LOVE STORIES

Somebody loves you-J-POPタッチで描く、ピュアでハートウォーミングなラブストーリー集

幻想即興曲 4

2017-03-26 22:28:27 | 小説


より続く)

 コンサートが終わると、ぼくはホールから外へ飛び出していた。近くに花屋があったはずだ。おそらく彼女はコンサートの後、ロビーで多くの人に挨拶していることだろう。そしてその列は5分や10分では途切れることはない。その間に、花でも買ってゆこうと思った。泥縄だ。駅近くまで戻りながら、大きな花屋を見つけると、3千円ほどの予算でブーケを作ってもらった。花の名前はよくわからなかったが、白いユリがあったので、赤や黄色、カラフルな花の手前に入れてもらった。だが、なぜ花束など急に買う気になったのだろう。たぶん、彼女の演奏が素晴らしすぎたせいだ。カジュアルな、一種の野次馬根性で見に来たのに、本物を見せられて、手ぶらだと恥ずかしくなったのだ。予想と実際の落差の分を花で埋め合わせしようと思ったのだ。でも、ケーキの方がよかっただろうか。花束と同じように鮮やかなフルーツタルトが、隣のケーキ屋の店頭にあったけれど、ホールに戻るまでに壊れそうな気がしたので、やめにした。

 

 汗をかきながらホールまで速足で戻る。終了後は、もはやチケットのチェックもしないのでフリーパスだった。百合香は、デビューCDの即売場で、サインに応じているようで人だかりがしていた。ロビーのソファに腰かけ、遠目に見ながら、列が途切れるのを待つことにした。

                  

「コウくん、起きて」

ついうとうとしてしまい、気がつくと百合香が目の前にいた。

「あっ」

あわててそれまでに言おうと思ってた台詞をすべて忘れてしまった。隣で佳江先生も笑っている。

「我慢してずっと起きていたのね」

「コンクール優勝おめでとう」

顔を真っ赤にしながらそれだけを言うのが精一杯だった。立ち上がって花束を差し出す。

「ありがとう。いい香り。コウが、こんな気の利いたことしたの、初めてね」

「それだけ演奏が素晴らしかったってことで、昔は今にも手の届くところにいると思ったのに、はるか彼方に行った気がして」

「変ね、ほら、今だって手の届くところにいるじゃない」

そう言って彼女は僕の肩に手を乗せる。

「あ、ずるい。いつの間にかこんなに大きくなって」

小学校のころみたいに上から目線で見下ろせなくなって勝手がちがったのだろう。

「手も大きいよね、いいな。十度をアルペジオで弾く必要がないよね」

「親子で同じこと言ってる」

「で、どうだった、私の演奏」

 百合香が弾いたのは、遺作の前奏曲嬰ハ短調と、幻想曲、子守唄だけだった。その後、シューマンの歌曲をリストが編曲した「献呈」をアンコールに弾いた。生徒たちの演目と重ならないように、そして一味違った世界になるようにと、考えに考え、選曲した結果だろう。

「前奏曲は、とても甘美で、心が解けそうな気がした。幻想曲は、思わずお話が浮かんできたんだ。」

「どんな話?」

「恋人同士が喧嘩別れして、とぼとぼと歩いてる。悪いのは僕じゃない。でも、言い過ぎたとかぐちゅぐちゅ悩みながら」

「『雪の降る町に』の部分ね。」

「歩いているのは川の土手、でも季節は夏」

「どうして夏だと言えるの」

「花火が上がるんだ」

「アルペジオの部分かしら」

「そう、で、花火が次々に打ち上がるのを見て、足を運ぶうちに、恋人と再会する」

「花火で照らされた顔を見つめ合いながら、歩み寄り、語り合うのね」

「ぼくの方が悪かった。いや、悪かったのは私よって」

「あのメロディーは、そうとしか聞こえない」

「うんうん」

「それで抱き合ってキスして、花火がフィナーレに達しておしまい」

「めでたし、めでたし」

「それから子守唄は、まるで夜の闇の中に、光の真珠が浮かんでいるようで」

「盛り上がってるところ悪いけど、後がつかえてるから出なきゃいけないのよ」

佳江先生は言う。市民ホールは、料金は安いが、朝昼晩と三分に分かれている。今回は小学生が来ることも考えて、昼の部だった。夕方の部がスタートする前には、すべて撤収しなければいけない。

「続きはまた今度ね。携帯の電話番号教えて。それからこれ」

そう言って彼女は『ショパンの調べ』と書かれたデビューCDを渡した。

「でも、これ売り物でしょ。」

「そうだけど、お花のこともあるし、等価交換と思ってね」

確かに、CDの値段はぴたり花と同じ金額だった。佳江先生は家まで送ってあげると言って、白いプリウスの後ろにぼくを座らせた。

「さっきのコンサートとは対照的。初心者向けか、有名曲ばかり」

「そう、半分教室の生徒のお手本みたいな曲ばかりだから。でも、2枚目、3枚目はそうじゃないわよ」

「このくらいなら全部弾けそうだ」

「おっ、豪語するな、天才少年」佳江先生が運転しながら茶々を入れる。

「もう、少年じゃないし、天才でもない」

「寝過ぎたウサギさんね、9年間も。でも、コウの弾くショパン聞いてみたいな」

「じゃ、期限定めましょう。一か月後の8月11日の復興花火大会の日までにこのCDの中の曲を全部弾けるようにすること。演奏の質は問わないから、可能な限り同じテンポで弾けるように。速すぎるのは構わないから」

 急に、佳江先生から無茶苦茶な課題を課せられることになった。大学の授業は休みに入っているからいいようなものの、一か月間ピアノ漬けの生活を強いられることになりそうだ。復興花火大会は、昨前からこのエリアの6つの市と町で同時に開催される合同の花火大会。それまで8月中に花火大会がないことを不満に思った地元住民の運動でできたものだ。地元の客は分散する代わりに、他の地域から多くの観光客が押し寄せる。なんといっても、海岸沿い数十キロにわたって、タイミングを揃えながら6カ所で花火が上がるのだ。壮観そのもので、海上からの大型クルーザーの鑑賞組も年々増加傾向にあった。各市町に設けられた有料席の売り上げとスポンサー企業の寄付金、さらに実況中継を行うテレビ局経由の寄付金まで合算すると集まったお金は数百億にのぼり、東北の被災地の再建に使われた。国の手では遅々として進まなかった再建が、再び加速度的に進むようになったのだ。

 

「乗せられやすいね、コウ。でも、失われた9年間を取り戻すにはそれくらいやらなきゃ」

 百合香は、愉快そうに笑った。

(へ続く)


 

『幻想即興曲』 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9,10,11,12,13,14,15,16,17,18

『ペーパーリレーション』 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10,11-12,13-14,15,16-17, 18, 19

『ホワイトラブ』 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16, 17, 18, 19 

 

この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関わりありません。

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