LOVE STORIES

Somebody loves you-J-POPタッチで描く、ピュアでハートウォーミングなラブストーリー集

幻想即興曲 2

2017-03-24 00:10:13 | 小説

より続く)

 大学三年の夏休みを迎えるころ、ぼくのもとに一通の手紙が届いた。差出人は、ムラノ・ミュージック・スクール。かつてのピアノ教室は、今や生徒数100人を超える大所帯になっていた。恒例のピアノの発表会が、7月に行われるらしいのだが、今回は様子が違う。第一部が小学生から高校生までの生徒一人一曲の発表会なのだが、第二部は全日本ピアノコンクール優勝記念、村野百合香ミニコンサートとなり、オールショパンの曲目が並んでいた。

 

 村野百合香は、ぼくがピアノを教わった先生、村野佳江の一人娘、小学校から中学校までぼくの同級生だった。百合香は小学校のころから毎度のように発表会のトリをつとめていた。家にグランドピアノのある数少ない家の一つだったし、何よりも母親が先生でいつもそばにいるので、練習時間も半端でなかった。けれでも、厳しく育てられたせいか、ピアノを理由に他の教科を手抜きするようなそぶりは一切見せず、学校でも成績はいつも上位だった。昔の記憶をたぐり寄せると、思い浮かぶのは小学生ながらドレスに身を包んだ彼女の姿だった。肩甲骨あたりまである長い髪、細く長い手足。村野百合香は、美しかったが、人形のようで、人を寄せつけないところがあった。ぼくが小学校卒業と同時にピアノを止めたのも、こんなピアノの虫みたいなのを相手にしても到底勝ち目がないと考えたためと言っても過言ではない。あのころのぼくは、ろくに練習しなかいくせに、ライバル心だけは一人前に持ち合わせていたのだった。母親同士が友人ということで、何度か百合香はぼくの家に遊びに来たこともあるし、言葉も交わした。それでも、どこかピアノのライバルという気持ちが手伝って、ぎこちない会話しかできなかったのだ。

 

 小学校の卒業式のとき、彼女はぼくを問い詰めるように言った。

「なんでピアノをやめるのよ」

「ピアノなんて女のやるものだ」

「コウ、あなた自分の考えで動いてないでしょ。本気で言ってるわけないじゃない」

 彼女はある理由で、ぼくのことをミツキではなく、コウと呼んでいた。まさか、お前に負けるのが嫌で、ピアノをやめるなどと格好悪い台詞が言えるわけはなかった。

「家にこもってピアノ弾く暇があったら、青空の下で、ボールでも追っかけてた方がマシだと思うようになったんだよ。悪いか」

「それは別に構わないと思うわ。でも、ピアノを止めることないじゃない」

 百合香は、大きな黒い目を見開き、ぼくを見つめて言ったのだ。

「わたしは、あなたの、コウのピアノが好きだよ。音が違うの、まんまるの玉のかたちをしてて、色が見えるの」

「音に色があるわけないだろ」

「あるの、他の人にはなくても、あなたのピアノには色があるんだから」

 そう言うと、彼女の瞳は涙でいっぱいになった。

「私だってコウがいたから、今までピアノ続けられたのに、バカ」

 彼女は背を向け、向こうへと駆けだしていた。あのとき、もう少しで、言うところだった。

「バカはお前だよ、冗談を真に受けやがって。オレがピアノやめるわけないだろ。絶対にお前よりうまくなってやる」

 あと十秒彼女が立ち去るのが遅ければ、すべては変わっていたかもしれない。

 

 そうなのか。やはり百合香は、コンクールで優勝したのか。もちろん、それ以前中学時代、高校時代にも、コンクールでの優勝、入賞経験のある百合香だったが、それは中学、高校生向けのコンクールだった。今度は一般の部で、ついに日本の頂点を極めたのか。感慨深いと同時にほろ苦い思いが心をよぎった。

「第一部は付き合わなくてもいいから、百合香ちゃんのコンサートだけはちゃんと行くのよ。花束でも持って」

と母は言う。

「さすがにそれは恥ずかしい。でも、いろいろ話は聞きたいから行ってもいいかな」

「頑張れよ、息子」

「何を頑張るんだ?」

「頑張って、王子さまは無理でも、ナイトになれってこと。あんないい子いないんだから」

「昔のイメージしかない」

「じゃ、会ってのお楽しみね、ふふ」

 妙に楽しそうにしているのが気にかかった。

へ続く)


 

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『ホワイトラブ』 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16, 17, 18, 19 

 この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関わりありません。 



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