そんなこんなで、著者の関心は、「憲法規範を思想の問題として論じる」ってとこにあるんで、国会とか内閣とかの具体的な制度については、そんなにこだわってない。
そのぶん、前文とか、天皇とか、あの9条とかに関しては、ビシビシいってる。
天皇条項の最も大きな欠陥は、「天皇の地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」としている点だと指摘しているが、そこのとこで、>私ならば、「日本国民」のことを「日本の歴史上の総国民」というふうに解釈し、それゆえ、その「総意」なるものも、日本の歴史が残した伝統的精神の知恵のことだと解釈する(113ページ)って、まさに保守主義者らしいことを言う。
そういう考えに立てば、>つまり、日本国憲法第一条の後半部分は「天皇の地位は市民が根本規範とすべき日本の伝統的精神にもとづく」という意味になる。そしてこの方が、昔も今も、日本市民の常識に合致してもいる ってことになるんで、私なんかは、すぐ、そうだそうだと言ってしまうんである。
9条に関しても、「国際紛争を解決する手段としての戦争」とは侵略戦争のこと、戦争一般を放棄するっていうマッカーサーの提案を民政局のケーディス次長(誰?)が修正した経緯からもそれは明らかって言って、>わざわざケーディスが日本のためを考えて戦争放棄を侵略戦争のみに限定してくれたのに、自衛戦争も放棄したい、侵略されても武力的抵抗はしたくない、と叫び立てるそういう連中の魂胆が私には測りかねる。しかし変な連中がたくさんいるのが戦後というものなのだから、不平をいっても仕方ない。 と手厳しい。
そのほか、基本的人権とか自由に関するところもいろいろあるんだけど、そのなかでも面白いのを挙げると、いかに日本人が、憲法をありがたがるわりには、その中身を真剣にとらえてないかが確かにわかる。
たとえば、「第十八条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。(後略)」は、ひとこと、「削除」と提案されてる。占領軍は、日本をほっぽっておくと奴隷的拘束なんてことが生じると思ってたんだろうけど、ずいぶん見下されたもんだと指摘している。たしかに、いま日本人が自らの手で憲法つくったら、こんなものわざわざ入れるかね、入れないでしょ。
同じように、「第十九条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。」も、「削除」。思想や良心は人間の心中に胚胎するもので、それら自体を侵すことはまずできない、ってバサッと切って捨ててる。そりゃそうだ、ヘンな条文。
政治制度とかについては、前述のとおり、あまり踏み込む気はないみたいだけど、それでも例えば、参議院は要らないので一院制にすべきだとか言っている。
20年前の本だけど、>現行参議院が日本の政治にとって無用の長物からさらに有害な障害物になりつつある ってことは、あまり変わってないんぢゃないかと思う。そうだよね、「良識の府」とかいうほうが、政治のシロウトみたいなタレントが集まってたりしたら、それは意味無いもん、と私なんかは思う。

どーでもいーけど、私は、高校三年のときだったかな、社会科のなかの政治経済(正式な科目名わすれたけど、たしかそんなもん)の授業のなかで、担当する先生の持論により、憲法前文を暗記させられた。
いわく日本国民たるもの、憲法前文を言えなきゃダメだ(決して右とか左とかって思想的な押しつけぢゃなくて、たしか、アメリカはどんな移民も受け入れるけど、国民になるときに憲法前文だか独立宣言だかを唱えさせられるらしいんだが、それと一緒のような感じで、ってことだったと思うが)ってことで、憶える期限を切られて、なんも見ずに、句読点にいたるまで一言一句まちがえずに紙に書き出すってテストをさせられたことがある。
意外とおもしろい体験だった。今おぼえちゃいないけどね。 
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ヘルタースケルター

2011-05-27 19:54:34 | 岡崎京子
岡崎京子 2003年 祥伝社
例によって、ヲカザキのマンガです。これは長編。
出版は2003年ですけど、雑誌連載は1995年から1996年。
そう、これをかいたあと、岡崎京子は事故にあったってことになります。
んで、これは傑作です。
唐突にミもフタもない言い方しかできないけど、そうなんだから仕方ない。
私は「pink」がいちばん好きだし、「リバーズ・エッジ」もすごいと思うけど、これはかなりとてつもないです。
岡崎作品にかぎらないでも、そうとう物凄いって評価するマンガのひとつに挙げられます。
主人公はスーパー売れっ子モデルの「りりこ」。
彼女の美は人工的なもの。事務所の社長いわく「このこはねえ もとのままのもんは 骨と目ん玉と爪と髪と 耳とアソコぐらいな もんでね あとは全部 つくりもんなのさ」。
で、整形の後遺症とか、薬物の副作用とかで、身も心もボロボロになって、ときどきメンテナンス(って、ほんとロボットの修理みたいなこと?)をしなきゃいけなくなります。それを扱うのが謎の秘密高級クリニック。
「りりこ」をテレビでみて「このこ 面白い顔 してるね」と興味をもつのが麻田検事。「骨格と上にのってる 表皮と筋肉の動きが 一致してない 興味深い顔だ」と見抜きます。
検事は、何年も前から闇で進行しているらしい、胎児死体臓器売買事件を追っていて、やがて「りりこ」と会うことになる。
うーん、いろんな事象のうらには、人の持つ欲望みたいなものがうねってる、ってことを感じさせられるんだなー、これが。
「pink」で見せられた「愛と資本主義」ってのは、まだ可愛げがあったんだけど、ここに来ると、なんか鬼気迫る迫力があります。
読み返すのは、そのたびツライ体験になるけど、やはり傑作だと思います。
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